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第一章 運命編

正義とは、誠とは

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 明治十年、いよいよ政府と西南地域の折り合いがつかず事態は悪化した。デレクは警視庁からの命令で藤田と共にその鎮圧へ出動する事となった。
 
「萩も秋月も、政府軍の圧勝で終わった。残るは」
「薩摩」

 かつて倒幕運動で代表を努めた者たちが明治政府発足後、政治のあり方で意見を違い続々と内閣から離れていった。中でも薩摩出身の西郷隆盛は朝鮮半島から戻ってすぐ、自分は明治政府に相応しくないと離職したのは大きな事件だった。
 当時、立て続けに法律が改正され国民全体が対象となる徴兵制、平民に苗字の義務化、更には士族に対して廃刀令が下されたのだ。軍人と警察以外は刀を持ってはならない。これが大きな引き金となり、士族反乱が起きた。特に西南地域の元武士らは強く反発、政府は軍隊と警視庁で隊を編成し鎮圧にあたった。

「薩摩は政府からの指示をまったく無視していた。まるで別の国のようにな。刀も捨てず、他にもかなりの武器を抱えているらしい。西郷の門下生が熱くなっておる」
「しかしそれは、政府がよこした密偵スパイが事を大きくしたという話も!」

 デレクもまた熱くなっていた。大久保利通が薩摩に密偵を忍ばせ、薩摩から大量の武器を動かした。それが公になり熱が吹き出したのだ。

「お前が熱くなってどうする」
「西郷隆盛は武力で政府に逆らおうとは思ってはいなかったはずです! あれ程までに国の事をっ」
「三沢!」
「っ」
「お前は警視庁の人間であろう。我らの正義は政府にあり。自身の考えなど要らぬ」
「藤田警部補! 貴方は曾て、幕府軍について自身の正義を貫いたではないですか!」

 デレクは藤田が今の政府とは反対の幕府軍についていた事、自身の意思で会津で倒幕派だった新政府軍を相手に戦った人物だと人伝ひとづてに知っていた。

「生意気だな。お前は正義とは何か知っているのか! どんなに正しいと信じてもっ、勝たなければ世間からは不義と見なされる。悪が勝っても、正義になるのだこの世の中は!」
「くっ」

 藤田はデレクの前まで来ると、その胸ぐらを掴んで引き寄せた。手の甲に筋が浮き上がるほど強く握りしめている。そして頭を突き合わせるようにしてこう言った。

「己の中にあるのは誠のみ」

 とても低く、どこまでも重い声でそう言った。

「まこ、と」
「出動準備と身辺の整理をしておけ。もう、帰ってこれぬやもしれんぞ」
「……」
「分かったな」
「はい」

 藤田の背中にはデレクの想像を遥かに越えた、大きく、そして重い何かが見えた気がした。まるでこの世の地獄を見てきた戦士のようだとデレクは思った。

「まこと」

(俺の誠とは、なんだ)







 その晩も、デレクは胡蝶の館に向かった。生きて帰れないかもしれない。もう、二度と会えないかもしれない。そう思えば最後を共に過ごしたいのは、やはり紫蘭の他なかった。あの晩以来、デレクは紫蘭の躰を暴こうとはしなかった。紫蘭には何か人に言えぬ過去があるのでないかと思ったからだ。

「尊治様? どうなさいました」
「紫蘭」

 深く繋がりたかったのだ。紫蘭の愛らしい唇を無理やり舌でこじ開け、その咥内を隅々まで吸い尽くす。息ができぬと溺れたように紫蘭が腕の中で足掻くその姿が、堪らなく愛おしかった。

「あ、んっ」
「すまない。無遠慮だったな」
「いえ。その、どうなさいました」
「いや。今夜も伴に寝てくれ」
「はい」

 デレクは用意された寝間着に着換え布団の傍に胡座をかいて座った。紫蘭が自分に背を向けて艶やかな上掛けを脱いでいる。項から背中をその上掛けが擦れて腰まで降りると、デレクは堪らずその背中に擦り寄りそっと後ろから抱きしめた。手を紫蘭の腹の前で交差して、その柔らかな温もりを自分に移すように引き寄せる。そして、耳元に自分の鼻を擦り付けた。

「尊治様」
「お前は温かい」
「あんっ」

 紫蘭の耳たぶをデレクが唇で食む。食んでは軽く引っ張り、舌先で舐り、耳孔に熱い息を吹きかけた。紫蘭は甘い吐息を漏らしながら躰をデレクに委ねた。もっと、と欲しているように首を横に倒した。白い首が目の前に晒されて、そこから好いた女の香りが男の鼻の奥をついた。それが脳を刺激して、漢の芯が硬くなる。

「狂わせたいのか、俺を」
「尊治様。あん、ふあっ」
「紫蘭。お前は本当に」

 デレクは右手を紫蘭の胸元の合わせから挿し込んだ。豊かな乳房を掬いあげその柔らかさを手に覚えさせる。幾度か揉めば、その膨らみは硬さを増して先端の赤い実が擡げて触れろと主張をする。デレクはもう片方の手も、交差するように紫蘭の反対の乳房を掴んだ。紫蘭の夜着は淫らにはだけて白い肌があらわになる。

「ふっ、んっ」
「よい躰をしている。男が、離したがらない躰だ」
「そのようなこと、あっ。あんっ」

 愛らしく鳴かれると、どうにも手は止められなかった。紫蘭が躰を逸らせたのをいいことに、デレクは紫蘭の脚を大きく開いた。そして後ろから長い腕を伸ばし、紫蘭の脚の付け根をなぞって、そのまま秘所へ指を沈めた。

「ああっ! あっ、あっ。いやぁぁ」
「乳だけでこんなになるのか。よく聞いていろ。いい音色だろう」
「だめっ、あん。そんなにしては......あっ」
「達してしまいそうか」

 ぴくんぴくんと紫蘭の腰が、本人の意思に反して動き始めた。デレクは指の動きを止めない。ここに己が沈むことはなくとも、その痕跡を残しておきたかったからだ。紫蘭の息が絶え絶えになる。はぁはぁと胸が大きく上下して、視線が虚ろに彷徨い始める。

「紫蘭。俺の手で、イケ!」
「あぁっ! う、んあああーーっ」

 きゅうっとデレクの指は締め付けられた。目を閉じてそれを感じ取る。紫蘭の躰を制服したことへの悦び、そしてそれを記憶に留めるために。デレクが布団に組み敷かなかったのは最後まで致さないようにと、自分を律するためもあったのだろう。

 紫蘭がくたりとデレクの胸に躰を倒した。

「はぁ、ぁ......たかはる、さま」
「紫蘭」

 デレクが抱きしめる腕にぐっと力を入れると、紫蘭はデレクの腕を優しく撫で返した。やはり、今夜の尊治様はおかしい。そんな事を考えながら。
 息が整った紫蘭は、デレクと躰が向かい合うように腰をゆっくりと捩じり、デレクの瞳を覗き込んだ。褐色と萌葱色の瞳はいつもと変わりない。ただほんの少しだけそこに映る自分の姿が霞んでいた。

 これまでの想いを紫蘭はデレクに問うた。

「どうして尊治様は、毎夜わたくしと伴に過ごされるのですか」
「理由がいるのか」
「だって、尊治様はこの紫蘭に何も求めてはくれませぬ。花魁であれば、殿方と伴に床で過ごす時は......」

 紫蘭はデレクに、なぜ抱いてくれないのかとは言えなかった。それを言えばこの関係が終わってしまう気がしてならなかったからだ。

「遊郭の規則など知らぬ異国人よそ者なのだ。それとも俺はそれに反していたか」
「いえ」

 毎夜通うのは、紫蘭に他の男の相手をさせたくないからだと言えぬ自分がいた。いっそあの時、無理にでも抱いてしまえばよかった。しかし紫蘭自身が守り通した操を、自分に差し出そうとする気持ちに、デレクには答える勇気がなかった。

 単に恐れただけなのだ。

 この世になんの未練もない、いつ死んでも悔いのない混血児の自分が一人の女を守り抜けるのだろうかと。

(俺は紫蘭をどこまで想っているのだ。花魁に本気になる男を紫蘭はどう思う。莫迦な男だと笑うだろうな)

「明日は早い。床に入る」

 これが最後になるかもしれない。この甘い香りを忘れぬよう、デレクは紫蘭を自分の躰に隙間なく引き寄せた。

ー チリ……チリ

 今となればこの鈴の音も、耳をつくほどは鳴らなくなった。デレクが一つを噛み割ったからであろうか、それとも鳴らす必要がなくなったのか。

「尊治様、良い夢を」
「ああ」


 翌朝、日もまだ昇らぬ刻限にデレクは静かに胡蝶の館を出て行った。紫蘭の寝顔を瞼の裏に焼き付け、ぷくりと熟れた唇にそっと別れの口づけを落として。



ー シャラン、シャランッ


 そして静かに目を開けた紫蘭は鈴を鳴らす。するとトスっと何処からともなく白樺が現れた。紫蘭が一言「頼みます」と告げると、こくんと頷き白樺はまた消えた。

「尊治様……」
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