上 下
117 / 385
第二章 誘拐編

「取扱注意」だし、「混ぜるな危険!」だし。

しおりを挟む
 ヘリオスがすかさず視線を険しくして、イシケナルとわたしの間に身体を割り込ませた。これで、わたしとイシケナルの間には、ハディス&ヘリオスの二重障壁が出来上がったわ。超強力な防御布陣ね!

「公爵?いくらお姉さまが規格外とは言え、魔物を動かすようなことは流石に出来ませんよ。」
「そうよ!大木トレントなんて、上からだけじゃなくて土の中からも攻撃してくるような厄介な魔物よ?逃げるだけで精一杯なわたしに、一体何が出来るっていうのよ。」
「お姉さま?それ、いつの話ですか?僕が一緒に行っていない時ですよね。」

 すかさずヘリオスが眉間に皺を寄せて勢い良く振り返った。
 嫌ぁねぇー。細かいところに気付きすぎよ!ハディスまで、あちゃーって感じでこっちを見るし。それを見たイシケナルが、何だか確信に満ちた笑顔を浮かべつつあるのが、腹が立つわ。早くも二重障壁が崩壊しちゃったじゃない。
 ヘリオスが、ちらちらとわたしとハディスの間で視線を行き来させてるから、もう分っているんじゃないかなぁ。

「この服の素材採取の時よ。」

 くいくいと、腰に取り付けられたミニのフレアスカート部分を引っ張ってみせると、ヘリオスは「はぁー」と溜め息をつく。

「採取方法についても聞いておくべきでした。あの時ですか‥‥が腕に怪我をして帰ってきた時ですね。」

 ヘリオスのセリフを聞いて、ハディスの表情が固まり、背後から微かに笑う気配が伝わったのは気のせいだろうか‥‥?ヘリオス、複雑なところ蒸し返さないでー!
 焦っていると、学園長がこほんと咳払いをして、じっとこちらを見てきた。

「バンブリア生徒会長、シンリ砦の在る森に現れるトレントは、ただ徘徊し、邪魔をするものを大枝で叩き潰そうとするだけだよ。地中からの攻撃など、私が領主だった間や、それまでの報告にも上がったことは無いが、間違いは無いかの?」
「そうなんですか?」

 学園長が無言で頷く。わたしだってたまに試作材料を採取しに行くくらいだし、大木トレントを何体も相手に戦っている戦士や冒険者じゃないから、一般的な大木トレントと比較するのは難しい。

「ハディス様、オルフェ、知ってました?」
「僕は素材採取なんてしたことなかったからねー。あの時は色々初めて尽くしで、トレントにしても危険だとは思ったけどそんなものだと思ってたからねー。」
「愉しかったですねぇ。」

 そうだよねー。わたしたち、参考になる気がしないわ。大木トレントが1番の脅威だったなら、2番目がオルフェンズの短剣投擲だったから。

「あーはい、学園長、間違いないと思います。」

 思わず遠い目になったわたしを、学園長は一瞬不思議そうに見遣ったけど、すぐに自身の思考に没入したらしい。

「魔物の動きや生態に変化があったと?王都と、それに隣接するこの領地――異変はトレントだけか?いや動物形魔獣とも言っておったの。こやつらも、これまでの同形魔獣とはひと括りに考えん方が良いかもしれぬ。」
「急ぎ、衛士・衛兵並びに戦闘経験のある冒険者を集め、シンリ砦防衛及び街の守備へ人員を充てよ!魔物・魔獣の類いは深追いせず、追い払うことに重きをおけ!」

 腕を組んで考え込んだ学園長とは対照的に、イシケナルは衛士や執事をはじめとした使用人へ次々と指示を飛ばす。受けた者達は、速やかに動き――出さない?何故かイシケナルをじっと見詰めて頬を染めている。

「公爵様?漏れてますわ!」
「はっ??」

 イシケナルが険しい表情でこちらを睨み、わたしの声の聞こえた者達がぎょっと目を剥き首を下へ向ける。

「おっ‥‥姉さま?不敬ですよ!」

 ヘリオスが慌てたように言って、ようやくみんなの視線が下へいったことに気付いた。

「あ!ちがっ‥‥ちがいますっ!!そうじゃなくて、魅了の秋波がただ漏れてるってことよ!緊急時にまで見惚れて役に立たないなんて、大丈夫なの?って!」
「この小娘‥‥。」

 苦々しげに呟くイシケナルのセリフを遮るように、わたしの目の前で振り返ったヘリオスが両手をわたしの口に押し当てて「だからお姉さまは、どうしてそう事を厄介にする言葉を選んでしまうんですか!?」と小声で怒られた。うん、ごめん。

「仕方ないのではないかの。『燕の子安貝』の継承者、つまり魅了の魔力とは強力に惹き付ける力でしかないのだからの。」

 学園長が苦笑を向けてくる。かつて継承者候補であった学園長の魅了は、駄々漏れてはいない。イシケナルがそれだけ規格外ってことなのかな。

「バンブリア生徒会長、よく覚えておくと良い。神器の継承者はそれぞれに強力な魔力を持つが、単独では不充分な力でしかないのだよ?」
「はい?」

 何でわたしが覚えておかなきゃいけないんだろう?もしかして、『蓬萊の玉の枝』のオルフェンズと、『火鼠の裘』のハディスが、わたしと一緒に居るから、ちゃんと取り扱いを理解していないと大変だよ・って事なのかな?うん、確かにこの2人は得体が知れないから「取扱注意」だし、一緒に居させるとすぐに物騒なじゃれあいをして危ないから「混ぜるな危険!」だし。そう云うことかな?

 うんうん考えている間に、イシケナルの指示は終わっていたらしい。衛士たちは、彼の近くを護る数名を残して、この場を去っていた。そして、わたしに視線を合わせて一言。

「小娘、緊急事態ゆえ、一時共闘だ。力を貸せ。」
「は??」

 何で?わたしただの男爵令嬢なんですけど?
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

そろそろ前世は忘れませんか。旦那様?

氷雨そら
恋愛
 結婚式で私のベールをめくった瞬間、旦那様は固まった。たぶん、旦那様は記憶を取り戻してしまったのだ。前世の私の名前を呼んでしまったのがその証拠。  そしておそらく旦那様は理解した。  私が前世にこっぴどく裏切った旦那様の幼馴染だってこと。  ――――でも、それだって理由はある。  前世、旦那様は15歳のあの日、魔力の才能を開花した。そして私が開花したのは、相手の魔力を奪う魔眼だった。  しかも、その魔眼を今世まで持ち越しで受け継いでしまっている。 「どれだけ俺を弄んだら気が済むの」とか「悪い女」という癖に、旦那様は私を離してくれない。  そして二人で眠った次の朝から、なぜかかつての幼馴染のように、冷酷だった旦那様は豹変した。私を溺愛する人間へと。  お願い旦那様。もう前世のことは忘れてください!  かつての幼馴染は、今度こそ絶対幸せになる。そんな幼馴染推しによる幼馴染推しのための物語。  小説家になろうにも掲載しています。

雪解けの白い結婚 〜触れることもないし触れないでほしい……からの純愛!?〜

川奈あさ
恋愛
セレンは前世で夫と友人から酷い裏切りを受けたレスられ・不倫サレ妻だった。 前世の深い傷は、転生先の心にも残ったまま。 恋人も友人も一人もいないけれど、大好きな魔法具の開発をしながらそれなりに楽しい仕事人生を送っていたセレンは、祖父のために結婚相手を探すことになる。 だけど凍り付いた表情は、舞踏会で恐れられるだけで……。 そんな時に出会った壁の花仲間かつ高嶺の花でもあるレインに契約結婚を持ちかけられる。 「私は貴女に触れることもないし、私にも触れないでほしい」 レインの条件はひとつ、触らないこと、触ることを求めないこと。 実はレインは女性に触れられると、身体にひどいアレルギー症状が出てしまうのだった。 女性アレルギーのスノープリンス侯爵 × 誰かを愛することが怖いブリザード令嬢。 過去に深い傷を抱えて、人を愛することが怖い。 二人がゆっくり夫婦になっていくお話です。

オバサンが転生しましたが何も持ってないので何もできません!

みさちぃ
恋愛
50歳近くのおばさんが異世界転生した! 転生したら普通チートじゃない?何もありませんがっ!! 前世で苦しい思いをしたのでもう一人で生きて行こうかと思います。 とにかく目指すは自由気ままなスローライフ。 森で調合師して暮らすこと! ひとまず読み漁った小説に沿って悪役令嬢から国外追放を目指しますが… 無理そうです…… 更に隣で笑う幼なじみが気になります… 完結済みです。 なろう様にも掲載しています。 副題に*がついているものはアルファポリス様のみになります。 エピローグで完結です。 番外編になります。 ※完結設定してしまい新しい話が追加できませんので、以後番外編載せる場合は別に設けるかなろう様のみになります。

転生令嬢の涙 〜泣き虫な悪役令嬢は強気なヒロインと張り合えないので代わりに王子様が罠を仕掛けます〜

矢口愛留
恋愛
【タイトル変えました】 公爵令嬢エミリア・ブラウンは、突然前世の記憶を思い出す。 この世界は前世で読んだ小説の世界で、泣き虫の日本人だった私はエミリアに転生していたのだ。 小説によるとエミリアは悪役令嬢で、婚約者である王太子ラインハルトをヒロインのプリシラに奪われて嫉妬し、悪行の限りを尽くした挙句に断罪される運命なのである。 だが、記憶が蘇ったことで、エミリアは悪役令嬢らしからぬ泣き虫っぷりを発揮し、周囲を翻弄する。 どうしてもヒロインを排斥できないエミリアに代わって、実はエミリアを溺愛していた王子と、その側近がヒロインに罠を仕掛けていく。 それに気づかず小説通りに王子を籠絡しようとするヒロインと、その涙で全てをかき乱してしまう悪役令嬢と、間に挟まれる王子様の学園生活、その意外な結末とは――? *異世界ものということで、文化や文明度の設定が緩めですがご容赦下さい。 *「小説家になろう」様、「カクヨム」様にも掲載しています。

5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?

gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。 そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて 「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」 もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね? 3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。 4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。 1章が書籍になりました。

まだ20歳の未亡人なので、この後は好きに生きてもいいですか?

せいめ
恋愛
 政略結婚で愛することもなかった旦那様が魔物討伐中の事故で亡くなったのが1年前。  喪が明け、子供がいない私はこの家を出て行くことに決めました。  そんな時でした。高額報酬の良い仕事があると声を掛けて頂いたのです。  その仕事内容とは高貴な身分の方の閨指導のようでした。非常に悩みましたが、家を出るのにお金が必要な私は、その仕事を受けることに決めたのです。  閨指導って、そんなに何度も会う必要ないですよね?しかも、指導が必要には見えませんでしたが…。  でも、高額な報酬なので文句は言いませんわ。  家を出る資金を得た私は、今度こそ自由に好きなことをして生きていきたいと考えて旅立つことに決めました。  その後、新しい生活を楽しんでいる私の所に現れたのは……。    まずは亡くなったはずの旦那様との話から。      ご都合主義です。  設定は緩いです。  誤字脱字申し訳ありません。  主人公の名前を途中から間違えていました。  アメリアです。すみません。    

【完結済】私、地味モブなので。~転生したらなぜか最推し攻略対象の婚約者になってしまいました~

降魔 鬼灯
恋愛
マーガレット・モルガンは、ただの地味なモブだ。前世の最推しであるシルビア様の婚約者を選ぶパーティーに参加してシルビア様に会った事で前世の記憶を思い出す。 前世、人生の全てを捧げた最推し様は尊いけれど、現実に存在する最推しは…。 ヒロインちゃん登場まで三年。早く私を救ってください。

悪役令嬢ですが、当て馬なんて奉仕活動はいたしませんので、どうぞあしからず!

たぬきち25番
恋愛
 気が付くと私は、ゲームの中の悪役令嬢フォルトナに転生していた。自分は、婚約者のルジェク王子殿下と、ヒロインのクレアを邪魔する悪役令嬢。そして、ふと気が付いた。私は今、強大な権力と、惚れ惚れするほどの美貌と身体、そして、かなり出来の良い頭を持っていた。王子も確かにカッコイイけど、この世界には他にもカッコイイ男性はいる、王子はヒロインにお任せします。え? 当て馬がいないと物語が進まない? ごめんなさい、王子殿下、私、自分のことを優先させて頂きまぁ~す♡ ※マルチエンディングです!! コルネリウス(兄)&ルジェク(王子)好きなエンディングをお迎えください m(_ _)m 2024.11.14アイク(誰?)ルートをスタートいたしました。 楽しんで頂けると幸いです。

処理中です...