上 下
89 / 124
第5章 義兄弟の運命は。

第89話 本当の気持ち③

しおりを挟む
「性癖のことを言ったのは、お前が『やっぱり無理です』って言うと思ったから。けど中田が頑張ってくれてるって聞いた時にビックリして。うまく付き合えるかもしれないって思ったんだ。けどそれは……」

 相良先輩は唇を噛んだ。
 何が言いたいのか分かったので、こっちから告げた。

「妥協ですか」
「……つまり、そういうことだな。嫌いではないからとりあえず、って思ってたんだよ。ごめんな。中田のことはむしろ好きな方だとは思うんだけど、でもやっぱり……」

 きっとそれは、心からの好きじゃない。
 俺たちは本当の意味でお互いを必要としていなかったのだ。
 俺はニッコリと笑った。

「教えてくれて、ありがとうございます」
「いや、中田こそ、貴臣への気持ちを俺に暴露しちゃったけどさ……これからどうするつもりだ?」

 どうするとは、貴臣とのことだろう。
 先輩の部屋からリビングに戻ってくる最中にもう決めてあった。

「もうむやみに他人を好きになったりしません。貴臣への気持ちが消えなかったらずっと1人でいます。貴臣も俺も、いつまでもあの家にいるとは限らない。きっとこの先、環境が変わると思うんです。離れることで少しずつ、気持ちをなくしていけたらいいなと思っています」

 先輩は神妙な面持ちで何度か頷きながら、コーヒーのおかわりをカップに入れてくれた。

「告白しないのか? 俺にしてきた時みたいにさ」
「いえ、しないですよ。そんなことしたら、貴臣はきっと幻滅します」
「いいんじゃないの? されたらされたで」

 そんな風に言われるとは思わなかったので、俺は目をしばたたいた。

「でも……そしたらもう2度と喋ってもらえなくなるかも」
「そうなったらまた、寄り添えるように中田が頑張ればいいんだよ。1度心を開かせることができたんなら何度だってできるよ。中田は昔、貴臣にいくら冷たくされても諦めなかったんだろ」
「……」
「それに貴臣だって、もう大丈夫だろ。今はガキっぽい昔のあいつじゃないんだから。あいつを少し、信用してみれば?」

 信用。
 もし告白なんてしたら貴臣にドン引きされる、幻滅されるとばかり思い込んでいたけど。
 貴臣は果たしてそうするだろうか。
 貴臣なりに俺の気持ちに向き合って、ちゃんと答えを出してくれるんじゃないか。
 
「……分かりました。伝えてみます」
「うん。頑張れよ」

 相良先輩は最後まで優しくて穏やかだった。
 結局、俺たちの関係は解消された。
 恋人同士ではなく、もとの仲の良い、ただの先輩後輩に戻ったのだ。

 エレベーターで1階に降り、エントランスを抜ける。
 もうここでいいですと俺からお願いをすると、先輩は思い出したように言った。

「悠助には俺から言っておくよ。貴臣のことは伏せておいて、俺の性欲の強さに中田がついてこれなくてとか、適当に誤魔化しとくから」
「え……」
 
 先輩は振り回されただけなのに、どうして自分が悪者になろうとするのか。
 俺は何度もかぶりを振った。

「いえっ、本当のことを言ってもらって構わないです。俺が先輩のことを利用しただけなんだって。本当は他に好きな奴がいた、最低な奴だったんだってちゃんと言ってください」
「なるほど。じゃあそう言っておこうかな」

 ニコッと笑う先輩を見て、嘘だと思った。
 先輩は自分が悪かっただけだということにしようとしている。

「いえ、本当に言ってください」
「うん、だからそう言うよ」

 ますます笑顔で言われ、確信した。
 たぶんこの人は言わない。

 どうしてこんな俺を庇ってくれるのか。
 その優しさに、今日何度目かの涙がぶわっと出た。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

[恥辱]りみの強制おむつ生活

rei
大衆娯楽
中学三年生になる主人公倉持りみが集会中にお漏らしをしてしまい、おむつを当てられる。 保健室の先生におむつを当ててもらうようにお願い、クラスメイトの前でおむつ着用宣言、お漏らしで小学一年生へ落第など恥辱にあふれた作品です。

我慢できないっ

滴石雫
大衆娯楽
我慢できないショートなお話

エレベーターで一緒になった男の子がやけにモジモジしているので

こじらせた処女
BL
 大学生になり、一人暮らしを始めた荒井は、今日も今日とて買い物を済ませて、下宿先のエレベーターを待っていた。そこに偶然居合わせた中学生になりたての男の子。やけにソワソワしていて、我慢しているというのは明白だった。  とてつもなく短いエレベーターの移動時間に繰り広げられる、激しいおしっこダンス。果たして彼は間に合うのだろうか…

周りの女子に自分のおしっこを転送できる能力を得たので女子のお漏らしを堪能しようと思います

赤髪命
大衆娯楽
中学二年生の杉本 翔は、ある日突然、女神と名乗る女性から、女子に自分のおしっこを転送する能力を貰った。 「これで女子のお漏らし見放題じゃねーか!」 果たして上手くいくのだろうか。 ※雑ですが許してください(笑)

隣人、イケメン俳優につき

タタミ
BL
イラストレーターの清永一太はある日、隣部屋の怒鳴り合いに気付く。清永が隣部屋を訪ねると、そこでは人気俳優の杉崎久遠が男に暴行されていて──?

【R-18】トラウマ持ちのSubは縛られたい 〜Dom/Subユニバース

np03999
BL
 朋志は、サブドロップがきっかけで、顕とパートナーを解消することになったが、顕への執着から、次のパートナーを作れずに、抑制剤と副作用を抑える薬でやり過ごす日々を送っていた。  偶然顕と再会し、パートナー候補の棗と引き合わされるが、あまり乗り気ではなくて…。  棗とのお試しプレイからはじまり、本当のパートナーになっていくお話です。  よろしくおねがいします。  なお、この作品は、いろんなDom&Subが出てきます。あしからず。 登場人物: 丸目 朋志(まるめ ともゆき)…Sub 主人公。Sub性が強く、許斐とマッチングするが、段々とプレイが噛み合わなくなり、サブドロップがきっかけで、2年前にパートナーを解消した。 Sub性は強いが、嗜好については自覚なし。 棗 理人(なつめ りと)…Dom 顕とは、ダイナミクスバーで知り合い、意気投合。Dom同士情報交換をすることも。 サブスペース厨で、甘やかしたがりの褒めたがり。 許斐 顕(このみ あきら)…Dom 朋志の過去のパートナー。 加虐性の強いDomで、精神縛りが好き。プレイのみの嗜好。真っ当な社会人。 棗とは、ダイナミクスバーで知り合い、意気投合。 別名、トラウマ持ちのSubがサブスペース厨のDomに可愛がられるに至るまでの軌跡です。 R-18のダグが含まれる内容の章には”※R-18"と書いていますので、お気をつけください。

校外学習の帰りに渋滞に巻き込まれた女子高生たちが集団お漏らしする話

赤髪命
大衆娯楽
※この作品は「校外学習の帰りに渋滞に巻き込まれた女子高生たちが小さな公園のトイレをみんなで使う話」のifバージョンとして、もっと渋滞がひどくトイレ休憩云々の前に高速道路上でバスが立ち往生していた場合を描く公式2次創作です。 前作との文体、文章量の違いはありますがその分キャラクターを濃く描いていくのでお楽しみ下さい。(評判が良ければ彼女たちの日常編もいずれ連載するかもです)

処理中です...