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引きこもり聖女の学園生活 その3

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「あ、来たわね。開いてるから勝手に入ってよ。今、食事作ってるから手が離せないのよね。中でゆっくり待っててよ。」
部屋のベルを鳴らすと、中からミヤコの声が聞こえる。
「お邪魔しまーす。」
勝手に入れと言われても……と、躊躇しつつもドアを開けて中へと入る。
キッチンスペースからスパイシーな香りが漂ってくる。
初めて嗅ぐ匂いだが、なぜか食欲がそそられ、思わず、ぐぅー、とお腹が鳴ってしまう。
「あはっ、ごめんねぇ。もう少しだけ待っててね。」
キッチンスペースから顔だけのぞかせてミヤコが言う。
ユウは待ちきれないという顔をしながらも、おとなしくリビングのソファーに腰掛ける。
エルザもユウの横へ腰かけようとしたところでベルが鳴る。
「はーい。……えっと、エルちゃん、出てもらえる?」
「えっ、出るって……お客様じゃ?」
「大丈夫、大丈夫、もう一人のゲストだから。」
顔も出さずにそう言うミヤコの声を聞い、仕方がなく玄関に行くエルザ。
「どちら様で……あっ。」
ドアを開けると、そこにいたのは、例のターゲットである『彼』だった。
「えっと、あっと……ミヤコちゃ……さんに呼ばれたんだけど。」
『彼』はミヤコ以外の人がいるとは思ってもいなかったのか、しどろもどろに答える。
「あ、うん、もう一人のゲストって聞いてる……から?」
エルザも何と反応してよいかわからず、とりあえず招き入れる。
「ん?この匂い……まさか「カレー」かっ!」
「かれぇ?」
「あっ。いや、何でもないよ、何でもない。そう、何でもないんだよ。」
どうやら彼はこのスパイシーな香りの正体を知っているらしいが、エルザの存在を思い出すと、慌てて誤魔化すような態度をとる。
しかし、いかにも誤魔化してますと言った感じで却って怪しい。こんなので冒険者として無事やっていけるのだろうか?と他人事ながらに心配になるエルザだった。


「お待たせー。」
ミヤコがバスケットに山盛りに入れたパンと、鍋一杯のスープをもってリビングにやってくる。
そのスープを見た『彼』が小声で「やっぱりカレーだ。」と言っているのが聞こえる。
「お互いに言いたいこと聞きたいことがあると思うんだけど、とりあえずは食べようね。」
思わせぶりな態度を隠そうともせず、そう言うミヤコ。
エルザとしては言いたいことも聞きたいこともたくさんあるのだが、ユウがすでにスープに口をつけているため、仕方がなく後回しにする。

「っ!?」
差し出されたスープを一口口に含む。
辛い!最初の感想はその一言に尽きた。
だけど、その辛さの奥に、凝縮された旨味が広がり、気づけば、何度もスープを口に運ぶ自分がいる。
「よかった。その様子だとお口にあったみたいね。」
ミヤコがホッとしたように言う。
「うん、ちょっと辛いけど、何ていうか、後から美味しい成分が広がるというか……。」
「癖になるでしょ?辛すぎると思ったらパンにつけて食べるといいよ。」
そう言いながら千切ったパンをスープにつけて食べるミヤコ。
エルザもそれを真似してみる。
「美味しい。」
辛みがまろやかになり、パンの素材の味がスープの旨味を一層引きだたせている感じがする。
「よかったぁ。あっちの二人も満足なようだし。この料理ってダメな人はダメだからねぇ。」
見ると、ユウも『彼』も一言もしゃべらず一心不乱に食べている。
その勢いから見て、よほど気に入っていることは間違いない。
まさしく「喋る間も惜しい」といった感じでかき込んでいるため、大鍋一杯にあったスープは早くも空になりかけていた。


「さて、まずは自己紹介からかな?」
食事を終えて、今はデザートを食べながらミヤコが口を開く。
デザートは「ぷりん」とか言っていた。
これもユウの口にあったらしく、早くも2個目に手を出して、ミヤコを苦笑させていた。
「あ、そうね。そう言えば私、そちらの人の名前も知らない。」
エルザはそう言って『彼』を指さす。
よくよく考えれば、ミヤコの事すらよく知らない。
場の雰囲気に流された感もあるが、冷静になって考えれば、何故こんな事になっているのだろうか?という疑問が頭の片隅をよぎる。
「あ、うん、実は私も知らないのよねぇ。ってことで、ハイ自己紹介。」
「えっ!いきなりっ!ってどうすれば……。」
笑顔でそう振るミヤコに、慌てふためく『彼』。
「あはっ、ごめんねぇ。状況が判らないから困るよねぇ。」
そう言いながらチラッとエルザを見た後、話を続ける。
「まぁ、お互いに様子見していたらどれだけ時間があっても足りないよね。とはいっても、誰かが口火を切らないとねぇ。」
「まぁ、そうね……。」
ここは自分が口火を切るべきなのだろうか?
だけどいきなり「あなた達は『テンイシャ』なの」と聞いても素直に答えてくれるとは思えない。
「まぁ、ここは言い出しっぺの私からかな?」
「いいの?」
思わずそう聞いてしまうエルザ。
「うん、相手に信用されようと思うなら、まずこっちが信用しないと始まらないでしょ?」
パチンっとウィンクしてから喋り出すミヤコ。

「えっと、私の名前は葛城都……こういえばそっちの彼にはわかるよね?」
「あ、あぁ、カレーを見た時にそうじゃないかと思ったんだけど、やっぱりか……。」
「そういう事。こっちではミヤコって呼んでくれればいいよ。で、どういうことかっていうとね……。」
エルザの方を見ながら口ごもるミヤコ。どう説明すればいいか考えあぐねているようだ。
「『テンイシャ』なのね、二人とも。」
だからエルザは、助け船を出すようにそう告げる。
「『テンイシャ』……転移者ね。たぶんそれで間違ってないと思うけど、あなた達の中で、その『テンイシャ』って言うのはどういう風に言われてるの?一般的に知られてるの?」
「知ってる人はほとんどいないわ。知っているのは国の上層部の一部の貴族だけ。……『テンイシャ』は神によって招かれた異界の客人《まれびと》。その力は世界を混乱に落とし平定する。その知識は世界を揺さぶり、混沌に巻き込み、富と貧しさを分け与える。その存在は有にして害……世界の平穏と混沌を共に呼び込む禍津人……。」
「「……。」」
エルザの言葉を呆然と聞いている二人だが、エルザの身体がふらっと倒れ込んだところで我に返る。
「えっと、今のは……。」
「エルたん、巫女だから。」
倒れたエルザを抱え上げながらユウが言う。
「巫女って……。」
「マジ、巫女さん!?すげぇ、さすが異世界!」
何故か興奮する『彼』だが、蔑むような目で見るミヤコの視線を受けて、黙り込む。

「えっと、ごめんね……。」
しばらくして、ふらつく頭を抱えながら、エルザが声を絞り出す。
「私今何か言ってた?」
「何かって、覚えてないの?」
「あ、うん、一部の貴族が知ってるってところまで答えたと思うけど、その後は……。」
「エルたん、トランス状態になってた。」
「トランス状態?」
「あ、うん、神託が降りるときにそうなる……らしいの。自分ではよくわからないんだけどね。」
「今のが神託?」
「神託にも色々ある。」
「そうなんだ。」
ミヤコはユウの言葉に納得したのか、それとも聞いても無駄だと思ったのか、それ以上は聞いてこなかった。
「えっと、神託で何を言ったかわからないけど、『テンイシャ』は異界から来た、私たちにない力と知識を持った人って聞いてるわ。伝説にある『勇者』様も『テンイシャ』だって話。」
「そうなのね。細かいことは分からないけど、異界から来たって言うのはあってるわね。文明の差って言うのかな?確かにここにはない知識を持っているのも間違いないわ。」
そう言いながらプリンを指さす。
「ウム、これはいいものだ。」
ユウは空になったプリンの容器を都に差し出す。お代りを要求しているらしい。
「あはっ、ごめんね、もうないのよ。」
「むぅ、残念。」
「また今度作ってあげるわ。……そうね、私はその異世界の日本っていう国からやってきたのよ。……というより、異世界の概念ってこっちにもあるのね。」
ミヤコは、プリンの容器を片付けながら話をつづける。
エルザは黙って頷きながら話に続きを促す。
今後、色々すり合わせる必要もあるだろうけど、今はまずミヤコの話を聞くことの方が大事だと判断する。
「それでね、ある時、メール……って行ってもわからないよね、手紙が来たのよ。その中にね、遊戯が現実になるとして、どういう力が欲しいか?っていうアンケートがあったのよ。それに応えたら、いつの間にか意識を失っていて、気づいたらこの世界にいたってわけ。」
ミヤコはそこで言葉を切ると、次はあんたの番、といって『彼』を促す。

「あ、あぁ、俺の番だな。俺は和人……高宮和人だ。『カズト』って呼んでくれて構わない。」
ここでようやく『彼』の名前が判明する。
彼……カズトが話を続ける。
「俺の場合もミヤコと似たようなもんだな。ネットゲーム……って言ってもわからないか。世界中の人と遊べる遊戯があってだな、その遊戯の申し込みをしたら、なぜかこの世界にいた。最初はゲームの中に入ったんだと思ったんだけどなぁ……。」
「遊戯ですか……。」

ミヤコやカズトの話では、その日本という国では異世界で生活する遊戯というのがあるらしく、その遊戯の中では特殊な力を使えるとの事だった。
そして、彼らの話によればその遊戯の中で使っていた力がこの世界でも使えるというのだ。魔法もその一つらしい。
「私たちの世界では魔法ってないのよ。」
そうミヤコが言ったことによって、ユウの魔力の流れが異常という言葉が真実味を帯びる。
元々無いところに無理矢理魔力を継ぎ足せば、流れも異常になるだろう。と言うより、力を引く出すためにはない異常にならざるをえなかったのかも知れない。

「で、エルちゃんたちは?」
ミヤコに問われて、エルザは一瞬どうこたえようか悩む。
しかしそのためらいも一瞬のみで、素直に打ち明けることを決意する。
「私達は現役の冒険者よ。この学園に来たのは、現状のランクと実績があってないから、その調整をするため……もあるんだけど、国王様からの依頼もあるの。」
「国王様から?」
「そう、この学園にいる筈の『テンイシャ』に接触してその動向を確認する事。」
「ふーん、私たちが国益に反しないかどうか見張るってわけね。」
「そういう事……最も国王様に命令されたのはそっちの彼……カズト君の事だけなんだけどね。ミヤコさん、あなたの事は聞いてなかったからちょっと驚いたわ。」
「えっ、ひょっとして、私の事バレてなかったってこと?」
エルザの話を聞いて、ミヤコの表情が強張る。
「そういう事ね。」
「そんなぁ……絶対にヤバいと思って先手を打ったのが間違いだったって……。」
ガックリと項垂れるミヤコに、ユウが、ポンポンと肩を叩いて「そう言う日もある。」と慰めていた。

「まぁ、とにかく、私達は特殊な力もあるし知識もある。だけどこの国……世界の事を知らない。知らないままに行動して何もわからないまま殺されるのは真っ平ゴメン、ってことで、協力者を探していたところなの、そしてあなたたち二人に白羽の矢を立てたってわけ。」
立ち直ったミヤコがそう告げると、追従するかのようにカズトが頷く。
「そうなんですね。ところでその特殊な力って言うのは、どんなものなんでしょう?」
何気なくエルザが聞くと、二人は気まずそうな顔をする。
「エルたん、人のステータスを知りたがるのはマナー違反。」
「あ、そっか、うん、ごめん。言いたくないなら言わなくていいけど……その力って、世界を亡ぼすこと出来る?」
エルザがそう訊ねると二人はブンブンと首を横に振る。
「そっかぁ、じゃぁ安心……かな?取り敢えずまとめると、二人は、異世界から来たテンイシャで間違いなくて、この世界の事を知るために学園に来た、国に対して害をなす気はなく、逆に国益を上げる協力する代わりに後ろ盾が欲しい……ってことで間違いない?」
エルザがそう訊ねると、二人はコクコクと首を縦に振る。
「そっかぁ……どうすればいいと思う?」
エルザはユウに意見を求めるため振りむく。
「んっぐっ……。」
振り返ると、ユウがエルザのプリンの最後の一口を飲み込むところだった。
「あ~っ!私のぉっ!」
「エルたんのものは私のもの。」
「酷いよぉ……。」
ポカポカと殴りかかるが、ユウはヒラリと身をかわし、ミヤコの陰に隠れる。
「まぁまぁ、また作ってあげるからさ。とりあえず4人でパーティ申請お願いね。」
ガックリと項垂れるエルザに、軽くそう告げるミヤコ。
「パーティー?」
「うん、今日先生が言ってたでしょ?早めにパーティを組むようにって。どうせ誰かと組むなら、色々事情を知っている者同士が都合いいでしょ?」
「あ、うん、そうね。」
エルザが頷くと、ミヤコが「決まりね!」と手を取ってブンブンと振る。
「そうと決まれば、パジャマパーティね。今夜は寝かせないゾ。」
「むぅ、それ私の台詞。」
「ちょ、まっ、そんな勝手に………って聞いてないしぃ。」
何故か盛り上がるユウとミヤコを見て、諦めたように大きな溜息を吐くエルザだった。

ちなみに、カズトの「俺も数に入ってる?」という言葉には、エルザも含めてだれも反応しなかった。
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