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引きこもり聖女とクーデター

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「国王よ、どうなさるおつもりで?」
ガリア王国王宮の謁見の間にて、家臣一同がずらりと並ぶ前で、国王ゲリルがそっとため息をつく。
「どうもこうも無かろう。全面降伏以外何が出来る?」
「ハンっ!常勝王ガリアンが聞いてあきれるわっ!国王も、年を召されましたな。」
ゲリルの言葉に、反発する声が上がる。
「軍務卿ケルンよ。勝てぬと分かっている相手に挑んで、民の命を無駄にするわけにはいかんよ。」
鼻息荒く息まく軍務卿を宥めるようにゲリルが言う。
「だから、あなたは、腑抜けたというんだっ!戦う前からそんなことでどうするっ!相手はたかだか冒険者であろう!?」
「……ケルンよ、お主は何も聞いてないのか?」
「フンっ、臆病者のいう事など聞く気もないなっ!」
ケルンが手を上げて合図すると、物陰からわらわらと兵士が出てくる。

「そなたらっ、何をっ!」
「お静かに。できれば抵抗などしませぬよう。」
「ぬぅ、メイスン殿、貴様もなのか。」
「今、この時代に求められているのは、力なのだよ。戦う事を放棄した王に用はない。」
謁見の間にいた家臣の約半分は、すでに軍務卿と話がついているらしく、傍にいた他の家臣たちを捕らえていく。

「ゲリル国王……いや、元国王よ、戦う心を失ったお前に国王を名乗る資格はないっ。後は私に任せることですな。……連れて行けっ!」
ケルンは元国王の後ろ姿を眺めた後、残った家臣たちに指示を出す。
「兵を集めるのだっ!べリア王国の残党狩りだっ!」

タウの村から遠く離れたガリアの王都で、クーデターが起きたことをエルザたちが知るのは、もう少し後の事だった。

◇ ◇ ◇

「……と、いう事らしいわよ?」
ミヤコは、みぃによってもたらされた王国の最新情報を、逗留している王子たちに伝える。
「まったく、父上は何をなされておられるのだ。」
「いや、兄上、それより軍務卿をどうするかだ。」
呟くカインとアルベルト。
国王である父親の心配はしないのか?と突っ込みたくなるミヤコだったが、他所様の家庭事情に突っ込むのは野暮だと思いなおし黙っていることにする。

「ミヤコ殿、大変申し訳ないのだが……。」
なにやら話し合っていた王子たちだが、一応の結論が出たのか、兄のカインが恐る恐るといった風にミヤコに声をかけてくる。
「なぁに?王都へ帰るっていうなら、1日待ってエルちゃんに相談してからのほうがいいと思うわよ?たぶんその方が結果的に時間が短縮できると思うから。」
この事をエルザが知れば、きっと国王をここへ連れてくるという判断をする、という事はミヤコにも分かっていた。そしてその為にユウが手に魔法を使う事も。
それくらいわかるぐらいには、ミヤコもあの二人との付き合いが長くなっていた。
明日と言ったのは、今現在エルザは、ユウにお礼の奉仕をしている真っ最中であり、ユウの性格からして、たぶん明日の朝まではエルザを離さないだろうからだ。
今回、ユウがいなけれれば詰んでたと言うことは、ミヤコだけでなく皆が分かっている為、二人の邪魔をするものはいない。
ユウとエルザはたっぷりと朝まで二人っきりの時間を楽しむことが出来るだろうし、その邪魔をする気もさせる気もない。

だからミヤコは、面倒だと思いながらも、こうして王子たちの相手をしているのだ。
因みに、村の人々への対応はメイドちゃん達が、みぃを始めとした魔族達への対応はカズトが請け負ってくれている。

「そ、そうなのか?……では、……何すればいいと思う?」
カインは途方に暮れた顔で弟のアルベルトへと視線を向ける。
「いや、急に言われても……。」
しかし、途方に暮れていたのはアルベルとも同じだったようで、兄の期待には応えられそうにもない。
「はぁ……これだだから世間知らずの王子さまは。よかったら村の中でも観光してきたら?元々、この村の事を調べる為に来たんでしょ?」
ミヤコはため息をつきつつそう提案し、側に控えていたオグンに視線を向ける。
「お店には連絡をしておくから。」
オグンにはそれだけで伝わったようで、「殿下、私が案内しますぜ」と高笑いをしながら二人の王子を連れて、部屋を出て行った。

「さて、後はあなたの話しを聞くだけなんだけど……明日のほうがいい?」
ミヤコは傍に控えていたネコ耳の少女……クロに声をかける。
「にゃぁ……、わからにゃい。でも、ミヤコから伝えてもらったほうがいい気がするにゃ。」
「そうなの?というか、あなた今まで何してたの?」
「ご主人様の言いつけで、奥の魔道具と格闘してたにゃ……辛く、苦しい戦いだったにゃ……。」
問いかけたミヤコに対し、遠くを見るような目で応えるクロ。
その表情を見るだけで、彼女がかなり苦労したことが伺えるため、ミヤコは彼女の為にとっておきのお茶を入れるようにと、その場を片づけていたセレンに告げるのだった。



「……それで?」
鎮静効果と回復作用のあるハーブティを飲みながら、ミヤコはクロに問いかける。
「にゃぁぁ……とりあえず最初から話すにゃ。」
猫舌なのか、ハーブティの入ったカップを両手で持ち、ふぅふぅと息を掛けながら、ちびちびと舐めるようにしていたクロが、顔を上げて話し出す。
彼女の話によれば、エルザの命により、マザーシルヴィアについて調べていたそうだ。
とは言っても、命じたエルザ自身も、具体的に何を調べればいいかが分かっていない、という状況だったので、クロは、まず手始めに、と教会の奥に隠されている、巨大魔導装置にから調べることにしたそうだ。
あの装置は、元々シルヴィアの命により作られたものなので、それを詳しく調べれば何か新しい発見があるかも、と考えたのだそうだ。

そして、クロの目の付け所は悪くなく、魔導装置のメモリーバンクの奥底に、関係者だけにしか触れることのできない情報が秘匿されていた。
勿論、そのような重大な情報が簡単に手に入る筈もなく、それを手に入れるためにかなり苦労した、というか、いない間の殆どの期間はそれに費やしていたそうだ。
具体的に、何があったのかは、クロは決して口を割ろうとしなかったが、それゆえに大変だったことがよく伝わってきた。

「そしてこれが要点をまとめたものにゃ。一つづつ説明して行くのにゃ。」
クロはメモを取り出してミヤコに渡す。
「これって……、マジ?」
メモに書かれていた内容に目を通したミヤコが絶句する。
「マジもマジ、大マジにゃ。」
「はぁ……。これは確かにある程度纏めてからじゃないと時間がどれだけあっても足りないわね。……いいわ、話してちょうだい。」
ミヤコは、この先に作業にかかる労力を考え、うんざりしながらもクロの報告を聞くのだった。



「えっと、とりあえず、ガリア王国の王都から王様をここに連れてくるって事でいい?」
エルザは目の前のカインとアルベルトの顔を交互に見ながら確認する。
「いや、そうしてもらえるとありがたいのだが……いいのか?」
「んー、王様と王妃様だけならね。それ以上は面倒……じゃなくて少し大変だから。」
(なぁ、エルちゃん、ユウちゃんに毒されてきてないか?)
本音が漏れているエルザの言葉を聞いて、カズトが隣にいるミヤコに小声で囁く。
(ずっとユウちゃんの相手してたからね、疲れてるのよ。)
(その状態で王子様たちとの交渉ってヤバくね?)
(んー、どうせ被害があるのは王国だからいいんじゃない?)
(それがヤバいって言ってるんだよ。)
カズトとミヤコの小声の会話を、聞き耳スキルで拾っていたオグンが顔を引きつらせる。

「我々は贅沢が言える立場ではない。この村に攻めてくるというのだ、本来なら敵対され人質に取られても仕方がないという状況なのに、国王救出に手を貸していただけるというだけでも破格の扱いなのだ。感謝こそすれ文句などあろうはずがない。」
「人質なんて、そんな面倒なことしないよ。」
深々と頭を下げるカインに対し、めんどくさそうに答えるエルザ。
見た目はしっかりとしているようだが、言葉の端々に現れるどうでも良さそうな態度が、かなりお疲れの状態だという事を、ミヤコには感じ取れる。
これは早めに切り上げたほうがよさそうだと考えていると、エルザがメイドちゃんの一人を呼ぶ。

「ミアン、こっちのアルベルト殿下と一緒に王都に行ってくれる?行きはイーリスに運んでもらえばいいから。」
エルザは次々と国王救出についての策をミアンに告げていく。
簡単にまとめれば、王都迄イーリスに運んでもらい、王宮近くの目立たない場所で降ろしてもらう。
イーリスはその後も王宮付近で適当に過ごしてもらう。
当然、すべての眼がイーリスに向くので、その間にアルベルトの案内で王宮に忍び込み国王と王妃の元へ行き、二人を見つけたら転移石でこの村まで戻ってくる。
イーリスは適度に荒らしまわってから帰還する……という段取りらしい。

「てっきりユウちゃんに言ってもらうと思ってたんだけど?」
その方が早いし確実だ、とミヤコがエルザの作戦を聞きながら、ふと疑問を口にする。
「王都が灰になるよ?手早く片付くからそっちでもいいけど?」
どうする?と王子二人に視線を向けるエルザ。
「「さっきの案でおねがいします。」」
ぶんぶんと大きく首を振り、声を合わせて答える王子二人。
「じゃぁ、そう言う事で。ミアンはアルベルト王子とさっそく出発して頂戴。カチュアはカイン王子とお付きの人達を宿へ案内して。」
ミヤコは、話は終わりとばかりに、切り上げ指示を出す。
正直、ガリア王国の事より、この後の案件の方が大事なのだ。

「さて、エルちゃん、休憩必要?」
王子達を追い出した後、ぐったりとしているエルザにミヤコが声をかける。
一応この後の事については軽く話をしてある。
「んー、ユウもいたほうがよさそうだし、みぃとレーナにもいて貰った方がいいわ。……ここでいいから、みんなが集まるまで休ませて……。」
エルザはそう言うなり目を閉じる。
すぐに、すぅすぅと軽い寝息が聞こえてくるあたり、余程疲れているのだという事が分かる。
「ま、仕方がないわね。カズト、みぃとレーナを呼んできて……ゆっくりでいいからね。」
ミヤコは魔族をカズトに任せ、自身は大ボスともいうべきユウの元へ向かうのだった。

「さて、と。すぐ出て来てくれるといいけどなぁ。」
ユウの部屋の前でそう呟くミヤコ。
ユウが引き籠っているのは、大きくなって制御しきれない魔力を、不用意にばらまかない為、だという。
事実、そう言う事もあるのだろう。測りきれないほどの魔力を秘めている事は、鑑定眼が使えるミヤコにはよくわかる。
しかし、絶対に後付けだろうと、ミヤコは睨んでいる。
前述の事だけが理由ならば、ドラゴン相手にあれだけ魔力を使った後の今であれば、引きこもる必要性がないからだ。
イーリスとの戦いは、一見してユウが圧倒的余裕で勝利したように思えるが、ミヤコだけは、かなりの魔力を消耗したことを知っている。
……いや、ミヤコだけでなくエルザも分かっていたから、一晩かけてユウの魔力回復に努めていたのだ。
 つまり、ある程度魔力も回復している今、ユウが引き籠る理由はなく、それでも引きこもっているのは、単純に彼女が怠け者だからだ。
10万年前の事を聞いてからは、それも仕方がないと許容しているが、それでも、こういう時はしっかりと働いてもらわなければ困る

尚、今回、王都にユウを向かわせずイーリスに行かせたのも、一つは、ユウに余計な魔力を使わせないため、もう一つはイーリスをユウから遠ざけるためだ。
ユウに頭を垂れたイーリスだが、いま再戦をすれば、負けるとはいかなくてもかなりてこずることは間違いなく、より被害が大きくなることは間違いがない。
あのイーリスが、ユウに牙を向ける事はもうないと思うが、何かをさせた方が負けたことによるストレス発散になり、より安全になると考えて、エルザはああいう指示を出したのだろう。
まぁ、イーリスの扱いについては、ユウが回復すれば彼女に一任すればよいので、頭を悩ませるのは今この時だけの事だ。
そんな事より、今はユウを引きずり出す事。

「ユウ、いい?入るわよ?」
ミヤコはノックしながらそう声をかけ、扉を開けて、ユウの部屋の中へと突入するのだった。
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