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バレてはいけないこと 第三話

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 しかし、それから一週間後、事態は再び大きく動くことになる。うちのクラスの担任のちょっとおバカな数学教師が、放課後、クラスメイト全員の前である発表を行った。それによると、尾鳥さんが民放のドラマ番組に出演することが決まったというのだ。僕としても、この報告にはいろんな意味で驚かされた。まず、尾鳥さんが地上波のドラマに出演できるほどの評価を得ているとはまったく思っていなかったのだ。あのふたりの口ぶりから、彼女が近々出演するのは、もっとローカルな放送局か、あるいは、ラジオドラマ程度だと勘ぐっていた。うちは田舎のチンケな公立高校であるし、尾鳥さんも一般の入試で入学した普通の生徒である。そこから、その胸に俳優になる野望を抱いたとしても、このわずか二年の間では女優の卵の欠片程度になるのが精一杯であろうと、たかを括るのも当然であろう。しかし、現実に彼女は夢を叶えていた。俄かには信じがたい。世の中には十七歳のダイヤの原石など、ユーラシア大陸の隅々まで、至る所に存在するわけだから……。彼女はこの県にひとつかふたつしかないはずの、サファイアの原石だったのだろうか?

 数学担当教師は本題に入る前に、某有名缶コーヒーメーカーが懸賞品で出しているロゴ入りのジャンパーがどうしても欲しかったので、ハガキ四百枚をかけて応募してみたら、見事に当選したので、ここしばらくはそれをみんなに自慢するために、ずっと身につけたままで校内を巡回する旨の話題から始めた。もちろん、ジャンパーのメーカーは本題とは何の関連もない。しかも、その前置きに十分もの時間をかけた。多くの生徒が、その話を眉間に皺を寄せながら聴いていたが、僕もこの先生は本当にバカなんだな、と思わずにはいられなかった。あれだけ秘密にしておきたいと願っていた情報を、こんな教師の耳に入れてしまって良いのだろうか、というのが僕のふたつ目の疑問だった。

 教師の口から来月の昼間の連続ドラマにおいて、尾鳥雛子さんが時間にして十五分ほど俳優として出演することが報告された。また、それに加えて、このことを自分たちの両親や兄弟や友人、または他校の生徒などに決して口外しないよう御触れが出された。さらにさらに、もし、正門の外などで、マスコミ各社のものと思われる取材を受けてしまったら、勝手に返事をせずに、職員室に連絡を取るよう告げて、あとは無言を貫くように指示が出された。尾鳥さんのドラマ出演が告げられた瞬間に教室内では軽いどよめきが起きた。自分のクラスに俳優の卵がいたことを知らされた生徒のその驚きようは、この間、他のクラスの生徒二名が地元のスーパーで万引きをして警察に補導されたときの反応とよく似ていた。先生の発表が終わって放課後に入ると、僕はふたりを捕まえて、ことの真偽を問いただすことにした。

「おい、おまえらは何で、ドラマのことを、あんなに大々的に発表させるんだよ。あれじゃあ、まるで、他校や保護者に向けて宣伝して欲しいみたいだろ?」

「先生の発表が間違えだっていうの?」
尾鳥さんは少し憤った様子でそうはね返してきた。

「みんながドラマで彼女の姿をみてしまい、大きな騒ぎになって、その後で言い訳がましくドラマ出演の話をするより、今しておいた方がいいに決まっているだろ」

 原田はそのように言い訳をした。痛いところを突かれて、少し、焦っているようにも見えた。これから別れようとしている、もしくは、すでに別れている女性の援護射撃とは思えない必死さであった。

「でも、これじゃあ、まるで、みんなにドラマの宣伝をしたいみたいじゃないか。本当に知られたくないのなら、最初から黙っていた方がいいに決まってる」

「そんなことないわ。これは宣伝なんかじゃない。私は本当にひとりになりたいの。まあ、ここまでやってもらっても、結局、私の存在に、それなりの注目が集まってしまうんでしょうけれど……。プロのカメラマンに撮られるくらいは我慢します。何もやらないよりいいわ」

 先生からの通達から一ヵ月が経ったが、尾鳥さんがそれほどの注目を集めたり、何らかの取材を受けたり、他の女生徒から嫌がらせを受けるような事態はひとつも起きていない。学園の中は平和そのものだった。まるで、何ごともなかったかのようだ。僕は件のふたりと少しずつ距離を取るようにした。良い友達ではあったが、付き合いきれなくなったというのが本音であった。彼女の出演日まで三日と迫っても、学園の周囲にマスコミ関係者の姿は見られなかった。クラスメイトの話題もトレンディドラマに出てくるような若手男性俳優やプロスポーツや、大ヒットアニメなど、めいめい他の話題に移っていった。元々地味であった尾鳥さんの見えない努力と活躍が顧みられたのは、ほんの一瞬のことであった。

 ドラマの放送当日もその翌日もそれほどの騒ぎは起こらなかった。一人二人が彼女に声をかけるシーンはあったが、数学の小テストで満点を取った生徒にかける声とそれほど変わらなかった。肝心の彼女の登場シーンであるが、主人公の女優の友人の妹という配役で、夕暮れの会話シーンで主人公と二言三言話すだけというあまりにも冴えないものだった。

 あくる日の夕刻、校長室前で尾鳥さんと原田が激しく言い争っているシーンに遭遇した。尾鳥さんの自己アピールがついに教育委員会にまで及ぼうとするのを、彼氏が必死になって止めようとしているワンシーンだったのだろう。僕はそこで足を止めずにかえって歩む速度を上げたものであった。自己アピールを控えめに行っていくことで、自分の存在をかえって広めようとしていた、ふたりの目論見はついに成功することはなかったのだった。その後、卒業まで尾鳥さんがクラスの中で勇名をとどろかせることはなかった。

 人は誰しも自分が可愛いものだ。自分にの努力が認められて欲しい、自分に立ち直って欲しい、自分に勝利して欲しい。また、他人と比較して自己の能力が優れていることが望ましいし、ある程度の才能は生活を営む上で必要不可欠であるために競争を余儀なくされる。外見や技術力において、才能を持ち合わせて生まれてきた人は、自分の可愛さをひとしおに感じるのだろう。今回の尾鳥さんの件では、残念ながら、女優としては石灰岩程度であったわけだが、この地上にはそれだけ多くの才能の石が転がっているということである。その真っ白などれもが、自分こそが本物の宝石の結晶だと思い込んでいる。思い込みの激しさという非難の言葉で、それを言い下してしまうことは簡単に出来るが、彼女や他の才能論者をそれほどバカにはできない気持ちもある。おそらくは、この自分もまた、ダイヤや翡翠(ひすい)としては、生まれて来れなかったのだから。
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