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「月が綺麗だね」って漱石の所為で気軽に言えなくなっちゃったよ。

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 『王宮が魔境』……。
 レックスの手紙にはそう書いてあったけど、さっぱり意味が分からない。
 「どう思う?」
 俺はお手上げ、と言うように、皆に手紙を見せて意見を募る。
 「魔境ですかぁ、よく言いますよねぇ。」
 「えぇ、癖のある大臣とか、何を考えているか分からない大臣とか一杯いますからね。」
 「でも、この場合、そう言う意味じゃないでしょ?」
 「そもそも、このレックスと言う男は信用できるのか?」
 リディアとアイリスが言うように、一筋縄でいかない環境を『魔境』と表したりもするが、エルの言う通りそんな事を伝えるための手紙だとは思えない。
 
 「レックスは、まぁ信用できるかどうかは別として、騙すためにこんな手紙は書いて来ないよ。」
 俺はクリスにそう答える。
 レックスが俺を騙そうとするなら、ギリギリまで味方の振りをしながら何くわぬ振りをして罠のある所に案内するだろう。
 短い付き合いだが、それくらいの事はわかる。
 俺がそう言うとクリスは納得したように頷く。
 「シンジ様がそうおっしゃるのであれば、そうなんでしょうね。でも、それならこの手紙の内容は……。」

 みんなの意見を聞いているうちに、俺の中で一つの答えが見つかる。
 「たぶん……だけど、レックスは王宮で何かを見つけたか、魔王について何かを知ったんじゃないかな?」
 「それはわかるけど、だったらなんでこんな手紙なのよ。」
 エルが、訳が分からないと言ってくる。
 「面白がっているんだろ?」
 「面白い……ですかぁ?」
 リディアが不服気に頬を膨らます。
 「あぁ、奴が俺についてきたのも『面白いものが見れそうだから』って言ってたからな。王宮で何があるか分からないけど、それに対して俺がどう動くのかを見て楽しむつもりなんだろう。」
 「だったら、レックスたちは、隠れて私達を見てるって事!?」
 エルがちょっと怒ったような感じで言う。

 「まぁ、レックスたちの事は置いておいて、この先の事を打ち合わせようか。」
 なんか、話が逸れていくような気がしたので、レックスの手紙の件は打ち切る事にする。
 「そうですわね、シンジ様がこの先どうお考えなのかは聞いておきたいですわ。」
 俺の言葉にクリスが追従する。
 「魔王とは戦わない……んだよね?」 
 リディアが不安そうに聞いてくる。
 「戦わないって……大丈夫なの?」
 エルも不安げだ。

 「そうだな、まずはここまでの状況を整理しようか?」
 俺はそう言って、今までの事を確認するかのように話を進めていく。
 今回の件は、筆頭魔術師となったガズェルが己の私怨の為に引き起こしたものだ。
 ガズェルは自分を追放したグランベルクの事を恨んでいる。
 だからアシュラム王国の兵を使ってグランベルク王国に対して戦争を仕掛けることにした。

 「なぜアシュラム王国だったのでしょうか?」
 アイリスが疑問を投げかけてくる。
 まぁ、アイリスの立場ならそう言いたくもなるだろうな、
 「推測だけどな、アシュラム王国を選んだのは、グランベルク王国に接している国の中で他国の邪魔が入りにくいという立地条件だったからじゃないかな?」
 西と南はグランベルク王国の領地で、東は険しい山脈に阻まれている為に攻めることも攻められることも難しい。
 北は小国が連なっているだけなので、そのさらに奥の帝国の動向さえ押さえておけば邪魔は入らない。

 「ただ、それだけの理由ですか……。」
 アイリスはそれだけ言うと、ギュっと唇を噛みしめて俯く。
 「理不尽だと思うけど、世の中そんなもんだよ。」
 そんな言い方、と俺を責めるような目で見てくるエルとリディアだが、世の中は理不尽なもの……今までの人生でそれを実感している俺は、アイリスにかける慰めの言葉を見つけることは出来なかった。

 「じゃぁ、続けるぞ。」
 アイリスを慰めるのはエルとリディアに任せて、俺は話を続ける。
 ガズェルはアシュラムの筆頭魔術師となって権力の掌握をするとともに、自分の復讐の為の実験を行っていた。
 その途中、似たような境遇のストーカー魔術師を唆してベルグシュタットにちょっかいをかけた。
 たぶん、あのストーカー魔術師が使った魔獣を呼び出す魔術は、魔王召喚の魔術を利用したものだったんだろう。

 「魔王を呼び出せるなら、1000匹の魔獣を呼ぶのは簡単ですよねぇ。」
 リディアがしみじみと呟く。
 「あぁ、あの魔法陣を解析してみたけど、やろうと思えばタイガーウルフクラスなら1万匹は呼べるな。」
 「1万!?」
 俺の言葉にリディアが驚愕の声を上げる。
 「まぁ、術者の魔力に左右されるから、あのストーカー程度じゃ、1000匹でもかなり無理したんじゃないか。」
 「ヘタレなストーカーさんで良かったですよぉ。」
 リディアがしみじみと言う。
 まぁ、あの時はそれなりに苦労したからな。

 「まぁ、あの魔術がうまく作動した事で、召喚の魔法陣の完成を確信したんだろうな。ガズェルは高位の魔族を呼び出す準備を始めた。」
 「魔族……ですか?魔王じゃなくて?」
 クリスが不思議そうに聞いてくる。
 「あぁ、俺も色々調べたんだが、召喚で魔王を呼び出すことは現実的に不可能だ。」
 だったらなぜ?と皆が俺を見てくる。

 「俺も、色々調べて分かった事なんだけどな……。」
 俺はそう前置きをして、話を続ける。
 今回アシュラムで使われた召喚の魔術は負のエネルギーを生贄を介して送り込み、それに見合う力の存在を呼び寄せるものだ。
 媒介となる生贄は上質なものであればあるほど、送り込むエネルギーのロスが少なくなる。
 だから、高貴な血を引く王家の処女姫であるアイリスが選ばれたのだが、儀式を行う前にアイリスが出奔、行方不明となってしまった。
 代わりに王妃が生贄に選ばれる。
 処女性は無いものの、その分のロスは国王が儀式を行う……愛する者の手で命を奪うと言う残虐性を以てして負のエネルギーを増大させることにより賄われた。

 「そこまでしても、呼び出せるのは精々上級魔族までの筈だったんだ。それなのになぜ魔王が召喚されたのかは分からない。ガズェルにとっても計算外だったんじゃないかな。」
 召喚したものをこの世界に留め、操る為の契約魔術は相手との差があり過ぎたら無効化される。
 「生贄の血を使ったとしても、ガズェルに魔王を制御できるとは思えないからな。」
 「じゃぁ、魔王を制御できてないって事?」
 エルが聞いてくる。
 「分からない。そもそも魔王じゃないのかもしれない。」
 「そんな……。」
 アイリスが手で口を覆う。
 「ただ、あの結界や王宮から漏れ出ている威圧の量からしてみると魔王に匹敵する存在なのは間違いない……もしくは、魔王と言う存在は、それ以上のものかもしれないな。」
 皆は言葉も出ないようで、その場で固まってしまう。
 無理もないよな、言っている俺だって何て言えばいいか分からない位だからな。

 「それで……どうするつもりでしょうか?」
 最初に口を開いたのはクリスだった。
 一軍を率いる将なだけあって、他の子達よりは順応性が高い様だ。
 「あぁ、どういう存在にせよ、あれだけの存在感のあるエネルギーを異界より引っ張り出して来ているんだ。制御できている、出来ていないに関わらず、ガズェルが楔になっていることは間違いない。」
 俺の言葉に、皆が頷く。
 「だから、俺達がやる事は、王宮に侵入しガズェルを探し出す。そして見つけ次第殺す。」
 「捕らえるんじゃダメなのかな?」
 エルの言葉に俺は首を振る。
 「ガズェルに契約を解除させるという手もない事はないが、あれだけの存在との契約だからな、簡単には解除できないだろう。」
 本人に解除できない可能性もある、と付け加えておく。

 他者を縛る契約魔術には代償が必要となる。
 大抵の場合は、相手の望むものを与える事で代償の代わりにするが、魔王クラスの存在となるとその要求は計り知れない……術者の命は当たり前のように含まれるだろう。

 「だったら仕方がないわね。」
 俺の説明を聞くと、エルはあっさりと引き下がる。
 「ガズェルの息の根を止めて、魔王の送還を待つ……これが最適解だが……。」
 「何か気になる事でも?」
 俺が言葉に詰まるのを見て、アイリスが訊ねてくる。
 「あぁ、ガズェルが魔王から離れているとは思えない……自分の身を守るためにそばに置いているはずだと思ってな。」
 その場合、ガズェルの息の根を止める前に魔王を倒さなければならないという事になる。
 「そうなったら、俺が魔王を引き留めておくので、その間にガズェルを倒して欲しい。」
 本当はこんなことを、女の子達に頼みたくはない。 

 「はぁ……シンジは本当にバカね。一人で抱え込まないのよ。私達に任せなさいっての。」
 俺の葛藤を、全てわかってるという様にエルが笑いながら言う。
 「そうですよぉ、楽しい事も辛い事も全て分かち合うのですぅ。」
 「そうですわ。シンジ様一人で抱え込まないでくださいね。」
 リディアもアイリスも、その通りと言ってくる。
 「シンジ様は愛されてますね。私も負けないように頑張りますわね。」
 クリスも微笑みながらそう言う。

 「あぁ、悪いな、頼んだ。」
 「では、どう動くか詳細を詰めましょうか。」
 クリスの発言で、俺達は考えられる限りの意見を出し合い、詳細を詰めていく。

 ガズェルの居場所は、たぶん玉座の間。
 ああいう奴らの思考回路は単純だから、まず間違いないだろう。
 なので王宮に侵入したら、他には目もくれず玉座の間を目指し、ガズェルを討伐。
 後は魔王の送還を待ち、アイリスが終戦宣言を出し、グランベルクと和平交渉を行う。
 基本はこんな感じだ。
 もし、ガズェルの前に魔王と出会ってしまった場合は、俺とアイリスで魔王を食い止め、その間にエルとリディア、クリスでガズェルを討つ。
 後は、まぁ、臨機応変と言う奴だな。

 「じゃぁそう言う事で、明日王宮に向かうからな。今夜はゆっくり休むように。」
 俺は皆にそう言うと、少し早かったが自分の部屋へと戻る。
 明日の決戦に向けて魔術具の最終調整をしておきたかった。

 ◇

 夜も更けて、深夜と言っても差し支えの無い頃……ノックの音がする。
 「はい、どうぞ。」
 俺が声をかけると、ゆっくりとドアが開く。
 「シンジ……起きてる?」
 入ってきたのは、薄い夜着を纏ったエルだった。
 
 「どうしたんだ、こんな時間に。」
 俺は作業を止めてエルの方へ向く。
 薄い布地の所為で、身体のラインがはっきりとわかる夜着姿。
 薄明りの中に、ぼぅっと浮かび上がるエルの姿は、艶やかで幻想的と言っていい美しさがあった。 

 「ウン、ちょっとね……。」
 エルはそう言ったきり黙り込んでしまう。
 「……ふぅ。色々あったよな。」
 俺はエルに話しかける。
 出会った時の事、ハッシュベルクでの出来事、グランベルクからベルクシュタットに飛ばされた事などなど……。
 「そうね、でも3年も時間が飛んでたのはびっくりね。」
 「そうだな、この戦いが終わったら、ちょっと研究してみたいな。」
 昔話をしてるうちに、エルの緊張もほぐれてきたようだ。

 「明日……。」
 「ん?」
 「明日、魔王と戦うのよね。」
 「戦わずに済めばそれに越したことはないけどな。」
 俺が軽く言うと、エルは俺にしがみついてくる。
 「ねぇ、なんであなたが魔王と戦うの!?あなたに何かあったら私……。」
 俺は小刻みに震えるエルの身体をそっと抱きしめる。
 「ハッシュベルクを出たとき、エルの事を守るってミネアさんに誓ったんだよ。」
 俺の言葉に、エルの体がビクッと震える。
 「俺が魔王と戦う理由な、色々あるけど……、魔王をそのままにして置いたら、いつかエルにも関わってくるかもしれない。だから、力をつける前に何とかしないといけないって、そう思った。」
 エルは上体を離し俺を見上げてくる。
 「私の……ため?」
 「いや、俺の為だよ。俺がそうしたいんだ。」
 エルを見つめる……普段は薄い瞳の色が鮮やかになってくる。
 特に右目の紅色の鮮やかさに目を奪われる……とても綺麗だ。

 「シンジ……あのね……あなたが好き。」
 エルはそう言って一瞬目を伏せる。
 そして再度見上げると言葉を続ける。
 「いつからなんてわからない。……けど、気づいたら私の中でシンジが、シンジの存在が大きくなっていた。シンジを失いたくないの。だから……。」
 死なないで、と最後の言葉は小さかったがハッキリと聞こえた。
 「エル……。」
 思わず呼びかける声が出る。
 「シンジ……。」
 エルはそれだけ呟くと目を閉じて軽く顔をあげる。
 それが何を意味するのか分からない程野暮ではない……無いが、今はマズい。
 俺はちらっとベットの方を見てからエルに視線を戻す。
 窓から差し込む月明りに照らされたエルの姿は幻想的で艶めかしく、俺を好きだと言ってくれたこの少女が愛おしく思える。

 ……ま、いっか。
 俺はエルの唇に顔を寄せる……。
 「んっ……。」
 エルの口から吐息が漏れる……。
 …………。
 どれくらいの時が過ぎただろうか……、俺はゆっくりとエルから体を離す。
 エルは顔を真っ赤にして俯いている。
 「あの……その……今夜は……。」
 エルが真っ赤顔でモジモジとしながらそんな事をつぶやく。

 「あー、それなんだが……。」
 俺は困ったようにベットの方を見ると、それにつられてエルも視線を向ける。
 ……そこにはニヤニヤとしながらこっちを見ている二人の少女の顔があった。

 「えっ!?」
 ベッドの上にいるリディアとアイリスを見て、エルが固まる。
 「どういうこと?」
 ギギギ……と音がする感じで首をこっちに向けるエル。
  
 「エルちゃん可愛かったですぅ。」
 「やっぱり私達と同じだったんですねっ。嬉しいです!」
 俺が何かをいう前にリディアとアイリスが飛びついてきて、俺もエルも何も言えなくなる。
 「ちょ、ちょっと……どういう事、どうなってるの?」
 エルが動揺している。
 「私達も一緒なのですよぉ……エルちゃんが三番目。」
 「エルさんの告白素敵でしたよ。リディアちゃんも良かったですけど、私キュンキュンしちゃいましたわ。」

 そうなのだ、エルが来る少し前、アイリスが同じ様にやってきて俺に思いを打ち明けてきた。
 その後リディアがやってきたので、アイリスは慌てて物陰に隠れていて、後で見られていたことに気づいたリディアが、照れ隠しもあってベットでアイリスにお仕置きをしようとしていた所にエルがやってきたというわけだ。
 
 「って事は、みんな見てたわけ?」
 エルがブルブルと震えている。
 「そうなりますわね。」
 アイリスがあっけらかんという。
 「ま、まぁ気持ちはわかるよぉ。」
 リディアが気まずそうに言う。

 「も……もぅ、いやぁぁぁぁーーーーーーー!」
 深夜の宿屋にエルの叫び声が響き渡った。
 
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