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第一章 運命編
正義の意味
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藤田とデレクは、横浜から船に乗り大日本帝国陸軍の後方支援として別働第三旅団小隊として出動。九州は熊本を目指した。薩摩軍を熊本城で討つためだ。
「三沢。お前は銃で斬り込み部隊を援護しろ。行くぞ!」
「はい!」
藤田は隊の頭でありながら、自ら先陣を切って敵に向かって行く。例え相手が大砲を撃ち込んで来ようとも着弾時の土埃も、飛び散る炎の間も縫って果敢に突き進む。デレクはその背を見失わないよう、小隊を率いて走った。
ー ダーンッ!! ガガガッ、ドーン……!
デレクは曾て所属していた英国軍での夜戦を思い出していた。敵か味方か判断のつかぬまま、迫り来る者は撃ち殺した。中には幼い顔の者もいたと記憶をしている。
(俺はまた、同じことを繰り返すのかっ)
「撃てぇーー!!」
ー パーンッ、ダダダッン!!
後方支援と言われた警視庁の小隊は、実際は斬り込み部隊を任され使い捨ての駒のように戦場を走らされた。武器の扱いに慣れていようと戦場の小競り合いのできない、かき集めた軍隊は現場では役にたたなかったのだ。それに比べ、薩摩軍の勢いは目を見張るものがあった。数にして言えば政府陸軍の半分と聞く。しかし、心が一つである薩摩軍は怯むことを知らない。刀を振り上げ、銃を放ち、大砲を構え、わらわらと駆けて来る。武士の世はここに健在と言わんばかりだ。城を落とさんと命も惜しまず向かって来る。
「三沢、こっちから攻める!」
「承知した!」
熊本城は陸軍がガチガチに固めて護っている。あの城を落とすことは到底無理だ。軍の持つ装備はこの日本でも最新型である。政府の要人が各国を周り異国に習えと掻き集めたものだ。
「藤田警部補! 左っ!!」
ー キーン、ズザッ……ズッ!
デレクが言い終わる前に藤田は下から払い上げるようにして敵を斬った。
(速い!)
左利きの藤田に左を攻めるのは命取りである。しかし、殆どの人間がが右利きの世の中で、弱点であろう左がまさかの強みだったとは思うまい。
この国では昔から左利きは嫌われていた。幼い頃から皆、右に矯正させられていた。藤田も恐らく縁起が悪いだの、所作が醜いなど言われたに違いない。しかし藤田はその利き腕を一切卑下する事はなかった。デレクの異形と言われた目を見ても、何も言わなかったのはそういうことなのかもしれない。
(強い。剣の腕も、精神も)
「おい! 落ちたぞ。薩摩軍が政府軍に降伏した」
「勝ったぞ! 直ちに熊本城に退け」
伝令によると、薩摩軍は明治政府に降伏し西郷隆盛は自ら切腹をしたと言う。きっかけは、政府軍の集中砲火で薩摩の兵士を木端微塵、その流れ弾に西郷隆盛も倒れたのだそうだ。
「終わったな」
藤田が刀を下ろしそう言った。デレクも銃を下ろし、泥と血にまみれた軍服の上着を破るように脱ぎ捨てた。他人の血ほど臭うものはない。
「内戦がどれほど残酷かっ。何故まだこのような戦いを、この国は続けるのだ!」
「これは始まりにすぎん」
「武力で人は動かない!」
殺し合いの後の興奮からか、デレクは感情を藤田にぶつける。
「例え刀を捨てても、新たにそれに代わるものが生まれるだけだ。お前も見たであろう。俺のこの刀も、もう用はない。いづれは人が戦場に立つ前に、恐ろしい兵器で誰彼構わず殺すのだ」
武士の時代も、武士の魂もこの戦いで死んだと藤田が言った。政府が正義だと言いながら、誠は失っていないと言った藤田も憂いているに違いない。完全なる武士の死に。
「まさか警視庁を、お辞めになるのですか」
「ふん。世を渡るためには犬になる事も厭わずだ」
「犬っ!」
「ああ。死んでいった者、殺してきた者の念を抱えて、俺たちは生きなければならない。勝ったからこそ正義と呼ばれる世を理不尽に思おうとも、そこに誠はない。たった一人でそれを訴えても何も変わらん。忘れるな」
藤田が背負っていたのはこれまで共に戦った仲間、そして敵として討ってきた者たちの魂だったのかもしれない。
(それが、藤田警部補の正義なのか……)
デレクは空を仰いだ。自分には武士の志や魂は分からない。英国にいてもどことなく距離を感じ、日本と言われる場所に戻って来ても英国と変わりはなかった。デレクには何処にも落ち着く場所はなかった。これという物の為に命をかけたこともない。それ故にデレクは、この命に何の意味があるのだろうかと思い続けてきた。自分は望まれて生を受けたのか、今更ながらに心に引っかかる。
(生き残ってしまったか。これから俺はどうする。どう生きていけばいい......)
そんな事を考えている時だった。
「三沢ーーっ!!」
突然、藤田がデレクの名を叫んだ。
次の瞬間。
ー キーン……ズグッ
視界が暗転し、目の前が赤とも黒とも言えぬ色に染まった。雨が滴るように、さらさらと額を生温い液体が流れデレクの鼻先まで伝った。その直後、真っ黒な塊がデレクを覆った。
「あっ。く、ぐっ」
遠くで「三沢!」と藤田が叫び、ザクザクと駆け寄る軍靴の音が鳴り響く。デレクは全身が燃えるように熱く感じ、何よりも自分に伸し掛かる何かかが重すぎた。
「は、ぁっ」
ー グッ…グググッ
銀色の剣が硬い肉と筋の間を縫って、ズ、ズ、と深く沈んでゆく。
「……紫蘭っ」
なぜか、デレクの目の前で紫蘭が妖艶に舞っていた。口の端を僅かに上げて、赤い目元が細く笑う。いつもの花魁ではなく、軽装の紫の着物の裾が天女の様に靡いている。
『尊治様。ふふ、尊治様』
白粉も塗っていない。健康な肌の色を晒しながら、少女のような成りでデレクに笑いかけている。
(紫蘭。今日は化粧はしていないのか。そんなに愛らしく舞っては、誰かに攫われてしまう。もしや、もうすでに買われたのか。悪い奴でなければいいが......)
ー シャラン……シャラン…シャラン……
あの鈴の音が聴こえてきた。デレクはこのまま逝ってしまった方がいいかもしれないと思った。
シャラン……チリンと鈴の音が、デレクの脳髄を甘く痺れさせてくれるのだ。ただ、いま見えている紫蘭はあの日の色香はなく、幼くも愛らしい表情でデレクを見下ろしていた。琥珀色の双眸が瞬きするほどに潤いを増し、黄金色の雫がぽたぽたとデレクの頬に落ちた。
「なぜ、泣く。金を持った、男に買われたのだろ。ああ、俺の死を嘆いてくれているのか。手間をかけたな。泣くな、こんな俺の為に涙は、流すな」
その頬に触れたかったのか、デレクは右手を伸ばした。どんなに伸ばしても望む感触は訪れない。神は好いた女の涙すら拭うことも許してはくれなかったと、デレクは自嘲の笑みを浮かべた。
「三沢ー!」
藤田が必死になってデレクを呼び戻そうとしている。その声は、デレクには届かない。
◆
時を何日か前に遡る。
紫蘭から依頼を受けた白樺は明治政府の要人になりすまし、あらゆる情報をかき集めた。吉原という浮世離れした世界では、現実の苦い話など誰もしたがらない。金のある商人がひと時の楽しみを求めてくる場所だからだ。世間では薩摩討伐がなされているなど、遠い異国での出来事にしか思っていないのだ。
「白樺、どうなっていますか。尊治様は今、何処に」
ある程度の情報を得た白樺は皆を集めて状況を淡々と話した。
「薩摩の西郷が率いる軍の制圧に、政府の陸軍及び警視庁の隊が九州へ発ちました。その中に陸軍後方支援として三沢殿も向かわれました」
「その、九州の状況は」
もともと妖かしの狐である白樺は木蓮とその戦場を見てきている。海路でも早くとも四日はかかりそうな道のりを、彼らは一日とかからない。途中にある豊川様や伏見様のお力を借りればあっという間だ。九州には幸い祐徳様もいる。
「陸軍は薩摩軍の倍の人数です。武器も異国より仕入れた最新のものだと聞きました。武器の力だけを見ると、薩摩が勝つことはないと思われます」
紫蘭はそれを聞いて安堵したのか胸を撫でおろした。しかし、その安堵を打ち消すように木蓮が口を開いた。
「三沢様が所属する部隊は斬り込み部隊です。刀と小銃で戦場を駆け抜ける、いわば鉄砲玉のような任務です。隊長は元新選組の藤田五郎が、三沢殿は小銃小隊を率いておりかなり危険な現場でした」
「どうして、どうして軍人ではなく警視庁の人間が斬り込み部隊なのですか!」
「金をかけた陸軍を、政府は内戦ごときで減らしたくはないのでしょう」
紫蘭は信じられないと声を上げた。紫蘭がこれまでにこんなに大声を出したことはない。取り乱す紫蘭を見た禿たちは不安に駆られた。穏やかな紫蘭の気配が一変して、その背後から薄紫の煙のような霧のようなものが立ち込め始めたからだ。
「紫蘭、落ち着くのだ」
木蓮がそう言ってもその気配は収まらない。みるみる紫蘭の姿が変わっていく。
「紫蘭お姉さん!」
紫蘭の結い上げた髪が舞い上がり頭の上から白い狐の耳が現れた。開いた瞳は朱色に変わって目じりがツンと吊り上がった。艶やかに広がっていた着物の裾は太く大きな尻尾に成り代わる。ああ、もう止められない。そう禿たちは思った。
ー キュイーン! キュイーン!
見事なほどに真白い毛色の大きな狐が現れた。
「ああ、紫蘭お姉さん。その力を使ってはなりません。二度と、その枷の呪いが解けなくなります。紫蘭お姉さん。人ではなくなる......あぁ」
禿たちの声は届かなかった。大きな妖狐が甲高い声で鳴くと胡蝶の館がぐらぐらと揺れた。白樺と木蓮はそれを見て諦めたのか、自らも狐に姿を変えた。それに倣って牡丹も梔子も山吹も人の姿から変化した。たちまち館は幻想のごとく溶けるように消えた。残された客や遊女たちはぽかんと地べたに座っていたとか。
「九州へ――!」
ザザーっと強く風が吹き抜けて、七体の白い狐が空に上がった。
「三沢。お前は銃で斬り込み部隊を援護しろ。行くぞ!」
「はい!」
藤田は隊の頭でありながら、自ら先陣を切って敵に向かって行く。例え相手が大砲を撃ち込んで来ようとも着弾時の土埃も、飛び散る炎の間も縫って果敢に突き進む。デレクはその背を見失わないよう、小隊を率いて走った。
ー ダーンッ!! ガガガッ、ドーン……!
デレクは曾て所属していた英国軍での夜戦を思い出していた。敵か味方か判断のつかぬまま、迫り来る者は撃ち殺した。中には幼い顔の者もいたと記憶をしている。
(俺はまた、同じことを繰り返すのかっ)
「撃てぇーー!!」
ー パーンッ、ダダダッン!!
後方支援と言われた警視庁の小隊は、実際は斬り込み部隊を任され使い捨ての駒のように戦場を走らされた。武器の扱いに慣れていようと戦場の小競り合いのできない、かき集めた軍隊は現場では役にたたなかったのだ。それに比べ、薩摩軍の勢いは目を見張るものがあった。数にして言えば政府陸軍の半分と聞く。しかし、心が一つである薩摩軍は怯むことを知らない。刀を振り上げ、銃を放ち、大砲を構え、わらわらと駆けて来る。武士の世はここに健在と言わんばかりだ。城を落とさんと命も惜しまず向かって来る。
「三沢、こっちから攻める!」
「承知した!」
熊本城は陸軍がガチガチに固めて護っている。あの城を落とすことは到底無理だ。軍の持つ装備はこの日本でも最新型である。政府の要人が各国を周り異国に習えと掻き集めたものだ。
「藤田警部補! 左っ!!」
ー キーン、ズザッ……ズッ!
デレクが言い終わる前に藤田は下から払い上げるようにして敵を斬った。
(速い!)
左利きの藤田に左を攻めるのは命取りである。しかし、殆どの人間がが右利きの世の中で、弱点であろう左がまさかの強みだったとは思うまい。
この国では昔から左利きは嫌われていた。幼い頃から皆、右に矯正させられていた。藤田も恐らく縁起が悪いだの、所作が醜いなど言われたに違いない。しかし藤田はその利き腕を一切卑下する事はなかった。デレクの異形と言われた目を見ても、何も言わなかったのはそういうことなのかもしれない。
(強い。剣の腕も、精神も)
「おい! 落ちたぞ。薩摩軍が政府軍に降伏した」
「勝ったぞ! 直ちに熊本城に退け」
伝令によると、薩摩軍は明治政府に降伏し西郷隆盛は自ら切腹をしたと言う。きっかけは、政府軍の集中砲火で薩摩の兵士を木端微塵、その流れ弾に西郷隆盛も倒れたのだそうだ。
「終わったな」
藤田が刀を下ろしそう言った。デレクも銃を下ろし、泥と血にまみれた軍服の上着を破るように脱ぎ捨てた。他人の血ほど臭うものはない。
「内戦がどれほど残酷かっ。何故まだこのような戦いを、この国は続けるのだ!」
「これは始まりにすぎん」
「武力で人は動かない!」
殺し合いの後の興奮からか、デレクは感情を藤田にぶつける。
「例え刀を捨てても、新たにそれに代わるものが生まれるだけだ。お前も見たであろう。俺のこの刀も、もう用はない。いづれは人が戦場に立つ前に、恐ろしい兵器で誰彼構わず殺すのだ」
武士の時代も、武士の魂もこの戦いで死んだと藤田が言った。政府が正義だと言いながら、誠は失っていないと言った藤田も憂いているに違いない。完全なる武士の死に。
「まさか警視庁を、お辞めになるのですか」
「ふん。世を渡るためには犬になる事も厭わずだ」
「犬っ!」
「ああ。死んでいった者、殺してきた者の念を抱えて、俺たちは生きなければならない。勝ったからこそ正義と呼ばれる世を理不尽に思おうとも、そこに誠はない。たった一人でそれを訴えても何も変わらん。忘れるな」
藤田が背負っていたのはこれまで共に戦った仲間、そして敵として討ってきた者たちの魂だったのかもしれない。
(それが、藤田警部補の正義なのか……)
デレクは空を仰いだ。自分には武士の志や魂は分からない。英国にいてもどことなく距離を感じ、日本と言われる場所に戻って来ても英国と変わりはなかった。デレクには何処にも落ち着く場所はなかった。これという物の為に命をかけたこともない。それ故にデレクは、この命に何の意味があるのだろうかと思い続けてきた。自分は望まれて生を受けたのか、今更ながらに心に引っかかる。
(生き残ってしまったか。これから俺はどうする。どう生きていけばいい......)
そんな事を考えている時だった。
「三沢ーーっ!!」
突然、藤田がデレクの名を叫んだ。
次の瞬間。
ー キーン……ズグッ
視界が暗転し、目の前が赤とも黒とも言えぬ色に染まった。雨が滴るように、さらさらと額を生温い液体が流れデレクの鼻先まで伝った。その直後、真っ黒な塊がデレクを覆った。
「あっ。く、ぐっ」
遠くで「三沢!」と藤田が叫び、ザクザクと駆け寄る軍靴の音が鳴り響く。デレクは全身が燃えるように熱く感じ、何よりも自分に伸し掛かる何かかが重すぎた。
「は、ぁっ」
ー グッ…グググッ
銀色の剣が硬い肉と筋の間を縫って、ズ、ズ、と深く沈んでゆく。
「……紫蘭っ」
なぜか、デレクの目の前で紫蘭が妖艶に舞っていた。口の端を僅かに上げて、赤い目元が細く笑う。いつもの花魁ではなく、軽装の紫の着物の裾が天女の様に靡いている。
『尊治様。ふふ、尊治様』
白粉も塗っていない。健康な肌の色を晒しながら、少女のような成りでデレクに笑いかけている。
(紫蘭。今日は化粧はしていないのか。そんなに愛らしく舞っては、誰かに攫われてしまう。もしや、もうすでに買われたのか。悪い奴でなければいいが......)
ー シャラン……シャラン…シャラン……
あの鈴の音が聴こえてきた。デレクはこのまま逝ってしまった方がいいかもしれないと思った。
シャラン……チリンと鈴の音が、デレクの脳髄を甘く痺れさせてくれるのだ。ただ、いま見えている紫蘭はあの日の色香はなく、幼くも愛らしい表情でデレクを見下ろしていた。琥珀色の双眸が瞬きするほどに潤いを増し、黄金色の雫がぽたぽたとデレクの頬に落ちた。
「なぜ、泣く。金を持った、男に買われたのだろ。ああ、俺の死を嘆いてくれているのか。手間をかけたな。泣くな、こんな俺の為に涙は、流すな」
その頬に触れたかったのか、デレクは右手を伸ばした。どんなに伸ばしても望む感触は訪れない。神は好いた女の涙すら拭うことも許してはくれなかったと、デレクは自嘲の笑みを浮かべた。
「三沢ー!」
藤田が必死になってデレクを呼び戻そうとしている。その声は、デレクには届かない。
◆
時を何日か前に遡る。
紫蘭から依頼を受けた白樺は明治政府の要人になりすまし、あらゆる情報をかき集めた。吉原という浮世離れした世界では、現実の苦い話など誰もしたがらない。金のある商人がひと時の楽しみを求めてくる場所だからだ。世間では薩摩討伐がなされているなど、遠い異国での出来事にしか思っていないのだ。
「白樺、どうなっていますか。尊治様は今、何処に」
ある程度の情報を得た白樺は皆を集めて状況を淡々と話した。
「薩摩の西郷が率いる軍の制圧に、政府の陸軍及び警視庁の隊が九州へ発ちました。その中に陸軍後方支援として三沢殿も向かわれました」
「その、九州の状況は」
もともと妖かしの狐である白樺は木蓮とその戦場を見てきている。海路でも早くとも四日はかかりそうな道のりを、彼らは一日とかからない。途中にある豊川様や伏見様のお力を借りればあっという間だ。九州には幸い祐徳様もいる。
「陸軍は薩摩軍の倍の人数です。武器も異国より仕入れた最新のものだと聞きました。武器の力だけを見ると、薩摩が勝つことはないと思われます」
紫蘭はそれを聞いて安堵したのか胸を撫でおろした。しかし、その安堵を打ち消すように木蓮が口を開いた。
「三沢様が所属する部隊は斬り込み部隊です。刀と小銃で戦場を駆け抜ける、いわば鉄砲玉のような任務です。隊長は元新選組の藤田五郎が、三沢殿は小銃小隊を率いておりかなり危険な現場でした」
「どうして、どうして軍人ではなく警視庁の人間が斬り込み部隊なのですか!」
「金をかけた陸軍を、政府は内戦ごときで減らしたくはないのでしょう」
紫蘭は信じられないと声を上げた。紫蘭がこれまでにこんなに大声を出したことはない。取り乱す紫蘭を見た禿たちは不安に駆られた。穏やかな紫蘭の気配が一変して、その背後から薄紫の煙のような霧のようなものが立ち込め始めたからだ。
「紫蘭、落ち着くのだ」
木蓮がそう言ってもその気配は収まらない。みるみる紫蘭の姿が変わっていく。
「紫蘭お姉さん!」
紫蘭の結い上げた髪が舞い上がり頭の上から白い狐の耳が現れた。開いた瞳は朱色に変わって目じりがツンと吊り上がった。艶やかに広がっていた着物の裾は太く大きな尻尾に成り代わる。ああ、もう止められない。そう禿たちは思った。
ー キュイーン! キュイーン!
見事なほどに真白い毛色の大きな狐が現れた。
「ああ、紫蘭お姉さん。その力を使ってはなりません。二度と、その枷の呪いが解けなくなります。紫蘭お姉さん。人ではなくなる......あぁ」
禿たちの声は届かなかった。大きな妖狐が甲高い声で鳴くと胡蝶の館がぐらぐらと揺れた。白樺と木蓮はそれを見て諦めたのか、自らも狐に姿を変えた。それに倣って牡丹も梔子も山吹も人の姿から変化した。たちまち館は幻想のごとく溶けるように消えた。残された客や遊女たちはぽかんと地べたに座っていたとか。
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