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Ⅲ 覚醒するなりそこない令嬢

第46話 招かれざる客への悪戯(ビアンカside ~ ミリオンside)

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 赤レンガの粗末な外壁に木造の屋根。可憐な装飾の一つも施されない、素朴すぎるタッチの彫刻が施された看板が、より庶民臭さに輪をかける「コゼルト薫香店」。

(ふん、落ちぶれたあの子が居ても不思議じゃない店ね。私はこんな貧乏くさい店になんて入りたくないけど)

 鼻の頭に皺を寄せたビアンカは、同行した使用人に顎をしゃくって入店の指示を出す。

(全く、学園の子たちはおしゃべりをするために寄って来るばかりで、実際に私のために動こうって者が居ないのよね。ご機嫌取りばかりの、役立たずばっかり。おかげで私が自分でこんな所に足を運ぶことになるなんて屈辱だわ。もしあの子が見つかったら、うんとお仕置きしてやらなきゃ気が済まないわね)

 暗い瞳で馬車の窓の向こうに愚鈍な義妹の面影を見るビアンカは、うっそりと口角を吊り上げる。

 店に向かわせた伯爵家の使用人も、平民街のはずれにあるこのような店に入ったことも無ければ、来たことすら無い。戸惑いも露に、ゆっくりと歩を進める後姿を、家紋の入らない馬車の中からこっそり見送っていたビアンカは、心の中で愚図と罵りながら、さらにこの事態を引き起こしたミリオンへの苛立ちに変換していった。

 ほどなく使用人は困惑の面持ちで馬車へ戻って来た。

「フローラと云う少女は確かにここに居るようです。ただ、屋外での採取担当として働いているため、日中は会うことは出来ないようです。その……ついこの前まで、お屋敷から殆ど出なかったミレリオンお嬢様が、そのような作業をこなせるものでしょうか?」

 使用人は、店の中で店員の少年に話を聞いて来たらしい。幽閉同様の暮らしを強いられていたミリオンが、野山に分け入るなど有り得ない――と当たり前の常識を伝えたのだが、ビアンカは、その言葉を自分への侮辱と取ってムスリと口角を下げた。

「さあね。それを調べるのが貴方の役割よ。それにしても、臭いわ。平民臭い。何この匂い!」

 労いの言葉もなく使用人を睨み付けたビアンカが、厭わしいものを振り払うように頭を振り、顔に掛かったストロベリーブロンドを片手で乱雑に振り払う。すると、カタリと音がして、使用人の足元にビアンカの耳飾りイヤーカフが片方落ちた。

 咄嗟にそれを拾い上げた使用人だったが、ビアンカは忌々しげに舌打ちし「いらないわ、こんな所に落ちた物」と吐き捨てる。

「けれどお嬢様、これは伯爵家の家紋まで入ったお嬢様の髪の色の宝石をあしらった特注品では」
「なら、お前にあげるわよ。私からの下賜よ、嬉しいでしょ? だから精々頑張って。見付けるまで帰らなくていいから。――早く行って」
「えっ……!?」

 ビアンカが冷淡に告げると、絶句する使用人をその場に置き去りにして、彼女を乗せた馬車はオレリアン邸へと引き返してしまった。


 残された使用人は、「天使」であるはずのビアンカに失望する思いを強くしながらも、仕方なく「フローラ」が居ると云う林へと足を向けたのだった。

 けれど使用人が林へ入ろうとすると、どこからともなく低い獣の唸り声が響き、ぬかるみに足を取られ、突然吹き荒れる突風にしなった枝葉の殴打を受けて―――結局使用人は、何の情報を得ることも出来ず、とぼとぼと重い足取りでその場を後にしたのだった。


 * * * * *


 一方そのころ、採取中のミリオンは、時折遠くを見詰めるように静止するリヴィオネッタに気付き、首を傾げていた。悪戯っ子のニヤリとした笑みを時折浮かべる彼の瞳が、普通ではなかったからだ。

 初めて路地裏で出会った時や、ミリオンの呼び掛けに応えて林に転移して来る時と同じ様に、チカチカと星を散りばめた様な細かな閃きが溢れ出している。

「リヴィ? なにかしてるのかしら」

 声を掛けると、彼は得意げに胸を逸らして「内緒」と告げたのち、やや考えて「お姫様を護るナイトの真似事だよ」と笑いながら告げたのだった。
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