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引きこもり聖女と新居 その3
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「お帰りなさいって……酷い格好ですねぇ。お湯使います?」
ダンジョンから戻り、そのまま髭の小鹿亭に返ってきたカズトをソニアが出迎える。が、その姿を見て顔をしかめる。
「今日は仕方がないですけど、今度からは、出来れば血だけでも洗い落としてから帰って来てくださいね。ギルドにそう言う施設があるはずですよ?」
ソニアがお湯と布を用意しながらそう声をかけてくる。
「あぁ……わかった……。」
「ん~元気ないですね?」
「あぁ、そうか?」
「そうですよぉ……そうだ。今ならぁ、銀貨2枚でぇ、お部屋で膝枕のサービスしてあげますよぉ?」
「そうか?じゃぁ頼む。」
カズトは、銀貨3枚をソニアに手渡す。
1枚はお湯や布の代金と、余った分はチップだ。
「あっ、えっ?」
ソニアは受け取った銀貨を見て、目を丸くし、慌てふためく。
「冗談ならそれでもいい。」
カズトはお湯と布を受け取るとそのまま部屋へ戻る。
「あ~もぅっ!」
その場には、銀貨を手にしたソニアだけが取り残されるのだった。
「おにぃさん、はいるよぉ。」
ソニアは扉の外でそう声をかけ、カズトの返事も待たずに部屋の中に入る。
部屋の中では、カズトがお湯を前にして座り込んだまま動かない。
一応革鎧などの装備は脱いでいるが、身に着けている衣類は斬り裂かれ血が染みついたままだ。
アレはもう、血抜きも難しいだろう。
「もぅ、何があったのか知らないけど、とりあえず身体拭かないとっ!」
ソニアは、カズトの側に膝まづくと、ゆっくりとその衣類を剥ぎ取っていく。
カズトは「あぁ」とか「うん」というだけで、基本的にソニアのなすがままになっている。
「ホントはこんなサービスやってないんですよ。」
ソニアはブツブツ言いながらカズトの身体を綺麗に拭いてくれる。
「あぁ、悪い。」
「悪いっていうなら、もっとシャキってしてくださいよぉ。」
「あぁ……。」
「……もぅ。」
その後も、ソニアは黙ってカズトの身体を拭くと、用意してあった替えの服を着せてくれる。
「ホント、悪かった。ありがとう。」
着替え終わる頃には、カズトの気分も多少なりとも浮上してきたのか、しきりに頭を下げる。
「いいですよ。それより、はい。」
ソニアは、少し頬を赤く染めながら、ベッドに腰掛け、自分の膝をポンポンと叩く。
「ハイって?」
意味が分からず聞き返すカズト。
「膝枕ですよ膝枕。そう言ったじゃないですかぁ。まぁ、いいならいいですけど。」
少し頬を膨らませて立ち上がろうとするソニアをカズトが押しとどめる。
「いや、お願いします。」
カズトはベッドに横になり、頭をソニアの膝の上にのせる。
「これはっ……いいな。」
頭に伝わる、柔らかく、かつ弾力のある感触。
髪の毛を優しく梳く、ソニアの指触り。
優しく肩に置かれた手……。
何もかもが、カズトにとって初めての経験だった。
そして、ソニアに触れている部分から伝わってくる彼女の優しさに、モわず涙が出てしまう。
「おにぃさん、怖かったですか?」
ソニアが優しく聞いてくる。
「あ、あぁ、怖かった。死ぬかと思ったよ。」
「でも、おにぃさんは生きてますよ。こうして、生きて帰って来てくれました。」
ソニアに撫でられる感触が心地よい。
「……あぁ、そうだな。」
「ここに泊まった冒険者の方は、しばらくしたら来なくなるんですよ。……単に宿を度を変えたり、別の街に行く方が大半ですけど……。……だからおにぃさんが帰ってきてくれてうれしいですよ。」
そう言った後、暫くの間ソニアは、無言で頭を撫でてくれた。
しばらく、その心地良い雰囲気におぼれていたカズトは、そのうちに独り言のように、ぽつ、ぽつと、話しだす。
ダンジョンでの事、昔イジメられていたこと、自分はもっとやれると思ったのに、全然だめだった事等々、脈絡もなく、時系列も不明なまま、ただ、思い出すかのように断片的に自分を語る……。
「ごめんな。情けない所見せて。格好悪いだろ?」
かなりの時間が経った後、カズトはそういう。
「ハイ、カッコ悪いですねぇ。しかも、年下の女の子に膝枕強要して……これは衛兵さん案件ですねぇ。」
カズトが普段の調子を取り戻したのが分かったのか、ソニアも軽口で応える。
「やめてください、オネガイシマス。」
「アハッ、仕方がないですねぇ。でもぉ、ホント今日だけ特別ですよ。普段はこんなことしないんですからね。」
「あ、ウン、ホントゴメン。でもありがとう。」
「もぅ、わかればいいんですよ。でも、まぁ、これからも良かったら色々話してください。折角だから聞いてあげますよ。」
「上から目線だなぁ。」
「だって、上から見下ろしてますもの。」
そう言ってクスッと笑う。
「そうだなぁ。折角可愛い服を着て来てくれた事だし、こんなソニアちゃんが見られるなら、もう少し付き合ってもらおうかな。」
「こ、これはっ、違うんですっ。そういうんじゃないですからねっ。」
ソニアの着ているのは、一目で上質と分かる布地だが、生地が薄く、所々肌が透けて見えるナイトウェアだった。
生地が薄いと言っても、胸元など大事なところにはフリルとレースをふんだんにあしらっており、透けないようになっている。
全体的に可愛いシルエット、にポイントポイントのフリル、そして、チラチラと透けて見える肌……。
キュートでラブリーでドレッシーで、それでいてエロスを忘れない……これをデザインした奴は天才だと、カズトは素直に称賛する。
「これは、殿方に夜呼ばれたときに、着ていくようにって配給されたものなんです。……だからと言ってそういうつもりじゃないですからねっ。」
「分かってるよ。でも膝枕はしてくれるんだろ?」
「……銀貨2枚ですよ。」
「……頑張って稼ぐよ。」
カズトとソニアは、眼を合わせると同時に噴出した。
「ところでさ、言いたくなかっらいいけど、ソニアちゃんはお金に困ってるの?」
カズトは気になっていた事を聞く。
昨日、今日の付き合いだが、彼女の言動からそのような気がしたのだ。
カズトの頭を撫でていた彼女の手が止まる。
「あ、いや、ゴメン。別に聞きたいってわけじゃなくて、その、……ちょっと気になっただけだから。」
「いえ、まぁ、言いたくないというか、お客さんに、マジな話とか、重い話をするのって、なんか違うかなぁって。」
「うーん、まぁ、今日だけ特別、とか?ほら、俺もカッコ悪いとこ見せちゃったわけだし、そのお詫びに重い話聞いてあげるって言うか。」
「ぷっ、なんなんですか、それ。」
「おかしいかな?」
「ハイ、おかしいです。」
「そうかなぁ?」
「そうですよぉ。さては、おにぃさんモテないですね。」
「……悪かったなぁ。」
「クスッ、拗ねないでくださいよぉ。……まぁそうですね。おにぃさんにはお金頂いてますから、特別サービスで話してあげますね。とはいっても長くもなく、面白みもない話なんですけどね。」
ソニアはそう言って、自分の事を話し始めた。
「私の村はですねぇ、ここから北の方にある辺境の外れにあるんですよ。そこでは冬が厳しくてですねぇ……。」
ソニアの話によれば、村がかなり北方にあるため、冬場になると雪に覆われ、狩りも出来ず、農作物も育たないのだそうだ。
だから、村人たち総出で、雪が降る前に狩りをして、冬支度をするのだそうだが、それでも何年かに一回は、思うほど狩りが出来ずに冬の食糧難が襲う事もあるのだという。
そして5年前、ソニアが8歳の時も、森での狩りが上手くいかずに、このままでは村人の半数が飢えることになると困っていたところで、たまたま商人が村に立ち寄ったのだそうだ。
「後は、よくある話ですよ。私を含め、数人の村人が冬を越すための食糧と引き換えに売られた、という事です。私は幸いにもここのご主人様に引き取られて、こうして働かせてもらっていますが、やっぱり奴隷ですからね。」
奴隷は、主人の命令に逆らえず、主人が命じるままに働かなければならない。
その代わり、主人には奴隷の衣食住や生活の面倒を見る義務が生じる。
他にも細かい決まりごとがあるそうだが、おおざっぱに言えばそんなところらしい。
「ですから、お金に困ってるというより、お金があればいざと言う時自分を買い戻せるかなぁって、そんな感じなのですよ。」
「そうだったのか。ちなみにソニアちゃんを買い取る金額っていくら?」
「さぁ?ご主人様の言い値になりますから。でもまぁ、相場から考えて金貨1枚ぐらいでしょうか?」
「金貨1枚か。」
まだ、この世界に来たばかりなので、金貨1枚と言われても、カズトにはどれほどの価値なのかがわからない。
ただ、今日手に入れたコボルトの魔石が銅貨5枚で売れたことを考えると、コボルトを2千匹倒せば金貨1枚になる。
2千匹というと途方もない数だが、一日20匹倒していけば100日で金貨1枚は溜めることが出来る計算になる。
さらに言えば、コボルトより強い魔物なら、魔石の買い取り額も上がるだろうし、素材やドロップアイテムなどを合わせればもっと早く溜まるのではないか?それならば、金貨1枚ぐらいなら何とかなりそうな気がした。
今日、殺される寸前だったことは、カズトの頭の中からきれいさっぱりと消えていた。
「あ、そうだ。おにぃさん奴隷を買うのはどうですか?」
カズトの考えを見透かしたかのように、ソニアが言う。
「私は無理ですけど、奴隷さんの中には戦える方もいますので、そう言う方と一緒に迷宮探索に行けば、今日みたいな怖い思いしないで済むかもしれませんよ。」
「そうだな……そのためはまず、迷宮でお金を稼がないとな。」
「あ、そっかぁ。中々難しいんですね。」
ソニアはそう言うと、カズトを優しく抱き起す。
「では、今日のサービスはここまでです。」
そう言って立ち上がりかけたソニアの手を掴み抱き寄せる。
何らかの考えがあったわけでもなく、ただ無性に離れたくないと思っての無意識の行動だった。
「ダメです、離してください。……そういう事は私のお仕事じゃないですよ。」
その言葉にハッとして腕の力が緩む。
ソニアはカズトの身体を押し返すと、黙って部屋から出ていった。
翌日、朝食の時もソニアは姿を見せなかった。
時折、厨房で見え隠れしていたことから、単に忙しかっただけなのだとは思うが、カズトの心には何か重いものがのしかかっている感じが拭えなかった。
食事を終えると、カズトはギルドに向かう。昨日は碌な下調べも準備もせずに迷宮に入ったのだからあのような無様を曝したのだ。
だから、今度はしっかりと情報を集めて、入念な準備をしてから、迷宮に入ろうと思ったのだ。
迷宮の1階層、2階層に出てくる魔物と、それらの攻略法、必要最低限の持ち物と準備、効率の良い依頼と収穫物等々、酒場にたむろしている暇な冒険者に聞けば快く教えてくれた……奢ること前提だったが。
しかし、その甲斐あって、いきなり迷宮に行くのではなく、採集依頼をこなしながら森の動物を倒して経験を得た方がいいこと、回復ポーションは3本以上、解毒、解痺ポーションは常に2本以上は持ち歩くこと、迷宮に潜るのであれば、最初は面倒でも1戦したら帰るようにして慣らした方がいい事。1階層をポーションを1回も使わずに徘徊できるようになってから2階層へ行くこと、今のカズトの腕では2体以上の魔物を相手にしないようにうまく立ち回ることなど、今のカズトにとって、有益な情報を得ることが出来た。
そして、カズトは今、町はずれの治安があまりよくない一角の、ある店の前に来ている。
「ここであってるよな?」
カズトはもう一度メモを見直し、聞いた場所と間違いがないことを確認してから、店の扉をくぐるのだった。
ダンジョンから戻り、そのまま髭の小鹿亭に返ってきたカズトをソニアが出迎える。が、その姿を見て顔をしかめる。
「今日は仕方がないですけど、今度からは、出来れば血だけでも洗い落としてから帰って来てくださいね。ギルドにそう言う施設があるはずですよ?」
ソニアがお湯と布を用意しながらそう声をかけてくる。
「あぁ……わかった……。」
「ん~元気ないですね?」
「あぁ、そうか?」
「そうですよぉ……そうだ。今ならぁ、銀貨2枚でぇ、お部屋で膝枕のサービスしてあげますよぉ?」
「そうか?じゃぁ頼む。」
カズトは、銀貨3枚をソニアに手渡す。
1枚はお湯や布の代金と、余った分はチップだ。
「あっ、えっ?」
ソニアは受け取った銀貨を見て、目を丸くし、慌てふためく。
「冗談ならそれでもいい。」
カズトはお湯と布を受け取るとそのまま部屋へ戻る。
「あ~もぅっ!」
その場には、銀貨を手にしたソニアだけが取り残されるのだった。
「おにぃさん、はいるよぉ。」
ソニアは扉の外でそう声をかけ、カズトの返事も待たずに部屋の中に入る。
部屋の中では、カズトがお湯を前にして座り込んだまま動かない。
一応革鎧などの装備は脱いでいるが、身に着けている衣類は斬り裂かれ血が染みついたままだ。
アレはもう、血抜きも難しいだろう。
「もぅ、何があったのか知らないけど、とりあえず身体拭かないとっ!」
ソニアは、カズトの側に膝まづくと、ゆっくりとその衣類を剥ぎ取っていく。
カズトは「あぁ」とか「うん」というだけで、基本的にソニアのなすがままになっている。
「ホントはこんなサービスやってないんですよ。」
ソニアはブツブツ言いながらカズトの身体を綺麗に拭いてくれる。
「あぁ、悪い。」
「悪いっていうなら、もっとシャキってしてくださいよぉ。」
「あぁ……。」
「……もぅ。」
その後も、ソニアは黙ってカズトの身体を拭くと、用意してあった替えの服を着せてくれる。
「ホント、悪かった。ありがとう。」
着替え終わる頃には、カズトの気分も多少なりとも浮上してきたのか、しきりに頭を下げる。
「いいですよ。それより、はい。」
ソニアは、少し頬を赤く染めながら、ベッドに腰掛け、自分の膝をポンポンと叩く。
「ハイって?」
意味が分からず聞き返すカズト。
「膝枕ですよ膝枕。そう言ったじゃないですかぁ。まぁ、いいならいいですけど。」
少し頬を膨らませて立ち上がろうとするソニアをカズトが押しとどめる。
「いや、お願いします。」
カズトはベッドに横になり、頭をソニアの膝の上にのせる。
「これはっ……いいな。」
頭に伝わる、柔らかく、かつ弾力のある感触。
髪の毛を優しく梳く、ソニアの指触り。
優しく肩に置かれた手……。
何もかもが、カズトにとって初めての経験だった。
そして、ソニアに触れている部分から伝わってくる彼女の優しさに、モわず涙が出てしまう。
「おにぃさん、怖かったですか?」
ソニアが優しく聞いてくる。
「あ、あぁ、怖かった。死ぬかと思ったよ。」
「でも、おにぃさんは生きてますよ。こうして、生きて帰って来てくれました。」
ソニアに撫でられる感触が心地よい。
「……あぁ、そうだな。」
「ここに泊まった冒険者の方は、しばらくしたら来なくなるんですよ。……単に宿を度を変えたり、別の街に行く方が大半ですけど……。……だからおにぃさんが帰ってきてくれてうれしいですよ。」
そう言った後、暫くの間ソニアは、無言で頭を撫でてくれた。
しばらく、その心地良い雰囲気におぼれていたカズトは、そのうちに独り言のように、ぽつ、ぽつと、話しだす。
ダンジョンでの事、昔イジメられていたこと、自分はもっとやれると思ったのに、全然だめだった事等々、脈絡もなく、時系列も不明なまま、ただ、思い出すかのように断片的に自分を語る……。
「ごめんな。情けない所見せて。格好悪いだろ?」
かなりの時間が経った後、カズトはそういう。
「ハイ、カッコ悪いですねぇ。しかも、年下の女の子に膝枕強要して……これは衛兵さん案件ですねぇ。」
カズトが普段の調子を取り戻したのが分かったのか、ソニアも軽口で応える。
「やめてください、オネガイシマス。」
「アハッ、仕方がないですねぇ。でもぉ、ホント今日だけ特別ですよ。普段はこんなことしないんですからね。」
「あ、ウン、ホントゴメン。でもありがとう。」
「もぅ、わかればいいんですよ。でも、まぁ、これからも良かったら色々話してください。折角だから聞いてあげますよ。」
「上から目線だなぁ。」
「だって、上から見下ろしてますもの。」
そう言ってクスッと笑う。
「そうだなぁ。折角可愛い服を着て来てくれた事だし、こんなソニアちゃんが見られるなら、もう少し付き合ってもらおうかな。」
「こ、これはっ、違うんですっ。そういうんじゃないですからねっ。」
ソニアの着ているのは、一目で上質と分かる布地だが、生地が薄く、所々肌が透けて見えるナイトウェアだった。
生地が薄いと言っても、胸元など大事なところにはフリルとレースをふんだんにあしらっており、透けないようになっている。
全体的に可愛いシルエット、にポイントポイントのフリル、そして、チラチラと透けて見える肌……。
キュートでラブリーでドレッシーで、それでいてエロスを忘れない……これをデザインした奴は天才だと、カズトは素直に称賛する。
「これは、殿方に夜呼ばれたときに、着ていくようにって配給されたものなんです。……だからと言ってそういうつもりじゃないですからねっ。」
「分かってるよ。でも膝枕はしてくれるんだろ?」
「……銀貨2枚ですよ。」
「……頑張って稼ぐよ。」
カズトとソニアは、眼を合わせると同時に噴出した。
「ところでさ、言いたくなかっらいいけど、ソニアちゃんはお金に困ってるの?」
カズトは気になっていた事を聞く。
昨日、今日の付き合いだが、彼女の言動からそのような気がしたのだ。
カズトの頭を撫でていた彼女の手が止まる。
「あ、いや、ゴメン。別に聞きたいってわけじゃなくて、その、……ちょっと気になっただけだから。」
「いえ、まぁ、言いたくないというか、お客さんに、マジな話とか、重い話をするのって、なんか違うかなぁって。」
「うーん、まぁ、今日だけ特別、とか?ほら、俺もカッコ悪いとこ見せちゃったわけだし、そのお詫びに重い話聞いてあげるって言うか。」
「ぷっ、なんなんですか、それ。」
「おかしいかな?」
「ハイ、おかしいです。」
「そうかなぁ?」
「そうですよぉ。さては、おにぃさんモテないですね。」
「……悪かったなぁ。」
「クスッ、拗ねないでくださいよぉ。……まぁそうですね。おにぃさんにはお金頂いてますから、特別サービスで話してあげますね。とはいっても長くもなく、面白みもない話なんですけどね。」
ソニアはそう言って、自分の事を話し始めた。
「私の村はですねぇ、ここから北の方にある辺境の外れにあるんですよ。そこでは冬が厳しくてですねぇ……。」
ソニアの話によれば、村がかなり北方にあるため、冬場になると雪に覆われ、狩りも出来ず、農作物も育たないのだそうだ。
だから、村人たち総出で、雪が降る前に狩りをして、冬支度をするのだそうだが、それでも何年かに一回は、思うほど狩りが出来ずに冬の食糧難が襲う事もあるのだという。
そして5年前、ソニアが8歳の時も、森での狩りが上手くいかずに、このままでは村人の半数が飢えることになると困っていたところで、たまたま商人が村に立ち寄ったのだそうだ。
「後は、よくある話ですよ。私を含め、数人の村人が冬を越すための食糧と引き換えに売られた、という事です。私は幸いにもここのご主人様に引き取られて、こうして働かせてもらっていますが、やっぱり奴隷ですからね。」
奴隷は、主人の命令に逆らえず、主人が命じるままに働かなければならない。
その代わり、主人には奴隷の衣食住や生活の面倒を見る義務が生じる。
他にも細かい決まりごとがあるそうだが、おおざっぱに言えばそんなところらしい。
「ですから、お金に困ってるというより、お金があればいざと言う時自分を買い戻せるかなぁって、そんな感じなのですよ。」
「そうだったのか。ちなみにソニアちゃんを買い取る金額っていくら?」
「さぁ?ご主人様の言い値になりますから。でもまぁ、相場から考えて金貨1枚ぐらいでしょうか?」
「金貨1枚か。」
まだ、この世界に来たばかりなので、金貨1枚と言われても、カズトにはどれほどの価値なのかがわからない。
ただ、今日手に入れたコボルトの魔石が銅貨5枚で売れたことを考えると、コボルトを2千匹倒せば金貨1枚になる。
2千匹というと途方もない数だが、一日20匹倒していけば100日で金貨1枚は溜めることが出来る計算になる。
さらに言えば、コボルトより強い魔物なら、魔石の買い取り額も上がるだろうし、素材やドロップアイテムなどを合わせればもっと早く溜まるのではないか?それならば、金貨1枚ぐらいなら何とかなりそうな気がした。
今日、殺される寸前だったことは、カズトの頭の中からきれいさっぱりと消えていた。
「あ、そうだ。おにぃさん奴隷を買うのはどうですか?」
カズトの考えを見透かしたかのように、ソニアが言う。
「私は無理ですけど、奴隷さんの中には戦える方もいますので、そう言う方と一緒に迷宮探索に行けば、今日みたいな怖い思いしないで済むかもしれませんよ。」
「そうだな……そのためはまず、迷宮でお金を稼がないとな。」
「あ、そっかぁ。中々難しいんですね。」
ソニアはそう言うと、カズトを優しく抱き起す。
「では、今日のサービスはここまでです。」
そう言って立ち上がりかけたソニアの手を掴み抱き寄せる。
何らかの考えがあったわけでもなく、ただ無性に離れたくないと思っての無意識の行動だった。
「ダメです、離してください。……そういう事は私のお仕事じゃないですよ。」
その言葉にハッとして腕の力が緩む。
ソニアはカズトの身体を押し返すと、黙って部屋から出ていった。
翌日、朝食の時もソニアは姿を見せなかった。
時折、厨房で見え隠れしていたことから、単に忙しかっただけなのだとは思うが、カズトの心には何か重いものがのしかかっている感じが拭えなかった。
食事を終えると、カズトはギルドに向かう。昨日は碌な下調べも準備もせずに迷宮に入ったのだからあのような無様を曝したのだ。
だから、今度はしっかりと情報を集めて、入念な準備をしてから、迷宮に入ろうと思ったのだ。
迷宮の1階層、2階層に出てくる魔物と、それらの攻略法、必要最低限の持ち物と準備、効率の良い依頼と収穫物等々、酒場にたむろしている暇な冒険者に聞けば快く教えてくれた……奢ること前提だったが。
しかし、その甲斐あって、いきなり迷宮に行くのではなく、採集依頼をこなしながら森の動物を倒して経験を得た方がいいこと、回復ポーションは3本以上、解毒、解痺ポーションは常に2本以上は持ち歩くこと、迷宮に潜るのであれば、最初は面倒でも1戦したら帰るようにして慣らした方がいい事。1階層をポーションを1回も使わずに徘徊できるようになってから2階層へ行くこと、今のカズトの腕では2体以上の魔物を相手にしないようにうまく立ち回ることなど、今のカズトにとって、有益な情報を得ることが出来た。
そして、カズトは今、町はずれの治安があまりよくない一角の、ある店の前に来ている。
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