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第177話 蹂躙

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『くわはははははっ』

 俺が結界から一歩外に出たら魔族は笑いながらいきなり殴りかかってきた。
 人間から見れば3メートルのゴリラが繰り出す剛腕なのでとんでもない威力なんだろうが、当たらなければどうということはない。

 いや、もっとか?

「物は試し」

『?』

 ズンという手ごたえはあったが、それだけだ。魔族の腕は俺の左手で受け止められていた。

「結局の所、魔法のある世界の力って魔力によるものなんだよね」

 スキルなんかで本来持てない重さの武器を軽々と振り回す。
 それは自分の身体というか存在にそういう効果の魔法を重ねて起動させて、半分は魔法でそれを持っているわけだ。

 つまり俺の身体に張り巡らされている魔力回路というのは俺の骨格でもあり、筋肉でもあるわけだ。
 あの場所で、あいつから受け継いだ魔力回路。
 結構長い時間が流れて今は既におれ自身。

 この程度の魔族相手なら素でドツキ合いもできるらしい。
 腕を引いて地面にたたきつけ、それを踏んづけると引きずられるようにカラスの顔が下りてくる。

「でかい動物はあまり可愛くないな」

 可愛いものは嫌いじゃないんだが、いや、馬とか牛とかもかわいいと思うんだが巨大カラスはかわいくない。
 これだったら遠慮なく殴れる。

 バキッ!

 俺の右フックを受けて魔族が吹っ飛んで木にたたきつけられる。

『あえ?』

 何が起こったかわかってない風で頭をふる魔族。
 周囲を見回し上空に飛び上がった。

『ぶふうー…ドラゴンの近くで戦うのが間違い』

「あー、黒曜が何かしたと思ったか…」

 羽ばたきながらゆっくりと距離を取る。
 向かってくるならいいけど、間違っても逃がすわけにはいかないから俺もここから離れるふりをしつつ追いかけていく。

 後ろで晶が何か言っているが、結界からは出られないから無視だ。
 ある程度といっても100mぐらいだと思うんだけど、それでなぜか安心してカラスゴリラは変な踊りを踊り始めた。

「滑稽で面白いけど…」

 別に頭がいかれたとかではないらしい。
 手と足で何かを捕まえて引っ張るような動き。それで柔道の投げ技を繰り返すようにジタバタする動き。
 非常に面白い。

 そのうちに引っ張る動きに合わせて風が動くようになり、投げ技の動きに合わせて魔族の周囲を回るようになる。
 それはそのまま持続するようになり、あっという間に数十メートルに及ぶ風の、砂塵の球体に成長した。

 そしてその周囲で細い砂塵の槍がまるで蛇のように、龍のようにうごめくようになる。

『龍の巣だ…』

 俺じゃないよ、晶がいったんだ。
 まあ、俺もあのアニメ思い出したけど。

 現実の味気ないところってBGMがないところだよね。

 その後『にげてー』とか『危ないよー』とか晶が大騒ぎをしていたけど、まあ、この程度、何の問題もない。

「んー、とりあえず爆縮魚雷」

 生み出されたコーティングされた重力場。
 それが本当に魚雷のように空中を泳いで龍の巣に向かっていく。

 迎え撃つのは砂塵の槍、いや、結構大きくなっているし砂塵の小龍というところか。
 爆縮魚雷は重力場と固定された空間の殻だから見た目は局所的なカゲロウみたいなもので、ほとんど見えない。

 それでも砂塵の小龍は爆縮魚雷をよく探し襲い掛かった。

「だけどねえ」

 爆弾に体当たりするようなものだからねえ…

 砂塵小竜と接触した魚雷は周囲の殻を失い、中心の重力塊がむき出しになると一気に周辺にあるものを引き寄せ一点に圧縮する。
 爆発的に圧縮されるのでこれが爆縮と呼ばれる現象なんだ。

 でも次の瞬間数十分の一に、一瞬だけ圧縮されたそれらは今度は重力場の崩壊とともに解放され、爆発現象に転じる。

 突っ込んだ頭が消し飛び、基点を失った所為か細長い蛇体も崩壊して根元まで崩れていく小龍たち。
 次々と爆縮魚雷を撃ち込んでやればどんどん周囲の小龍は減っていった。

 時折大本まで届いた爆縮魚雷はそこで弾けて木星の目のような波紋を起こして龍の巣に揺さぶりをかける。

「これだけでも勝てそうな気がする」

 と思ったんだけどそこまで簡単にはいかせてくれなかった。
 もともとが砂塵と風の玉だから厚みを増せば中核に影響を受けずに魚雷を迎撃できると気が付いたみたい。

 結果、龍の巣の出力は上がり、爆縮魚雷はその外郭の嵐に飲み込まれて破裂するようになってしまった。

 本来木星のように縞模様の美しい龍の巣の表面がぼこぼこと泡立つのは面白い光景だったけど。
 そのままこちらに突っ込んでくるつもりのようだからあんまりのんびりと構えてはいられない。

 俺は両手で包み込むようにした空間に空間の歪みを固定する。
 歪みというか高密度空間だな。
 空間自体を高密度に維持するのだ。

 惑星の持つ1Gとかすごい力だと思う。
 大型惑星の周辺ならもっと強い重力が発生するだろう。太陽の周りとかね。
 でもそれだって空間に生まれるひずみはそれほど大きなものじゃない。
 光をほんのわずかに屈折させるだけ。

 だから俺の手の中にある光を屈折させて黒く見えるこの重力場がどの程度のGを持っているのかわからない。
 そういうの計算するのはちょっと無理だよね。
 でも、空間属性の、空間構造を制御する俺の力なら、そういうのも作れる。

 できたのはパチンコ玉ぐらいの黒い球。

 その玉を胸の前に浮かべ。両手を拳に握り腰だめに構えて…

「くらえ! ブラックホール・カノン!!」

 ドン! と勢いよくマイクロブラックホールが撃ちだされる。

 正確には『疑似(マイクロ)ブラックホール・カノン(試作型)』だけど、まあ、ちょっとカッコつけて。

 撃ちだされたマイクロブラックホールは周辺にあるあれやこれやを巻き込んで飲み込み、押しつぶし、でもブラックホールとして自身を維持できるほどの質量がないので崩壊し、後方からそれを吹きだしながら進む。
 どんどん加速しながら。

 それはゆっくりと進行してくる龍の巣に飛び込んでその大半をもぎ取り飲み込み押しつぶす。
 だがここまでだ。
 所詮は偽物。
 まあ、本物だと非常に困るのだけどね。

 俺の与えた力が切れればブラックホールの形を維持できなくなり、飲み込まれたものが一気に解放される。
 大気や砂塵を圧縮し、押しつぶしたプラズマをまき散らしながら崩壊する。

 ブラックホールの蒸発。

『ぎいぃえぇぇえぇぇぇぇぇぇえぇぇぇぇぇぇえぇぇぇぇぇぇえぇぇぇぇぇぇえぇぇぇぇぇぇえぇぇぇぇぇぇえぇぇぇぇぇぇえぇぇぇぇぇぇえぇぇぇぇぇぇえぇぇぇぇぇぇ』

 聞くに堪えない悲鳴が上がった。

「悲鳴が聞こえるということは直撃はしなかったか…」

 龍の巣は消し飛び。ウインザルが落下してくる。
 腕や足が引きちぎられ、全身ぼろぼろで、しかもプラズマに触れたのか燃えている。
 それは〝とさっ〟という意外と軽い音を立てて地面に落ちた。

『にんげん…じゃない…化け物…』

「まあ、確かにそうかもね」

 俺は重力の断層を利用してその首を切り落とす。
 体の方はグラビトンウェーブで焼いてしまおう。

 あとに残ったのは大きな魔石だけだった。
 まあ、これで…ひとまずは終わりか…

「あっ、なんで村の連中がここに獣人とか送り込んでいたのかわからなかった」

 いや、わかってはいたけど証拠がない。
 まあ、いいか、村人締め上げりゃ何とかなるだろう。
 さて帰ろう。

◇・◇・◇・◇

「え? 帰らないって? なんで?」

「だってこのキャンプの方が環境がいいしご飯もおいしいから今日はここでゆっくりしてから帰ろうよ」

 むっ、まあ、村よりもここの方が快適だけど…

「それにキオも寝ちゃったし、緊張して疲れたんじゃないかな」

 なるほど、魔族がいる間随分気を這っていたみたいだからね。

 なら、まあ、いいか、急ぐもんでもないし。
 そんな感じでゆっくり帰ることにしたんだけど、村に戻ったら変なのが待っていたのだ。



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