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 最終章 黒い薔薇のレクイエム

Finis

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 確かに、 好ましいと言えないヴァンパイアという怪物は元を正せば人。
 しかし、 惨い仕打ちを受けた者は、 意に反し、 心を病んでしまう。

 なぜヴァンパイアになるのか?

 原因様々だが、 まず発達していない遠い昔の医療状態の中で黒死病や、 チフスが流行し蔓延を懸念され隔離された末死亡、 カタレプシーにより死亡と間違われ生きた状態で土葬された者、 七番目息子、 片思いで人に心を残した状態で死亡、 狂犬病になり犬歯等発達した者を医学実験資材料、 良くない魔術を使い蘇生された者、 心壊れた者。 見ていられない程に悲惨な状態ならヴァンパイアになっても不思議ではない。

 いずれにせよ、 残された資料から幸せでない人が多い……。
 時と運命の犠牲者でもある。

 平凡であれ、 幸せだったなら……この屋敷に棲む魔物もヴァンパイアにならなかったかも知れない。
 それを思えば彷徨える哀れな魂だろう。

 儀式を済ませ、 フォアード邸に帰る一同。

 秀康と麗子の二人は、 同じ部屋へ向かう。
 ジャックスの何処か意味深い話を思い出し、 秀康は麗子の出した紅茶を飲みながら尋ねる。
 「麗子……、 先程、 父上の話された意味解るか?」
 「あ……。 まだ貴方に言ってなかったわね。……私には実の父居ないの。 義理の父と相性合わないから喧嘩して実家飛び出して以来、 ずっと一人。
 実の兄も若い時に既に死亡。 だから、 家族居る貴方が羨ましい」

 「麗子……、 これから私と二人だ。 一人じゃない」
 秀康は体温の無い手で麗子の両手を包んだ。

 秀康の知らない話をなぜ、 ジャックスが知ったのか? 魔力でジャックスに気付かれたんだろうか? それとも
年の功だろうか? これは、 ジャックスにしか解らない。

 麗子は、 トマス、 ローザと一緒にモーリスから語学を習う様になった。
 「では、 トマス様。 有名な格言を一つどうぞ」

 リビングで退屈そうに頬杖を付いたトマス。
 「……『ブタに真珠』」

 プッ、 と笑うローザは感情隠せないで居る。

 「トマス様、 真面目に……。 では、 トマス様の替わりに、 綺麗な言葉をお教えするとしますか」
 モーリス目を伏せ、 トマスを窘め話を続けた。
 「ジャックス様の使いで以前、 ダニエラとドイツ・ローテンブルクへ行ったところ、 ジュピタール門に、『訪れる人に安らぎと、 去る人に幸あれ』とありました。 綺麗な言葉で御座います」

 奥深い言葉の意味に思わず感動した麗子。
 「綺奥な言葉……」
 そこへローザ、 モーリスに聞いた。
 「ドイツ・ローテンブルク……ラテン語で書いてあった訳?」
 「はい」
 「へぇ~……、 確かに格言ってホント綺麗な言葉多いわね」

 平穏でおかしな日常続いたある日、 ワインを取りに地下倉庫へ向かう麗子。
 地下で小さなコウモリに餌を食べさせるトマスが居た。
 「な、 なんだお前、 地下に何か用か?!」
 「ワインを取りに……」
 「執事かメイドにやらせたらいいだろ」
 「何だか二人共色々忙しそうだったから……、 コウモリですか?」

 トマスに近寄り、 コウモリを見ればまだ子供で羽に怪我をして飛べない様。
 「トマスさん……優しいんですね」
 「え? ……な、 何だお前、 変な奴だな。 俺が怖い筈だぞ? 以前……」
 「過去に済んだ話。 今怖いなんて思えません……。 どうしてか解らない。 コウモリ飛べる迄世話を?」
 「うるせぇなぁ……、 可笑しいか? 用済んだら帰れ」
 プィッとトマスに後ろを向かれてしまった。  

 「通常こんな傷にならない。 変だな……」
 トマスがボソリと呟いた独り言に胸騒ぎを覚える麗子。

 ワインを部屋に置いて、 外の風を浴びたい麗子は表に出て、 繁華街へ。
 秀康はジャックスに呼ばれて宮殿に行った為、 留守である。 満月の綺麗な夜だった。

 少し雑踏を離れた場所を歩いて居ると、 誰かに路地まで引っ張られた。 後ろから腕を掴まれ、 喉に銀製ナイフを充てられた。
 「秀康ヴァン・フォアードに近付くなと警告した筈だ……。 アイツと夫婦になるなど……皮肉だな。 ヴァンパイアの仔を生ませる訳にいかない……お前に……死んでもらう」
 「誰ですか?! 貴方!」
 「フィールド・ニールセン。 ヴァンパイアハンター……」

 絶体絶命。

 「ウォォォォーン……」
 狼の様な犬の遠吠えらしい声と共に、 月の光りを受けながら跳躍してニールセンに襲い掛かる生き物が居た。
 「lupus?(狼?!)」

 ナイフを振り落とすように狼は、 ニールセンを咥え壁に振り飛ばした。
 腰を抜かす麗子。 美しい毛並みの狼は今度、 麗子に近付いて紫色のドレスを咥え、 その場から消えた……。
 
 屋敷近い森の中へワープしたかと思えば、
 「馬鹿ね、 アンタ。 アイツ何か知らないの? ヴァンパイア・ハンター、 解る? たまたま狩りに出たらこれだ。 秀康の妻ならアンタも殺されるから。 覚悟しておくのね」

 美しいブロンドヘアー、 狼の正体はローザ。
 「ローザさん……、 私を助けてくれたんですか」
 「勘違いしないで。 何言ってるんだか。 アンタを助ける為じゃないから。 アンタ……懐妊をしてるんでしょ? フォアード家の為にやっただけ」
 「え? 懐妊……?」
 「呆れたわ、 アンタ本当にバカね。 気付いてなかった訳? 臭いで解る。 狼一族系だから。 解ったら早速明日でも主治医に診せなさい。 精々気を付けるのね! 大体アンタ何よ、 いきなり出て来て秀康を私から奪ったわ! ……私が秀康の妻になる筈だったんだから!」
 立ち去ろうとするローザ。
 「ローザさん、 お願い話を聞いて……」

 溜息を付いたローザは背中を向けた。
 「自分を少し大切にしなさい。 アンタ一人の体じゃ……ないんだからね」

 狼は本来、 家族愛が強い動物。 ローザが麗子を助けた本当の理由は何だったんだろうか。

 屋敷に秀康帰り、 一部始終を話す麗子。
 「ローザに助けられた? ……麗子、 明日、 主治医に診せよう。 私とお前の子。 とにかく、ニールセンの動きも変でな。 危険だから一人で出掛けるな」

 秀康は、 優しく麗子を抱きしめて囁いた。
 翌日、 魔界に行き、 主治医と話す。
 「どうだ?」
 「ご懐妊、 おめでとうございます。 御子の性別ですが」
 「あぁ、 言わないで良い。 解ってる。 男児だろ?」
 「はい」
 「あなた……、 どうして男児だと解ったの?」
 「聞くな。 お前が恥ずかしい思いする」
 主治医口を挟んだ。
 「心身共に秀康様とエクスタシーを味わった結果でございます」

 顏を真っ赤にする麗子。
 「聞かなければ良かった……」
 
 屋敷に帰ると、 無理させない様に好きに過ごせと言う秀康だったが、 追手からの捜索も厳しくなり、 秀康は悩んでいた。 屋敷がいつ発見されても不思議ではないからだ。

 近頃闇に目の慣れた麗子、 夕方から行動する様になった。
 夕日に染まる庭薔薇園に赤と、紫、 黒い薔薇麗しい香りを醸し出す。
 「赤い薔薇は……血の色。 何とも悩ましい。 だが、私達ヴァンパイアをイメージすれば……黒、 だな」
 秀康は、 薔薇を見て語りはじめた。
 黒い薔薇を見ながら尋ねる麗子。
 「黒? ……黒い薔薇?」
 「お前なら……紫、 か。 赤と黒真ん中……ん? 枯れてるな」

 黒い薔薇を毟り枯れた薔薇を捨てる。
 「枯れた薔薇でも良いがな……周りも枯れる。 捨てるしかない。 いずれ……、 薔薇など、 全部朽ち果てるからな。 麗子、 枯れない花を咲かせよう……二人で。 いや、 家族でだな」

 中庭からトマスとローザの賑やかな声。
 「だから、 ドブ鼠ぐらいでデカい声出すな、 うるせぇ女。 ほら」
 「見せないで何処かへ、 捨てなさい!! ……あら、 秀康。 こんな女を、 まぁ大切にするわね……、 魅力有る? 寸胴だし……色気と胸は私が勝つと思うけど?」

 そこへトマスが野次を飛ばし、 麗子に顏を近づけ胸をマジマジと見た。
 「色気別として……、 胸結構あるんじゃないか? コイツ」 
 「トマス……アンタ、 どさくさに紛れて何処を見てるの?! この変態!」
 「いや、 男が女を見るならまず顏、 次に胸と腰だろ?」
 「いやらしい!」
 ローザはトマスのプラチナブロンドヘアーを両手でくちゃくちゃにした。
 「ローザ、 何だ? やめろ」

 「うるさい奴らだな……お前達」
 秀康、 ふぅと溜息を一つ。 麗子を連れ、 去った。
 「仲良いわね、 二人」
 麗子、 微笑んだ。
 「さぁな」

 ここ数日、 秀康は魔界の雑用で屋敷を留守にする日多かった。
 そんなある夜

 魔界から秀康帰ると屋敷の様子が変だと思った。
 出迎える筈のダニエラ、 執事モーリス、 屋敷に居る筈のシェリー迄居ない。
 「モーリス、 ダニエラ……? どうした?」

 血の臭いで慌てて、 ダニエラの部屋の扉をを開ける秀康。
 ダニエラ、 床に伏せる様な恰好で倒れ、 大量の血を流し、 既に息絶えた後だった……。

 呆然とする秀康は屋敷を走り回った。
 「モーリス! トマス! ローザ! 麗子!! 何処だ?!」

 裏庭で剣の鋭い音と怒声がした。

 ニールセンの感情無い声がする
「お前達ヴァンパイアなど……この世に存在させる訳に行かない」
 「トマス様!!」
 モーリス、 トマスを庇う様にニールセンの手先、 ロータスの剣に刺さる。
 「トマス様、 お逃げ下さい……、 私の命で此処を防ぎますから、 早く!」
 思わずモーリスを抱きしめるトマス。
 「モーリス! ……何で」
 モーリス、 最期の力を出し、 護身用剣でロータスを串刺しにした。
 「モーリス!! ……なぜなんだ、 お前が俺の教育しろよ……真面目にやるから」
 
 既に息も絶え絶えに力ない声でトマスに伝えるモーリス。
 「トマス様……、 Cu bine……(お元気で)」

 恨みに溢れ赤い瞳をメラメラ揺らしながら、 叫ぶトマス。
 「クソ、 お前ら……、 モーリスは人間から最近吸血一切しない! コイツとダニエラは人間用を喰っていたんだ! ヴァンパイアと言うだけで……、 目の敵にしやがって! 大昔となにも変わらないな!」

 モーリスを抱きかかえるトマスの首にニールセンの放った銀の矢が命中。
 ローザがトマスに駆け寄って抱き寄せた。
 「トマス、 しっかりして!!」
 「ローザ……、 良いから逃げろ……、 早く」
 「死なせないから……!」

 左手を震わせながらローザの頬を撫でると、 最後に力を振り絞る様に愛を告げる。
 「俺さ……ローザをずっと愛してた……だから……」
 「え? ……トマス、 余計な話ばかりで、 どうして肝心な話黙っていたの」
 微かに微笑むトマス。
 「言えるか……馬鹿」

 怒りに燃えたローザは大きな狼の本来の姿に変貌し、 残るニールセンの手先に向け襲いかかり鋭い牙と爪で真っ二つに切り裂いた。

 目まぐるしい程に敵・ヴァンパイアハンターの攻撃で何処から援護すれば良いか解らない程、 悲惨な現場だった為呆然とする秀康はまずトマスを抱き抱え、
 「トマス!!」
 「兄さん……、 遅いぞ。 俺……兄さんをずっと羨ましかった……俺らと違う部分は ”心” なんだろうな……。 人の心持つ兄さんに憧れて居た……。 兄さん……麗子はちゃんと逃がした……探しに行け……。 兄さんに……幸せこそ俺たち一族の幸せだから。…… 俺から離れろ……兄さんまで灰になる」 

 呟いたトマス、 崩れる灰になり、 風化された。
 掌から零れる灰を見ながら秀康、 呟いた。
 「トマス……、 大切な話こそ、 最後にしか……聞けないんだな。 それこそ、 真実だ」

 狼の悲鳴響いた。
 ニールセンの手先に背中を銀の剣で射抜かれたローザだった。
 「ローザ!!」

 最強のヴァンパイア・ハンター、 フィールド・ニールセンに背後狙われる秀康。
 「あなた! 危ない!!」
 茂みから出た麗子は、 秀康に被さる様に倒れた。 ニールセンの銀の剣が麗子の背中に刺さる。
 「麗子!!!」
 「貴方に……出会えて良かった……。 貴方を愛したかった……。 この体灰になって風化されても……この魂を……、 貴方に預けます。 あの誓いに嘘偽りなどないから……。 貴方さえ居たら構わない……貴方を永遠に愛するわ」

 秀康、 瞬時に銀の杭を手に近寄るニールセンから怪力で杭を奪い、 ニールセンの心臓に刺した。
 「意味解るか? ……お前に! お前など……許さん!! お前達など私を倒せない!」

 首を片手で簡単にニールセンを上に吊るし、 壁に向かって投げると灰になるニールセン。
 ニールセンもまた、 ヴァンパイアだったと知る秀康。

 麗子に近寄り抱き寄せた……。 最早助からない……。

 唯一、 麗子を残す方法……それは、 死後蘇生させヴァンパイアにするしかない。
 「麗子……奴を倒した。 二人で安住の地に行こう……この世にヴァンパイアの安住などないから……麗子、 永遠に二人で生きよう……一つだけ良い所がある……」
 「あなた……あなたとなら……何処でも」
 「麗子……、 amo (愛している)」
 キスをしながら、 抱き寄せた麗子の背に刺さる銀の剣に左手を伸ばし、 貫通させ秀康自身に刺した。

 黒い薔薇の朽ちた花弁と、 紫の薔薇の花弁舞う。 闇の中へ消える二人。

 『人間だったお前を……我々と同じ薔薇に、 不老不死として変えた者は皮肉にも私だ。 それを幸せだと言うのか……? お前は」

 私は完全に死なない。

 さぁ、 麗子、 一緒に行こう……お前も不老不死。 言った筈だ。 私はずっとお前を愛し続ける。
 帰ろう……、 本来の私達の闇へ。

 あぁ……そこに居る貴方も、 我々ヴァンパイアの世界をご覧になりましたね?

 繰り返す。 私は死なない。

 そして……いつか又……、 お会いしましょう。 
 ふふふふふ……。
 それ迄……、 さようなら……。

 Finis.

 【あとがき】

 拙い作品を最後迄目に止めて頂き、 ありがとうございます。
 原本に「携帯電話」とあり、 かなり前に執筆した作品です。
 今殆どスマホで携帯電話と言う響きは懐かしい感じもします。
 
 イメージはドロドロダーク系で纏まったなと。

 自分が理解するヴァンパイアと言う存在を、 如何に耽美をベースに描けるかと思い巡らせた小説になりました。

 因みに、 途中で主人公が胡散臭い文言を唱え扉を開く描写は、 完全に嘘っぱちで、 想像でしかありません。

 この作品に出た男女は、 罪。
 それが愛情であり、 複雑な人間模様だったとしても。
 
 主人公が、 この世に存在を許されない怪物ヴァンパイアなので、 ヴァンパイアとそれ故に不老不死を得たヒロインの運命を、 あの様な展開にせざるを得ませんでした。

 果たして、 二人どうなった? で終わりました。
 読んで下さった方への、 ご想像にお任せをします。

 このストーリーは、 ヴァンパイアを耽美に描きたいなと思い描いた完全にフィクションであり、 実在と一切関係ありません。 

 書いてるうちに大人のファンタジーに傾いたり修正をしたり迷ったり大変だった様な覚えもあり、 カオス。 
 暗い暗い展開になりやすい為、 所々オチを付けたりしました。

 ヴァンパイア=吸血鬼・怪物ゆえに忌み嫌われる。
 ヴァンパイアに対するイメージは、 何処か孤独、 闇、 悲しい。 そして耽美。

 元々怪物と言われるヴァンパイアも元は人で、 蘇生された者が、 どこか、 人として大切な部分を残しながら狂わせ壊れてしまうのは、 納得せざるを得ないと言う表現になりました。

 望月保乃華
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