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竜使いの騎士は文官の恋人がつれなくて七転八倒する

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王都騎士団第3団所属、ルルファスは不機嫌だった。
原因はつきあいたての恋人、1級文官のマリベルである。

「女史、変わったよね!」
「ミスしても笑顔で丁寧に教えてくれるし、みんなに優しいし」
「ピリピリしてなくて怖くなくなったのよ」
「すごいスピードで仕事終わらせて定時で帰るから、みんなが帰りやすいわ」

評判が良いのはいいのだ。
でも、なんで自分と付き合っているのを秘密にする必要があるのだろう。
自分は今までの恋人とオープンにおつきあいをしてきたし、マリベルともそうするつもりだったが、

「お願いだからしばらくは秘密にしましょう?」

と言われて我慢することにしたのだ。
二人の帰る時間が合った日には、ルルファスの家で料理が苦手なマリベルと、得意なルルファスが一緒に並んで作った食事を囲み、二人の時間を楽しむ。
しかし、ルルファスはそれでは物足りない。
休日を合わせて街に行きたいし、竜のギョエテで遠乗りに行きたいし、もっと自分好みの服を買って着せて食事に連れてゆきたい。
というかもっと言えば連れて歩きたい。
見せびらかしたい。
仲間に自慢したい。

そう言うとマリベルは困って頬を染めてうつむく。
マリベルはスタイルの良さを隠すような街着が多いので、以前寸法を測った店で自分好みの街着を勝手に何枚か服を作ってしまった。
落ち着いた金色と銀色の、自分の目と髪に合わせた服だ。
デザインはシンプルだし、マリベルは嫌いじゃないはずだ。
しかしなかなか着てくれない。

「胸が目立つと、嫌な思いをするのよ」

それは盲点だった。
しかし自分と二人の時は大丈夫ではないか。
さらに言えば制服を着たマリベルも見てみたい。
けれども王宮では二人の関係は秘密なのである。
文官棟に行っても奥で仕事をしているマリベルとは会えない。
勤務時間の違いか食堂でも一緒にならない。
王宮は広いのだった。


***


「こないだマリベルにつきあって街に行ったんだけどさぁ」

青い目をまたたかせ、美少女にしか見えない野郎、リーリシャリムがいたずらっ子の顔で言ったのでびっくりした。
ずるい。

「二人とも女に見えちゃうでしょ?男に誘われて大変だった!」

と、笑うリーリシャリムを問い詰めるが、ただ街をぶらぶらしていただけ、など言ってはぐらかして教えてくれない。
女一人で街など危ないのは賛成だ。
しかしなぜ自分を連れて行ってくれないのだ。

「お前が辺境に行っただろ、あの時だったの」

ずるい。
もしかしてマリベルは100人斬りを噂されていて軽いと見られている自分が恋人なんて恥ずかしいのだろうか。
リーリシャリムがちょっと考え込む。

「明日の午後からの会議、マリベルも来るから、連れて行ってやろうか?」


***


文官と騎士の合同の会議はひとつの季節に数回行われる。
長官と副官グノン、記録係のリーリシュラムにしれっとルルファスも加わった。
自分の姿を何度もチェックする。
マリベルにかっこいいと思われたいではないか。

「公の場で、デレデレするなよ」

グノンにクギを刺されたが、顔がにやつく。
文官棟からつながる扉が開いて、3人が入ってきた。
マリベルは長い黒髪を一つに束ね、モノクルをかけていた。
制服からはスタイルの良さが分からないが、新鮮でドキドキする。
自分を見て目を見開いたが、すっと冷静な顔に戻った。
隣の男たちに紙の束を渡し、席に着く。
三人と四人が向かい合って座った。
マリベルの上司らしき男は、背が高くメガネをかけ、茶色い髪をなでつけた灰色の瞳で、落ち着いた男の色香を放っている。
小柄のかわいらしい顔つきで明るい金髪の紫の目の少年のような男は部下だろうか、しきりとマリベルに指示を仰いでいる。
小声でていねいに答えるマリベルに

「ありがとうございます」

とほほえんだ。
ずいぶんなついている。
面白くない。


***


議題は騎士団の経費や運営方針、王宮の警備から辺境事情まで多岐にわたるもので、いつものことなのかスムーズに会議は進んだ。
マリベルは全騎士団だけではなく、王族の側近や各地方などともこの会議を行っているらしい。
忙しいだろうし、自分も不規則に仕事が入る。二人の休日が合わないのも納得だ。
会議が終わって立ち去ろうとした姿に声をかけた。

「マリベル、一緒に食堂で食べないか?」

一同がびっくりしている。
マリベルが困ったように周りを見た。

「マリベル、行ってこいよ。竜使いの騎士のルルファスと食事なんてめったにない機会だから」

からかうように言う茶色の髪の男を、どん、とマリベルが手荒くどつく。
男は「怖い怖い」と、言いながらにやにやしている。

「女史を誘うなんて怖い者なしはルルファスさんくらいです。あっ、失言しました!」

少年のような男にもマリベルは書類でポコンと頭をたたいた。
仲がいいのが気に食わない。
しかもここで引き下がってしまうともう王宮内ではマリベルにずっと会えないではないか。
一つずつでも既成事実を作っていきたい。

「ぜひ、一緒に行きましょう」


***


「リーリシャリムの仕業ね……!」

声に怒りがこもっている。
食堂でマリベルに席を取ってもらって、彼女と自分の好物を数点選ぶと人をすいすいよけて席に戻った。
黒髪を結ぶのは目立たない深緑の髪飾り。いつもより地味な彼女は、少し、いやかなり不機嫌な顔をしている。
モノクルが長いまつ毛と切れ長の深緑の瞳を隠して、本当に女史と言う感じである。
蒸したてのパオツを二つに割ると片方をひょいと差し出した。

「ごめんよ、嫌だったよね……?」

これでふられたらどうしよう。

「豆のスープ、好きだろ?白魚ときのこと野菜の蒸したのも取ってきたんだ。足りないならまた行くから……」
「いいわ、あなたは目立つから、今度は私が取りに行く」

ほかほかのパオツをちぎって食べながら、マリベルは周りを気にしている。
ルルファスは、気づかないふりで責めた。

「リボンもピンも、使ってくれてないんだね」
「私はこの通り仕事中は身なりに構わないし、あなたのプレゼントは高価すぎるから普段使いにはできないわ」
「二人きりの時はかわいいのに」

小さく言うと、ガン!と足を蹴られた。痛い。
遠くでかわいいお嬢さんたちが見ている。
女性だけではなく、珍しい取り合わせなのか人目を引いている。

「今度髪留めを贈るから、それを使ってよ」
「もらってばかりだから、悪いわ」

取りつく島もなく、手早く食事を終えるとマリベルは立ち上がった。
そして、今日は急ぐから、と、ルルファスを一人残して去って行ってしまったのである。


***


その日の仕事終わり、早速ルルファスは髪留めを買いに行った。

「普段使いの金色と銀色の髪留め……ですね?」

マリベルが通う店の美しい店主は「ふむふむ」とうなずく。

「目立たないものがいいということでしょうね。石や目立つ細工がない、艶を消したシンプルなものがございます」
「最近糸のような金を束ねた細工が流行っているだろ?あれはだめかな?」
「少し華やかになってしまいますから、マリベル様はいつもは使って下さらないと思いますよ」
「普段使いと俺と出かける日のものを二つ欲しいな」
「承知いたしました」

店主が店の奥に品物を取りに行く間、お茶を飲みながら座って待つ。
北門から歩いてすぐなのに静かである。
ちょっと引っ込んだところにあるが、ここも一等地だろう。
店内を見るともなしに見ていた。
キィ、と静かに店の扉が開く。
見覚えのある深緑の街着が目に入って、嬉しい気分で立ち上がる。が、隣にいる茶色の髪とふわふわのはちみつ頭に気づいて止まってしまった。

確かに女性達にしか見えない。
マリベルとチアシェ、リーリシャリムはまずい、と言う顔でこちらを見ていた。

「あらあら、鉢合わせしてしまいましたね」

奥から出てきた店主が穏やかな声をかける。

「ちょうど良かったのではありませんか?髪留めを合わせていただきましょう」

艶消しの髪留めを三人は褒めた。
金の束の髪留めは、流行のデザインすぎて高価なものを買うと流行りが終わった時にもったいないと言われ、店主も「そうなんですよね、でも好まれる方もいらっしゃるんです」と言葉を添えた。

「明日から使って欲しいな」

と言うとチアシェとリーリシャリムが楽しみだね、と笑った。
肝心のマリベルは複雑そうな顔をしている。

「もらってばかりは、困るわ」

ちょっとかたくなな彼女が相手だと、多少強引に動かないと話が進まないのはもう承知している。
マリベルのしていた深緑の髪飾りをはずし、自分の選んだ髪留めをぱちんととめると、しっとりとした黒髪に控えめな金と銀が輝いた。

「きれいだ」

とささやくとうつむく。
きっと赤い顔をしている。

「そろそろお腹がすいた」

痩せの大食いのリーリシャリムが訴える。

「三人のこれからの予定は?」
「美味しい店を教えてもらったから、グノンとチアシェの婚約者と合流して食事に行こうかと思っていたんだけど……」

かちんとくる。

「俺も行きたい」
「歓迎だよ。大皿を取り分けるから人は多い方がいい」

リーリシャリムに悪気がないことは分かっている。
でも、なんで少ない自由な時間を使って自分ではない男と出かけているのか。
自分ばかりマリベルを好きな気がする。

「ところで、3人は何を買いに来たの?」

と聞くと気まずそうな顔をする。

「早くしないと食事処に入れなくなっちゃう。行きましょう」

チアシェが強引に急き立てて店を出た。
まったく納得できない。


***


みんなとの食事を堪能した後、マリベルを送って久しぶりに入った部屋は、最初の夜と変わらずに整えられていた。
玄関には二人で市場に行った時に渡した花束が飾られている。
だいぶ前の花束なのに、生き生きとしていた。何か細工しているのだろう。
花をいけた瓶には銀の生地に金の糸で刺繍された細いリボンが巻いてある。
見回すと小さなドレッサーの前の白漆のボウルに金と銀のピンが入れてあった。
嬉しいが、身に着けてもらえないのでは自分の印にならないではないか。
二人でベッドがわりのソファに座ってお茶を飲む。

「いつ来てもきれいな部屋だよね」
「掃除が好きなのよね。ばれていると思うけど、料理をほとんどしないの」
「反対だ。俺は料理が好きだけど片付けは嫌い」

強引に行け!と、ルルファスは自分を励ましながら言う。

「一緒に暮らせばいいんじゃないかな」
「いつかね。それにはまず結婚しないと」

さらに強引に行け!と自分を励ます。

「結婚したい」
「……私たち、付き合ってまだ半年よ?」
「だって、なかなか会えないじゃないか」

ぎゅっと抱きしめて、離れてるのはイヤだよ、とすねてみせる。

「今すぐ結婚じゃなくていいから、せめて毎日一緒にお昼を食べたい」
「……食堂?」
「食堂!」
「……」

マリベルが困っているのが分かる。

「……みんなに見られるわ」
「俺はそんなにダメな彼氏かな?」

マリベルが困ったように言葉を探す。

「もういいよ、今日は帰る」

ルルファスはおやすみのキスもせずに部屋から飛び去った。


***


「第3部隊からの代表はルルファスってことに決まったからね!」

会議の途中でリーリシャリムに急に名前を呼ばれ、我に返って「聞いていましたよ」という顔を作る。
グノンが察してくれたのだろう、もう一度言ってくれる。

「最強の騎士は誰だ決定権……御前試合、今年はお前が出るんだ」

御前試合。そんな行事もあったな。
マリベルのことで頭がいっぱいで他のことが入らなかった。
仲間がからかう。

「おおかた女のことでも考えていたんだろう」
「それの何が悪いんだよ」
「仕事中だぞ」

グノンが呆れたように言って、大会参加の申込書を渡してくれる。
王宮の全員が見に来ると言ってもいい、年に一回の大規模な大会だ。
仲間たちがはやし立てる。

「参加するだけでも女の子にキャアキャア言われる。良かったな!」
「キャアキャア……」

マリベルに自分を認めてもらうチャンスなのではないか。
もっと訓練を増やそう。

「俺、頑張るよ……!」

かたく誓うルルファスを、生温かい目で仲間たちは見たのである。


***


「しばらく会えないのよ」
「偶然だね、俺もだ」

一言マリベルに寂しいわと言って欲しかったのである。
先を越されてしまった。
自分を置いて仕事と結婚してしまいそうなこの恋人は、いつになったら時間が空くのだろうか。

「何があるのか聞いていいのかい?」
「御前試合の運営の統括の補佐をやるの」
「それは……忙しいだろうね」

闘う自分を見ている暇はないだろう。

「優勝戦の審判までやるのよ、副審だけど。魔法が使える文官はいるけれど、戦いに慣れている文官となると限られるから。リーリシャリムも主審で駆り出されるらしいわ」

つまり、優勝戦まで勝ち上がれば、マリベルの間近で闘えるということか。

「ルルファスは一体何が忙しいの?」

必死に訓練をしているなんて恰好悪いことは言えない。スマートに優勝して、その場で求婚なんてしたらどうだろうか。うん、いいアイディアだ。

「大したことはないんだ。それよりもご飯を食べようよ」

ごまかすルルファスを、マリベルはじっと見る。

「……食堂、考えましょうか?」
「いや、いいよ!忙しいんだろう?」

仲間に訓練をつきあってもらうなら、昼休みをおごって礼をするのが簡単でいいだろう。
マリベルが何か言いたげに自分を見ている。
ルルファスは単細胞で、マリベルは頭脳派だ。うかつなことを話せばばれてしまう自信がある。

「さあ、あんまり煮すぎると魚が崩れてしまうよ!」

店で買って蒸し直していたパオツも食べごろだ。
ご飯はホカホカと温かいのに、二人の会話はあまり弾まなくて、ぎくしゃくしてしまったのである。
けれどルルファスはウキウキしていた。

(優勝して、求婚する!これならさすがのマリベルも受け入れてくれるはず!)

そのことで頭がいっぱいだったのである。


***


混んだ食堂をマリベルは避ける。
待つ時間がもったいないのだそうだ。
だから、昼の時間ギリギリに食堂にあらわれたマリベルにびっくりした。
自分はとにかく知り合いが多い。
誘われれば断らないし、自分から誘うこともある。
練習につきあってくれた騎士団の仲間を連れて食堂に行けば、女騎士や文官のお嬢さんたちが合流して、ちょっとした食事会のようになることもある。
その日はそんな日だった。
みんなで話が弾んで、ちょっと時間が越えているかな、と思っていた頃に、あの上司と部下と共に食堂に入ってきたのだ。
マリベルは手に何かの書類を持って、なにやらメモを取りながら上司の話を聞き、部下は3人分の食事を懸命に確保している。
食堂にはもう、自分たちの集団とマリベルたちしかいなかった。
ふとメモから目を上げてルルファスの視線に気づいたマリベルは、すぐにすっと目をそらす。髪飾りは自分が贈ったものだった。が。

(無視、された……)

男前の上司がルルファスの視線に気づき、軽く会釈する。
少年のような部下は食事を置くのに必死で気づいていない。
上司が2人に何か言うと、ルルファスの方を向いて2人が会釈した。
そしてすぐ食事を食べながらまた会話しては何かに書き付けている。

「ルルファス、どうしたの?ああ、あの3人ね。とにかく仕事ができるのは分かるけれど、食事もあの調子なんだから」

文官のお嬢さんが眉をひそめる。

「文官の中でも人気のアードォとグランを独り占めしている女史は、どっちとくっつくのかな?」
「アードォには奥さんがいるんじゃなかったっけ?」
「奥さん、亡くなっているの」
「グランじゃ若すぎるでしょ」
「でも、よく懐いているわ。悔しい!」

お嬢さんたちの話を笑って聞き流しながら、ルルファスの心はぐらぐら揺れる。
マリベルが真面目で誠実なのは良く分かっている。
でも、マリベルはルルファスよりはるかに賢い。
果たして賢いマリベルは自分よりバカな男に愛を注ぎ続けてくれるだろうか。
アードォにはルルファスにはない大人の男の落ち着きがある。
グランはずいぶん若いように見えるが、仕事ができるという。
一緒に過ごす時間もルルファスより長いだろう。

「……優勝、しなきゃ」

つぶやいた声をみんなが逃さない。

「そうよね、祝杯を挙げる店を手配しておかなきゃ!」
「私たちに祝わせてね!」
「いいところ見せろよ!」

華やぐ声が聞こえないかのように、3人が食事を終えて出ていく。
最後までマリベルはルルファスをちらりとも見なかった。


***


(優勝したら求婚、優勝したら求婚!)

ふと気を抜くとすぐに目をそらした瞬間のマリベルがちらつく。
この瞬間にもあの2人の男のどちらかが彼女を口説いていたらどうしよう。
そんな思いを振り払う勢いで特訓するルルファスを、みんなが応援してくれた。

「第3団の名誉がかかっているからな!」
「訓練する姿も素敵!」

ルルファスはギャラリーがいると燃える性格である。
順調に調整し、大会には万全の体調に持って来ることができた。

(さあ、御前試合の始まりだ!)

衛兵から竜使いの騎士までが参加する長丁場だが、順調にルルファスは勝ち進んだ。

「優勝を私たちに捧げて!」

観覧席でよく見学に来てくれたお嬢さんたちが叫ぶ。
この場が華やかになるのはいいけれど、それはできない。
あいまいにルルファスは微笑み返して、でも、彼女たちはそれで十分なのである。自分を使ってお祭り騒ぎをしたいだけだというのも良く分かっている。
事実、見学に来たお嬢さんと交際しだした仲間もいるくらいなのだ。
ダシにしやがって、とも思うが、練習にも応援にもよくつきあってくれた。
声援を味方につけてルルファスは勝ち上がり、決勝戦までやってきた。

主審のリーリシャリムがいたずらっ子の顔を封印して試合の規定を読み上げる。
副審のマリベルの姿を久しぶりに見て、勝ちたい気持ちに加速がかかる。

「始め!」

リーリシャリムの声が響きわたり、みんなの声援がそれにかぶさった。
剣をお互いに構えた。
対戦相手は第1団の竜使いの騎士だ。名前も覚えていない。
あまり目立たない奴だし、勝ち上がってきたのは不思議だった。
しかし、相手は妙にギラギラした目で自分を見ている。

「言っておこう、俺はこの試合に勝って美女とつきあうと決めている」

お互い必死なのだな、負けないけれど。

「お前みたいに次から次へと女を変えられる男には、この試合にかける俺の気持ちなんて判らないだろう。今は何人の女とつきあっているんだ?」

男の言葉よりも、すぐ側で聞いているマリベルの表情が変わらないことに傷ついた。

「彼女の前でそんなことを言うな!」

焦って叫んだルルファスを、面白そうに見る。

「こんな女まで狙っているのか?物好きだな」

マリベルはあくまで無表情だ。
怒りを込めてルルファスが剣をふるうと、最小限の動きでよけた。
上手い。決勝戦は甘くない。
二人は無言で斬りあい続ける。

「優勝を私たちに捧げて!」

声援を耳にして、対戦相手が不愉快そうに突っ込んできた。
ひらりとよけたその先に足を出され、さらによける。マリベルがごく近くに立っていた。
その方向に魔力が叩き込まれる。
金属をも切り裂くかまいたちの魔術だ。
ルルファスはとっさにマリベルをかばった。
その瞬間を逃さず、相手がルルファスの剣をはね飛ばす。
マリベルが仕切り直しの合図をしようとするのを無視して、男はルルファスに向かってさらに強いかまいたちの魔術を放った。

(後ろにマリベル!)

魔力で強化できても盾には大きさがある。
審判に触れた選手は失格である。
ルルファスは迷いなくかまいたちの魔力を避ける盾をマリベルに使った。
いい剣なのであろう、全然痛みがない。
ただ血が勢いよく噴き出した。

「ルルファス、何てことするの!」

取り乱したマリベルは、だけどルルファスに触れない。
主審のリーリシャリムが宣言する。

「モービの反則により、ルルファスの優勝とします!」

あの男、モービというんだな。覚えておこう。
リーリシャリムが鐘を鳴らすと同時にマリベルがルルファスを抱きとめた。

「馬鹿な人ね……!」

傷口を見て慌てている。

「そんなに痛くない、大丈夫だ。マリベルは無事か?」
「興奮しているし、鋭い剣で斬られたから痛みを感じていないだけよ!なんて量の血!あなたに何かあったら、私はどうにかなってしまうわ!」

……何だか嬉しいことを言われた気がする。
と、思いながらマリベルの腕の中でルルファスは意識を失った。


***


王宮の医療部の魔術を集結してもらったので機能は元どおりだが、左腕と腹に傷跡が残った。
祝勝会はなしになってしまったのである。
もちろん、表彰式だってなしだったし、今年の御前試合はだいなしだと第1団は各方面から責められている。
しかし、ルルファスにはそんなことはどうでもいいのだ。

(……求婚、し損なってしまった!)

マリベルは血にまみれたまま撤収作業に走り回っているらしい。
お見舞いに来た仲間たちが「お前は人が良すぎる」と、呆れていた。
勝てたけれど、やったー、バンザイ!という感じではない。

「騎士を続けられて、良かったな!女史が医療部を光速で呼びつけたんだ」
「処置が早くて助かったらしいぞ」

お嬢さんたちも、なんだか浮かない顔だ。

「もう何ともないんだよ」

ぶんぶんと腕を振ってみせる。
そうではないらしい。

「女史は強くて、あれくらいの攻撃なら自分で防げるわ。だから審判なのよ」

防音の魔法なら一度見たことがあるが、闘うこともできるのか。

「無駄なことを、したんだな……」

腕と腹の傷を見て、ルルファスがつぶやいたその時。

「マリベルが君を心配して仕事の能率が下がって困っている。失礼していいかい?」

男前の上司アードォを先頭に、敏腕の文官3人が入ってきた。
マリベルは顔すら洗っていないらしい。モノクルについた血が固まって黒くなっている。

「表彰式がなしになったので、賞金と記念のメダルをこちらに持って来た。ついでに少しマリベルと話をしてやってくれ」

こんな格好で、みんなの前でどうしろというのだろう。
二人きりの時のように話していいのだろうか。
むっつりと黙り込むルルファスに、マリベルも言葉を出さない。

「傷は大丈夫ですか?」

グランが見かねてたずねてくれた。
腕をぶんぶんと振って見せる。

「この通りだよ。前より調子がいいくらいだ」
「さすがは王宮の医療班ですね!」

ぶんぶん、と振り続ける腕をマリベルがつかみ、パチン!と頬を叩かれた。

「馬鹿なことをして!」

ひどいよ、と言おうとして、マリベルの顔を見て言葉をなくした。
マリベルがぼろぼろと泣いているのだ。

「マリベル、涙を拭いて」
「その前にあんなことをもうしないと言って!」
「ごめんよ、勝手に身体が動いてさ。本当は、優勝できたら君に求婚しようと思っていたんだ」

涙を流すマリベルは完全に周りをなくしている。
ルルファスはこの隙をのがさず受け取ったばかりのメダルを彼女に捧げた。
泣きながら素直にマリベルが受け取る。
本当に判断能力が下がっているらしい。

「格好悪いけど、やっぱり今求婚したい。メダルがその印だよ」

周りが唖然としている。
上司のアードォすら大人の余裕を吹っ飛ばしていた。

「本当に馬鹿な人なんだから!……えっ?」

よし、言いたいことは言えた。
血まみれのマリベルが真っ赤になって周りを見回し、涙を引っ込めた。


***


「それで、すぐに結婚しちゃうの?ルルファス、お手柄だな」

リーリシャリムが感動したように言った。

「押してダメなら更に押せばいいんだ」

胸を張るルルファスの言葉に「参考になるな」とうなずいている。

「リーリシャリムに余計な知恵をつけるな!ところで、式はするのかい?」

グノンがそわそわしている。
どうせ式にやって来るお嬢さんたちが目当てだろう。
しかし今のルルファスは何でも許せる気持ちになっている。

「ささやかだけれど、するよ!文官のお嬢さんたちも来る」

グノンの顔が輝き、リーリシャリムがムッとする。
これは式で一波乱あるな。

「式をするなら、あれを使ってもらえば?」

チアシェがマリベルに囁くのをルルファスは聞き逃さない。

「あれって何?ぜひ教えてよ」


***


北門からちょっと入ったところにある、マリベルお気に入りの小さな店である。
店主はカウンターの下の棚から箱を取り出した。
ルルファスがそっと箱を開けると、落ち着いた金色の生地に細い銀糸と太い深緑の糸で刺繍がされた大きな布が出てきた。
派手ではないが、感じの良い布だ。
触ってみるとさらりと滑りが良く、気持ちよかった。

「もらってばかりだから、何かお返ししたいと思って作ってもらったの」

この布をルルファスの行きつけの仕立て屋に持って行って、好みのデザインで何か作ってもらう予定だったらしい。
深緑はマリベルの瞳の色だ。

「受け取りに来た日、あなたが髪飾りを買いに来ていて、受け取り損ねていたのよ」
「……式の服に使おう」

じわっ、と、嬉しさがこみ上げる。

(今キスできたらいいのになぁ)

気持ちが通じたのだろう、マリベルはさっと顔をそむけた。
その頬に口づける。
店主がそっと店の奥へと消えた。

「馬鹿な人ね!」

マリベルの言葉に笑って抱きしめる。

「そう、だから君がいてくれなきゃダメだよ」

と言ってルルファスはマリベルの唇に口づけた。




【了】
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