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第156話 遭遇、モルスネブラ

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「ずっと奥ですね」

 音はかなり大きく聞こえたが悲鳴のもとは見えなかった。
 どこまでも続くオフィスは靄で霞んだように数十mも見通せない。ただうすぼんやりとした影が見えるだけだ。

「行ってみましょう」

 俺を見てそういうネムに頷き返す。
 全員が周囲を警戒しつつ奥に歩を進めた。

 じつをいうと俺は悲鳴が聞こえたときについ走り出しそうになったんだよね。彼女たちはみんな慎重だった。
 これがこの世界の常識なんだろう。つまり俺の方がぼけていたということだ。

 オフィスの机は流れるようなデザインで、結構斬新、椅子もなんかよさげだ。
 だがこれは迷宮の一部で外に持ち出すことはできないらしい。

 担いで持ち出そうとしている冒険者がいたが、ある程度離れると崩れて、いつの間にか元の位置に戻っている。

 魔物はやはり机の下などを這いまわる動物の骨で、脅威になるようなものはない。

「ひゃっ」

 という悲鳴で振り向いてどきりとした。
 机の前に人影があったのだ。いや、白い人型というべきか。

 本当にまばらに、机に座って仕事をするような人型の靄が。

 近づくと声がきこえる。

『おわらなーーーい。おわらなーーーい』

 山のように積まれた書類と格闘する人型。

 かと思うと机の下で段ボールを敷いてうずくまる人型があったり…

『あとごふん…あとごふんだけ…』

「ここは地獄か!」

 つい突っ込んでしまったよ。

「マモノとかではないですね、触れませんし、散らしてももとに戻ってしまいます。
 この台や上の小物と同じで、迷宮のオブジェクトみたいです」

「いやなオブジェクトもあったもんだ」

 少し進むとラウニーが警戒するように毛を逆立てはじめる。
 まあ、俺に巻き付いてだけど。

「体勢を立て直そう。シアさん、前へ、銃は任意で撃っていい。補給は心配しないように。
 ネムは周辺警戒」

 シアさんが盾と銃を構えて前を行く、斜め後ろにネムがいて周囲を警戒する。

「私は即応」

 マーヤさんはネムの反対側で自分のナックルをガンとぶつけて歩き出す。

 当然、俺が後方警戒だな。
 俺は後方に力場を展開し、敵に備える。視点も後方を増やしてなにも見逃さないように。
 警戒しつつ確実に進んでいく。

 時折魔物、ちょっと大きめ動物スケルトンが飛び出してくるがシアさんのビーム斉射で砕かれていく。
 違う方向に魔物が出たときはマーヤさんの空飛ぶ鉄拳やネムのトマホークが飛んで粉砕する。

 時折後ろから襲ってくるのもいるが俺の重力場につかまってその場で押しつぶされている。

 うん、ここら辺は何の脅威にもならないな。精神攻撃以外は。

 そうこうするうちに悲鳴のもとが近づいてきた。

「うわああぁぁぁぁっ、効かない、攻撃が効かない」
「魔法何してんの?」
「だって、当たんないよ、いないんだもん」
「ぎゃーーーーっ」
「ルシウスがやられた。畜生、なんて切れ味だ」
「鎧ごと切れてるよー」

 これはゆっくり行くと全滅しそうな勢いだな。

「急ぐ」

 マーヤさんがそう言うと前方に向けて両手のパンチを構えた。

「ブラストトルネイドナッコォーーーー!」

 ドン! と両こぶしが撃ち出された。
 ギュルギュルと回転する鉄拳は周囲の霧を吹き散らし、魔力を螺旋状にまき散らして広がり、机の下などに隠れたアンデットや吹き飛ばせるオブジェクトを薙ぎ払う。

「ふっ」

 満足げに息を吐くマーヤさん。
 よほど気に入っているみたいだ。
 しかも名前が毎回少しずつ変わっとらんか?

「気分」

 あー、さいで。

 だがこれで進路はクリアになった。
 なにが隠れているかわからないからちょっと危ないやり方だが、この状況なら進路クリアというやつだろう。

 俺たちは薙ぎ払われたオフィスを走っていく。
 途中でマーヤさんのパンチが戻ってきた。

 そしてそのころには敵の姿がはっきり視認できる場所まで来た。

「ぎゃあーーーーーーっ」

 また一人切られた。
 切ったのは件のモルスネブラ。死の霧。飛び回る死神の爪だ。

『ヒイィイィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィッ』

 相変わらず気持ち悪い声だ。

 次の瞬間ネムのダブルトマホークが死神をおそう。
 爪を跳ね上げ、切られそうになっていた神官の若者を助ける形になった。
 だが本体は無事だ。

 ネムのトマホークが通った時になにかがバチバチと火花を散らしたが、一瞬散ってまたすぐにもとの霧のようなシャレコウベに再編される。

 続くマーヤさんの攻撃は転移で交わされてしまった。

 そうそう、こういうやつだったよ。

「シアさん、連射」

「はい」

 ツパパパパパパパパパパパパパパパパッ

 俺の指示に従って連射される魔力のビーム。
 これはまともに入った。やはり転移直後がいい。

 それに攻撃を受けて拡散と再編を繰り返している時は転移とかはできないみたいだ。
 これも前回と同じ。
 これで地より沸き立つモノを決めれば倒せるんだろうけど、至近距離に襲われていた冒険者がいるから今は撃てない。

 俺は重力場を使って生き残っていた二人をつかむと遠慮なく引き寄せる。

「あでっ、あででで」
「いたいいたい」

 ガンゴンガン!

 あー、椅子とかぶつかって吹っ飛んでるよ。痛そー。
 でもこれで魔法が…と思ったのだが、モルスネブラはすーっと消えるようにいなくなってしまった。

「むむっ、どういうことだ?」

「わかりません、まるでいきなり存在が薄れたような…」

「倒したんですかね?」

「魔石がない」

 そこには魔石も爪も残っていなかった。
 つまり逃げられたということだな。

「うーん、攻撃をしている間は動けないように見えたんだが…」

 まるっきり動けないわけではないのだろうか?
 動きが遅くなるだけとか…

「仕方ありません、戻りましょう。ギルマスに報告もしないといけません」

「そうだな」

 俺はちらりと助けた二人を見る。
 神官の若い男と、斥候の女性のようだ。
 伸びている。

「緊張が緩んだのかもしれないな」

 マーヤさんが指をさす。
 頭にでっかいたんこぶが。

「たぶん緊張がゆるんだせいだろう」

 俺は回復魔法をかけて証拠隠…いや、治療をするのだ。治療だよ。
 そして遺体の回収…は出来なかった。
 その前に死体が消えてしまった。

「消えるのがかなり早いですね」

「ちょっぱや」

 俺は迷宮のこととかあまり知らないけど、普通ではないのかもしれない。
 遺品を持って引き上げ、ギルマスに状況を説明して二人を預ける。

 さすがにあれを放置はできないと翌日、迷宮を探索してみるが今度はあの魔物の影もなかった…
 二階層を結構広範囲に調べてみたんだが、全く影も形もない…

 仕方がないと三階層に進んだんだがそしたら二階層で犠牲者が出てしまった。
 どういうことだろう…

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