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引き籠もり聖女と蜘蛛の聖霊
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………あんなのよく入るわね。
コテージをしまうユウを見ながら、ミヤコは呆れたつぶやきを漏らす。
アイテムボックスや無限収納《インベトリー》と言った特別な収納は、異世界モノでは定番のチート能力と言うことくらいは、ミヤコもラノベやゲームなどから知識としては知っていた。
だからこの世界に来たとき最初に調べ、結果として『アイテム袋』と言うアイテムがあることを知り、直ぐに手に入れたのだ。
だからこそ分かる。目の前のユウがやっていることは、とんでもなく非常識なんだって事。
使用者の魔力によって、保有容量が変わる魔力タイプのアイテム袋だって、あのコテージを丸ごと納めるにはどれだけの魔力量が必要になるのか………。
少なくとも、この世界の人類より遙かに多い魔力量を持っていると自負しているミヤコでさえ、あそこまでの物は無理だというのは理解している。
「エルちゃん、あなたも苦労してるのね。」
自分達、異世界からの転移者の存在がこの世界にとっていかに危ういものなのかというのは、この数日、エルザから色々聞くことで理解し、そのフォローをしてくれているエルザには感謝している。
しかし、ユウの存在は、自分たち以上に異質で非常識なのを目の当たりにすると、そのフォローをしているであろうエルザに同情を禁じ得ない。
「………そう思うなら、ミヤコも出来るだけ自重してくれると助かるんだけど?」
「あ、うん、前向きに善処するわ。」
「……それ、何も変える気がないときに使う言葉だって、カズトが言ってたわ。」
「……あのバカ、余計なことを。」
「ま、いいわ。それより3階層へすすむわよ。3階層からはモンスターの強さがあがるから気を引き締めてね。」
エルザの言葉に、足下にいたバニィが「任せておけ」と言うように親指を立てる。
「あ……うん、頑張ろうね。」
その器用な様を見て、少し疲れた声でエルザは答える。
「えっと、エルちゃん、疲れて居るみたいだけど大丈夫?」
「………誰の所為よ。」
気遣わしげに聞いてくるミヤコに、少しだけ冷たい視線を向けるエルザ。
本人は憶えていないみたいだが、昨晩はミヤコとユウの二人掛かりで攻め立てられ、二人が寝入った後も、ミヤコに拘束されたままだったのでまともに睡眠がとれていないのだ。
「あー、うん、ユウちゃんのせいね。」
「ミヤコが悪い。」
「あー、もぅ!いいから行くわよ。」
お互いに責任の擦り付け合いが始まったので、エルザは、付き合いきれない、とバニィを抱えて歩き出す。
その後を、ユウとミヤコが慌てて追いかけるのだった。
「えっと、ジャイアントスパイダー?」
「………ここにいるのはジャイアントスパイダーのはず……。」
「……その割には大きすぎない?保有魔力量も桁違いみたいだし……。」
エルザたちは、目の前に立ちふさがる巨大な蜘蛛の魔物を見ながらそんな事を囁く。
ここは三階層の奥にある特殊な部屋……通称『ボス部屋』だ。
そこに居るのはその階層の中でも最も強い個体が1匹のみ。
そしてこの部屋にはジャイアントスパイダーという、蜘蛛系のボスモンスターが居る筈だった。
もっともボスとは言っても、このダンジョンは、国の管理下の元、まだ未熟な学生たちに向けて解放されている場所なので、それほど強い個体ではない。
実際、ジャイアントスパイダーなんてものは、外に行けば雑魚モンスターとしてウヨウヨいたりする。
勿論、エルザもユウも、野生のジャイアントスパイダーを幾度となく見てきているので、目の前にいる蜘蛛がジャイアントスパイダーと違う事は分かっているのだが・……。
「……鑑定したわ。アレは「クイーンアラネア」蜘蛛科の最上位種みたい。」
「何でそんなのがここに居るかって事は置いといて、どうする、逃げる?」
「それムリ、もうロックオンされている。」
ユウの言葉と同時に、クイーンアラネアはエルザたちに向けて糸を吐いてくる。
「蜘蛛は嫌いなのにぃっ!!」
糸を避けたエルザは双剣を抜くと、クイーンアラネアに向かって駆け出していく。
「風の加護を……『ウィンドガード!』」
ユウはその背中に向けて加護の補助魔法をかける。
「バニィ、あなたもエルザの援護をお願いねっ!」
ミヤコはバニィに魔力を分け与えて送り出す。
「大丈夫かなぁ、エルちゃん。」
「いつもの装備に変えてるから大丈夫。エルたんは虫に容赦しない。」
時折飛んでくる糸を躱しつつ、ユウと会話するミヤコ。
戦闘中であり、そのようなことをしている場合ではないのだが、バニィへの魔力供給以外には、時折援護の魔法を放つだけで、他にやることがない。さらに言えば、ミヤコが現在使える初級魔法では、相手の気を逸らすことも出来ない為、実質暇なのだ。
本来であれば、バニィとの間隔を共有して、戦闘を有利に進める為の指示を出したりするものなのだが、戦闘経験が殆どない自分よりバニィに任せた方がよいと考えたミヤコは共有を最小限にしている為にやることがないのである。
因みに、普通の召喚師は、このような余裕はない。召喚獣への魔力供給だけでいっぱいいっぱいになるし、感覚共有で他に意識を向けるだけの余裕がないのが普通で、並外れた魔力量を持ち、一般的な概念にとらわれる事のないミヤコだからこそ、このように暇を持て余せるのだという事に、当の本人ですら気付いていない。
「ユウちゃんは余裕ね。」
「ん、アレ位なら大した事ないし。」
目の前に魔力障壁を張って戦闘の余波を防ぎつつ、時折エルザとバニィに強化魔法を片手間にかけているユウ。
そんな様子を見ながら、やはりユウには隠された秘密があるのだという事を確信するミヤコ。
気にはなるが、それを知ったところで、自分たちとの関係に何ら変わりがない事も分かっているので、気にしない素振りを見せているのだが、いつかは話してもらえたらなって思う。話してもらえるだけの存在になりたいと……向こうの世界で友人と呼べるものの居なかったミヤコにとって、エルザとユウは初めてできた友達なのだ。
「そろそろ終わりっぽい。」
ユウの言葉に、思考を中断して戦場を見ると、すでに大勢は決していて、クイーンは8本ある脚をすべてズタズタにされて、その機動力を失っている。
エルザは飛び掛かってその胴体に斬りつけては大きく飛び退り、距離を取り、再度飛び掛かるヒットアンドアウェイを繰り返している。
一見、動きの鈍くなった相手に対しても油断しないでいる様に見えるが、ユウの話によれば、虫の近くに居たくないだけ、なんだそうだ。
因みにバニィは、大蜘蛛の首の付け根に陣取り、雷撃を放っている。
引き剥がそうにも、攻撃が届かず、振り払うだけの機動力も、もはや有していないクイーンアラネアの息の根がともるのも時間の問題だろう。
そう思いながら眺めていると、不意に目の前に一人の少女が現れる。
「だれっ!」
「其方が主かぇ?後生じゃから、攻撃をやめるように言ってくれんかえ?」
少女は容姿に似合わぬ古めかしい言葉遣いでそう言ってくる。
「えっと、誰?」
「あの蜘蛛の精霊……。」
「その通りじゃ。そもそも妾に攻撃の意志はないのにお主等か攻めてくるのでのぅ……。」
「エルたん、ストップだよ。クモさんが停戦の申し込みに来てる。」
ユウがエルザに向かって大声を上げる。
エルザは一瞬動きを止めてユウを見る。
「停戦?」
「そう、戦う気はないって。」
「……。」
「ほっ、どうやらわかってくれた様じゃのぅ。」
エルザが攻撃の手を止めたので、一息つく少女。
だが、安心するのはまだ早かった。
「蜘蛛が停戦ですか、そうですか。では大人しく消えてもらいましょうか。」
エルザは自分の魔力を増大させ、双剣に注ぎ込む。
「むっつ、イカンっ!あれを食らってはお終いじゃ……。そうじゃ、お主召喚士じゃな。妾と契約してたもれ。条件なぞどうでもいい。妾を救ってくれるのであれば、命の限り其方に忠誠を尽くすと誓おう。じゃから、なっ、なっ。」
焦ってそんな事を言い出す少女。
「えっと、急に言われても……。」
「よいから早く、妾に名を授けるのじゃ!出ないと……わわっ……もうダメじゃぁ!」
魔力に包まれ光輝く双剣を振り被るエルザ。
「ちょっと、エルちゃん!って聞いてないしっ!……って、もぅいいわよ。あなたはクイーンのクーちゃん。私の召喚獣よっ!」
「しかと心得た!我が名はクー。主ミヤコとクーの名において今ここに主従の契りが成せりっ!」
エルザが剣を振り下ろした瞬間、クイーンアラネアの身体が光輝き、ミヤコの手元へと吸い込まれていく。
「ふぅ、間に合った。」
『そうじゃの、礼を言う。』
ミヤコの呟きに、紫色に輝く召喚席から声が聞こえる。
正確には声ではなく、ミヤコにだけ聞こえる思念波ではあったが。
「みぃやぁこぉぉぉ・・・・・・虫はぁ、どこかなぁ……?」
鬼のような形相で迫ってくるエルザ。
「エルちゃん、怖い、怖いよっ!」
いつもの穏やかなエルザとは対極に位置するその雰囲気にあてられ、震えあがるミヤコ。握っている召喚石もブルブルと気刻みに震えていた。
「どうどう、エルたん落ち着く。」
ユウが、駆け付けてきて、エルザを羽交い絞めし、落ち着かせる。
「そうそう、ほら、言うでしょ、『ボク、悪い蜘蛛じゃないよ』って。この子だって……。」
「そうね……虫にもいい虫はいるわよ。」
「そうそう、だから・……??」
ホッと一息つくミヤコだったが、エルザの顔を見て息がつまる。
「いい虫はねぇ、ばらばらになって跡形もなく消え失せた虫だけなのよっ!」
エルザの体内の魔力量が増大していくのがミヤコには見える。
「まさか、コレって・……聖の最上級魔法『聖域崩壊《サンクチュアリ・バースト》』!?」
「エルたん落ち着くっ!」
ユウが背後から魔力をエルザにあてる。
エルザの体内に集まっていた魔力は霧散し、エルザはその場に崩れ落ちる。
「とりあえず、依頼終了。エルたんが目を覚ましたら帰る。それまで休んでおく。」
ユウはそう言いながらコテージを取り出す。
「えっと、それはいいんだけど……なんでエルちゃんの服脱がしてるの?」
「休むときは身体をあまり締め付けないほうがいい。」
「それはそうだけど……ってどこ行くの?」
エルザの衣類をすべて脱がして抱きかかえるユウに思わず声をかける。
「ベッド……ミヤコも来る?」
「ベッドってあのね……。」
「どうせ、エルたんが目を覚ますまでやることない。」
「……それもそうね。私も行くわ。」
ユウの正論に対し、反論する術を持たないミヤコは早々に両手を挙げ、ユウと一緒にエルザを介抱することを選ぶのだった。
「鬼ぃ、悪魔ぁ……ぐすん、もぅお嫁にいけない。」
ベッドの片隅でシーツを体に巻き付けて涙ぐむエルザ。
ユウとミヤコの二人による手厚い看護はエルザが意識を取り戻した後も続けられ、結果として、ユウとミヤコのお肌はスッキリつやつや、エルザ一人が涙ぐむのだった。
「お主も不憫よのぅ。」
そんなエルザの頭をポンポンと叩き慰める少女。
「誰の所為よ。」
「あの二人の所為じゃな。」
睨むエルザの視線をものともせず、言い放つ少女。
「うぅ……だから虫は嫌いなのよぉ。」
「……今回の事は関係ないと思うんじゃがのぅ?」
「分かってるわよ、八つ当たりだよっ!」
「うんうん、仲良しでいいね。」
エルザと大蜘蛛の化身である少女、クー都の言い合いを眺めながら、うんうんと頷くミヤコ。
「どうでもいいけど、お腹空いた。……蜘蛛って美味しいの?」
「あ、アハハ……、あまりおいしくないんじゃないかなぁ。」
ユウの呟きを聞いて、即座に石の中に逃げるクーと、嫌そうな顔を隠そうともしないエルザ。
とりあえず、今回の食事は私が作った方がよさそうね、と立ち上がるミヤコだった。
コテージをしまうユウを見ながら、ミヤコは呆れたつぶやきを漏らす。
アイテムボックスや無限収納《インベトリー》と言った特別な収納は、異世界モノでは定番のチート能力と言うことくらいは、ミヤコもラノベやゲームなどから知識としては知っていた。
だからこの世界に来たとき最初に調べ、結果として『アイテム袋』と言うアイテムがあることを知り、直ぐに手に入れたのだ。
だからこそ分かる。目の前のユウがやっていることは、とんでもなく非常識なんだって事。
使用者の魔力によって、保有容量が変わる魔力タイプのアイテム袋だって、あのコテージを丸ごと納めるにはどれだけの魔力量が必要になるのか………。
少なくとも、この世界の人類より遙かに多い魔力量を持っていると自負しているミヤコでさえ、あそこまでの物は無理だというのは理解している。
「エルちゃん、あなたも苦労してるのね。」
自分達、異世界からの転移者の存在がこの世界にとっていかに危ういものなのかというのは、この数日、エルザから色々聞くことで理解し、そのフォローをしてくれているエルザには感謝している。
しかし、ユウの存在は、自分たち以上に異質で非常識なのを目の当たりにすると、そのフォローをしているであろうエルザに同情を禁じ得ない。
「………そう思うなら、ミヤコも出来るだけ自重してくれると助かるんだけど?」
「あ、うん、前向きに善処するわ。」
「……それ、何も変える気がないときに使う言葉だって、カズトが言ってたわ。」
「……あのバカ、余計なことを。」
「ま、いいわ。それより3階層へすすむわよ。3階層からはモンスターの強さがあがるから気を引き締めてね。」
エルザの言葉に、足下にいたバニィが「任せておけ」と言うように親指を立てる。
「あ……うん、頑張ろうね。」
その器用な様を見て、少し疲れた声でエルザは答える。
「えっと、エルちゃん、疲れて居るみたいだけど大丈夫?」
「………誰の所為よ。」
気遣わしげに聞いてくるミヤコに、少しだけ冷たい視線を向けるエルザ。
本人は憶えていないみたいだが、昨晩はミヤコとユウの二人掛かりで攻め立てられ、二人が寝入った後も、ミヤコに拘束されたままだったのでまともに睡眠がとれていないのだ。
「あー、うん、ユウちゃんのせいね。」
「ミヤコが悪い。」
「あー、もぅ!いいから行くわよ。」
お互いに責任の擦り付け合いが始まったので、エルザは、付き合いきれない、とバニィを抱えて歩き出す。
その後を、ユウとミヤコが慌てて追いかけるのだった。
「えっと、ジャイアントスパイダー?」
「………ここにいるのはジャイアントスパイダーのはず……。」
「……その割には大きすぎない?保有魔力量も桁違いみたいだし……。」
エルザたちは、目の前に立ちふさがる巨大な蜘蛛の魔物を見ながらそんな事を囁く。
ここは三階層の奥にある特殊な部屋……通称『ボス部屋』だ。
そこに居るのはその階層の中でも最も強い個体が1匹のみ。
そしてこの部屋にはジャイアントスパイダーという、蜘蛛系のボスモンスターが居る筈だった。
もっともボスとは言っても、このダンジョンは、国の管理下の元、まだ未熟な学生たちに向けて解放されている場所なので、それほど強い個体ではない。
実際、ジャイアントスパイダーなんてものは、外に行けば雑魚モンスターとしてウヨウヨいたりする。
勿論、エルザもユウも、野生のジャイアントスパイダーを幾度となく見てきているので、目の前にいる蜘蛛がジャイアントスパイダーと違う事は分かっているのだが・……。
「……鑑定したわ。アレは「クイーンアラネア」蜘蛛科の最上位種みたい。」
「何でそんなのがここに居るかって事は置いといて、どうする、逃げる?」
「それムリ、もうロックオンされている。」
ユウの言葉と同時に、クイーンアラネアはエルザたちに向けて糸を吐いてくる。
「蜘蛛は嫌いなのにぃっ!!」
糸を避けたエルザは双剣を抜くと、クイーンアラネアに向かって駆け出していく。
「風の加護を……『ウィンドガード!』」
ユウはその背中に向けて加護の補助魔法をかける。
「バニィ、あなたもエルザの援護をお願いねっ!」
ミヤコはバニィに魔力を分け与えて送り出す。
「大丈夫かなぁ、エルちゃん。」
「いつもの装備に変えてるから大丈夫。エルたんは虫に容赦しない。」
時折飛んでくる糸を躱しつつ、ユウと会話するミヤコ。
戦闘中であり、そのようなことをしている場合ではないのだが、バニィへの魔力供給以外には、時折援護の魔法を放つだけで、他にやることがない。さらに言えば、ミヤコが現在使える初級魔法では、相手の気を逸らすことも出来ない為、実質暇なのだ。
本来であれば、バニィとの間隔を共有して、戦闘を有利に進める為の指示を出したりするものなのだが、戦闘経験が殆どない自分よりバニィに任せた方がよいと考えたミヤコは共有を最小限にしている為にやることがないのである。
因みに、普通の召喚師は、このような余裕はない。召喚獣への魔力供給だけでいっぱいいっぱいになるし、感覚共有で他に意識を向けるだけの余裕がないのが普通で、並外れた魔力量を持ち、一般的な概念にとらわれる事のないミヤコだからこそ、このように暇を持て余せるのだという事に、当の本人ですら気付いていない。
「ユウちゃんは余裕ね。」
「ん、アレ位なら大した事ないし。」
目の前に魔力障壁を張って戦闘の余波を防ぎつつ、時折エルザとバニィに強化魔法を片手間にかけているユウ。
そんな様子を見ながら、やはりユウには隠された秘密があるのだという事を確信するミヤコ。
気にはなるが、それを知ったところで、自分たちとの関係に何ら変わりがない事も分かっているので、気にしない素振りを見せているのだが、いつかは話してもらえたらなって思う。話してもらえるだけの存在になりたいと……向こうの世界で友人と呼べるものの居なかったミヤコにとって、エルザとユウは初めてできた友達なのだ。
「そろそろ終わりっぽい。」
ユウの言葉に、思考を中断して戦場を見ると、すでに大勢は決していて、クイーンは8本ある脚をすべてズタズタにされて、その機動力を失っている。
エルザは飛び掛かってその胴体に斬りつけては大きく飛び退り、距離を取り、再度飛び掛かるヒットアンドアウェイを繰り返している。
一見、動きの鈍くなった相手に対しても油断しないでいる様に見えるが、ユウの話によれば、虫の近くに居たくないだけ、なんだそうだ。
因みにバニィは、大蜘蛛の首の付け根に陣取り、雷撃を放っている。
引き剥がそうにも、攻撃が届かず、振り払うだけの機動力も、もはや有していないクイーンアラネアの息の根がともるのも時間の問題だろう。
そう思いながら眺めていると、不意に目の前に一人の少女が現れる。
「だれっ!」
「其方が主かぇ?後生じゃから、攻撃をやめるように言ってくれんかえ?」
少女は容姿に似合わぬ古めかしい言葉遣いでそう言ってくる。
「えっと、誰?」
「あの蜘蛛の精霊……。」
「その通りじゃ。そもそも妾に攻撃の意志はないのにお主等か攻めてくるのでのぅ……。」
「エルたん、ストップだよ。クモさんが停戦の申し込みに来てる。」
ユウがエルザに向かって大声を上げる。
エルザは一瞬動きを止めてユウを見る。
「停戦?」
「そう、戦う気はないって。」
「……。」
「ほっ、どうやらわかってくれた様じゃのぅ。」
エルザが攻撃の手を止めたので、一息つく少女。
だが、安心するのはまだ早かった。
「蜘蛛が停戦ですか、そうですか。では大人しく消えてもらいましょうか。」
エルザは自分の魔力を増大させ、双剣に注ぎ込む。
「むっつ、イカンっ!あれを食らってはお終いじゃ……。そうじゃ、お主召喚士じゃな。妾と契約してたもれ。条件なぞどうでもいい。妾を救ってくれるのであれば、命の限り其方に忠誠を尽くすと誓おう。じゃから、なっ、なっ。」
焦ってそんな事を言い出す少女。
「えっと、急に言われても……。」
「よいから早く、妾に名を授けるのじゃ!出ないと……わわっ……もうダメじゃぁ!」
魔力に包まれ光輝く双剣を振り被るエルザ。
「ちょっと、エルちゃん!って聞いてないしっ!……って、もぅいいわよ。あなたはクイーンのクーちゃん。私の召喚獣よっ!」
「しかと心得た!我が名はクー。主ミヤコとクーの名において今ここに主従の契りが成せりっ!」
エルザが剣を振り下ろした瞬間、クイーンアラネアの身体が光輝き、ミヤコの手元へと吸い込まれていく。
「ふぅ、間に合った。」
『そうじゃの、礼を言う。』
ミヤコの呟きに、紫色に輝く召喚席から声が聞こえる。
正確には声ではなく、ミヤコにだけ聞こえる思念波ではあったが。
「みぃやぁこぉぉぉ・・・・・・虫はぁ、どこかなぁ……?」
鬼のような形相で迫ってくるエルザ。
「エルちゃん、怖い、怖いよっ!」
いつもの穏やかなエルザとは対極に位置するその雰囲気にあてられ、震えあがるミヤコ。握っている召喚石もブルブルと気刻みに震えていた。
「どうどう、エルたん落ち着く。」
ユウが、駆け付けてきて、エルザを羽交い絞めし、落ち着かせる。
「そうそう、ほら、言うでしょ、『ボク、悪い蜘蛛じゃないよ』って。この子だって……。」
「そうね……虫にもいい虫はいるわよ。」
「そうそう、だから・……??」
ホッと一息つくミヤコだったが、エルザの顔を見て息がつまる。
「いい虫はねぇ、ばらばらになって跡形もなく消え失せた虫だけなのよっ!」
エルザの体内の魔力量が増大していくのがミヤコには見える。
「まさか、コレって・……聖の最上級魔法『聖域崩壊《サンクチュアリ・バースト》』!?」
「エルたん落ち着くっ!」
ユウが背後から魔力をエルザにあてる。
エルザの体内に集まっていた魔力は霧散し、エルザはその場に崩れ落ちる。
「とりあえず、依頼終了。エルたんが目を覚ましたら帰る。それまで休んでおく。」
ユウはそう言いながらコテージを取り出す。
「えっと、それはいいんだけど……なんでエルちゃんの服脱がしてるの?」
「休むときは身体をあまり締め付けないほうがいい。」
「それはそうだけど……ってどこ行くの?」
エルザの衣類をすべて脱がして抱きかかえるユウに思わず声をかける。
「ベッド……ミヤコも来る?」
「ベッドってあのね……。」
「どうせ、エルたんが目を覚ますまでやることない。」
「……それもそうね。私も行くわ。」
ユウの正論に対し、反論する術を持たないミヤコは早々に両手を挙げ、ユウと一緒にエルザを介抱することを選ぶのだった。
「鬼ぃ、悪魔ぁ……ぐすん、もぅお嫁にいけない。」
ベッドの片隅でシーツを体に巻き付けて涙ぐむエルザ。
ユウとミヤコの二人による手厚い看護はエルザが意識を取り戻した後も続けられ、結果として、ユウとミヤコのお肌はスッキリつやつや、エルザ一人が涙ぐむのだった。
「お主も不憫よのぅ。」
そんなエルザの頭をポンポンと叩き慰める少女。
「誰の所為よ。」
「あの二人の所為じゃな。」
睨むエルザの視線をものともせず、言い放つ少女。
「うぅ……だから虫は嫌いなのよぉ。」
「……今回の事は関係ないと思うんじゃがのぅ?」
「分かってるわよ、八つ当たりだよっ!」
「うんうん、仲良しでいいね。」
エルザと大蜘蛛の化身である少女、クー都の言い合いを眺めながら、うんうんと頷くミヤコ。
「どうでもいいけど、お腹空いた。……蜘蛛って美味しいの?」
「あ、アハハ……、あまりおいしくないんじゃないかなぁ。」
ユウの呟きを聞いて、即座に石の中に逃げるクーと、嫌そうな顔を隠そうともしないエルザ。
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