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貴族の食事会は陰謀の始まりでした!?

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 ……確か、手はテーブルの上、……だったよな?
 武器を持っていないとか暗殺の意志は無いという事を示すために、相手から見える位置に置くんだっけ?
 俺は、ちらっとエルの方を見る。
 ……ウン、間違ってないようだ。
 テーブルマナーにおいては、男性と女性で多少の所作に違いはあるかもしれないが、大きく違いは無いはずだ……無いと思いたい。

 俺が領主の館に潜入してから5日後、俺とエルは、カリーナさんの招待を受けて、改めて領主の館へとやってきたのだが、取次ぎを頼むと、いきなりこの部屋に通されてランチを一緒に……という事になってしまった。
 (ちょっと、落ち着きなさいよ……そわそわしてみっともない。)
 (そうは言うがな、こんなこと初めてなんだよ。お前と違ってマナーだって分からないんだぜ。)
 エルが小声で言ってくるが、そんな事を言われても困る。
 こっちに来てからはもちろんの事、向こうでもテーブルマナーが必要な食事などした事が無いのだから。
 (そんなの、私の真似をしてればいいから、とにかく、背中をしゃんと伸ばして、堂々としていてよねっ!)
 ……エルはそう言うが、場違い感が半端ないこの状況では、堂々としていろと言われてもなぁ。
 交渉事は、相手をどう自分のペースに巻き込むかがカギになる。
 そう考えると、俺はすでにカリーナさんの術中にハマり込んでいることになる。
 エルの言うとおり、見かけだけでも堂々としていないと、全て相手のペースで持っていかれそうだ……気をつけないとな。
 俺がそんな事を思っていると、ドアが開いて一人の女性が入ってくる。
 
 「お待たせしてゴメンなさいね。お腹すいたでしょ?」
 入ってきた女性が席に着くと、ほどなくして前菜が運ばれてくる。
 「その子がエルフィーネよね?……大きくなって……私の事は……覚えてないわよね。」
 「カリーナ……伯母様ですよね。私が3歳ぐらいの頃でしょうか?よく覚えていなくて申し訳りません。」
 エルが、小さく頭を下げる。
 「いいのよ、あなたは小さかったのだから、覚えていなくて当然よ……後「伯母様」はやめてね。急に年を取ったように感じるから。」
 カリーナさんが微笑みながらそう言う。
 「えっと、どうお呼びすれば……?」
 エルは困ったように首をかしげる。
 「カリーナでいいわよ。私もエルって呼ばせてもらうわ。……そっちの彼と同じようにね。」
 そう言って、カリーナさんは俺の方に顔を向けてウィンクをしてくる。
 中々おちゃめな人だ。
 「カリーナ様、本日はお招きありがとうございます。私如き下賤の者にこのような心遣い、有難く存じ上げます。」
 なので、目一杯謙ってみた。
 「あら?どうしたのかしらシンジちゃん。この間と口調も態度も違うわよ?」
 からかう様に言ってくるカリーナさん。
 「嫌だなぁ、そんなこと無いですよ。ボクはいつもこんな感じですよ。」
 「シンジ、キモイ。」 
 俺がいつもと同じアピールをしたのに、エルが裏切る。
 「そうね、シンジちゃんも、エルちゃんもはいつもの様に喋ってくれて構わないわ。マナーとか色々うんざりしてるから、気楽なおしゃべりを楽しみたいのよ。」
 無礼講よ、と言ってくるカリーナさん。
 たぶん、俺やエルが緊張しているのをわかっていて言ってくれたんだと思う。
 これが交渉事なら、完全敗北だよ……ほんと、敵わないな。

 「じゃぁ、カリーナさんって呼ばせてもらいますね。母様のお姉さんって事ですけど、なんでこの国に?」 
 エルはほっと一息つくと、身体の力を抜いて、そんな質問をする。
 それなりに緊張していたらしい。
 「そうね、話せば長くなるんだけどね……。」

 カリーナさんは、今のエルより若い頃に家を飛び出して、冒険者となったらしい。
 まぁ、色々あって、それなりに名も売れた頃に、ある遠くから来た貴族の護衛依頼を受ける事になり、それをきっかけに、その貴族からの指名依頼をちょくちょく受けるようになったという。
 まぁ、依頼自体はそれ程難しいものでもなく、その貴族がカリーナさんとのつながりを持ちたいためだけにわざわざ用意していたというのは公然の秘密だったそうだ。
 カリーナさんにしても、依頼そのものはしっかりとしたものだし、また、真っすぐに向けられた好意は好ましいものだったらしく、喜んで受けていたそうだ。
 そんなある日、その貴族が国に帰る事となり、その貴族から最後の指名依頼を受ける事になる。

 「私を国まで護衛してほしい、出来ればその後もずっと……。」
 その貴族の精一杯のプロポーズだったが、カリーナさんは即答できなかった。
 幸いにもその貴族が国に帰るまでに時間があったので、カリーナさんは一度ハッシュベルクに戻る事にした。
 エルとはその時にあったとのことだった。

 「エルちゃんと、ミネアを見てたらね、こういう暮らしも悪くないなぁって思たのよ。だから私はクロードの申し出を受ける事にしたのよ。……まさか領主の息子だとは思ってもなかったんだけどね。」
 たはは……と笑うカリーナさん。

 その後も、エルがミネアさんと暮らしていた頃の事を話し、カリーナさんが領主のクロードさんの失敗談を話すなど、和やかな時間が過ぎていった。
 そして、デザートも食べ終わる頃、俺はずっと気になっていたことを切り出す。

 「ところでカリーナさん、今日はやけに館内が騒がしいようですが……俺達お邪魔だったんじゃないですか?」
 俺がそう訊ねると、カリーナさんの纏う雰囲気が、今までの柔らかい感じから、グッと引き締まったものに変わる。
 「んー、邪魔ではないわ。予定は狂っちゃったけど、むしろ好都合ってところかしらね。」
 カリーナさんの答えと纏う雰囲気から、俺もエルを守る方向へと思考を切り替える。
 相手の視線や、ちょっとした動作など、動き一つ一つを見逃さないようにする。

 「そんなに警戒しないでよ……って言ってもムリか。」
 「そうですね、あなたがエルを傷つけるとは思いませんが、世の中に「絶対」という事はありませんので。」
 「あなたの、そのエルちゃんを守るという姿勢は好ましいわ。だから悩んでたのよねぇ。」
 どういうことだ?
 話が予想外の方へ進んでいるような気がする。

 「はぁ……仕方がないか。私はこのままあなた達には帰ってもらうつもりだったのよ……それだけは信じて欲しいわ。」
 カリーナさんは、大きくため息をつきながら、そういって、言葉を続ける。
 「ベルーザの奴がね、逃げ出して反旗を翻したのよ。」

 ◇

 「今、ベルーザの奴はこの街で、兵を集めている途中だ。」
 クロードが地図の一点を指して説明してくれる。

 俺達は、あの後クロードへの執務室へと場所を変えて、詳しい説明を聞く事にした。
 「場所がわかっているなら、サッサと討伐すればいいんじゃないか?」
 俺は疑問を口にする。
 「話はそんなに簡単じゃなくてな……。」
 クロードが疲れたようにため息をつき、説明してくれる。

 なんでも、領内で反乱がおきるという事は、統治能力が低いとみなされるそうだ。
 そして、反乱が長引くようだと王都から鎮圧の兵が出てくる。
 そこまで行くと、領主は無能とみなされ首が飛ぶそうだ。
 また、王都が出張ってくる前にカタをつけたとしても、王都から視察が入り、その間の業務の遅延や、領民たちの負担はかなりのものとなるらしい。
 
 「反乱が成功した場合はどうなるんだ?」
 俺は聞いてみる。
 もし反乱が成功しても、王都が動くのなら旨味はないのではないだろうか?
 「どうにもならんさ。王都から視察が来て状況の確認をし、王家に恭順を示すのであれば、しばらくは経過観察だ。反乱を起こす奴らは自分を正当化するための裏工作をしているからな、王都から来た連中には本当の所はわからんさ。」

 実際に反乱がおきて軍同士のぶつかり合いとなると、双方ともに被害が大きいだけで旨味は全くない。
 なので、領主側としては、反乱の意思が示される前に首謀者を捉えて、犯罪者として処刑するか、それが叶わないならば裏取引で手打ちにする。
 一方反乱を起こした側は、これ以上大事にしたくなければ、と要求を通すか、領主を捉えて反乱を成功させるしかない。

 自分の名誉が傷つく事さえ無視すれば、圧倒的に領主側の方が有利なのは間違いないのだが、大抵は反乱側と手打ちにする場合が多い。
 領民の負担さえ目を瞑れば、圧倒的に楽だからだ。
 クロードも、手打ちにするかどうかで悩んでいるんだと思ったが、違っていた。
 俺が言ったように、兵が集まっていない今のうちにベルーザを討伐するのが一番領民に負担がかからない。
 しかし、領都の兵を動かすと、反乱の兆しがあるのではと疑いを持たれてしまい、王都に伝わってしまう。 
 すると、、討伐をしたとしても、その後の視察団の関連で領民に多大な負担をかけることになるので、領民の負担をかけない為に、どう動けばいいかを模索して悩んでいるらしい。

 「アホだな。」
 俺はその話を聞いて、思わずつぶやいてしまった。
 「シンジ!」
 エルが咎めるが、もう遅い。
 「やっぱりそう思うよね?」
 しかしカリーナさんは俺を咎めることなく笑いながらそう言う。
 「だけど、『そこがいい』んだろ?」
 だから、俺も笑いながらそう答える。
 「あら、分かるぅ?やっぱり、シンジちゃんはいいオトコね……エルちゃん、しっかり捕まえていないとダメだゾ♪」
 カリーナさんの言葉に、エルが真っ赤になる。
 
 「冗談はともかくとして、領主側としては打つ手がないって感じですか?」
 「このままではな……余り長引かせると不利になるので、いいアイディアが出ないとなったら、兵を動かすしかない。」
 クロードが唇を噛みしめている。
 「ウーン……。」
 俺は地図を見ながら考える。
 「シンジ……助けてあげて。」
 エルが俺の袖口を摘まみ、見上げるようにして訴えてくる。
 ……だからね、その表情かおは反則なんだってば。


 ……。
 ……。
 ……。
 今ある情報を基にいくつかのパターンをシミュレートしてみる。
 そして、一番成功率の高い手段を見つける。
 「何か思いついた?」
 俺の僅かな表情の変化をみて、エルがそう訊ねてくる。
 「いくつか問題はあるけどな……ちょっと別室を借りていいか?」
 俺はクロードとカリーナさんい断って、奥の部屋へエルを連れていく。

 「シンジ、どうしたの?」
 訳が分からないまま俺についていたエルがそう聞いてくるが、それを無視して、俺はエルを抱きしめる。
 「ちょ、まっ……何?」
 エルが慌てるが、お構いなしに抱きしめる腕に力を込める。
 「落ち着いて、黙って……これなら誰にも聞かれないから。」
 俺はエルの耳元でそう囁く。
 「……分かった。」
 エルは俺の行動を理解すると、すっと身体から力を抜き、俺に体重を預けてくる。
 「そのままで聞いて……一応何とかなる策は思いついた。だけど、その策を成すためには、俺達の事が色々とバレる恐れがある。」
 「どんな事?」
 「俺達の……というよりは殆ど俺の事かな?空間魔法を多用するから、俺が空間魔法が使える事がバレる。それだけなら、最悪俺が姿をくらませばいいけど、何らかの拍子にエルがハッシュベルク王家の生き残りって事までバレたら、あまりいい未来が待っているとは思えないな。」
 俺達の事がバレたら利用しようとする奴らが出てくるかもしれない。
 今の俺達の状況では、場合によってはエルを守り切れなくなる恐れもあるから、出来るだけリスクは避けたいところだ。

 「……カリーナさん達なら、いいと思うよ。」
 しばらくの後、エルがそんな事を言ってくる。
 「カリーナさん達なら、力の事を知っても悪用しないと思う……思いたい。」
 「……ミネアさんに返せない借りを、カリーナさんに返しておくか。」
 「ウン。」
 話はまとまった。
 エルは信じると言ったが、俺はそう簡単に信じるわけにはいかないので、試させてもらう事にする。

 「お待たせしました。」
 「話はまとまったかしら?」
 「何のことです?俺はただ、エル分が足りなくなったので補充してただけですよ?」
 カリーナさんの問いかけに、俺はとぼけて答える。
 隣では顔を真っ赤にしたエルがうつむいてる。
 「あらあら♪若いっていいわねぇー。」
 カリーナさんがどこぞのオバちゃんのようなことを言う。
 
 「ところで、いくつか妙案が思い浮かんだのですが?」
 俺はクロードさんとカリーナさんの顔を見る。
 「本当か!」
 クロードさんが俺の言葉に飛びつく。
 「お話しする前に、ちょっと根本的な事を確認したいと思いまして……俺達が協力するメリットってありますか?」
 「それは……モチロン報酬は弾む。ベルーザを阻止できればファング準男爵の家族も安心して暮らせるだろう。それから……。」
 俺がそんな事を言い出すとは覆わなかったのか、クロードさんは少し驚き、俺にとってメリットであろうことを上げだす。

 「ストップ。」
 そこのカリーナさんから待ったがかかる。
 「私は最初に言ったわよね?あなた達のはこのまま帰ってもらいたかったって。口を出してきたのはそっちよ?」
 カリーナさんは少し怒っているようで口調がキツくなっている。
 「そうですね、首を突っ込んだのはこっちです。しかし、そのおかげであなた方の悩みを解決する方法が見つかったという事実もあります。」
 エルが俺の袖口を摘まんでいる。
 カリーナさんの視線がきつくなる。
 クロードさんも俺を品定めするような目つきになる。

 「俺が言いたいのは、あなた方に何処までのリスクを背負う覚悟があるか?という事です。」
 俺の言葉が意外だったのか、クロードさんとカリーナさんの表情が訝しげに変わる。
 「俺の案を実行するにあたって、幾つかこっちの情報をあなた方に渡すことになります。
 その中には、俺とエルの身を守るための重要な事柄も含まれますので、利用するだけ利用してポイっ、じゃ困るんですよ。」
 「そんな事はしない。俺の名に懸けてお前達を裏切らないと約束しよう。」
 クロードさんがきっぱりと宣言する。
 「そうね、その重要な秘密を漏らすこともないし、あなた方を保護することもできるわ。」  
 カリーナさんもそう請け負ってくれる。

 「いいんですか?そんな事を軽々しく言って?」
 俺は挑発するように言葉を投げる。
 「軽々しく言ったつもりはない。」
 「そうね、甘く見ないで欲しいわ。」
 クロードさんとカリーナさんがそう言うので、俺は最後の爆弾を落とす。
 袖口がギュっと掴まれる。
 エルも知らず知らずのうちに力が入っているようだ。

 「エルの本名が『エルフィーネ=ミーナ=ハッシュベルク』……ハッシュベルク王家の唯一の生き残りだとしても、同じことが言えますか?」
 エルが生きていることがわかれば、内乱が続くハッシュベルクの指導者たちは、なんとしても手に入れようと動き出すに違いない。
 ここベルグシュタットとハッシュベルグは、遠く離れているため、直接の争いの種にはならないかもしれないが、政治的に利用しようとする輩はどこにでもいるもんだ。
 そして、クロード達はそんな事をしないと言い切れるほど付き合いが長いわけでも無い。
 ただ、カリーナさんとミネアさんが姉妹だという細い糸でつながっているだけだ。

 「……そう、そうだったのね。だったら尚更よ。エルちゃんは私が保護するわ。……例えクロードでも、これだけは譲れないわ。」
 カリーナさんがクロードさんを見る。
 どうやらカリーナさんとミネアさんの間にある糸は細くても切れない鋼鉄の糸だったらしい。
 「カリーナ、君が決めた事に対して、俺が反対したことがあったかい?」
 「クロード……ありがとう……。」
 クロードさんは苦笑しながらそう言ってカリーナさんを抱きしめる。
 ……どうでもいいけど、俺達の事を無視して二人の世界に入らないで欲しい。

 俺がそう言うとカリーナさんが「あら、あなた達だって、さっき抱き合ってたじゃないの?」と言われた。
 どうやら見られていたらしい。
 エルを見ると、これ以上ないくらい真っ赤になった顔を手で覆っていた。
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