上 下
59 / 59

イズールの小さな部屋、ふたたび

しおりを挟む
「サリラ様、ごきげんよう。今日も良い天気ですね。昨日はボッケをありがとうございました。それではアーエ様におつなぎいたしますわ」

イズールはちょっと低めの声でゆっくりと分かりやすく話すと、素早く魔石をつなげた。
結局ボルフは昨夜サリラ邸からそのまま旅立ってしまったようだ。
イズールは無駄になってしまった夕食にちょっと怒り、アドルにやつあたりをしてしまった。
ボルフにふられてしまったアドルは、理不尽なやつあたりをされたにもかかわらず、機嫌よくボルフの分まで食べ切ってしまった。
外で食事をしていた時には気づかなかったが、すごく食費のかかりそうな男のような気がする。
良く働く竜使いの騎士は良く食べるのであろうか。
考え込んでいるとまた魔石が輝いた。
心を弾ませる紺色の魔石だ。

「アドル様、ごきげんよう。今日もいい天気ですね。お話うかがいます」
「昨日、ボルフさんもレイアさんもいなかったし、君が怒ってしまって言い損ねたことがあるんだけれど」

私用とは珍しい。

「僕の家で暮らさないかい?」
「……結婚してからね」

焦れたようにアドルが言う。

「じゃあ、結婚しようよ」
「……私たち、まだそんなに長いお付き合いではないし……」
「君の声でおかえりやただいまを言ってもらいたいんだ」

小さな部屋の紺色の魔石をうっとりと見つめながらイズールは答えた。

「……嬉しいわ。ありがとう」
「じゃあ、夏までに式を」

と弾む声に慌てる。

「また公演があるのよ。小鳥の魔術具も新しく出さなきゃいけないし、そんなに早く準備できないわ」
「知っているよ」

アドルが穏やかな声で言う。

「式は伸ばしていいから、忙しいならなおさら俺の家で一緒に暮らした方がいいでしょう?明日引っ越しをしよう」
「明日?!」
「騎士団の連中に、助けてもらうことになっているから」

アドルの声はあくまで穏やかだ。

「その前に今日の昼、食堂で待ち合わせてマリベルに婚姻の申請を受け取ってもらおう。」
「急だわ……」

イズールは呆然とする。

「大丈夫、すぐに慣れるよ」

機嫌よく言って、紺色の魔石が消えた。
今日も定時に上がれるが、サリラの家で地獄の特訓があるのだ。
公演のチケットはもうすでに売り切れてしまったらしい。
小鳥は今この瞬間も売れ続けているだろう。
しかし金のかかる女はいるし、井戸だって掘らなければならない。

「忙しい……!」

と言いながら、イズールはまた光り出した魔石に手を伸ばした。





【了】
しおりを挟む

この作品の感想を投稿する

みんなの感想(2件)

天鈴
2021.09.04 天鈴

今で言うオペレーター(電話交換手)のお仕事から歌い手になるなんて…面白い!

魔石をつなぐ部分、もっと具体的に書いて欲しかったです。どうやって魔石をつなぐのか想像できなかった😣

ネリーとキヤイルの話も読みたいです。

押野桜
2021.09.05 押野桜

ありがとうございます!面白いと言っていただけて挙動不審!

魔石をつなぐ部分は昔のオペレーターと同じだ、と思い込んでいたので描写が足りなかった!
魔石は壁一面に取り付けて合って、つなぎたい魔石を取り出して伸ばして相手に引っ付けるんです。
加筆修正する予定なのでまた読んでいただけると嬉しいです。

ネリーとキヤイルは、また描きたいと思います!

解除
スパークノークス

おもしろい!
お気に入りに登録しました~

押野桜
2021.08.28 押野桜

楽しんでいただけて嬉しいです!
お気に入り登録ありがとうございます☆

解除

あなたにおすすめの小説

婚約破棄された検品令嬢ですが、冷酷辺境伯の子を身籠りました。 でも本当はお優しい方で毎日幸せです

青空あかな
恋愛
旧題:「荷物検査など誰でもできる」と婚約破棄された検品令嬢ですが、極悪非道な辺境伯の子を身籠りました。でも本当はお優しい方で毎日心が癒されています チェック男爵家長女のキュリティは、貴重な闇魔法の解呪師として王宮で荷物検査の仕事をしていた。 しかし、ある日突然婚約破棄されてしまう。 婚約者である伯爵家嫡男から、キュリティの義妹が好きになったと言われたのだ。 さらには、婚約者の権力によって検査係の仕事まで義妹に奪われる。 失意の中、キュリティは辺境へ向かうと、極悪非道と噂される辺境伯が魔法実験を行っていた。 目立たず通り過ぎようとしたが、魔法事故が起きて辺境伯の子を身ごもってしまう。 二人は形式上の夫婦となるが、辺境伯は存外優しい人でキュリティは温かい日々に心を癒されていく。 一方、義妹は仕事でミスばかり。 闇魔法を解呪することはおろか見破ることさえできない。 挙句の果てには、闇魔法に呪われた荷物を王宮内に入れてしまう――。 ※おかげさまでHOTランキング1位になりました! ありがとうございます! ※ノベマ!様で短編版を掲載中でございます。

5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?

gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。 そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて 「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」 もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね? 3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。 4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。 1章が書籍になりました。

異世界召喚に条件を付けたのに、女神様に呼ばれた

りゅう
ファンタジー
 異世界召喚。サラリーマンだって、そんな空想をする。  いや、さすがに大人なので空想する内容も大人だ。少年の心が残っていても、現実社会でもまれた人間はまた別の空想をするのだ。  その日の神岡龍二も、日々の生活から離れ異世界を想像して遊んでいるだけのハズだった。そこには何の問題もないハズだった。だが、そんなお気楽な日々は、この日が最後となってしまった。

私はお母様の奴隷じゃありません。「出てけ」とおっしゃるなら、望み通り出ていきます【完結】

小平ニコ
ファンタジー
主人公レベッカは、幼いころから母親に冷たく当たられ、家庭内の雑務を全て押し付けられてきた。 他の姉妹たちとは明らかに違う、奴隷のような扱いを受けても、いつか母親が自分を愛してくれると信じ、出来得る限りの努力を続けてきたレベッカだったが、16歳の誕生日に突然、公爵の館に奉公に行けと命じられる。 それは『家を出て行け』と言われているのと同じであり、レベッカはショックを受ける。しかし、奉公先の人々は皆優しく、主であるハーヴィン公爵はとても美しい人で、レベッカは彼にとても気に入られる。 友達もでき、忙しいながらも幸せな毎日を送るレベッカ。そんなある日のこと、妹のキャリーがいきなり公爵の館を訪れた。……キャリーは、レベッカに支払われた給料を回収しに来たのだ。 レベッカは、金銭に対する執着などなかったが、あまりにも身勝手で悪辣なキャリーに怒り、彼女を追い返す。それをきっかけに、公爵家の人々も巻き込む形で、レベッカと実家の姉妹たちは争うことになる。 そして、姉妹たちがそれぞれ悪行の報いを受けた後。 レベッカはとうとう、母親と直接対峙するのだった……

魔銃士(ガンナー)とフェンリル ~最強殺し屋が異世界転移して冒険者ライフを満喫します~

三田村優希(または南雲天音)
ファンタジー
依頼完遂率100%の牧野颯太は凄腕の暗殺者。世界を股にかけて依頼をこなしていたがある日、暗殺しようとした瞬間に落雷に見舞われた。意識を手放す颯太。しかし次に目覚めたとき、彼は異様な光景を目にする。 眼前には巨大な狼と蛇が戦っており、子狼が悲痛な遠吠えをあげている。 暗殺者だが犬好きな颯太は、コルト・ガバメントを引き抜き蛇の眉間に向けて撃つ。しかし蛇は弾丸などかすり傷にもならない。 吹き飛ばされた颯太が宝箱を目にし、武器はないかと開ける。そこには大ぶりな回転式拳銃(リボルバー)があるが弾がない。 「氷魔法を撃って! 水色に合わせて、早く!」 巨大な狼の思念が頭に流れ、颯太は色づけされたチャンバーを合わせ撃つ。蛇を一撃で倒したが巨大な狼はそのまま絶命し、子狼となりゆきで主従契約してしまった。 異世界転移した暗殺者は魔銃士(ガンナー)として冒険者ギルドに登録し、相棒の子フェンリルと共に様々なダンジョン踏破を目指す。 【他サイト掲載】カクヨム・エブリスタ

冷宮の人形姫

りーさん
ファンタジー
冷宮に閉じ込められて育てられた姫がいた。父親である皇帝には関心を持たれず、少しの使用人と母親と共に育ってきた。 幼少の頃からの虐待により、感情を表に出せなくなった姫は、5歳になった時に母親が亡くなった。そんな時、皇帝が姫を迎えに来た。 ※すみません、完全にファンタジーになりそうなので、ファンタジーにしますね。 ※皇帝のミドルネームを、イント→レントに変えます。(第一皇妃のミドルネームと被りそうなので) そして、レンド→レクトに変えます。(皇帝のミドルネームと似てしまうため)変わってないよというところがあれば教えてください。

余命宣告を受けたので私を顧みない家族と婚約者に執着するのをやめることにしました

結城芙由奈 
恋愛
【余命半年―未練を残さず生きようと決めた。】 私には血の繋がらない父と母に妹、そして婚約者がいる。しかしあの人達は私の存在を無視し、空気の様に扱う。唯一の希望であるはずの婚約者も愛らしい妹と恋愛関係にあった。皆に気に入られる為に努力し続けたが、誰も私を気に掛けてはくれない。そんな時、突然下された余命宣告。全てを諦めた私は穏やかな死を迎える為に、家族と婚約者に執着するのをやめる事にした―。 2021年9月26日:小説部門、HOTランキング部門1位になりました。ありがとうございます *「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています ※2023年8月 書籍化

未来人が未開惑星に行ったら無敵だった件

藤岡 フジオ
ファンタジー
四十一世紀の地球。殆どの地球人が遺伝子操作で超人的な能力を有する。 日本地区で科学者として生きるヒジリ(19)は転送装置の事故でアンドロイドのウメボシと共にとある未開惑星に飛ばされてしまった。 そこはファンタジー世界そのままの星で、魔法が存在していた。 魔法の存在を感知できず見ることも出来ないヒジリではあったが、パワードスーツやアンドロイドの力のお陰で圧倒的な力を惑星の住人に見せつける!

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。