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バナナ代返金請求書 第三話(完結)
しおりを挟む以上のことから、貴店には被害者であるこの私に対して、金額十円の返却義務が、水や大気や大して可愛くもないペット犬や、収賄事件における答弁拒否と同様に、確実に存在すると思われます。しかしながら、もし、この申し出を真っ向から蹴り飛ばし、こちらの金融資産の一部を返却する気はない、との回答があれば、こちらとしても別の考えがあります。今現在、一時的な不幸により、家族と貯蓄のすべてを失い、落ちぶれてはいますが、私とて、この先進国に生を受けた民の一人です。生まれながらにして、人に認められている、様々な法律上の権利を行使して貴店の悪意に挑んでいきたいと思います。
まずは、駅前の路上で立ちすくみ、行き交う人々に手書きのチラシを配ります(このとき、決してありきたりのワープロソフトで、安っぽい檄文を作成するようなことはしません。こちらの真剣味がまるで伝わりませんからね)。まずは、この近辺に住んでいる単純な人々の心に強く訴えていくわけです。都会住まいの人間は冷酷とまでいわれて久しいですが、この寒い中、貧しい身なりで長時間にわたり、何かを訴えかけようとしている、孤独な浮浪者を無視することなど、絶対にできないはずです。
きっと、皆、我先にとこちらに駆け寄って来て、手書きのチラシを次々と受け取り、その深刻な内容に興味を示すはずです。私の肩をやさしく叩き、少なくはない額の寄付金をこの財布に押し込み、力強い言葉で励ましていくでしょう。そして、貴店の行なった極悪非道な仕打ちの数々を彼らが知るならば、政治思想や信仰の壁などを軽く飛び越えて、共感を示す人が少なからず現れるはずです。あなたが起こしてしまった、今回の冷酷な一件は、単純で正直で善良(表向き)な人々の胸に、少なからぬ衝撃を与え、やがて、さざ波のように人づてに伝わっていくことでしょう。数日後には、この近辺の区画に住む、ほとんどの住民が、あなたの非道を知って、顔をしかめるところになるわけです。この自分だけは陰謀論に騙されまいと思い込んでいる人ほど、近しい人間からの曖昧な情報を、そのまま鵜呑みにするものです。私の企みが順調に進めば、この一件を知って憤る人間は、たった数日のうちに数万人単位にも及ぶことでしょう。一時的にか、それとも恒久的にか、あなたのスーパーから客足が遠のくことになります。この段階で、あなたの足元には氷壁のクランク。その心中は、タチの悪い風邪に襲われ、極度の悪寒に晒されるわけです。
それに続いて、私は大勢のボランティアスタッフを従えて、個々の目的地へと急ぐ、雑多な人々であふれる駅のロビーへと移動します。この場において、大規模な署名活動を行うわけです。もちろん、あなたにふんだくられた十円硬貨の返還を要求する請願署名です。通勤通学途中の人々が多数行き交う駅の構内で声の限りに叫ぶならば、必ずや多くの人がその足を止め、耳を傾けてくれるはずです。
これは主観になりますが、通学途中の学生さんや、すでに安定した職業を得ているベテランの社員などは、社会全体の難問をすべて巻き込んだ、このような壮大な訴えに感心を寄せる人がきわめて多いのです。人間というものは、安心感に浸っていなければ、思想的な難問に取り組もうとは思わぬものです。つまり、暇な時間を多く持て余した凡人ほど、こういった署名に応じてくれるケースが多いと考えられます。その騙されやすく正義ぶった心を、軽く揺すぶってやりましょう。彼らは訴えの中身に対して、事実の詳細な調査をしてから、などとは思わないわけです。もっぱら、主催者側の大胆な行動自体に興味を示すからです。つまり、洗脳可能な暇人を多数かき集めれば、思想革命だって、さしたる労もなく行えるわけです。
そうした大衆的な活動を地道に続けていくことで、次第にこちら側に形勢が有利になっていきます。そこで間髪いれずに、大規模なデモに乗り出します。もちろん、これは想像の域を出ませんが、この頃になると、私のバックには、数百人単位の支援者が付いているでしょう。彼らは尊敬する私と行動を共にしたいと願い出ます。それぞれが横断幕やのぼり旗を手に持って駆けつけ、大きな広場において、大集会を開くことも可能になります。その後は拡声器を使用して、さらなる歓声を張り上げ、多勢の参加者を連れ添って街中を練り歩きます。デモの結末としては、あなたの店を何重にも取り囲み、シュプレヒコールを数時間にわたり行います。「塚本スーパーマーケットは、奪い取った十円玉を即座に返還せよー!」と大人数で叫ぶことになります。あなたはその雰囲気に圧倒され、店内の隅に逃げ込み、頭には鉄鍋を被り、会計専用の机の下に潜り込み、震え上がることでしょう。それから数週間は店を開けずに、己のしでかした罪悪の重さに、恐れおののくことになるわけです。
これだけで済むとお思いですか? もちろん、あなたへの執拗かつ巧妙な攻撃は、まだまだ続きます。あなたのスーパーで購入した果物を食べた途端に、高熱や吐き気の症状が出て、喉や下腹部が痛くなってどうにもならん、と保健所に訴え出るかもしれません。実際に体験したことがあるのでよく知っていますが、保健所が真剣に動き出したなら、これはもう、かなり面倒なことになりますよ。強面で嫌味な調査員が多数乗り込んできます。是も非もし難い厳しい質問をあなたの耳に次々と浴びせるでしょう。控え室の机の引き出しや隠し持っていた鋼鉄製の金庫は、満遍なく引っ掻き回されます。この強権に対し、あなたがどう抵抗しようと、店は直ちに厳しい処分を受けるに至り、数日後には確実に閉店。もちろん、あなたは生きる糧を失い、永久に破滅です。
さあ、ここで一度こちらの主張を止めます。私とて鬼でも殺人鬼でもありません。天狗の仮面を被った性悪男です。右脳が正常に回っているうちに、よくよく考えてみることをお勧めします。いいですか? 私はすでにあなたの敵になったのですよ。私は味方につけると、おおらかで性格も良く、親族や仲間の面倒みもよく、非常に頼りになる男ですが、敵に回すとなると、虎や蛇のように凶悪で、しつこくねちっこい男です。ちなみに1977年生まれで、干支はへび年です。
しかし、言うまでもありませんが、私とて社会経済の中に生きる、ひとりの現代人であります。効率を求める確率計算も、自省という概念もすでに習得しております。今回の一件を、自分の側に有利になるように、つまり最後に高笑いできるように解決したいわけです。そのためには、さらなる熟慮を重ねる必要があります。これまで紹介したような、様々な冷徹な手段や計略、まあ、人によっては嫌がらせと表現するのかもしれませんが、これらを使って、今回の事件を一般大衆に訴え出たなら、あなたは本当に動揺するでしょうか? この判断が一番重要なところです。いや、あなたはきちんと整備された知識や道徳を備えている冷静沈着な人物だ。おそらく、これでもまだ、その分厚い鉄面皮を崩しますまい。
「例の一件で、一介の浮浪者がいくらか暴れているようだが、しょせんは何の権力も持たない存在だ。それに噛みつかれたぐらいで動じることはあるまい。私は良識を積み重ねた社会人。ここは無駄に相手をせずに、沈黙を保つが良策。あんな無作法はいつまでも続かない。静かになるまで、無視を決め込めばいい」
そう思い込んで、すっかり安心しきっているわけです。あるいは、私とあの日出会ったイベントのことさえ、きれいさっぱりと、なかったことにするのかもしれません。
『バナナを渡したとか、渡さないとか、そんな小さなやり取りをね、いつまでも覚えていられる人はいません』
すっかり居直って、そう反論してくるのかもしれません。それは確かに通常取りうる対策の中では、きわめて有効なものです。はっきり申し上げますが、きっぱりと無視を決め込まれるのが、私にとって、一番辛い反撃といえるかもしれません。あの一つの大イベントさえ、最初から無かったことにされてしまえば、これまでのこちらからの嫌がらせは、すべて空振りとなり、意味のないものになりますから。しかし、おあいにく様です。この私だって、この個人としては重く、社会の中では小さな問題に、いつまでもかかりっきりになっているわけにはいきません。あなたがそうやって雲隠れをして無視を決め込み、私の存在自体を否定するのであれば、自分という存在を、この広大な世界の中において、誰も無視できないほどの高みへと、つまり、底辺を這いずりまわる、今のどぶネズミのような生活から、いつしか、毎晩羽毛に包まれて眠る高額所得者へと舞い上がってみせれば良いのです。そう、誰の目にも触れないところで、飛べもしなかったはずの、汚れきったあひるが、いつの間にやら成長していたという、誰が書いたかも知れない、あの信じがたい物語。かの負け犬(鳥?)が、栄光の神秘の光を帯び、白鳥と変わり、大空に羽ばたいたように、これから有益なる知識を得て、さらには、理由も分からずに偉大なる才能を身に付け、彼方なる無限の空へと飛び立っていくつもりです。
しかし、あなたの目がいつしか私の輝く存在をモニターの中に認め、その冷静な顔を苦悶に歪め、夜な夜な犬歯が削れるほどに歯ぎしりをして、悔しがるためには、私はいったい何者にまでなれば良いのでしょう? これは難問といえますが、あまり多くの時間をここで割くわけにもいきません。なぜなら、例のイベントが、あなたの記憶にうっすらとでも残っているうちに、行動を完結させねばならないからです。勝者となるための最良の行動は、素早く簡潔でなくてはなりません。比較的短時間で習得できて、他人に羨望の目で見られる才能とはいったいどのようなものでしょう? 私はここで様々な思索を巡らし、下層民の限界付近まで想像を膨らませることにしました。この間、昼間も夜も、皿洗いや風呂磨きの最中も、眼が蠅を追っているときも、郵便受けにポルノチラシを発見したときも、私の思考の大部分は、この問題にかかりっきりになっていたのです。
散々悩み抜いたあげく、私は絵画という芸術に挑戦することに決めました。もちろん、自分の歳はすでに中年の域に達しています。今から芸術的な鍛錬を重ねてみても、あのセザンヌやフェルメールはおそらく描けないでしょう。ただしかし、あなたはモダンアートというものをご存知でしょうか? あの、顔面の骨格や皮膚が崩れたような人間の姿を、キャンバスの上にあり得ない色彩を用いて、ぐちゃぐちゃと描き殴っているような雑な絵のことです。欧米の若者の間では、一時期流行っていたではないですか。そう、例をあげれば、あのピカソやダリのようなやつです。つまり、シュルレアリスムというやつです。ただ、ジャック・リゴーについては、私には不要です。幾度、近代美術館に足を運んでも、ああいうめちゃくちゃな絵は米粒ほども理解できませんでした。応接間の飾りとして高く評価するのなら、美しい静物画の方がいいに決まっているからです。あんなもので芸術だと言い張れるのなら、もはや、何でもありの世界です。素人に一ミリも理解できないような美術品が、天文学的な価格で売れるのなら、この腕で真似するのが手っ取り早そうです。一、二年ほど練習を重ねれば、きっと、私の描いた絵が欧州のオークションで、一枚数百万円で売れるようになるでしょう。他にも針金や鉄パイプや壊れた自転車などを、めちゃくちゃに組み合わせて作った、まるでガラクタの見本市のような模型もありますが、あれこそ、数時間ほどの練習で習得できそうです。おそらくは、三回くらいの試作で売り物になりそうです。
もし、これらの企みのすべてが成功して、短期間の間に、巨額の資産ができたなら、NYに個人用のスタジオを借りて、そちらに移住するつもりです。私の独創的な作品は、すぐにでも現代の巨匠と呼ばれる方々の目にとまり、様々な有名美術館や画商からの仕事依頼がまとまって入ってきますよ。常にあぶく銭を余らせている、IT企業の幹部たちや、税金逃れの策をあれこれと凝らして資産を築き上げたあくどい投資家たちが、私の作品を競って買い求めるわけです。この手で、たったの数時間で描かれた絵は、半年ほどの間に、雨後のタケノコのごとく高騰していきます。この懐には瞬く間に嫌になるほどの大金が転がり込み、すぐに眩しいほどの富裕層たちの隣に座れます。国内外で様々な偉大な賞を受けるようになり、TVにもラジオにもネットにも、引っ張りだこです。山頂にあったはずの、一片の氷の結晶が、坂道を転がりゆくうちに巨大な雪だるまへと変貌して、ふもとの村々を襲うかのように、私の知名度は、オリンピック級の偉大なスポーツ選手や、やばい法案を通したばかりの政治家と肩を並べるまでになるでしょう。
さて、あなたは私が芸術家として着実に成功していることが、マスコミにより喧伝されても、まだ息を潜めています。己を縛る魂の牢獄から外へは出ようとしません。私の身分が、高原から吹き上がる上昇気流に乗ってしまっていることを頭では理解できても、その暗々たる野望の数々が、どこかで破綻してくれることを祈るしかないのでしょう。まったく、見苦しい男です。しかしながら、私が毎日のようにTVのドキュメンタリー番組で紹介されるに至り、あなたはようやくその重い腰を上げるつもりなのでしょう。まるで、大都市が完全に怪獣に破壊されてしまった後に、自衛軍が出動してくる特撮映画のように。
つまり、この期に及んで、実は、偉大なる芸術家である、この私の命の恩人なのだと、ちゃっかり名乗り出てくるつもりでいるのでしょう。私にひと房のバナナを恵んだエピソードを、ここにきて、ようやく紹介してみせて、カメラの前で大威張りするつもりでいるのでしょう。自分はモダンアートで世界的に有名な、あの美術家を救った過去があるのだと……。無知なる俗人が多数集まるであろう、様々な公共の場に行っては、幾度となくそう吹聴するつもりでいるのでしょう。しかし、そんな寄生虫のような、いやらしい作戦で、あなたを地獄の監房から復帰させるわけにはいきません。この世界に二匹目のドジョウは存在しないのです。一度は難なく潰れかけた、あのミジンコのようなスーパーをそう易々と蘇らせてやるわけにはいきません。いまや、すっかり有名になったこの私が、マスコミを通じてその企みのすべてを妨害してやりましょう。何しろマスコミという存在は、基本的に強いもの、強く見えるもの、あるいは権力のあるもの、つまりは数字を取れるものの言うことしか信用しないからです。
「私はまだ芸術家として無名の頃、ある場末のスーパーにて、不良品のバナナを購入してしまい、体調を崩して病院に搬送されました。現在も重い後遺症が残っています。その事件の際に、店長からは何の謝罪もありませんでした。そのことが、悔しくてならないのです」と、世間に向けて公表してやります。もちろん、その頃には、優れた宣伝効果により、世論はすべて私の味方となっているはずです。すぐにでも、国内各所に圧倒的な同情論が湧き起こるのは目に見えています。貧困と無力と形だけの謝罪という、隠れ蓑に身を隠しながら、ひそかに人生の再浮上、再復帰を計っていた、あなたの目論見は、これにて粉々に崩れ去るわけです。
―――― 家具も必需品も飾り気もない、狭く汚らしい部屋の畳の上にひとり座り込み、時折うすら笑いさえ浮かべながら、私はそんな想像を膨らませています。あなたからもらったバナナの皮を、じっと眺めているうちに、あなたの過ちにより、すっかり冷え切ってしまった自分の心を、どうにか救うべく、様々な妄想が競い合って沸いてくるのです。しかしですね、平日の昼間に暗い部屋に閉じこもり、どんなに膨大な空想を楽しんでみても、あなたに対する焼けつくような憎しみは、一向に消える兆候(きざし)を見せないのです。
あなたから受け取った、あのひと房のバナナによって、心のあちこちに刻まれてしまった切り傷は、今や鋭いトゲとなって、ますます深く深くまで突き刺さり、私の人間らしい部分、道徳とか正義とか常識とか精神の均衡といった、人として重要な部品が納められていたはずの心の小箱を、すっかり破壊してしまったのです。もうすでに、名のある大学病院の精神科医師が、どのように手を尽くしてみても、私の心を元に戻すことなどできません。いまや、私は客観的にみても悪人であり、生涯悪人として生きる免罪符を手にしてしまったわけです。あなたが今回の一件を真摯に反省して、この期に及んで、ようやく、深々と頭を下げて謝罪をしたところで、私の心に今も確かに存在する、鋭く光る多数のトゲは、いささかも揺らぐことはないのです。
もし、無残にも、不幸のどん底にまで突き落とされた、この私に微かな希望の光を与えることができるとすれば、それはあなた自身も事業に失敗して不幸に陥ることです。私と同じ浮浪者、貧民、失敗者、失望者、無給者、無能者になることです。不幸に悩まされながら、どこまでも墜ちていく他人の姿を、遠くの空から眺めて悦に浸り、自分の心に光輝と癒しを与えて愛でることは、とても気持ちのいいものです。性格というものが、もし存命中に変わり得るとするならば、この時をおいて他にありません。私の心はあなたの破滅により、ようやく救われ、天に舞い昇るでしょう。
さあ、ここであなたに警告します! これ以上、この難解な問題を、いたずらに長引かせるべきではない。確かにこのまま人間社会全体を巻き込む大論争を続けていくならば、やがては、どちらかが勝利し、どちらかが地べたに倒れ伏すことでしょう。ただ、それが数十年に及ぶ裁判なのか、それとも、二時間後に始まる、互いの髪の毛をつかみ合う大喧嘩なのかはわかりません。しかし、結局のところ、それは遠い未来において、互いの不幸にのみ繋がっていくのではないですか? 激しく傷つけ合い、血を流し合い、生き残った側もこの厳しい世界において、決して長生きはできますまい。さて、ここまでこの書状を読み進めても、まだ黙っているつもりなのですか? この問題を明快に、そして大胆に解決するための、確たる一歩を踏み出す気には、まだ、なれないと仰るのですか? あるいは本当に裁判という、もっとも残酷で冷徹な手段を選択するおつもりですか? もちろん、あなたに残された最後の権利である、その単純で愚鈍な決断を、私の方でも否定するつもりはありません。むしろ、大手を振って支持に回ります。ですが、訴訟ざたになれば、それがどういう方向に進んだとしても、私は最高裁にまで、もつれ込ませる覚悟があります。八十グラムのバナナ一本の問題に、今後、数十年を賭けて、あるいは生涯のすべてを賭けてでも、長大な議論を延々と続けていく。俗物のあなたに、そんな覚悟はあるのですか?
あなたの心中は、すでに密林の藪から飛び出した蛇の猛毒に犯されています。このままでは泣き叫ぶ幼子のように、進むも引くもできなくなるでしょう。自分が運営している、ちっぽけなスーパーの経営を、これからも続けていきたいとの意向があるならば、あるいは、日々安らかであった心の平穏を、ぜひ取り戻したいとお思いであれば、あなたに残された選択肢は、決して多くはありません。私の考えるところでは、それは一つの解答しかありえないのです。
ここで、遥かなる高みから、あえて通告を致します。私から受け取った十円玉を即座に返却するべきです。きわめて大衆的で、しかも公平な観点からみるならば、私としても、硬貨の代わりに新品状態のバナナを、あなたに返却する義務が生じるはずですが、ここ数日間の、通常の人生においては、およそ考えられぬほどの空腹に際して、ついにこの心が負けてしまい、中身はすでに食べ尽くしてしまいました。かなり変色はしておりますが、バナナの皮だけはまだ残っています。これをこの手紙と同封しておきます。ご自分の目でしっかりとご確認ください。あなたがお互いの利益に叶うような、清く人間的で、しかも懸命な選択をしていただけると信じて、今日のところは筆を置こうと思います。 敬具
平成三十年 一月二十九日
あなたの親切に対して心より感謝し、あなたの幸せを願うものより
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