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Ⅱ 薫香店の看板娘
第27話 不道徳な顔見知りに遭遇
しおりを挟むコゼルトはじめ、薫香店の面々からの好意で、翌日から早速スタートした休暇。期間はたっぷり一週間。とは言え、これまでオレリアン伯爵邸では使用人よりも膨大な量の仕事を朝から夜まで熟すことが日常だったミリオンだから、何もせずに身体を休めるなんて選択肢はない。
そして、今は何よりもやりたいことが一つある!
「推しの補充に行きますっ!!」
むんっ、と拳を握りしめて宣言するミリオンは、今「コゼルト薫香店」から出てすぐの乗合馬車停留所に、昼食を詰めたリュックを背中に背負って立っている。
向かうは王城!
……に、ほど近い――いや、かなり遠い貴族街の端だ。
「推し」ことリヴィオネッタに会いたいと思ったところで、ミリオンは彼がどこの何者なのかを知らない。きっと何か事情のある貴族なのだろうと気を遣って訊ねなかったことが悔やまれる。唯一思い当たったのは「使徒の虹祭り」で、王族の馬車に乗っていた、リヴィオネッタそっくりの少年だ。あんなにキラキラした男の子が、そう何人もいるわけがない。
「わたしの勘が、あの馬車の男の子は無関係じゃないって言ってるもの。行くしかないわ!」
とは意気込んでみたものの、まさか平民として身を隠しているミリオンが、お城へ易々と入れるわけもなく、また、自分を見知った者に出くわしかねない貴族街を歩き回るわけにもいかない。だから今日の目標は、隠れつつ王城に出来るだけ近付いて、情報を集めること。
程なく朝一番の馬車が到着すると、狭く座り心地の悪い8人掛けの箱型車体の中には、既に2人の先客が腰掛けていた。停留所に一人佇むミリオンに馭者席で馬を操る男が声を掛ける。
「坊や、乗るのかい?」
「はい。貴族街の手前までお願いします!」
やや低めに声音を落としつつも、はっきりと応えたのはミリオンだ。
「早くからお遣いかい? 偉いねぇ」
「はいっ! どうしても早く行きたくって、一時間も前に停留所に着いちゃいました」
てへっと笑うミリオンに馭者は一瞬目を見張り、「いやいや、坊主相手に何見惚れてるんだ……疲れてるのか? 俺」などとぶつぶつ呟いている。そう、ミリオンは今、萌黄色のブラウスに、深緑のピッタリとしたパンツ、そしてペシャミンに初見で正体を見破られたくらい特徴的な灰色髪を大きめのハンチング帽にしっかりと押し込んだ『少年』姿となっている。背負った武骨な革袋には飾り気が全くなく、それが一層少女らしさを打ち消すのに一役買っているが、これは意図したものではない。表に出さずひっそりと生かされて来た彼女の自然なチョイスだ。ちなみに中身は昼食用のロールパン一つと水筒、それに余暇を彩る魔道書と云った、一日中の張り込みにも耐えられるアイテムを詰め込んである。
「おし、気合いが入ってる坊やのためにも、早速出発するぞ! しっかり座んな」
にこやかにミリオンに声を掛けて、馭者が馬を走らせ始めた。
ミリオンの住む王都は、城から近い順に、貴族街、貴族商店街、平民商店街、平民街、農村となっている。コゼルト薫香店は取扱品採取の関係上、平民商店街や平民街よりもまだ郊外寄りの、自然豊かな場所に位置している。馬車は問題なく道程を進み、まだ午前のうちに貴族街手前の停留所に到着した。
今日は平日。一般的な貴族家の成人した者は仕事場へ行き、子らは学園へ通い、あるいは家庭教師を招いて学習に勤しんでいる。だから外を出歩く貴族たちの姿はまばらだし、その貴族らに仕える使用人も、主人が帰る前に家の中の仕事を片付けてしまおうと、外に出ている者も、脇目も振らずに急ぎ足で道を行き交う。ミリオンの目論見通り、目立たずに移動するにはうってつけだ。こんな早い時間から目的もなくフラフラ出歩くのは、仕事が無いか、学習を怠る者くらいだろう……。
(この貴族街にそんな不道徳な人が居るはず……―――いたわ!)
ぎょっと目を見開いたミリオンの視線の先には、義母であるオレリアン伯爵婦人が、若い男にぺったりとしな垂れかかりつつ腕を絡め合い、ふらふらと歩いている。
男は、派手なだけで品の無い服を纏い、更に胸元を開けてしどけなく着崩している。耳元に切り花を一輪指して義母にも劣らぬほど濃く化粧を施した姿は、とてもではないが品行方正な人生を歩く者とは思えない。
(え!? 待って? なんでお義母さまがこんな家から離れたところに、知らない人と居るの!? なんでお父様より親密そうなの? 何であんな見たこともない甘えた表情をしているのぉぉ―――??)
理解を大きく超えて、頭の中に「?」が飛び交うミリオンの心の叫びが木霊した。
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