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第四章 女神降臨編

安心安全をモットーにしたいのよ!!

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 ベヒモスの足先では、そこに繋がっているムルキャン・トレントが、自由に動かせる枝や根をうねうねと揺らめかせる不気味な動きをしている。そして更に、上機嫌な鼻歌までもが聞こえて来る。動きが気持ち悪いのは分かりきっているんだけど、それ以上の嫌悪感を感じるのはきっと‥‥。
 ふと過った嫌な想像を打ち消すように、慌てて首を振る。

「あの下等生物、桜の君の魔力を吸い寄せて随分とご機嫌な様子ですね。ここで灰燼となっても思い残すことは無いのではないですか?」

 けれど、オルフェンズが唸るような声ではっきりと言葉に表してしまった。

「もぉ!考えないようにしてたのに言わないでよ―――!!おじさんに美味しそうに吸収されてるなんて鳥肌が立つからぁぁ!」

 世のため人のために犠牲になるってこんな感じなのかしら、なんてげんなりしつつ、けど灰燼はダメ!絶対!と半泣きでオルフェンズに念を押したわたしを誰か褒めて欲しいわ‥‥。
 そして何より遠慮の欠片もない様子で魔力をぐんぐん取り込んでいる生成なまなり本人にも、発破をかけて、やる気を起こさせないとね!

「ムルキャン!!わたしみたいに若くて瑞々しいレディーの魔力を取り込んだんだから、しっかり働いてよ!!じゃないとイシケナル公爵に『わたしの魔力をタダ食いした』って言い付けちゃうんだからね!請求書だって回すんだからね!」
「なんと!卑怯なぁぁ―――!」
「口を動かす暇があったら身体を動かす!働かざる者、食うべからずよ!」

 請求書効果は思った以上に大きい様で、ムルキャンは余裕の表情から一転、必死の形相で枝や根を伸ばしてベヒモスのもう片方の前足に触れようと奮闘し出す。

「ふんぬぅぅぅぅ!!卑怯な小娘めぇ!我はなぁ、魔物の能力を操る術を覚えた唯一無二の存在だぞ!?それを、我が君への告げ口をちらつかせて使役しようなどとは、姑息な手をぉぉ!」

 余計な文句は多いけど、効果は抜群だ!ちゃんと吸収した分がムルキャンの身体能力も上げている様で、樹高こそ大きく成長はしていないものの、しなやかに進化した枝や根が蔓の様に伸びてベヒモスの前足を一括りに拘束することに成功した。

 兵士たちも、四肢のうち前脚2本の自由を奪われたベヒモスを前に、俄然士気が上がる。4つの小隊に分かれた兵士たちが、絶妙な連携で4方向から攻撃、攪乱の行動を不規則に交代しながら行って、少しづつ、けれど確実にダメージを与えて行く。

 ようやく兵士たちが動き出せたとホッとしたのも束の間、側の男から冷え冷えとした気配が漂い、次いで静かな、けれど怒りを孕んだ声が聞こえて来た。

「あの生成なまなり風情ふぜいが‥‥黙って聞いていれば、唯一?ふざけたことを言ってもらっては困りますね。その程度のことで思い上がらないで欲しいものです。」

 アイスブルーが怜悧に光って、トレントをしっかりと捉え、手は流れるような動きで着衣の至る所に忍ばされている短刀を取り出して、いつの間にか投擲の形に移行しようとしている。

「オルフェ!ストップ、ストップ!!ベヒモスを出来るだけ安全、確実に倒すにはムルキャンの力が必要だから、今は倒そうとしないで―――!!」

 慌てて短刀を投げようとする腕に飛び付いたけど、一足遅かった。投擲のため振り上げられたオルフェンズの腕を両腕で抱え込むようにぶら下がったのに、なんの障害も無いかのようにすんなりと短刀は放たれた後だったみたいで、その手にはもう短刀は握られてはいない。

『ひぎゃあぁぁぁぁあ"あ"‥‥!』

 死角となった背後から上がる雄叫びは誰のもので、どこから発せられているのか‥‥。ドクドクといやに大きく脈打つ心音を感じながら、投擲先に首を巡らせる。

 そして、目に入った光景に、思わず息を飲んだ。

「オルフェ?!わたしは出来るだけ安心安全をモットーにしたいのよ!!なんてことしたのっ!?」

 オルフェンズに向ける言葉は、焦りのあまりひっくり返った声になる。けど強敵と対峙している今、再び訪れた予想外の緊急事態に、わたしだけじゃなく、順調に攻撃を繰り返していた兵士たちも焦りの色を見せている。

『あ"んぎゃあぁぁぁぁあ"あ"ぁぁ!』

 響き渡っていたのはベヒモスの猛り狂った咆哮だった。

 オルフェンズが投げた短刀はベヒモスの右目に深々と突き刺さり、その痛みのせいで気が狂ったようにのたうち回って暴れている。動きの予測なんて全くつかない恐慌状態の魔物と、その動きによってどんどん破壊されてゆく町の様子に、わたしは思わず両頬に手の平を当てて込み上げそうになる叫びを飲み込んだ。
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