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観光地価格はボッタクリ!?

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 ……ん……柔らかくて暖かいものが……。
 俺は肌寒く感じたので、近くにある温かいものをギュッと抱きしめる。
 「アッ……、でもいいですかぁ……。」
 ……何か聞こえた気がするが…………しかし温かい……もう少しこのまま……。
 ……ん?何か唇に柔らかいものが……。
 俺は目を開けると、可愛くニッコリしているリディアの顔が目に入る。
 
 「シンジさんおはようございます。お目覚めですか?」
 「ん……あぁ、おはよう……リディア、俺に何かした?」
 「何の事ですかぁ?……それに、この状況で私に何かできるとでも?」
 リディアが、小悪魔的?とでもいうのだろうか、そんな笑顔で俺に囁く。
 見ると、リディアの小さい体は俺の腕の中にすっぽりと入りこんでいる……端的に言えば、俺がリディアを抱きしめていた。

 「おわっ!ご、ごめん!」
 俺は慌てて離れようとしたが、リディアが逆に抱きついてきて俺を離さない。
 「もう少しいいじゃないですかぁ。シンジさんから抱きしめて来たんですよぉ。」
 「いや、それは……それより、何でリディアがここに居るんだ?」
 「シンジさんが悪いんですぅ。エルさんに私を売り渡すからぁ。」
 リディアが拗ねたように言う。

 「大変だったんですよ。エルさんの隙を狙ってスリープを重ね掛けして、万が一の事も考えて、アイリスさんを抱きしめた状態でバインドかけて……アイリスさんがいれば、目覚めても少しは時間が稼げるはずですぅ。」
 「……つまり、アイリスを生贄にして逃げだしてきたと。」
 「そうですぅ。それでここに来たらシンジさんが安らかに眠っていらっしゃったので、添い寝してましたぁ。」
 「はぁ……、もういいよ。それより、そろそろ離してくれないか?」
 「エヘッ……いやです♪」
 にっこりと笑いながら言う。
 「いや、でも、早く離して逃げたほうが……。」
 「キスしてくれたら離してあげますぅ。」
 そう言って唇を突き出してくるが……。

 「へぇ……キスがしたいんだぁ。」
 リディアの後ろで声がする。
 「へっ?」
 その声に、恐る恐るという感じでリディアが振り向くと、そこにはにこやかな顔のエルとアイリスが立っていた。
 「えっと……、お二人共、眼が笑ってないですぅ。」
 「まぁ……頑張れ。」
 俺はベットから引きずり出されて連れていかれるリディアを、そんな言葉で見送った。

 ◇

 「さて、今日はとりあえず、やることは無いからのんびりしようか。」
 領主との面会のアポイントメントをギルドが取ってくれているから、連絡が入るまでは実質やることがない。
 今日あたりに連絡が入るはずだから、それまではゆっくりしよう。

 「私はのんびりしている気分じゃないんですが……。」
 アイリスが困ったように言う。
 国を逃げ出すときに、母親が手引きをしてくれたとのことで、その後の事が心配だという。
 気持ちは分からなくもないが、すぐ国へ帰ることが出来ない事に変わりはないので、ここは気持ちを切り替えて、今を楽しんだ方がいいと思うんだがな。
 「アイリス、こういうのは全部シンジに任せておけばいいの。私達はただ楽しん出ればいいの。楽しんでいる私達を見て、デレーってするのがシンジの趣味なんだからね。」
 ……言い方!
 間違ってるとは言い切れないところが辛いが、言い方に気を付けてほしいな。

 「まぁ、観光を楽しんできてくれ。」
 「シンジさんは行かないんですかぁ?」
 リディアが残念そうな声を出す。
 「ちょっとやりたいことがあるからな。……エル、暴走するなよ。」
 俺はエルに釘を刺して、みんなを送り出す。

 ◇

 「さて、・・・・・・と。」
 俺は侵入用の装備に着替えて、宿を後にする。
 先日は、アイリスの所為で途中で戻ってきたから、仕切り直しだ。

 俺は改めて領主の館の前に来ると、スキルを駆使して忍び込む。
 夜しか忍び込んではいけない、という事はないので問題はないだろう。
 むしろ、殆どの人が寝静まったった中で、微かな音もたてず、気配を悟られずに行動するよりも、雑多な人の気配と物音に紛れ込める日中の方が忍び込むのは容易だと思うんだけど、なんで皆あんなに夜遅くに行動するのを好むかなぁ?

 「という訳で、忍び込んできてみました。」
 俺は室内に領主以外の気配がないのを確認してから、室内へと入る。
 「な、何だ貴様は!どこから入ってきた!」
 「アッと、騒がないで下さいね。一応遮音結界貼ってあるから、音は漏れないけど、騒がれるとめんどくさいから……あ、一応言っておきますが、怪しいものじゃありませんので。」
 「そんなふざけた恰好したヤツのどこが怪しくないんだ!」
 ……デスヨネー。
 ちなみに俺の今の格好は、黒一色のタキシードに赤いマント、金ぴかのマスカレードマスク、小道具にバラの花束を用意していたりする。 
 
 「ま、この格好は「お約束」という奴でして……あ、これ奥様にどうぞ。」
 俺は小道具の花束を領主に渡す。
 「あ、これはどうもご丁寧に……。」
 しっかり受け取ってくれる領主。
 ……意外と付き合いがいいなぁ。

 実はこの部屋に入る前に、館のあちらこちらで情報を集めておいた。
 うわさ話や愚痴の類が多いが、屋敷内での話だけに真実味が高く、それらをまとめると、ここの領主が街中での噂通りに実直な国王派だというのは間違いなさそうだ。
 まぁ、その『実直さ』が空回りしたりすると問題が大きくなるんだけどね。
 兵士たちの愚痴の大半は、その『実直さ』に絡むものが多かったしな。

 「ちょっと聞きたいことがあってね、聞くだけ聞いたら退散するから、ちょっと付き合ってよ。」
 俺は軽いノリでそう言う。 
 「……何が聞きたいんだ。」
 領主も腹を決めたのか、椅子に座り直し、執務机越しにこちらを探るような目で見てくる。
 「じゃぁ、単刀直入に聞くけど、最近軍備増強に力入れてるのは何故?」
 「機密事項だ。貴様ごときには話せん。」
 「あららー、そう言う態度なんだ。」
 まぁ、素直に話してくれるとは思わないけどね。
 「最近、アシュラム王国に怪しい動きがあるって噂だけど、それに備えてたりするのかなぁ?」
 「フンッ、そんなところだ。」
 ウーム、話を聞く気がない……と。
 「ひょっとして、反乱とか企ててたりする?」
 「バカなっ!それは奴らのほうだ、儂はむしろ……っ。」
 俺の挑発に乗りかけた領主だが、慌てて口をつぐむ。 

 「成程ねぇ、反乱の兆しがあるんだ。」
 俺はニヤリと笑う。
 「儂は知らんっ!」
 この領主が反乱に加担するとは思えないけど、一応揺さぶりだけでもかけておくか。

 「あ、そうだ、知ってる?王宮が半壊した事件。王家を恨んでいる魔術師が関わってるって話だけどね。王都方面から来た冒険者なら詳しい事知ってるんじゃないかな?……あ、今なら反乱起こせると思った?ダメだよ、変なこと考えちゃ。」
 領主は、俺の言葉に激しく動揺している。
 「ほ、本当なのか?本当に王宮が襲われたのか?」
 俺は領主を見る……王宮の事を心配しているように見えるけど……。

 「あー、ヤメ、ヤメ。こういう回りくどいのは苦手なんだよ。」
 俺は領主に向かって一歩踏み出す。
 「一つだけ聞くぞ!お前は国王に仇成す者か否か!」
 俺の迫力に押されたのか、領主が一瞬黙り込み、一拍を置いた後、口を開く。
 「否!儂の忠義は先代の頃より変わってはいない!」
 俺の視線をしっかりと受け止め逸らさない領主。

 「儂の方からもお主に問う。お主は誰だ!」
 「……自分が誰か?なんて答えられる奴の方が少ないとおもうぞ。」
 俺はそう言い捨てると『空間転移ディジョン』を使って部屋から姿を消す。
 残された領主は暫く呆然としていたが、我に返ると、執事を呼び出して何やら指示を出す。
 さらに各所へと連絡をしたのか、途端に管内が騒がしくなる。
 俺はその騒ぎに紛れて、館の外へ抜け出したのだった。

 ◇

 「あー、シンジさん、こっちですぅ。やっぱり来たんですねぇ。」
 変装を解いて、街中をぶらぶらしていると、俺を目ざとく見つけたリディアが大声で呼ぶ。
 「よくわかったな。」
 俺はリディア達の元へ行くと、そう声をかける。
 「シンジさんの気配がしたのですぅ。」
 リディアが笑って言う。
 ……冗談だよな?

 領主の館を出た後、ついでに街中での噂話を集めようとブラブラしてたのは確かだが、一応気配は薄くして置いたはずだが。
 ……完全に気配を消すと、それはそれで怪しいからな。
 そんな俺の気配を本当に感じてたのだとしたら……。
 前も思ったことだけど、リディアは見かけとは違って、超ハイスペックなのかもしれない。
 
 俺はつい、まじまじとリディアを見つめる。
 「や、やだなぁ、シンジさんそんなに見つめないでくださぁい。チョット、恥ずかしぃですぅ。」
 赤くなってモジモジとしだすリディア。
 「あぁ、ゴメン……それより、何してたんだ?」
 「そうそう、聞いてくださいよシンジさんっ!」
 リディアが興奮している。
 「なんと、ここに売ってるもの、殆どが半額以下なんですよっ!」
 「へぇー、それはすごいな。」
 リディアの言葉に俺が感心していると、横からエルが袖を引っ張る。
 「違うのよ、ここのが安いんじゃなくて王都が高いだけだって説明しても理解してくれなくて。」
 エルがそう、俺に伝えてくる。

 「そうなのか?」
 俺は周りを見回す。
 ジャガイモ、ニンジン、バター、ウルフ肉、オーク肉、トリー鳥肉等々……。
 確かに安い……が、それでもシャンハ―の街とそれほど変わらない。
 「アシュラム王国もそれほど変わらないと思うんですが……?」
 アイリスも不思議そうに言う。

 「あぁ、そう言う事か。」
 例えばジャガイモ、ここでは5個で銅貨1枚だ。
 シャンハ―なら4個で銅貨1枚。
 しかし、ベルグシュタットの王都だと、2個で銅貨1枚だ。
 アシュラム王国はどうかは分からないが、ベルグシュタットの王都は、王都という事だけでなく、各街を繋ぐ中心地となっている為、人の行き来が激しい。
 人が集まれば物も集まり、物見遊山であれば財布の紐も緩む。
 多少高くても、周りもそれに倣えば、それが普通の値段となる。
 いわゆる「観光地価格」という奴だ。

 「まぁ、リディアが感動してるんだからそれでいいじゃないか。」
 「……それもそうね。」
 俺達は、安い安い、とはしゃぎまわるリディアを、微笑ましく見守るのだった。

 ◇

 「……だからと言って、これは買い過ぎだろ?」
 目の前には、自分では持ちきれない程野菜が詰まった袋を、必死になって引きずっているリディアの姿があった。
 「シンジさぁぁん、収納に入れてくださぁい。」
 袋を引きずりながら、リディアが半べそをかいている。
 「シンジ様?」
 アイリスが、俺とリディアを交互に見ながらオロオロとしている。
 「あぁ、リディアが可愛ぃ。シンジ、もうしばらくこのままね。」
 エルが、リディアの様子を見て悶えている……段々酷くなってるなぁ。
 「エルさん、酷いですぅ!……シンジさん、お願いですぅ。」
 ……これくらいにしておくか。
 俺はリディアの持つ袋を収納に入れる。

 しかし、これだけの野菜かぁ……消費するのにどれだけかかる事やら。
 俺は収納のスキルに感謝する。
 これがなかったら、これだけの素材を無駄にするところだ。
 「じゃぁ、帰ろうか。折角だから、今夜はこの野菜を使って何か作るか。」
 「ホントですかぁ、やったぁー。」
 喜びはしゃぐリディアが転ばないようにと、見守りながら俺達は宿屋へと向かった。

 ◇

 「あ、お客様、メッセージが届いていますよ。」
 宿に戻ると、宿屋の女将さんが俺にメッセージカードを手渡してくれる。
 ……ギルドからだ。
 俺は中のメッセージを改める。
 予想通り、領主との面会のアポが取れたと言う内容だったのだが……。

 「みんな、悪いけどさっきの話はナシだ。領主様から晩餐へのご招待だ、すぐ準備してくれ。」
 俺はカードをひらひらと振って見せる。
 「えーと、私もでしょうか?」
 アイリスが不安そうに尋ねてくる。
 「あぁ、アイリスも来てくれ。きっと必要になる。」
 「そうと決まったら着替えなきゃね。リディア、アイリス、おいで。」
 エルが二人を部屋へと引っ張っていく。

 それを見送った後、俺も着替えるかと思ったところで、ハタッと気付く。
 よく考えたら、貴族の晩餐に招待されるのに相応しい服なんて持ってないぞ。
 ……、ま、いっか。
 どうせ、俺は粗野な冒険者だ、冒険者らしい格好でいいだろう。
 大体、今夜なんて準備する時間を与えずに招待する方が悪い……、ウン、そうだ、全部領主が悪い。
 俺は、領主にあったら嫌みの一つでも言ってやろうと心に誓うのだった。
 
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