上 下
39 / 40
ファイナル! オレンジの服にサヨウナラ

海が大好きなんだ

しおりを挟む
 感傷に浸りかけた頃、本部より無線が入る。

ーー 救助要請! 中型漁船が波に煽られ転覆の危険にあり。乗務員、乗客合わせて十五名。

「15名だって!? 俺たちにも出動要請がくるぞ。みんな、わかってるな」
「はい!」

 無事に勝利のラスト訓練展示が終わり、航空基地へ戻っている時のことだった。突如、無線から通報が入った。勝利たちとは別に、航空基地には二十四時間、出動に備えるヘリコプターと救難チームがいる。何度も出動し、命を救ってきた若手チームだから問題ないはずだ。しかし、十五名という人数は、ヘリコプター一機に対しては多すぎる。

 コーパイの愛美は、航空基地へのアプローチを急ぐため、管制とコンタクトをとる。要請があればすぐに飛べるよう、燃料補給と救護員の装備を積み込まなければならない。

「出動準備に備えろ!」
「はい!」

 着陸後、勝利たちはブリーフィングルームで情報収集をした。すでに五隻の巡視船が現場に向かったらしい。今日はそんなに荒れた天候だっただろうか。勝利たちは考えた。朝のブリーフィングではそんなふうには聞いていない。

 しばらくして司令から指示が入る。

「シロチドリ1号、出動! 2号は燃料補給完了後に再出動する。1号は待機していたチームでそのまま出す。2号では五十嵐も行ってくれるか。それから飛行時間の関係で、保田は飛べない。パイロット交代だ」

 ヘリコプターのパイロットは、一日の飛行時間が決められている。それを超える可能性がある場合は乗務できない。

「パイロットは斎藤、お前が行け」
「はい!」

 航空基地の司令がパイロットを愛美、隊長に勝利を指名した。迷っている暇はない。全員救助するため、時間は無駄に出来ない。救難ヘリコプターをニ機とも出せ、と要請があったということは、それだけ一刻を争うのだ。

「みんな、気持ちを入れ換えろ。全員救助だ!」
「はい!」

 救助に向かった巡視船からの情報によると、漁船は今にも転覆しそうな勢いで、横付けするのは困難だという。それを聞いて勝利は隊員たちに言う。

「巡視船からの救助が難しいなら、吊り上げするしかない。一人ずつ吊り上げて、近くの巡視船か島に下ろす。それの繰り返しだ。スピードを要する作業になるぞ。現場に合流後、最終判断する」
「了解!」

 勝利たちは再びヘリコプターに乗り込んだ。基地を飛び立ってすぐに、詳細を知らされた。漁船は公募で募った夏休み親子釣りツアーだという。なんと、船の客の半分は子供だったのだ。

「半分は子供か……。パニックにならないよう、注意を払えよ」

 そして、今も波が船体に打ち込んでおり、傾き始めているという。そして、現場からの更なる情報によると、乗船客は全員が救命胴衣を着用しているという。

「よし。それだけでもこっちは助かる」
「隊長! 見えてきました。これ、かなりの角度ですよ!」

 先に到着しているシロチドリ一号はすでに、降下準備に入っていた。船は大きく右舷に傾き、その間も波の攻撃を受けていた。わずかなチャンスを逃さずに、潜水士は降下しなければならない。

「1号機の吊り上げが終わったら、すぐに行きます」
「了解」

 海での吊り上げ救助が基本的に多い、航空基地の機動救難士たちは、みな潜水士の資格を持っている。
 先に降りた潜水士が救助者を誘導し、吊り上げワイヤーを装着する。もう一人の潜水士は救護者を抱えるようにして上がる。ヘリコプターに、十五人全てを乗せることは不可能なので、ニ機体制で行う必要があった。
 
「乗せられるだけ乗せて退避したい。小さな子供もいるようだから、彼らを優先して、できるだけ素早く」
「はい!」

 勝利が見守る中、一号機の隊員たちは七名を収容して一旦離脱。いちばん近い島に降ろして、待機している巡視船が保護する作戦になった。

「よし、行くぞ。愛美、左側につけてくれ。もう少し、いいぞそのままキープだ」

 時間が経てば経つほど、船の傾きが大きくなる。いつの間にか空は灰色に染まっていた。
 勝利は降下位置を確認して、先に降りた。船は上から見ていたよりも、揺れが激しい。不安にかられ泣いている子供もいる。次に降下してくる隊員のために、ワイヤーを真っ直ぐに引っ張った。ここに降りてこいと、合図する。
 
 ここからが勝負だ。

「海上保安庁です! 大丈夫ですからね。すぐにヘリコプターまで上がりましょう」

 子供から先にヘリコプターに上げたいが、年齢が低い子供は怖がって親から離れようとしない。しかし、もたもたしている暇はないのだ。

「いいかい? あそこまであっという間だ。このお兄さんが連れて行ってくれる。おじさんは、君が揺れないように、下からワイヤーを持っている。大丈夫だ。がんばろうな」

 うん! と力強く頷いたのは小学校低学年くらいだろうか。釣りツアーというだけあって、男の子の比率が高いようだ。

「よし、君から行くぞ。杉本、頼んだ」
「了解です」

 勝利は揺れる甲板で、躊躇ためらいの少ない子供から順に上げた。そして、引率の大人や親たちに取り掛かった。

「雨が……」

 あと少しと言うときになって、我慢できなくなった空は雨を落とし始めた。早くしないと、今度は体力が奪われる。

「はい、上がりますよ! 上を見てくださいね! 下は見ない!」

 順調にヘリコプターへ収容していく。あと、二人となった。その時、勝利は気づく。七名が収容人数の限界では無いかと。ヘリコプターはなんとか耐えながらホバリングしている。しかし、海も空も到着時とは違い荒れ始めていた。

(一人、溢れるな……ああ、問題ない。俺が残ればいいだけだ)

 そう思い、残り一組の親子を振り返った。

「さあ、君から先に上がろうか。パパはその後すぐに上がるよ」
「イヤだ!」

 ここに来てまさかの拒否だった。

「急がないと船が沈んでしまう。怖くないさ、これを付けるだけだよ」
「ユウジ、言うことを聞きなさい! みんな上で待っているだろ!」

 父親は語気を強めて息子に言い聞かせる。

「イヤだ! 父ちゃんが先に上がって!」
「ユウジ!」

 抵抗する人間を上げるのは困難だ。安全にヘリコプターまで釣り上げるには、隊員に大人しく身を預けてもらわなければならない。

「隊長、どうしますか」

 一刻を争っているのに、このままでは先に上がった人たちも危険に晒されることになる。しかし、親子のやりとは終わらない。

「ユウジくん? どうしてお父さんが先なんだ? 理由があるのか」

 勝利はユウジという少年に、しびれを切らして問いかけた。少年は意志の強そうな瞳で、しっかりとした口調で理由を告げる。

「父ちゃんは、足が悪い。泳げないから先に上げてください!」
「そう、なのか?」

 少年の話を聞いて、勝利は父親の顔を見た。父親はバツが悪そうに頭を下げた。もう、これ以上は待てない。勝利は判断する。

「分かった。ユウジくんはおじさんと最後に上がろう。それで、いいな!」
「いいです!」
「お父さん。時間がありません。息子さんは私が責任持って守ります。先に上がってください。あなたが残るより、ユウジくんが残った方が、万が一でも対応できます」
「しかし!」
「約束します! 必ず無事にお返しします! 早くしないと先に救助された人たちまで、風に煽られて落ちてしまう!」

 父親は、はっと上を見上げた。ホバリングしているヘリコプターは、もう、風に煽られ始めていた。

「すみません! お願いします!」

 なんとか納得した父親に、安全にフックを装着。勝利は片手でワイヤーを引きながら、少年を腕に抱え込んだ。

ーー 父親、収容完了
ーー 了解。あとは、この少年を頼む。俺は、泳いで巡視船まで行く。
ーー 了解。

 そんなやり取りを無線で交わしたときだった。急に大きな波が襲い始めた。

「くっそ、あと少しじゃないか! 頼む、大人しくなってくれ」

 あまりにも船体が揺れ始めたため、救助する隊員が降りてくることができない。勝利は握っていたワイヤーを離した。腕を回して、ワイヤーを引き上げろと合図をする。このまま下から引っ張っていては、ヘリコプターがバランスを崩してしまう恐れがある。それに、風に煽られて、勝利も少年も吹き飛ばされるかもしれないからだ。

ーー 一旦、乗客を降ろしてこい。ここのまま居たら、墜落だそ。
ーー 分かりました! すぐにも取ります。隊長、耐えてください!

 二次災害を避けるため、救助した人々を安全な場所に降ろす必要があった。迷う時間など、どこにもない。

 船が大きく傾き始めた。勝利はユウジという少年を抱えて、傾きの頂きに移動する。

「おじさんを離すなよ」
「はい!」

 少年は力強く、勝利のベルトを掴んでいる。父親を守ろうと、自分を後回しにした心の強い少年に、勝利は目を細めた。

(こいつも、海の男だな)

「ユウジくんみたいな、強い男が残ってくれて助かったよ。もう少しの我慢だからな、気をしっかりもつんだぞ」
「大丈夫です! ボク、海は怖くないから!」
「そうか、すげえな」

 やはり、大した少年だと勝利は思う。海は怖くない。この状況でそう言えるこの子は、将来どんな大人になるのか。勝利はこれまで、他人の子供に興味を持ったことはなかった。きっとそれは、自分も人の親というものになったからだろう。

「海が好きなのか」
「好き!」
「そうか。おじさんも大好きなんだ」
「知ってる!」
「バレてたか」

 ワハハと、笑いながら二人は救助を待った。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

警察官は今日も宴会ではっちゃける

饕餮
恋愛
居酒屋に勤める私に降りかかった災難。普段はとても真面目なのに、酔うと変態になる警察官に絡まれることだった。 そんな彼に告白されて――。 居酒屋の店員と捜査一課の警察官の、とある日常を切り取った恋になるかも知れない(?)お話。 ★下品な言葉が出てきます。苦手な方はご注意ください。 ★この物語はフィクションです。実在の団体及び登場人物とは一切関係ありません。

寝室から喘ぎ声が聞こえてきて震える私・・・ベッドの上で激しく絡む浮気女に復讐したい

白崎アイド
大衆娯楽
カチャッ。 私は静かに玄関のドアを開けて、足音を立てずに夫が寝ている寝室に向かって入っていく。 「あの人、私が

私は何人とヤれば解放されるんですか?

ヘロディア
恋愛
初恋の人を探して貴族に仕えることを選んだ主人公。しかし、彼女に与えられた仕事とは、貴族たちの夜中の相手だった…

車の中で会社の後輩を喘がせている

ヘロディア
恋愛
会社の後輩と”そういう”関係にある主人公。 彼らはどこでも交わっていく…

『番外編』イケメン彼氏は警察官!初めてのお酒に私の記憶はどこに!?

すずなり。
恋愛
イケメン彼氏は警察官!甘い夜に私の身は持たない!?の番外編です。 ある日、美都の元に届いた『同窓会』のご案内。もう目が治ってる美都は参加することに決めた。 要「これ・・・酒が出ると思うけど飲むなよ?」 そう要に言われてたけど、渡されたグラスに口をつける美都。それが『酒』だと気づいたころにはもうだいぶ廻っていて・・・。 要「今日はやたら素直だな・・・。」 美都「早くっ・・入れて欲しいっ・・!あぁっ・・!」 いつもとは違う、乱れた夜に・・・・・。 ※お話は全て想像の世界です。現実世界とはなんら関係ありません。 ※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・・すみません。 楽しんでいただけたら嬉しく思います。

お父さんのお嫁さんに私はなる

色部耀
恋愛
お父さんのお嫁さんになるという約束……。私は今夜それを叶える――。

私に告白してきたはずの先輩が、私の友人とキスをしてました。黙って退散して食事をしていたら、ハイスペックなイケメン彼氏ができちゃったのですが。

石河 翠
恋愛
飲み会の最中に席を立った主人公。化粧室に向かった彼女は、自分に告白してきた先輩と自分の友人がキスをしている現場を目撃する。 自分への告白は、何だったのか。あまりの出来事に衝撃を受けた彼女は、そのまま行きつけの喫茶店に退散する。 そこでやけ食いをする予定が、美味しいものに満足してご機嫌に。ちょっとしてネタとして先ほどのできごとを話したところ、ずっと片想いをしていた相手に押し倒されて……。 好きなひとは高嶺の花だからと諦めつつそばにいたい主人公と、アピールし過ぎているせいで冗談だと思われている愛が重たいヒーローの恋物語。 この作品は、小説家になろう及びエブリスタでも投稿しております。 扉絵は、写真ACよりチョコラテさまの作品をお借りしております。

マイナー18禁乙女ゲームのヒロインになりました

東 万里央(あずま まりお)
恋愛
十六歳になったその日の朝、私は鏡の前で思い出した。この世界はなんちゃってルネサンス時代を舞台とした、18禁乙女ゲーム「愛欲のボルジア」だと言うことに……。私はそのヒロイン・ルクレツィアに転生していたのだ。 攻略対象のイケメンは五人。ヤンデレ鬼畜兄貴のチェーザレに男の娘のジョバンニ。フェロモン侍従のペドロに影の薄いアルフォンソ。大穴の変人両刀のレオナルド……。ハハッ、ロクなヤツがいやしねえ! こうなれば修道女ルートを目指してやる! そんな感じで涙目で爆走するルクレツィアたんのお話し。

処理中です...