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第162話 オルキデア公爵領

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 勇者がそんな苦労をしているとは全く知らずに俺は空の上から帝国に向かって進行していた。
 もちろんネムたちを領都の屋敷に送り届けてからだ。
 基本的にうちの馬車は俺か黒曜がいないと動かないからな。

 シアさんたちも学校に行ったし、ネムたちは留守番を引き受けてくれた。

「もう一人受け入れる準備をしておきますね」
「たらっしゃい」

 ネムとラウニーの見送りを受け、あとのことを使用人に任せて俺は領都を飛び立ったのだ。

 で、現在俺は馬上の人ならぬ麒麟上の人。
 翼を広げのびのびと宙をかける黒曜はなかなかにご機嫌だ。
 なので俺も安心して思索にふけることができる。

 慣れた道とかだと考え事をしていても勝手に足が動いてくれるというのはよくあることなんだけど、さすがに飛んだこともない空ではね。
 で考え事というのが先日、逃げた勇者の位置を確認するために追いかけたときのこと。

 勇者君てば普通に街道を進んでいたので割と簡単に発見できた。
 予想通りいったん南に抜けて、領都を通過し、さらに南のラーリ港から船に乗って帝国を目指すルートのようだ。

 この国は太ったブーメラン型の国でへこんだ所にでっかい湖がある。
 この湖を使うと王都やオルキデア公爵領まで直行の便があるのだ。
 おそらくそれに乗るのだと思われた。

 この時代魔動車などを使っても旅には日数がかかるからね。

 いやいや、そうじゃない。それはいいのだ。
 いやよくないけどそれじゃないのだ。
 勇者を見つける少し前。感じた巨大な気配がもんだいなのだ。

 この気配を目指して飛んだら勇者がいた。というのが正しいというほどだった。

「イアハートほどではなかったけど、結構強い気配だったよね」

『俺も見たかった』

「いや、俺も見たわけじゃないんだよ。近づいたらものすごい勢いで逃げていったから…
 なんかどこかで見知ったような気配だったんだけど…」

 どうにも思い出せない。

 その気配があった場所に行ったら勇者がいて、空から観察していたらどうも疲れ切った様子で領都の方に進んでいった。
 あのエンツィアンというおっさんが倒れたことはそれほどのダメージだったのだろうか?
 だが、これなら帝国にまっすぐ帰るのではないか? と思われたので勇者の一件はこれでいったん終了。ということにした。
 俺もいろいろ忙しくなってしまったからね。

 その後みんなを連れて家に帰り、改めて旅立って現在という感じだ。

『水、遊びたい』

 件のでっかい湖の上を飛んでいると黒曜がそんなことを言い出した。
 まあ。龍だからな。

 俺は自分で飛行して黒曜から離脱。
 すると黒曜は高度を下げながら姿を変え黒い応龍の姿に変じる。
 さらに大きくなったかな? 全長で20mぐらいだろうか。

 水面をぱちゃぱちゃつきながら飛行している黒曜の後ろに黒い影が。
 それはいきなり水面からガバッと伸びあがり、大きな口を開いて黒曜に躍りかかる。
 なんという大きな魚だろう。とギョッとするレベル。
 全長は50メートルを優に超えていて、全体としては黒、だが体にラインを引いたように虹色のうろこが並んでいてかなりきれいな魚だ。
 というかシーラカンス?

 黒曜を飲み込もうと大口を開けて飛び掛かったその魚は。〝ペチン〟という黒曜の尻尾の一撃を受けて空高く打ち上げられた。

 そのまま落ちてくるわけだがその先に黒黒とした円盤が発生する。
 一目でわかった。これは亜空間だね。

 門をくぐるようにその円盤をくぐった巨大魚はそのまま姿を消して一巻の終わり。というか空間収納に入る時点で死んでたのかな?

《死んでないよ。落ちて死んだ》

 いつの間にか空間収納をすごいレベルで覚えていた黒曜のイメージだと自力で作る亜空間には生きているものも入るらしい。
 俺が使っているしまうぞう君なんかに生きているものが入らないのはどうも安全装置が機能してるからのようだ。
 ただの空間の歪であればそりゃ生きているものも関係ないというわけでね。

 試しにと検証してみたら俺にも使えたよ。
 うーん、ラウニーとか黒曜とか、負うた子に教えられではないが俺の影響で力を使っているはずなのに俺が教わることが多い。
 これはいけないな。もっと精進しないと。

 ちなみに検証の結果、この亜空間には時間の流れ以外何もないことが判明しました。
 空間も入ったものの分しか確保されない。空気もないし熱くも寒くもない。ただ何もない空間にそれだけが存在する。そんな世界だ。
 まあ、大概のものは死ぬよね。

《ご飯。食べる。食べる》

「・・・・・・・・・・50メートルもある魚をさばくのか? 俺が?」

 マジか…

■ ■ ■

 でもやらないといけないので頑張りました。
 重力制御ができれば割と何とでもなるな。
 こけらを落として、しかし全部回収して。
 頭を落として三枚におろす。
 このサイズじゃ兜煮とかも無理だよな。
 内臓は食わないみたいだからこれは焼却してうめて…うわっ。これって寄生虫か? でっかいなあ…巨大アニサキス。
 焼いて食おう。

 切り身にして塩振って焼いて、残りはしまうぞう君に。
 こっちは品質保持ができるから長持ちする。しかも寄生虫がいた場合は排除される。
 優れモノ。

 まあ、亜空間だって光も空気もないから劣化遅いはずなんだ。
 熱くもないし寒くもない。乾いてもないし湿気てもない。
 そんな空間だからね。
 ただちょっと思いついたことがあるのでこっちは別に使うことにした。

 でもって実食。

「うまっ!。ナニコレ。うまい」

《ウマイゾーーーーーーッ、俺は食うぜ、俺は食うぜ》

 黒曜と二人でガツガツ食ってしまった。
 本当にうまかったよ、ただの塩焼きなのに。
 いやー、おむすびが合うねえ。

 そして就寝だけど、しばらくは準備だ。ふふふっ、ちょっと楽しいじゃん。

 材木切って~、きれいに削って~。うまくいくかなあ~。
 ふふふふふっ。

■ ■ ■

 翌日はすぐにオルキデア公爵領に到達した。やっぱり空を飛ぶのは早いね。
 モノは試しと近くの村に降りてみたが…なんとなく活気がない。

「なんか全体的に貧乏な感じ?」

《うまそうなものはない。人間だけ、でも痩せてる》

 人間は食っちゃだめだよ。
 話を聞くと税金の取り立てがかなり厳しくて生活にゆとりがないらしい。

 特にイベントが起こったりはしなかったのでこの辺りの特産だという木の実などを少し高めに買い取った。
 焼け石に水ではあるが、ないよりはましだろう。

 今度は地上を走って大きな町につくがこちらは一気に様相が変わる。
 成金趣味の見本市だ。
 中でも中央にある城がすごい。

「ここって領都か何かですか」

 道を行く太ったおっさんに話を聞いてみる。

「おっ、兄ちゃんうれしいことを言うね、でもここは領都じゃないんだ。オルキデア公爵様に仕える伯爵さまの領地さ。あそこにある城がその伯爵さまの城だ。
 どうしたい?」

 多分変な顔をしていたんだろう、おっさんがいぶかしげな顔をする。

「あー、いゃね、ここに来るまでに村を見かけたんだが…」

「あー、あの貧乏人どものねぐらか。あんなのと一緒にしてくれるなよ。ここに暮らしているのは言ってみれば成功したやつだけだ。
 あいつらはまけ犬さ。
 自分じゃ何もできない。
 俺たちが使ってやるから畑を耕すぐらいだな…こら!」

 おっさんは道の隅をうろちょろしていた痩せた、かなり痩せた人々を怒鳴って追い散らした。

「あいつらも負け犬さ。残飯あさるしか能がないんだ。
 まあ、あいつらに比べれば畑で働く泥虫の方がましだな。
 兄ちゃんは旅の人だろ。
 見れば装備も見事だ。ひとかどの人だと思うよ。ぜひ領都に、ゼフィランサスに行ってみるといい、あそこにある公爵様の城はそれはもう、夢のような荘厳さだ。
 後学のために見ておくべきだよ。絶対だ」

 とういうとおっさんはアクセサリーをじゃらじゃら鳴らしながら去っていった。

 俺は…結構このオルキデア公爵というのが嫌いになったな。
 無能の極みだ。

 俺はそのまま町を出て関所のある町に向かう。
 この領地はどこかによるごとに不愉快になりそうな気がするよ。

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