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胸なんて、タダの飾りです……それがわからんのですよ!!
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「姫様、お願いですからここから動かないでくださいね。」
「わかってるわよ。」
私の言葉に対し、煩そうに応える姫様。
本当にわかっているのだろうか?
「2~3日で戻りますからね。後、あの男ですが……。」
「それも分ってるって……『男は調子づかせて適当に使え、されど気を許すべからず』でしょ。母様からいやって言うほど聞かされてるから、だいじょうぶよ。」
私と姫様は、部屋の隅で寝ている男を見ながら、そんな会話を交わす。
……本当に大丈夫だろうか。
なんと言っても、あの男は半裸で姫様に迫ってたのだ。
姫様は誤解だって言ってたけど……姫様もしっかりしているとはいえ、まだまだお子様ですから……。
ぽかっ!
「いたっ!姫様何するんですかぁ!」
いきなり姫様に杖で殴られる。
「ん?何か私をバカにしてるような気配があったから?」
「そんな気配だけで殴らないでくださいよぉ……確かにお子様だとは思いましたが……。」
聞こえるとまずいので、後半は小声でつぶやく。
姫様は意外と鋭い。
今回のように、心を呼んでいるんじゃないかと思う位のタイミングで突っ込んでくる。
「とにかく、大人しくしててくださいね。」
そう言い残して私は王都へと向かう。
姫様達が使った隠し通路を使えれば早いのだが、あれは王家御用達のため、王家の者が居ないと使えない。
そもそも、非常時ではない時に使うのは間違っている。
それに王都への道中にある村や街での
情報も集めなければならないので、どちらにしても隠し通路は使えない。
◇
「おかしいです。」
王都への道中、村や街に立ち寄ったが、王女誘拐の事が一切伝わっていない。
最初の頃は、まだ王都から離れているから、と思っていたが、今いるこの街は、王都からそれ程離れておらず、それなりに行き来がある。
それなのに伝わっていないと言うのはどう考えてもおかしい。
そもそも、姫様はサボり・・・・・・じゃなかった、フットワークが軽い。
目を盗んで抜け出し、遊びに・・・・・・じゃなく、お忍びで視察に行くことなど日常茶飯事なのに。
今回に限って、いきなり誘拐騒ぎ、しかも手配所まで回す大事に・・・・・・その手際の良さが胡散臭差を感じさせ、また、そこまでしておきながら、王都外へ情報がでていないと言うのは明らかに何らかの作意を感じる・・・・・・けど・・・・・・。
「うぅー、私の頭じゃ分かんないですぅ。」
さっちゃんなら何か分かるかも、と同僚の姿が浮かぶ。
「報告もあるし、先ずはミネア様の処ね。」
ミネア様は姫様のお母様だ。
平民の出と言うことで、王宮内では色々ご苦労をなさっている・・・・・・表面上は。
実際には、私達のような『影』を上手く利用して足場をしっかり固めてらっしゃるし、国王様もミネア様に頭があがらないと聞いている。
まぁ、それが保守派の人達には面白く無いんだろうけど。
「ミネア様なら何か知っているかも知れないしね。」
私は急いで王都のミネア様の下に向かうことにした。
◇
「ミネア様はどこかなぁ・・・・・・っと。」
私は王宮内の物陰や天井裏などを利用して移動し、目的の人を探す。
私達『影』は姿を見られる訳には行かない。
見られていいのは、あくまでも「表の姿」だけだ。
私の表の姿は「姫様の御世話係り」なので、王宮内でも自由に動き回ることは出来ない。
特に姫様の姿がない今となっては・・・・・・。
「まだ見つからないのかっ!」
ある部屋の側を通り過ぎようとしたとき、そんな声が聞こえたので、私は天井裏に隠れて様子を伺う。
あれは・・・・・・宰相のグスタフ様と・・・・・・ミラー公爵様?
ミラー公爵様は前国王の叔父様の従兄弟のご子息様だ。
一応王家に連なる者とは言え、血筋も遠く継承権も失っている。
その為、王宮に出入りすることも殆どなかった筈なのに、どうして・・・・・・。
「早くエルフィーネを捕まえるのだ!まだ門から出ておらぬのだろ!」
「今必死で探させておりますので、しばらくの猶予を。」
宰相が公爵様をとりなす。
「町中に魔物が現れて一緒にいた男がやられたという報告があがっておるが、まさかエルフィーネも魔物にやられたという事はないだろうな?」
「その点については御安心を。昨夜遅く、男の死体が消えたと報告があがって来ております。恐らくはエルフィーネ様の幻覚魔法だったのではないかと。」
「ならば、尚の事、一刻も早く探し出すのだ!」
「その件におきまして朗報がございます。」
喚くミラー公爵の声にこたえるように、別の所から声が上がる。
あれは……?
「お頭がなぜ?」
私は慌てて闇魔法の陰影の効果を上げる。
どのような理由があるのか分からないが、私がここに居るのがバレるのはマズい、と本能的に悟る。
「ユングか?朗報とは?」
「ハッ、エルフィーネ様につけていた私の手の者より、先程連絡が入りました。エルフィーネ様達は北の外れの森に隠れています。」
「なに!誠か!?」
「北の外れの森とは……いつの間にそこまで……。」
「おそらくは、王家に伝わる隠し通路を使われたのかと……。」
「細かい事は良い!直ぐに近衛を向かわせよ!」
「直ちに!」
公爵の言葉を受け宰相が、各地に指示を告げる為、部屋を出ていく。
それを見届けて、公爵も出ていこうとするが、それをお頭……ユングが引き留める。
「公爵様、少々お待ちを。」
「何だ、まだいたのか?」
「えぇ、公爵様と一度お話をしたいと思いまして……隣国はいつ攻め込む手筈になっていますか?」
「何っ!貴様どうしてそれを!」
ユングの言葉に慌てる公爵。
「おっと、慌てないでください、公爵様。敵対するつもりはありませんので。」
ユングの言葉に、落ち着きを取り戻す公爵。
「隣国からの婚姻話に嫌気をさした姫様が逃走。それを理由に婚姻話を断られた隣国が攻め込んでくる。その混乱に乗じて現王族を抹殺・反乱を起こしてあなたが実権を握る。姫様の婚姻を白紙に戻した上で隣国と和解。戦争を回避したことで国民も納得、婚姻破棄に於いては予めあなたのご子息と婚約することを条件にしておいて、姫様を取り込む。なんと言っても唯一の生き残った王族ですから、取り込めば、あなたの地位は盤石という事ですね。ただ、計算違いだったのは、あなたの手の者が確保する前に、姫様が逃げ出してしまった事、ですかね。」
「なんてことですか……」
私は声に出さずに呟く……しかし、今のお頭の言葉、まるで誰かに聞かせるみたいに……まさか、バレている!?
室内の様子を窺うと、お頭と目が合う。
お頭はすぐに目を逸らしたが、あれは間違いなく、私がここに居る事を知っている。
しかしなぜ・・・・・・。
お頭の考えが分からない。
「ユングとか、言ったな。何が望みだ?」
「流石公爵様、話が早い。我々の力は今お話ししたとおりです。役に立つとは思いませんか?」
「わしに、おぬしらを買え、という事か?」
「そうですね、事が成った暁には、それなりの待遇と報酬で取立てていただければ。」
「いいだろう。しかし、まずはエルフィーネを捕まえてからだ。」
そう言ってミラー公爵は荒々しく扉を開けて出て行った。
「ふぅ、ブタの相手は疲れる……もういいぞ、出て来い。」
お頭がそう声をかけてくる……けど、ここで出て行っていいのかな?
しばらく様子を見てみる……。
「何を警戒しているか知らんが、危害は加えないから、安心して出て来い。」
心なしか、お頭が焦っているように見えるけど……気の所為かな?
とりあえず出ていかない事には話が進まないよね。
そう思った私は、思い切って、お頭の前に姿を現す。
「ほっ・・・・・・。何やってるんだ、呼んだらすぐ出て来いよ。」
明らかに安心した顔のお頭を見て、私はピンっと来る。
「いえ、あのまま黙っていたら、お頭が誰も居ないところへ声をかけている痛い人だという事で済ませれないかと。」
「分かっているなら、出て来いよ!」
心なしか涙目になっているお頭。
ふん、いつもは私がやられてるんだから、たまにはいいよね。
「ところで、……どういう事でしょうか?」
「どうもこうも、お前が見たとおりだよ。」
急に真面目な顔で答えるお頭。
「では、王家を裏切る、と?」
もしそうであれば、ここにはいられない。
私は姫様を守ると決めたのだから。
「裏切るわけじゃないが……保険だな。」
「どういうことですか?」
「あの公爵はバカだが、裏にいる奴はかなりの切れ者だ。正直、このままでは、現王家の生き残る可能性は限りなく低い。」
「そんな……。」
では、姫様は……私が命をかけて守ると誓った姫様は……。
「正直な、俺にとっては今の王家なんぞどうなってもいいんだ。それより、俺が手塩にかけて育てたお前達の方が大事だ。」
「しかしっ!」
「待て、言いたいことはわかっている。」
私の反論をお頭は押しとどめる。
「確かに、ミネア様は別格だ。あの人がいれば、今の王もマシにはなるだろう。だがな、それでも、大いなる流れに逆らうのは難しいんだよ。」
「だから、姫様を売ったのですか?」
「そう言うわけでも無い……ただ、姫様、もしくは一緒にいる男が愚鈍ならば、結果としてはそうなるな。そして、これで捕まる様であれば、王家の未来は遅かれ早かれ潰えるということだよ。」
お頭の言う事はわかるけど……納得できるかと言えば、否としかいうほかなかった。
「勘違いしてほしくないのだが、俺は、ミネア様も姫様の事も気に入っている。平時であれば喜んで仕えただろう。だからお前には選択させてやる。」
お頭はそう言って私を真剣な眼差しで見つめる。
「このまま原隊に復帰し、俺の指示の下、これまで通りに働くか、ミネア様の元に降り、命運を共にするか……今ここで選べ!」
お頭はそう言うが、私の心は決まっている。
「私は、命を救われたあの時から、ミネア様の、そして姫様の為にこの命を捧げると誓ったのです。」
「ふっ、ならいい、行け!」
「……お頭……いえ、ユング様、今までありがとうございました。お元気で……では!」
私はユング様に一礼すると、その場に背を向ける。
「姫様の事、頼むぞ……。」
去り際、微かな声ではあったが、ユング様がそう呟いた様に聞こえた。
◇
「ミネア様、お茶の準備が出来ました。」
私はいつものメイド服に着替え、ミネア様の部屋へ入る。
「誰が……いえ、そうね、ありがとう。こちらへ持って来てくださるかしら?」
ミネア様は、予期せぬことではあっても、私の姿を見るなり合わせてくれる。
「どうぞ……本日はミラ茶のセカンドフラッシュでございます。」
恭しく、お茶を注ぎながら私は風魔法の『遮断』を使う。
これで私とミネア様の声が周りに聞こえることはない。
「ユングとは会いましたか?」
魔法の効果を確認すると、ミネア様はそんな事を聞いてくる。
「はい、先ほど……。」
「それでここに居るって事は……そう言う事でいいのね?」
ミネア様は探るように私を見つめる。
「私の命は、あの時からミネア様とエルフィーネ様のものです。」
短くてもしっかりとした意思表示……それはミネア様にも伝わったようだった。
「そうね……話してくれる?」
ミネア様は、ふぅ・・…と力を抜き、報告を促す。
「はい、姫様は昨日……。」
私は姫様が城を抜け出してから、今朝の事までを姫様から伺った事も含めて話す。
「そう……。」
話し終えると、ミネア様は考え込むように目を伏せる。
しばらくすると、ミネア様は立ち上がって私と向かい合う。
「シェラ、貴方に最初で最後の命令を致します。」
その厳かな言葉に、私は自然と跪く。
「エルフィーネを伴って、この国から出なさい。エルフィーネを命に代えてでも国外へ出すのです。……そして、国外に出たら、あなたは自由です。好きに生きなさい。」
そう告げたミネア様は私をの手を引いて立ち上がらせ、ギュっと抱きしめる。
「ごめんね、シェラ。酷い事言ってるね。でも、最初で最後のお願いよ。エルと一緒にこの国から逃げて……お願い。」
涙声のミネア様に、私は頷く事しかできなかった。
「あの、ミネア様はこれから……。」
よく考えたら王宮内でも疎まれていたミネア様なら、脱出も容易ではないだろうか?
側室とはいえ、平民での妃には何の価値も見出さないはず。
ならば、今なら逃げ出しても邪魔は入らないのでは?
とミネア様に告げるが、ミネア様の口から出たのは意外な言葉だった。
「シェラ、ありがとうね。でも、あんなんでもエルの父親ですから、私が最後まで付き添うわ。……きっと他の妃達は付き添う事はしないでしょうからね。」
そう言って淋しげに微笑むミネア様。
「エルに伝えて頂戴。『幸せになってね、約束よ。』って。」
そう言ってミネア様は指輪を二つ渡してくれる。
一つは姫様に、もう一つは私に……だった。
「はい、……必ず……私の命に代えましても。」
私は、溢れる涙を拭いもせずに、その場を去る。
もう、ここで私に出来る事はない。
姫様の元に戻り、ミネア様の言葉を伝えて、一刻も早く国外へ行くのだ。
◇
北の森近くまで来る。
周りは宰相の指示で遠征してきた近衛兵がひしめいている。
そう簡単に隠れ家は分からないだろうけど、この人数でしらみつぶしに探されたら時間の問題だ。
もし姫様が逃げ出しているならば、この場に留まらず、先に進み、追手が来る前に逃がさないといけない……この時間差は有利に働く事は間違いない。
しかし、もし万が一、姫様が私を待っていたら……捕まった時に、なんとしても助け出さなければならない。
逃げていて欲しい気持ちと、私を待っていて欲しい……、この相反する二つの気持ちの間で揺れ動いて、私はこの場を動けずにいた。
そして、それは秘密の隠れ家が見つかり、姫様がいない事がわかるまで続くのだった。
◇
「姫様のバカぁ~。どこへ行ったのよぉ~。」
私は街から街へと走り回っていた。
とにかく、姫様の足取りがつかめないのだ。
それは、宰相の部下たちも一緒で、右往左往しているのを見て安心するんだけど……。
「だからと言って、私にだけわかる痕跡を残してくれてもいいじゃないのよぉ。」
◇
ミアンの街までの足取りは比較的簡単につかめた。
姫様達は正体を隠して、冒険者登録をしたことも分ったので、私も一応登録しておいた。
今後、国外へ逃げるには冒険者の肩書は何かと都合がいい。
ただ、私がミアンの街に着いた時は、姫様達の姿はなかった。
ギルドに確認したところ、すれ違いで街を出て行ったらしい。
なんでも変な貴族に絡まれていたので逃げ出したんだとか。
私が、あの森でグズグズせずに真っすぐここに向かっていれば合流出来たんだけど……。
私が悪いのはわかっているけど……でも、でもっ!
このやるせない苛立ちを、私は姫様をつけ回していたという貴族にぶつけることで解消する。
具体的には、屋敷の中に毒虫たちを大量召喚しておいたのだ。
まぁ、毒虫と言っても毒性はそれほど強くない。
ちょっとかぶれる程度だ……見た目の生理的嫌悪感さえなければ、害にもならないものだ。
「私の姫様にちょっかいをかけた報いよ!」
屋敷中から上がる悲鳴を聞いて、私の気持ちは少し晴れやかになった。
「さて、それはいいけど、この先の動きよね。」
私の足なら2~3日くらいの遅れはすぐ取り戻せる……そう思っていた時もありました。
◇
「姫様のバカ、バカぁ~!少しぐらい胸が大きいからってっ!」
つい愚痴が口をついて出る。
でも仕方がないのよ・・・・・・あれから、近くの街や村で情報を集めたのはいいんだけど、……簡単に足取りは掴めたのよ……全ての村や街で。
足取りがあるだけに、そこに立ち寄ったのは間違いなく、そしてどこに向かったかがわからなくなったのだ。
北の村にも、西の村にも、そう日を置かずに姿を見せている……これでは北に向かったのか西に向かったのかさえ分からないじゃないのよ。
幸いと言っていいかどうかわからないけど、宰相の部下たちはようやくミアンの街の情報を得た所なので、先行している分多少の余裕があるが、このままではあっちに先に見つかってしまうかもしれない。
このような状態では、愚痴の一つや二つ叫びたくなっても仕方がないと思うのよ。
「うぅー……姫様はおバカだから、こんな知恵があるわけがないのよ!きっとあのヘンタイ男の仕業だわ!」
ポカっ!
私が自棄になって叫ぶと、いきなり後ろからぶたれる。
「誰がヘンタイだ!……たくっ!」
私は、声を出す間もなく、その男に捕まり、そして視界が一瞬ぼやける。
「えっ?」
「エル、叫んでた犯人を捕まえてきたぞ……お前の管轄だろ?」
歪んだ視界が正常になった時、私の目に飛び込んできたのは……ちょっと怖い顔をした姫様のお姿だった。
「わかってるわよ。」
私の言葉に対し、煩そうに応える姫様。
本当にわかっているのだろうか?
「2~3日で戻りますからね。後、あの男ですが……。」
「それも分ってるって……『男は調子づかせて適当に使え、されど気を許すべからず』でしょ。母様からいやって言うほど聞かされてるから、だいじょうぶよ。」
私と姫様は、部屋の隅で寝ている男を見ながら、そんな会話を交わす。
……本当に大丈夫だろうか。
なんと言っても、あの男は半裸で姫様に迫ってたのだ。
姫様は誤解だって言ってたけど……姫様もしっかりしているとはいえ、まだまだお子様ですから……。
ぽかっ!
「いたっ!姫様何するんですかぁ!」
いきなり姫様に杖で殴られる。
「ん?何か私をバカにしてるような気配があったから?」
「そんな気配だけで殴らないでくださいよぉ……確かにお子様だとは思いましたが……。」
聞こえるとまずいので、後半は小声でつぶやく。
姫様は意外と鋭い。
今回のように、心を呼んでいるんじゃないかと思う位のタイミングで突っ込んでくる。
「とにかく、大人しくしててくださいね。」
そう言い残して私は王都へと向かう。
姫様達が使った隠し通路を使えれば早いのだが、あれは王家御用達のため、王家の者が居ないと使えない。
そもそも、非常時ではない時に使うのは間違っている。
それに王都への道中にある村や街での
情報も集めなければならないので、どちらにしても隠し通路は使えない。
◇
「おかしいです。」
王都への道中、村や街に立ち寄ったが、王女誘拐の事が一切伝わっていない。
最初の頃は、まだ王都から離れているから、と思っていたが、今いるこの街は、王都からそれ程離れておらず、それなりに行き来がある。
それなのに伝わっていないと言うのはどう考えてもおかしい。
そもそも、姫様はサボり・・・・・・じゃなかった、フットワークが軽い。
目を盗んで抜け出し、遊びに・・・・・・じゃなく、お忍びで視察に行くことなど日常茶飯事なのに。
今回に限って、いきなり誘拐騒ぎ、しかも手配所まで回す大事に・・・・・・その手際の良さが胡散臭差を感じさせ、また、そこまでしておきながら、王都外へ情報がでていないと言うのは明らかに何らかの作意を感じる・・・・・・けど・・・・・・。
「うぅー、私の頭じゃ分かんないですぅ。」
さっちゃんなら何か分かるかも、と同僚の姿が浮かぶ。
「報告もあるし、先ずはミネア様の処ね。」
ミネア様は姫様のお母様だ。
平民の出と言うことで、王宮内では色々ご苦労をなさっている・・・・・・表面上は。
実際には、私達のような『影』を上手く利用して足場をしっかり固めてらっしゃるし、国王様もミネア様に頭があがらないと聞いている。
まぁ、それが保守派の人達には面白く無いんだろうけど。
「ミネア様なら何か知っているかも知れないしね。」
私は急いで王都のミネア様の下に向かうことにした。
◇
「ミネア様はどこかなぁ・・・・・・っと。」
私は王宮内の物陰や天井裏などを利用して移動し、目的の人を探す。
私達『影』は姿を見られる訳には行かない。
見られていいのは、あくまでも「表の姿」だけだ。
私の表の姿は「姫様の御世話係り」なので、王宮内でも自由に動き回ることは出来ない。
特に姫様の姿がない今となっては・・・・・・。
「まだ見つからないのかっ!」
ある部屋の側を通り過ぎようとしたとき、そんな声が聞こえたので、私は天井裏に隠れて様子を伺う。
あれは・・・・・・宰相のグスタフ様と・・・・・・ミラー公爵様?
ミラー公爵様は前国王の叔父様の従兄弟のご子息様だ。
一応王家に連なる者とは言え、血筋も遠く継承権も失っている。
その為、王宮に出入りすることも殆どなかった筈なのに、どうして・・・・・・。
「早くエルフィーネを捕まえるのだ!まだ門から出ておらぬのだろ!」
「今必死で探させておりますので、しばらくの猶予を。」
宰相が公爵様をとりなす。
「町中に魔物が現れて一緒にいた男がやられたという報告があがっておるが、まさかエルフィーネも魔物にやられたという事はないだろうな?」
「その点については御安心を。昨夜遅く、男の死体が消えたと報告があがって来ております。恐らくはエルフィーネ様の幻覚魔法だったのではないかと。」
「ならば、尚の事、一刻も早く探し出すのだ!」
「その件におきまして朗報がございます。」
喚くミラー公爵の声にこたえるように、別の所から声が上がる。
あれは……?
「お頭がなぜ?」
私は慌てて闇魔法の陰影の効果を上げる。
どのような理由があるのか分からないが、私がここに居るのがバレるのはマズい、と本能的に悟る。
「ユングか?朗報とは?」
「ハッ、エルフィーネ様につけていた私の手の者より、先程連絡が入りました。エルフィーネ様達は北の外れの森に隠れています。」
「なに!誠か!?」
「北の外れの森とは……いつの間にそこまで……。」
「おそらくは、王家に伝わる隠し通路を使われたのかと……。」
「細かい事は良い!直ぐに近衛を向かわせよ!」
「直ちに!」
公爵の言葉を受け宰相が、各地に指示を告げる為、部屋を出ていく。
それを見届けて、公爵も出ていこうとするが、それをお頭……ユングが引き留める。
「公爵様、少々お待ちを。」
「何だ、まだいたのか?」
「えぇ、公爵様と一度お話をしたいと思いまして……隣国はいつ攻め込む手筈になっていますか?」
「何っ!貴様どうしてそれを!」
ユングの言葉に慌てる公爵。
「おっと、慌てないでください、公爵様。敵対するつもりはありませんので。」
ユングの言葉に、落ち着きを取り戻す公爵。
「隣国からの婚姻話に嫌気をさした姫様が逃走。それを理由に婚姻話を断られた隣国が攻め込んでくる。その混乱に乗じて現王族を抹殺・反乱を起こしてあなたが実権を握る。姫様の婚姻を白紙に戻した上で隣国と和解。戦争を回避したことで国民も納得、婚姻破棄に於いては予めあなたのご子息と婚約することを条件にしておいて、姫様を取り込む。なんと言っても唯一の生き残った王族ですから、取り込めば、あなたの地位は盤石という事ですね。ただ、計算違いだったのは、あなたの手の者が確保する前に、姫様が逃げ出してしまった事、ですかね。」
「なんてことですか……」
私は声に出さずに呟く……しかし、今のお頭の言葉、まるで誰かに聞かせるみたいに……まさか、バレている!?
室内の様子を窺うと、お頭と目が合う。
お頭はすぐに目を逸らしたが、あれは間違いなく、私がここに居る事を知っている。
しかしなぜ・・・・・・。
お頭の考えが分からない。
「ユングとか、言ったな。何が望みだ?」
「流石公爵様、話が早い。我々の力は今お話ししたとおりです。役に立つとは思いませんか?」
「わしに、おぬしらを買え、という事か?」
「そうですね、事が成った暁には、それなりの待遇と報酬で取立てていただければ。」
「いいだろう。しかし、まずはエルフィーネを捕まえてからだ。」
そう言ってミラー公爵は荒々しく扉を開けて出て行った。
「ふぅ、ブタの相手は疲れる……もういいぞ、出て来い。」
お頭がそう声をかけてくる……けど、ここで出て行っていいのかな?
しばらく様子を見てみる……。
「何を警戒しているか知らんが、危害は加えないから、安心して出て来い。」
心なしか、お頭が焦っているように見えるけど……気の所為かな?
とりあえず出ていかない事には話が進まないよね。
そう思った私は、思い切って、お頭の前に姿を現す。
「ほっ・・・・・・。何やってるんだ、呼んだらすぐ出て来いよ。」
明らかに安心した顔のお頭を見て、私はピンっと来る。
「いえ、あのまま黙っていたら、お頭が誰も居ないところへ声をかけている痛い人だという事で済ませれないかと。」
「分かっているなら、出て来いよ!」
心なしか涙目になっているお頭。
ふん、いつもは私がやられてるんだから、たまにはいいよね。
「ところで、……どういう事でしょうか?」
「どうもこうも、お前が見たとおりだよ。」
急に真面目な顔で答えるお頭。
「では、王家を裏切る、と?」
もしそうであれば、ここにはいられない。
私は姫様を守ると決めたのだから。
「裏切るわけじゃないが……保険だな。」
「どういうことですか?」
「あの公爵はバカだが、裏にいる奴はかなりの切れ者だ。正直、このままでは、現王家の生き残る可能性は限りなく低い。」
「そんな……。」
では、姫様は……私が命をかけて守ると誓った姫様は……。
「正直な、俺にとっては今の王家なんぞどうなってもいいんだ。それより、俺が手塩にかけて育てたお前達の方が大事だ。」
「しかしっ!」
「待て、言いたいことはわかっている。」
私の反論をお頭は押しとどめる。
「確かに、ミネア様は別格だ。あの人がいれば、今の王もマシにはなるだろう。だがな、それでも、大いなる流れに逆らうのは難しいんだよ。」
「だから、姫様を売ったのですか?」
「そう言うわけでも無い……ただ、姫様、もしくは一緒にいる男が愚鈍ならば、結果としてはそうなるな。そして、これで捕まる様であれば、王家の未来は遅かれ早かれ潰えるということだよ。」
お頭の言う事はわかるけど……納得できるかと言えば、否としかいうほかなかった。
「勘違いしてほしくないのだが、俺は、ミネア様も姫様の事も気に入っている。平時であれば喜んで仕えただろう。だからお前には選択させてやる。」
お頭はそう言って私を真剣な眼差しで見つめる。
「このまま原隊に復帰し、俺の指示の下、これまで通りに働くか、ミネア様の元に降り、命運を共にするか……今ここで選べ!」
お頭はそう言うが、私の心は決まっている。
「私は、命を救われたあの時から、ミネア様の、そして姫様の為にこの命を捧げると誓ったのです。」
「ふっ、ならいい、行け!」
「……お頭……いえ、ユング様、今までありがとうございました。お元気で……では!」
私はユング様に一礼すると、その場に背を向ける。
「姫様の事、頼むぞ……。」
去り際、微かな声ではあったが、ユング様がそう呟いた様に聞こえた。
◇
「ミネア様、お茶の準備が出来ました。」
私はいつものメイド服に着替え、ミネア様の部屋へ入る。
「誰が……いえ、そうね、ありがとう。こちらへ持って来てくださるかしら?」
ミネア様は、予期せぬことではあっても、私の姿を見るなり合わせてくれる。
「どうぞ……本日はミラ茶のセカンドフラッシュでございます。」
恭しく、お茶を注ぎながら私は風魔法の『遮断』を使う。
これで私とミネア様の声が周りに聞こえることはない。
「ユングとは会いましたか?」
魔法の効果を確認すると、ミネア様はそんな事を聞いてくる。
「はい、先ほど……。」
「それでここに居るって事は……そう言う事でいいのね?」
ミネア様は探るように私を見つめる。
「私の命は、あの時からミネア様とエルフィーネ様のものです。」
短くてもしっかりとした意思表示……それはミネア様にも伝わったようだった。
「そうね……話してくれる?」
ミネア様は、ふぅ・・…と力を抜き、報告を促す。
「はい、姫様は昨日……。」
私は姫様が城を抜け出してから、今朝の事までを姫様から伺った事も含めて話す。
「そう……。」
話し終えると、ミネア様は考え込むように目を伏せる。
しばらくすると、ミネア様は立ち上がって私と向かい合う。
「シェラ、貴方に最初で最後の命令を致します。」
その厳かな言葉に、私は自然と跪く。
「エルフィーネを伴って、この国から出なさい。エルフィーネを命に代えてでも国外へ出すのです。……そして、国外に出たら、あなたは自由です。好きに生きなさい。」
そう告げたミネア様は私をの手を引いて立ち上がらせ、ギュっと抱きしめる。
「ごめんね、シェラ。酷い事言ってるね。でも、最初で最後のお願いよ。エルと一緒にこの国から逃げて……お願い。」
涙声のミネア様に、私は頷く事しかできなかった。
「あの、ミネア様はこれから……。」
よく考えたら王宮内でも疎まれていたミネア様なら、脱出も容易ではないだろうか?
側室とはいえ、平民での妃には何の価値も見出さないはず。
ならば、今なら逃げ出しても邪魔は入らないのでは?
とミネア様に告げるが、ミネア様の口から出たのは意外な言葉だった。
「シェラ、ありがとうね。でも、あんなんでもエルの父親ですから、私が最後まで付き添うわ。……きっと他の妃達は付き添う事はしないでしょうからね。」
そう言って淋しげに微笑むミネア様。
「エルに伝えて頂戴。『幸せになってね、約束よ。』って。」
そう言ってミネア様は指輪を二つ渡してくれる。
一つは姫様に、もう一つは私に……だった。
「はい、……必ず……私の命に代えましても。」
私は、溢れる涙を拭いもせずに、その場を去る。
もう、ここで私に出来る事はない。
姫様の元に戻り、ミネア様の言葉を伝えて、一刻も早く国外へ行くのだ。
◇
北の森近くまで来る。
周りは宰相の指示で遠征してきた近衛兵がひしめいている。
そう簡単に隠れ家は分からないだろうけど、この人数でしらみつぶしに探されたら時間の問題だ。
もし姫様が逃げ出しているならば、この場に留まらず、先に進み、追手が来る前に逃がさないといけない……この時間差は有利に働く事は間違いない。
しかし、もし万が一、姫様が私を待っていたら……捕まった時に、なんとしても助け出さなければならない。
逃げていて欲しい気持ちと、私を待っていて欲しい……、この相反する二つの気持ちの間で揺れ動いて、私はこの場を動けずにいた。
そして、それは秘密の隠れ家が見つかり、姫様がいない事がわかるまで続くのだった。
◇
「姫様のバカぁ~。どこへ行ったのよぉ~。」
私は街から街へと走り回っていた。
とにかく、姫様の足取りがつかめないのだ。
それは、宰相の部下たちも一緒で、右往左往しているのを見て安心するんだけど……。
「だからと言って、私にだけわかる痕跡を残してくれてもいいじゃないのよぉ。」
◇
ミアンの街までの足取りは比較的簡単につかめた。
姫様達は正体を隠して、冒険者登録をしたことも分ったので、私も一応登録しておいた。
今後、国外へ逃げるには冒険者の肩書は何かと都合がいい。
ただ、私がミアンの街に着いた時は、姫様達の姿はなかった。
ギルドに確認したところ、すれ違いで街を出て行ったらしい。
なんでも変な貴族に絡まれていたので逃げ出したんだとか。
私が、あの森でグズグズせずに真っすぐここに向かっていれば合流出来たんだけど……。
私が悪いのはわかっているけど……でも、でもっ!
このやるせない苛立ちを、私は姫様をつけ回していたという貴族にぶつけることで解消する。
具体的には、屋敷の中に毒虫たちを大量召喚しておいたのだ。
まぁ、毒虫と言っても毒性はそれほど強くない。
ちょっとかぶれる程度だ……見た目の生理的嫌悪感さえなければ、害にもならないものだ。
「私の姫様にちょっかいをかけた報いよ!」
屋敷中から上がる悲鳴を聞いて、私の気持ちは少し晴れやかになった。
「さて、それはいいけど、この先の動きよね。」
私の足なら2~3日くらいの遅れはすぐ取り戻せる……そう思っていた時もありました。
◇
「姫様のバカ、バカぁ~!少しぐらい胸が大きいからってっ!」
つい愚痴が口をついて出る。
でも仕方がないのよ・・・・・・あれから、近くの街や村で情報を集めたのはいいんだけど、……簡単に足取りは掴めたのよ……全ての村や街で。
足取りがあるだけに、そこに立ち寄ったのは間違いなく、そしてどこに向かったかがわからなくなったのだ。
北の村にも、西の村にも、そう日を置かずに姿を見せている……これでは北に向かったのか西に向かったのかさえ分からないじゃないのよ。
幸いと言っていいかどうかわからないけど、宰相の部下たちはようやくミアンの街の情報を得た所なので、先行している分多少の余裕があるが、このままではあっちに先に見つかってしまうかもしれない。
このような状態では、愚痴の一つや二つ叫びたくなっても仕方がないと思うのよ。
「うぅー……姫様はおバカだから、こんな知恵があるわけがないのよ!きっとあのヘンタイ男の仕業だわ!」
ポカっ!
私が自棄になって叫ぶと、いきなり後ろからぶたれる。
「誰がヘンタイだ!……たくっ!」
私は、声を出す間もなく、その男に捕まり、そして視界が一瞬ぼやける。
「えっ?」
「エル、叫んでた犯人を捕まえてきたぞ……お前の管轄だろ?」
歪んだ視界が正常になった時、私の目に飛び込んできたのは……ちょっと怖い顔をした姫様のお姿だった。
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