42 / 58
Ⅲ 覚醒するなりそこない令嬢
第41話 魔導書炎上
しおりを挟むたった今聞いたリヴィオネッタの言葉に胸がざわついて、薄っすらと覚えた苛立ちに髪が逆立つ思いがする。――いや、実際にミリオンの髪は、彼女の動揺に呼応して全身から漂い出た黒い靄に煽られ、蠢いているのだが。
そんなミリオンに怯えたのか、林に響いていた鳥の囀りや、虫の鳴き声がピタリと止む。
黒い靄の正体は解らない。底冷えのする恐怖と、目を背けたくなる嫌悪をもたらすソレは、林中の生物が本能的に逃れようとする『何か良くないもの』であることは確かだ。けれど異変に気付かないミリオンは更に鬱々した感情を募らせ、黒い靄を濃くして行く。
「ううん! リヴィは嫌がってるわ! って言うより、わたしが嫌!! 誰よ、リヴィをこんなに怒らせる無理を言う人は! 許さないんだからっ」
叫ぶと同時に、胸に抱えた魔導書がカッと熱を帯びて燃え上がり、驚いたミリオンが慌てて手を離すと、落ちた魔導書はあっという間に全体が炎に包まれてしまった。
「あぁぁぁっ!! 魔導書さんがっ!」
慌てて炎を消そうと、身に付けたエプロンの裾でパタパタ叩いてみるが、火の勢いは衰えず、ついに魔導書は「ぷすぷす」と音を立てて、何が書いてあるのか全く判別出来ないほどの、黒焦げの塊になってしまった。これではもう魔法は使えず、リヴィオネッタに会うことも叶わないと呆然とするミリオンだが、全身を覆っていた不吉な黒い靄は消え去っていた。
「ふえぇぇぇ……これじゃあ、リヴィに会えない」
本人はそんな事には気付かずに打ちひしがれているけれど、周囲には徐々に「音」が戻りつつある。
辺りに穏やかさが戻ったのは、魔導書が燃えて何かを打ち払う効果をもたらしたのか、ミリオンが無自覚に募らせていた嫉妬や独占欲などの負の感情が、突然の炎上に切り替わらざるを得なかったからかは分からない。だけれどミリオンから溢れ、全身を覆っていた黒い靄が消えると同時に不穏な空気が消えたのも確かだった。
「燃えちゃったぁー。わたしが萌えるのはいいけど、これはダメだよ。……ごめんねリヴィ。約束、守れなくなっちゃった」
煤けた下草の上から黒い塊を拾い上げて、ぺたりと座り込んだミリオンの周りに一際強い風が渦を巻いて吹き荒ぶ。舞い上がる煤や砂埃に堪らず目を閉じ、徐々に風が収まるのを肌で感じ取っていると、忽然と間近に人の気配が現れた。
相手が声を発するまでもなく、ミリオンにはそれが誰だか分かってしまう。
「ミリ!! 何がっ……!」
焦った声とともに両肩を強く掴まれて、閉じていた眼を開ければ、目の前には零れんばかりに濃く深いエメラルド色の目を見張ったリヴィオネッタの顔があった。推しの超至近距離への出現で、驚くべきはミリオンのはずなのに、何故か彼の方が驚愕の表情を浮かべている。
見開かれた彼の瞳に、チカチカと星を散りばめた様な細かな閃きが溢れ出し、リヴィオネッタをより一層華々しく輝かせる。いつも不思議な出来事の後に現れる彼の瞳の煌めきは、魔法を使った後の余韻だとミリオンは推測している。忽然と何処かに姿を現す魔法は、学園の魔法技能優秀者たちも使うことは出来なかったし、実技は勿論、魔法史の授業で教わることも無かった。そんな稀有な魔法を使ってまで会いに来てくれるリヴィオネッタには感謝の気持ちしかない。
嬉しさと、間近のリヴィオネッタの尊さに歓声を上げようとしたところ、素早く腕を引いて引き寄せられる。
「ミリ! ごめん、すぐに来て!! って言うか連れて行くねっ」
「へぇぇええぇっ!?」
問答無用でミリオンを巻き込んで魔法を遣おうとしているらしく、リヴィオネッタの瞳に再び鮮やかな煌めきが現れ始める。
「困ったことになってたんだけど、今のミリとなら何とかなりそうだから。一緒に来て、僕に話を合わせて!」
一方的に希望を捲し立てて、焦るリヴィオネッタは何を言っても聞きそうにない。しかも、ここへ来た時と同じく、魔法でどこかへ移動しようとしている。折角会えたリヴィオネッタに付いていかない選択肢は無いミリオンは、すぐに一緒に行く覚悟を決めて、先程の強風で頭から地面に落ちてしまったストールをぱっと取り上げたのだった。
0
お気に入りに追加
14
あなたにおすすめの小説
家出した伯爵令嬢【完結済】
弓立歩
恋愛
薬学に長けた家に生まれた伯爵令嬢のカノン。病弱だった第2王子との7年の婚約の結果は何と婚約破棄だった!これまでの尽力に対して、実家も含めあまりにもつらい仕打ちにとうとうカノンは家を出る決意をする。
番外編において暴力的なシーン等もありますので一応R15が付いています
6/21完結。今後の更新は予定しておりません。また、本編は60000字と少しで柔らかい表現で出来ております
婚約者の浮気相手が子を授かったので
澤谷弥(さわたに わたる)
恋愛
ファンヌはリヴァス王国王太子クラウスの婚約者である。
ある日、クラウスが想いを寄せている女性――アデラが子を授かったと言う。
アデラと一緒になりたいクラウスは、ファンヌに婚約解消を迫る。
ファンヌはそれを受け入れ、さっさと手続きを済ませてしまった。
自由になった彼女は学校へと戻り、大好きな薬草や茶葉の『研究』に没頭する予定だった。
しかし、師であるエルランドが学校を辞めて自国へ戻ると言い出す。
彼は自然豊かな国ベロテニア王国の出身であった。
ベロテニア王国は、薬草や茶葉の生育に力を入れているし、何よりも獣人の血を引く者も数多くいるという魅力的な国である。
まだまだエルランドと共に茶葉や薬草の『研究』を続けたいファンヌは、エルランドと共にベロテニア王国へと向かうのだが――。
※表紙イラストはタイトルから「お絵描きばりぐっどくん」に作成してもらいました。
※完結しました
婚約破棄された検品令嬢ですが、冷酷辺境伯の子を身籠りました。 でも本当はお優しい方で毎日幸せです
青空あかな
恋愛
旧題:「荷物検査など誰でもできる」と婚約破棄された検品令嬢ですが、極悪非道な辺境伯の子を身籠りました。でも本当はお優しい方で毎日心が癒されています
チェック男爵家長女のキュリティは、貴重な闇魔法の解呪師として王宮で荷物検査の仕事をしていた。
しかし、ある日突然婚約破棄されてしまう。
婚約者である伯爵家嫡男から、キュリティの義妹が好きになったと言われたのだ。
さらには、婚約者の権力によって検査係の仕事まで義妹に奪われる。
失意の中、キュリティは辺境へ向かうと、極悪非道と噂される辺境伯が魔法実験を行っていた。
目立たず通り過ぎようとしたが、魔法事故が起きて辺境伯の子を身ごもってしまう。
二人は形式上の夫婦となるが、辺境伯は存外優しい人でキュリティは温かい日々に心を癒されていく。
一方、義妹は仕事でミスばかり。
闇魔法を解呪することはおろか見破ることさえできない。
挙句の果てには、闇魔法に呪われた荷物を王宮内に入れてしまう――。
※おかげさまでHOTランキング1位になりました! ありがとうございます!
※ノベマ!様で短編版を掲載中でございます。
国王陛下、私のことは忘れて幸せになって下さい。
ひかり芽衣
恋愛
同じ年で幼馴染のシュイルツとアンウェイは、小さい頃から将来は国王・王妃となり国を治め、国民の幸せを守り続ける誓いを立て教育を受けて来た。
即位後、穏やかな生活を送っていた2人だったが、婚姻5年が経っても子宝に恵まれなかった。
そこで、跡継ぎを作る為に側室を迎え入れることとなるが、この側室ができた人間だったのだ。
国の未来と皆の幸せを願い、王妃は身を引くことを決意する。
⭐︎2人の恋の行く末をどうぞ一緒に見守って下さいませ⭐︎
※初執筆&投稿で拙い点があるとは思いますが頑張ります!
ブス眼鏡と呼ばれても王太子に恋してる~私が本物の聖女なのに魔王の仕返しが怖いので、目立たないようにしているつもりです
古里@10/25シーモア発売『王子に婚約
恋愛
初めてなろう恋愛日間ランキングに載りました。学園に入学したエレはブス眼鏡と陰で呼ばれているほど、分厚い地味な眼鏡をしていた。エレとしては真面目なメガネっ娘を演じているつもりが、心の声が時たま漏れて、友人たちには呆れられている。実はエレは7歳の時に魔王を退治したのだが、魔王の復讐を畏れて祖母からもらった認識阻害眼鏡をかけているのだ。できるだけ目立ちたくないエレだが、やることなすこと目立ってしまって・・・・。そんな彼女だが、密かに心を寄せているのが、なんと王太子殿下なのだ。昔、人買いに売られそうになったところを王太子に助けてもらって、それ以来王太子命なのだ。
その王太子が心を寄せているのもまた、昔魔王に襲われたところを助けてもらった女の子だった。
二人の想いにニセ聖女や王女、悪役令嬢がからんで話は進んでいきます。
そんな所に魔王の影が見え隠れして、エレは果たして最後までニセ聖女の影に隠れられるのか? 魔王はどうなる? エレと王太子の恋の行方は?
ハッピーエンド目指して頑張ります。
小説家になろう、カクヨムでも掲載中です。
余命宣告を受けたので私を顧みない家族と婚約者に執着するのをやめることにしました
結城芙由奈
恋愛
【余命半年―未練を残さず生きようと決めた。】
私には血の繋がらない父と母に妹、そして婚約者がいる。しかしあの人達は私の存在を無視し、空気の様に扱う。唯一の希望であるはずの婚約者も愛らしい妹と恋愛関係にあった。皆に気に入られる為に努力し続けたが、誰も私を気に掛けてはくれない。そんな時、突然下された余命宣告。全てを諦めた私は穏やかな死を迎える為に、家族と婚約者に執着するのをやめる事にした―。
2021年9月26日:小説部門、HOTランキング部門1位になりました。ありがとうございます
*「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています
※2023年8月 書籍化
悪役令嬢はお断りです
あみにあ
恋愛
あの日、初めて王子を見た瞬間、私は全てを思い出した。
この世界が前世で大好きだった小説と類似している事実を————。
その小説は王子と侍女との切ない恋物語。
そして私はというと……小説に登場する悪役令嬢だった。
侍女に執拗な虐めを繰り返し、最後は断罪されてしまう哀れな令嬢。
このまま進めば断罪コースは確定。
寒い牢屋で孤独に過ごすなんて、そんなの嫌だ。
何とかしないと。
でもせっかく大好きだった小説のストーリー……王子から離れ見られないのは悲しい。
そう思い飛び出した言葉が、王子の護衛騎士へ志願することだった。
剣も持ったことのない温室育ちの令嬢が
女の騎士がいないこの世界で、初の女騎士になるべく奮闘していきます。
そんな小説の世界に転生した令嬢の恋物語。
●表紙イラスト:San+様(Twitterアカウント@San_plus_)
●毎日21時更新(サクサク進みます)
●全四部構成:133話完結+おまけ(2021年4月2日 21時完結)
(第一章16話完結/第二章44話完結/第三章78話完結/第四章133話で完結)。
許婚と親友は両片思いだったので2人の仲を取り持つことにしました
結城芙由奈
恋愛
<2人の仲を応援するので、どうか私を嫌わないでください>
私には子供のころから決められた許嫁がいた。ある日、久しぶりに再会した親友を紹介した私は次第に2人がお互いを好きになっていく様子に気が付いた。どちらも私にとっては大切な存在。2人から邪魔者と思われ、嫌われたくはないので、私は全力で許嫁と親友の仲を取り持つ事を心に決めた。すると彼の評判が悪くなっていき、それまで冷たかった彼の態度が軟化してきて話は意外な展開に・・・?
※「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる