上 下
24 / 58
Ⅱ 薫香店の看板娘

第23話 平民パレードと貴族パレード

しおりを挟む

 間近に迫った貴族街の方向を見遣れば、あちらはあちらで始まったばかりのパレード出立の場に集った大勢の観覧者が、稀有な晴天の虹と、珍しい平民のパレードに興奮し、大歓声を上げている。

 ミリオンは、沿道を埋め尽くした大勢の人々に囲まれながらも、ちらりと見えた豪奢な馬車に視線が釘付けとなった。

 6頭もの祭礼用白馬が牽く勇壮な姿や、隙間なく施された装飾のち密さ、黄金に輝く車体の豪華さに目を奪われた訳ではない。

 その中に乗った人物の一人に見覚えがあった――いや、よく見知った人物にとてもよく似ていたからだ。

(髪の色は茶色で違うけど、あの顔立ちはリヴィ!?)

 そう思ったものの、更によく見ようとしたところで群衆に視界が遮られて確認することは叶わない。それに、ミリオンの良く知るリヴィオネッタならば、悪戯使徒らしくクルクル変わる朗らかな表情が特徴的なはずだ。けれど見かけた茶髪の少年は、美しい顔立ちであったものの冷たく固い表情で、静かにただ進行方向のみに視線を向けていた。

「フローラ! あたし初めて王様や、王妃様を見たわ!! それに王子様達も、とっても素敵だったわね!」
「ちぇっ、女なんて王子様と見ればデレデレとするんだからさぁ」
「そう言う君だって、使徒の綺麗なお嬢さんたちをポーッと見詰めちゃって。ほら、まだほっぺたが赤いよっ」

 平民使徒たちが、至近距離で目にした貴族街のパレードに、興奮冷めやらぬ様子で口々に感想を捲し立てる。

「え!? 使徒っ」

 その言葉に、ミリオンは最近の幸せな薫香店での暮らしで忘れかけていた、義姉ビアンカとセラヒムの姿を思い起こし、言葉に出すのと同時にギクリと身体を強張らせる。すると、動揺とともに魔法操作が乱れてしまったのだろう。急に背中が重くなって、後ろにひっくり返ってしまった。

「きゃあ! フローラちゃんっ!!」
「ぅわあっ!! やっぱこの羽根でかすぎるって」
「フローラちゃん、起きられる?」

 至近距離にいた平民パレードの使徒役たちにあっという間に囲まれる。背中のくしゃりとした柔らかな感覚に嫌な予感を抱きつつ、3人に寄ってたかって助け起こされ、座る格好になった。

「わっ……わたしは大丈夫! 何だか柔らかかったから」

 にこやかに言った途端、3人の視線はミリオンの肩から背中に注がれ、一様に気の毒そうな表情になる。そして揃って「大丈夫だよ」「名誉のナンとかってやつだ」「藁冥利に尽きるってヤツだよ」などと励ます言葉を掛けてくる。となると、翼の末路は、見ずとも容易に想像できた。

「あぁ……。折角の皆様のご厚意を無駄にしてしまったんですね」

 半泣きで呟くと同時に、これまで途切れなく魔法を使っていた緊張感まで途切れてしまったのだろう。ミリオンは、両肩から力が抜けて、がくりと項垂れてしまった。

 落ち込むミリオンの周囲に、慰めようと沢山の平民パレードのメンバーが集まる。どこかほのぼのとした空気に包まれる中、そちらに鋭い視線を向ける者がいた―――。






 人の波よりも一段高い神輿馬車フロートの上。そこからは、周囲の景色がよく見えた。

 並み居る人々の羨望の眼差しと、嫉妬の視線。そのどちらもがビアンカを一線を画した存在足らしめる気がして、彼女を愉悦感に浸らせていた。

 けれど、自分への注目を阻害するように、みすぼらしい平民の行列が近付いて来たのみでは飽きたらず、空までもがこれ見よがしに虹をつくって、自分に向けられるべき注目を奪い去ってしまった。

(許せないわ、天使の私を差し置いて目立とうとするなんて! 身の程を弁えなさいよね)

 邪魔をする平民たちを得意の光魔法で脅せば、虹よりも注目を浴びられるし、平民も身の程を知るかもしれない――ビアンカはそう考えて、唇をペロリと舐めつつ獲物を探す。

(見付けた! 丁度良い「的」が!)

 ニヤリと口角を引き上げた彼女の視界には、お誂え向きに、藁で出来た大きな翼を背負い、頭に布をグルグルと巻いた平民が捉えられている。ならば、光の熱で瞬く間に大きな火を上げることだろうと狙いを定め、実行に移そうとしたところで―――

(えっ!? 消えた? 居なくなった!? くぅっ、紛い物のくせになんて腹立たしいの!)

 人の波に紛れたのか、大きな藁を背負った平民の姿は見えなくなってしまった。実際には、藁を背負った人物・ことミリオンは、消えたわけではなく転倒していただけなのだが。

「出立―――! 出立――――!」

 ビアンカが「的」を見付けるよりも先に、貴族パレードの開始を告げる声が上がり、神輿馬車フロートを取り囲んだ楽隊が華やかなファンファーレを鳴り響かせる。楽隊の歩調に合わせてゆったりと進みだしたパレードに、再び観衆の注目が集まりだすと、ビアンカはようやく魔法の行使を諦めて、誰よりも天使らしい美しい微笑を作ることに専念するのだった。


 予期せず接近し、遭遇を免れた2人は互いの姿を認識することなく離れることになった。

 ただ、黄金色の馬車の中、終始仏頂面だった茶色髪の少年は、その時だけ濃く深いエメラルド色の瞳を輝かせ、微かに頬を緩ませていたのだった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

家出した伯爵令嬢【完結済】

弓立歩
恋愛
薬学に長けた家に生まれた伯爵令嬢のカノン。病弱だった第2王子との7年の婚約の結果は何と婚約破棄だった!これまでの尽力に対して、実家も含めあまりにもつらい仕打ちにとうとうカノンは家を出る決意をする。 番外編において暴力的なシーン等もありますので一応R15が付いています 6/21完結。今後の更新は予定しておりません。また、本編は60000字と少しで柔らかい表現で出来ております

やり直したい傲慢令嬢は、自分を殺した王子に二度目の人生で溺愛される

Adria
恋愛
「長らく人質としての役目、ご苦労であった」 冷たい声と淡々とした顔で、私の胸を貫いた王子殿下の――イヴァーノの剣を、私は今でも忘れられない。 十五年間、公爵令嬢としての身分を笠に着て、とてもワガママ放題に生きてきた私は、属国の王太子に恋をして、その恋を父に反対されてしまった事に憤慨し、国を飛び出してしまった。 国境付近で、王子殿下から告げられた己の出生の真実に後悔しても、私の命は殿下の手によって終わる。 けれど次に目を開いたときには五歳まで時が巻き戻っていて―― 傲慢だった令嬢が己の死を経験し、命を懸けて恋と新しい人生を紡ぐストーリーです。 2022.11.13 全話改稿しました 表紙絵/灰田様

婚約破棄された検品令嬢ですが、冷酷辺境伯の子を身籠りました。 でも本当はお優しい方で毎日幸せです

青空あかな
恋愛
旧題:「荷物検査など誰でもできる」と婚約破棄された検品令嬢ですが、極悪非道な辺境伯の子を身籠りました。でも本当はお優しい方で毎日心が癒されています チェック男爵家長女のキュリティは、貴重な闇魔法の解呪師として王宮で荷物検査の仕事をしていた。 しかし、ある日突然婚約破棄されてしまう。 婚約者である伯爵家嫡男から、キュリティの義妹が好きになったと言われたのだ。 さらには、婚約者の権力によって検査係の仕事まで義妹に奪われる。 失意の中、キュリティは辺境へ向かうと、極悪非道と噂される辺境伯が魔法実験を行っていた。 目立たず通り過ぎようとしたが、魔法事故が起きて辺境伯の子を身ごもってしまう。 二人は形式上の夫婦となるが、辺境伯は存外優しい人でキュリティは温かい日々に心を癒されていく。 一方、義妹は仕事でミスばかり。 闇魔法を解呪することはおろか見破ることさえできない。 挙句の果てには、闇魔法に呪われた荷物を王宮内に入れてしまう――。 ※おかげさまでHOTランキング1位になりました! ありがとうございます! ※ノベマ!様で短編版を掲載中でございます。

元侯爵令嬢は冷遇を満喫する

cyaru
恋愛
第三王子の不貞による婚約解消で王様に拝み倒され、渋々嫁いだ侯爵令嬢のエレイン。 しかし教会で結婚式を挙げた後、夫の口から開口一番に出た言葉は 「王命だから君を娶っただけだ。愛してもらえるとは思わないでくれ」 夫となったパトリックの側には長年の恋人であるリリシア。 自分もだけど、向こうだってわたくしの事は見たくも無いはず!っと早々の別居宣言。 お互いで交わす契約書にほっとするパトリックとエレイン。ほくそ笑む愛人リリシア。 本宅からは屋根すら見えない別邸に引きこもりお1人様生活を満喫する予定が・・。 ※専門用語は出来るだけ注釈をつけますが、作者が専門用語だと思ってない専門用語がある場合があります ※作者都合のご都合主義です。 ※リアルで似たようなものが出てくると思いますが気のせいです。 ※架空のお話です。現実世界の話ではありません。 ※爵位や言葉使いなど現実世界、他の作者さんの作品とは異なります(似てるモノ、同じものもあります) ※誤字脱字結構多い作者です(ごめんなさい)コメント欄より教えて頂けると非常に助かります。

国王陛下、私のことは忘れて幸せになって下さい。

ひかり芽衣
恋愛
同じ年で幼馴染のシュイルツとアンウェイは、小さい頃から将来は国王・王妃となり国を治め、国民の幸せを守り続ける誓いを立て教育を受けて来た。 即位後、穏やかな生活を送っていた2人だったが、婚姻5年が経っても子宝に恵まれなかった。 そこで、跡継ぎを作る為に側室を迎え入れることとなるが、この側室ができた人間だったのだ。 国の未来と皆の幸せを願い、王妃は身を引くことを決意する。 ⭐︎2人の恋の行く末をどうぞ一緒に見守って下さいませ⭐︎ ※初執筆&投稿で拙い点があるとは思いますが頑張ります!

ブス眼鏡と呼ばれても王太子に恋してる~私が本物の聖女なのに魔王の仕返しが怖いので、目立たないようにしているつもりです

古里@10/25シーモア発売『王子に婚約
恋愛
初めてなろう恋愛日間ランキングに載りました。学園に入学したエレはブス眼鏡と陰で呼ばれているほど、分厚い地味な眼鏡をしていた。エレとしては真面目なメガネっ娘を演じているつもりが、心の声が時たま漏れて、友人たちには呆れられている。実はエレは7歳の時に魔王を退治したのだが、魔王の復讐を畏れて祖母からもらった認識阻害眼鏡をかけているのだ。できるだけ目立ちたくないエレだが、やることなすこと目立ってしまって・・・・。そんな彼女だが、密かに心を寄せているのが、なんと王太子殿下なのだ。昔、人買いに売られそうになったところを王太子に助けてもらって、それ以来王太子命なのだ。 その王太子が心を寄せているのもまた、昔魔王に襲われたところを助けてもらった女の子だった。 二人の想いにニセ聖女や王女、悪役令嬢がからんで話は進んでいきます。 そんな所に魔王の影が見え隠れして、エレは果たして最後までニセ聖女の影に隠れられるのか? 魔王はどうなる? エレと王太子の恋の行方は? ハッピーエンド目指して頑張ります。 小説家になろう、カクヨムでも掲載中です。

余命宣告を受けたので私を顧みない家族と婚約者に執着するのをやめることにしました

結城芙由奈 
恋愛
【余命半年―未練を残さず生きようと決めた。】 私には血の繋がらない父と母に妹、そして婚約者がいる。しかしあの人達は私の存在を無視し、空気の様に扱う。唯一の希望であるはずの婚約者も愛らしい妹と恋愛関係にあった。皆に気に入られる為に努力し続けたが、誰も私を気に掛けてはくれない。そんな時、突然下された余命宣告。全てを諦めた私は穏やかな死を迎える為に、家族と婚約者に執着するのをやめる事にした―。 2021年9月26日:小説部門、HOTランキング部門1位になりました。ありがとうございます *「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています ※2023年8月 書籍化

悪役令嬢はお断りです

あみにあ
恋愛
あの日、初めて王子を見た瞬間、私は全てを思い出した。 この世界が前世で大好きだった小説と類似している事実を————。 その小説は王子と侍女との切ない恋物語。 そして私はというと……小説に登場する悪役令嬢だった。 侍女に執拗な虐めを繰り返し、最後は断罪されてしまう哀れな令嬢。 このまま進めば断罪コースは確定。 寒い牢屋で孤独に過ごすなんて、そんなの嫌だ。 何とかしないと。 でもせっかく大好きだった小説のストーリー……王子から離れ見られないのは悲しい。 そう思い飛び出した言葉が、王子の護衛騎士へ志願することだった。 剣も持ったことのない温室育ちの令嬢が 女の騎士がいないこの世界で、初の女騎士になるべく奮闘していきます。 そんな小説の世界に転生した令嬢の恋物語。 ●表紙イラスト:San+様(Twitterアカウント@San_plus_) ●毎日21時更新(サクサク進みます) ●全四部構成:133話完結+おまけ(2021年4月2日 21時完結)  (第一章16話完結/第二章44話完結/第三章78話完結/第四章133話で完結)。

処理中です...