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そして始まる二人の物語ー本編ー

神戸でデート(後)

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 すっかり日も傾き西の空が茜色に染まり始めた。時間が経つに連れ、空と海の境界線が太陽の光に包まれて目の前が全部オレンジ色に染まった。
 結局、海音はあの後ホテルでシャワーを浴びて少し眠ってしまった。夏の日差しの下で思った以上に体力を消耗していたようだ。

「勝利さん。見てぇ、すごくきれい。ねえ、どうしてこんなにオレンジなんだろう。私、オレンジ色って好きなんよ。朝日のオレンジは元気が出るし、夕暮れのオレンジは優しい気持ちになる」
「海音はオレンジが好きなのか」
「好き」
(勝利さんもオレンジやったし)

 勝利は海音のオレンジ色が好きに、密かに反応していた。何を隠そう曾て自分が毎日着ていた制服はオレンジ色だったからだ。特殊救難隊トッキューやレスキュー隊は目立つようにあの色を使っている。それが好きと言われたわけではないけれど、勝手に俺が好きなのかと脳内変換されていた。

「海音、そろそろ」
「うん。乗船開始っ」

 少しだけオシャレをしてサンダルもヒールがあるものに履き替えた。勝利もTシャツから襟の付いた服に着換えジャケットを着ている。今からは大人のデート。そう思うと自然と笑う表情にも艶が出て、勝利がそっと出す腕に手を通せばシンデレラの気分。勝利はそんな海音から目が離せない。女盛りの彼女を誰かに奪われないかと不安になるほどに。
 乗船のため接岸中の船は大きく揺れる。ヒールのあるサンダルではバランスが取りにくいからか、海音はなかやか前に足が出せない。でも大丈夫。勝利はスマートな所作で海音の腰に腕を回しサポートをした。

ー キュン

 たったそれだけの事に音がしそうなくらい胸が縮まって、鼓動が加速した。

(どうしよう。勝利さんが素敵すぎて、ご飯が喉を通らないかもしれない!)


 二人が訪れたのは神戸コンチェルト。神戸ハーバーランドから出航するクルーズ船だ。ディナーやランチ、ティークルージングなど、さまざまなプランがありカップルの記念日などにもってこいのプランもある。今夜はディナークルーズ。勝利からの3ヶ月記念のプレゼントらしい。

「勝利さんありがとうございます」
「喜んでもらえて、それだけで甲斐があった。こっちこそ、付き合ってくれてありがとう」
「大人のデートみたいで嬉しい」
「ま、歳だけは立派に重ねてきたからな」
「年齢より見た目です! 勝利さんは同年代の人たちに比べたらとーっても(かっこいいとよ)」
「とーっても?」
「かんぱーい」
「おいおい。ゆっくり楽しんでくれ」

 ご飯が喉を通らないかもしれない! の心配は必要なかった。フレンチのコースは舌だけでなく目も楽しませてくれる。いつもは豪快に食べる勝利も人が変わったように仕草はジェントルマンだ。テーブルマナーも申し分なく、太い指が器用に動いてきれいに食していく。海音はそれを見るたびに心の中で「意外っ」を繰り返していた。

ー デッキを開放しております。お食事が終わられたお客様は、湾からの神戸の夜景をお楽しみください ー

 館内放送が終わると、ザワザワと乗客たちが席を離れ始めた。窓側の席からも十分と夜景は楽しめる。だけど、海音もデッキに出て夜風にあたりながら神戸の夜景を見てみたいと思った。

「オープンデッキか。出てみるか」
「うん!」


☆.。.:*・°☆.。.:*・°☆.。.:*・°☆.。.:*・


 海音が目にしたのは明石海峡大橋。全長3911メートルの世界最長の吊り橋。明石の街並みと淡路島を繋ぐ橋だ。船がゆっくりと神戸港に向かって船首を変えた。
 「わぁ」思わず海音は声を漏らす。大きな橋が七色に輝いたからだ。しかも、その七色のライトが海を照らしその周辺がレインボーカラーに染まった。もう、言葉にならない。

「海音。寒くはないか」

 勝利が夜景に気を取られ口をあんぐり開けたままの海音を、被さるように抱きしめる。夏とはいえども、海を吹き抜ける風は少し冷たい。ワンピースに薄手のジャケットを着ていてもフルっと身震いしてしまうほど。

「寒くないよ。むしろ、ちょうどいいかな。シャンパン飲み過ぎちゃった」
「酔っ払いか」
「ふふ。酔ってはないよ? 見て、明石海峡大橋のライトアップ。すごくない? あんなに豪華で綺麗なの初めて見た」
「博多湾にはないか」
「ない! ない! なんやろ。大人だね」
「大人、か。俺は博多湾の夜景も好きだぞ。島の小さな灯りやドームとタワーの並び具合とか、あと都市高速のライトは美しい」
「あー、確かに。そこに着陸態勢に入った飛行機がストロボたいて降りる」
「いいじゃないか。なあ? 博多もいいぞ」
「そうやね。でも、やっぱり初めて見る景色って特別。勝利さんはたくさんの景色を海から見てきたんよね? いいなぁ」

 海音はそう言って勝利に背中を預け、絡められた逞しい腕に頬を寄せた。ピチピチの若いカップルではないけれど、二人にしか出せない大人のゆったりとした雰囲気が包み込む。こんなふうに穏やかな時間をたくさん過ごしたい。勝利も海音もそう思っていた。

「見せてやるよ。日本の素晴らしい景色を海音がもういいって言うくらい」
「うん。楽しみにしてる」
「なぁ、博多弁でなんて言う? あなたの事が好きですって」
「なんで」
「聞きたいんだよ」
「ここで? この関西語圏で!?」
「言えよ。今の訓練、けっこうキツイんだ。励ますと思って。ほら、早く」
「もぅ……。勝利さんのこと、好いとうよ」
「っ」
「うはっ」

 勝利は自分から言ってくれと頼んだのだが、想像以上の破壊力に悶えた。ぎゅうぎゅう海音を抱きしめて、こみ上げる熱を抑えるのに必死だ。

(やべぇ。いま海音から離れらたらタダの変態だな。公然わいせつ罪なみだ)

「動くな海音! 今はじっとしていてくれ頼む。(コイツが起きちまった)」
「え? あ、ちょっと。なんでっ、ああっ」
「しぃー」

 もう一人の元気な海上保安官は着岸が待てないと大きく主張していた。



     ◇



 勝利はどこまでも海音を甘やかしたかった。混み合う週末におさえたホテルは神戸ポートタワーよりもさらに先の、神戸湾が見渡せる場所にあった。スタンダードルームはいつも満室。でも勝利には関係ない。ハイフロアのデラックスルームが空いているじゃないか! それなりにお金を持った大人の男は即決で金色に輝くカードを切ったのだった。

「わぁぁ。いいの? こんな豪華な部屋で。高いよね、絶対に高いよ」
「お金の話はなしだ。年上の特権使わせてくれよ。な?」
「ありがとう」

 大きな窓の外はさっきまで見ていた景色で今度は反対から、しかも見下ろしている。そしてもっと驚いたのは……。

「外に出れる!? うそー」

 目をキラキラさせて設置されたソファーにちょんと座って、勝利に早く来いと手招きをしている。そんな海音を見ただけで勝利の顔はデレデレだった。

(くっそぉぉ。かわいすぎるだろー!)

 心の中で大絶叫して、でも向ける視線はクールな大人の男を必死で演じていた。一人掛けのソファーを詰めて座らせようとする海音に苦笑しながら勝利は彼女の腕を取って引き起こした。

「どんなに詰めても座れない」
「うわっ」

 ソファーに勝利が座って、自分の上に海音を座らせた。「それじゃ見えないでしょ」とジタバタする海音を後ろから抱きしめて「見えてるから大丈夫だ」と耳に触れるか触れないかの距離で囁いた。ひうっと海音は息を呑む。心臓がドキドキ、ドキドキと大騒ぎを始めた。

 不意に生ぬるい風がサワーッと頬をなでては過ぎていく。二人は無言で夜の神戸湾を見ていた。勝利が回した腕は海音のお腹の前で交差され、時々ぎゅと力が入る。耳に勝利の唇がある。触れているわけではないのに躰全部が勝利に支配されている気になってしまう。

「勝利さん」

 痺れを切らした海音が躰を捩って勝利の顔を見た。勝利は海音の脚を持ち上げ横向きになるように動かした。

「どうした」
「なんで、私なの? 勝利さんはなんで私を選んだの」
「不安なのか」

 海音は視線を下に逸して「ううん」と首を横に振った。本当は不安だった。自分は勝利と並んで歩いておかしくないかとか、甘えてばかりで全然彼を支えられていないとか、子どもに思われていないかとか。

「海音がいいんだ。海音だからあの日、助けた。海音だからあの祭りの日、持ち帰ったんだ。めちゃくちゃ勇気がいったんだからな。海音こそ、なんで俺なんだ? あの時、断ることだって出来ただろ」
「私も勝利さんだから」
「だろ? あんまり難しく考えるなよ。年下を気にしているのなら、俺は年上であることを気にしなければならない」

 海音は勝利の首に腕を絡めて抱きついた。なんでバカなことを聞いたんだろうと、少し後悔をしながら。「ごめんなさい」と気づけば小さな声で言っていた。

「勝利さんに魔法をかけられたみたいに引き寄せられたの。あの日、助けてもらって背負ってもらった時に、好きな匂いだなぁて思って」
「魔法か。解けなければいいがな」

 海音は顔を上げると勝利の瞳を覗き込む。男らしい、野生動物のような眼に魅入られた。

「解けないように、いつも魔法かけてよ。ずっと、ずっとかけ続けて」

 その言葉のあと、二人は吸い寄せられるように唇を重ねた。解けない魔法をお互いにかけ合うように舌を絡めた。もっと近くに、もっと、もっと……このまま融合してしまいたい。「はぁ」と熱い息が漏れる。

「海音が欲しい。抱いていいか」
「私も、勝利さんが欲しい」





 窓の外が見える位置に大きなベッドが置かれてある。灯りを消すのを忘れて二人は求めあった。あっという間に剥ぎ取られた海音のワンピースが近くの椅子に垂れ下がっている。仰向けの海音を跨いだ勝利が自らの服を一枚、一枚と脱いでいく。

(やだ、めっちゃ煽られてる……)

 勝利の躰はこの前よりも大きくなったように見える。肩の盛り上がりも、胸の筋肉も、腕の筋も、なんだかひと味違う気がする。海音は躰を起こし勝利に触れた。

「硬っ! すごいよ勝利さん。とっても硬いよ。ん? これは?」
「ああ、これか。何でもない。受け身の訓練で出来た打ち身だ」
「こんなに、なるの……」

 打ってから二、三日経ったのだろう。肩に赤紫の痣が痛々しく広がっていた。海音は恐る恐るそれを撫でて勝利を見上げた。そして「先に、私が」と勝利をベッドに押し倒した。

「海音がしてくれるのか?」
「うん。特別やけんね。今夜は私が舵をとるっちゃけん、お手柔らかに」
「ぐっ」

 そのセリフだけで爆ぜてしまいそうだと勝利は思う。今夜は私が舵を取るなど聞き間違えても、聞いたことはなかった。海音、おまえ最高だな! ひとり心の中で叫んだ。
 海音の手が勝利のそれを掴み、ときどき様子を伺うように上目遣いで見上げてくる。その度にビク、ビクと反応をする。大丈夫だ、十分イイぞと気持ちを込めて勝利は海音の髪を梳いた。

(勝利さん、まだ余裕があるんだっ。なんか悔しいかも)

 海音の負けず嫌いに火をつけてしまう。それに気づかぬ勝利はこのあと悶え苦しむこととなるのだ。海音の可愛らしい口がいっぱいに広げられて、その中に自分のものが収まっている。ハフハフと頑張る海音に「そんなに頑張らなくていい」と言えなかった。口を開けた途端、緩んでぶち撒けてしまいそうだったからだ。

(くっ、ま、マズイっ。善すぎてマズイっ)

「かっ(海音っー!)」
「ひょうりはんだひてもひひよ(勝利さん出してもいいよ)」
「喋るっ、なっ」
「んんー! おっひくへんれぇ(大きくせんで)」
「ダメだ。もぅ、いい。かのんんん」
「やら! (やだ!)」
「っーーーー!!!!」

(あんなに死ぬほど苦しい訓練をしてきたのに! クソ生意気なガキにも負けなかったんだ! なのにっ、この、堪え性のないバカ息子がぁぁ)

「海音、すまん!!」
「んっ(ゴキュ……)ぁぁ」
「はぁ!? マジかぁぁ」
「にっが。ビックリして喉に入った、ゲホゲホッ」

 勝利は咽る海音を担ぎ上げバスルームに駆け込んだ。シャワーを出して口をすすげと手にお湯を掬って海音の口元に持っていった。勝利はすすげ、すすげと何度も海音の口にお湯を注ぐ。とても険しい顔をして。

「勝利さん、大丈夫だからっ。ちょ……ふふふ。そんな顔、せんでぇ」
「笑い事じゃない、真剣だよ俺は。あんなものが喉を通ったんだぞ」
「ん、いいと。そうなるようにしたんやもん。ならんかったら落ち込む。気持ちよかった?」
「海音、おまえはぁぁ。朝まで寝かさんぞ」
「やだ、明日もデートするんやけん」
「そうだな。分かった。スプリングのきいたベッドで一日デートだ」
「ええー!」


 有言実行の海上保安官、元特殊救難隊の隊長さん。この後はもちろん自分で舵をとり、太平洋に向かって出航するのだ。

「オシャレカフェ、パンケーキぃ。中華街、行きたかったぁ……」
「諦めろ」
「は、あん。もう、無理ぃ。新幹線乗り過ごす」
「心配するな。博多は終点だろ問題ない」
「鬼ぃ!」
「鬼でも、猿でもなんでもいい」

 あと半月の訓練も乗り切れそうだと勝利は細く笑った。でも……?

「海音。はっ、くっ!」
「だめだよ。勝利さんまだ大っきいままやん。あっ、んっ……」
「いつからこんな厭らしい躰になったんだ。俺を殺す気か? 海音? ここだろ、なぁ、絞め方がハンパないっ」
「あ、あ、ああっ」

 額から汗をぼたぼたと落としながら勝利は海音を抱いた。腰をグラインドするときゅうきゅうと締り、深く奥に突きつけると背を反らし美しく乱れる。豊かな乳房が揺れて赤い果実が勝利を誘う。そこに唇を寄せ軽く食むとピクと腰が揺れ胸を突き出しては、もっと可愛がってと押し付けてくる。舌で先端をペロリと舐めてちゅうと吸うってやると、いやいやと首を振りながら勝利の頭をその胸の中に囲い込んでしまう。

「ああっ」
「気持ちいいか」
「ん、いい。すごく、いいっ」

 どんなに搾り取られても、またムクムクと膨張する己には笑いが出る。こんなにガッツいたのはいつ振りだろうか。20代の盛んだった頃よりももしかしたら……。

 ガッツいた。と言うよりも、食われた感が残る夜だった。
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