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第75話 side景
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今回のドラマは横浜市内が舞台になっている。
今日は横浜市K区にある大学のキャンパスを借りての撮影だ。主人公の美咲と上司の男、それに部下役である僕の食事のワンシーンを先程撮り終えて、しばしの休憩となった。
大学は春休みに入ったらしい。
校内には部活動やサークル活動の為に来ている学生が数名いて、遠くから撮影風景を見学している。
写真はご遠慮下さい、と女性スタッフの高い声が反響する中、僕は共演者やスタッフ達と外の喫煙所でタバコを吸っていた。
「私も混ぜてー」
主役の美咲を演じる佐伯さんがトコトコとやってきて、手に持っていたバージニア・エスと書かれた箱からタバコを一本取り出して、隣のスタッフに火を借りた。
ネイルが施されたと親指と人差し指でタバコを優しく摘んで、薄い唇の間にそれを加えた後、スーッと煙を吹き出した。
佐伯さんは綺麗だ。
一言でそう言い表すのがもったいないけれど、それ以外に思いつかない。
前髪をセンター分けにしたショートボブは、額が小さくて形の丸い彼女にはよく似合っている。
身長は155センチと小柄だから、長めの睫毛を上から覗くと影が落ちていた。
今日はお互いスーツを着ているけど、佐伯さんは童顔だから、まるで就活中の大学生ように見えてしまう。
思わずその一連の動作に見惚れていると、僕の視線に気付いた佐伯さんはフッと表情を和らげた。
「美味しかったね、さっきの」
「ええ」
さっきの、とはラクレットチーズの事だろう。
半月状のチーズの切り目部分に火を通し、中がとろっと柔らかくなった状態でそぎとって、野菜や穀物にかけて食べるシンプルな料理だけれど、視覚でも楽しめたし、もちろん味も濃厚で美味しかった。
大学といえど、食堂はまるでイタリアンレストランかのような小綺麗な作りであったから驚いた。
佐伯さん演じる美咲と上司が口論しなくてはならないシーンだったから、ゆっくり味わう事は出来なかったけれど。
「そういえば見た? 週刊誌。ごめんね、迷惑かけて」
「いえ、僕の方こそすみません」
「どうせ撮るなら、あんな変な顔してるとこじゃなくて、もっと綺麗に撮った写真使ってくれれば良かったのにね。失礼しちゃうわ」
「フフ、そうですね」
僕らが街中を歩く写真が、大々的に報道された。
あの日は、仲の良い男性スタッフとその奥さんと食事をしていただけだ。
掲載された写真は、まるで佐伯さんと二人きりでいるように見えるけれど、あの時は四人で談笑しながらタクシー乗り場まで歩いていたのだ。
その後一緒にタクシーに乗って、佐伯さんは先に降りて帰っていった。
マスコミはいつでも話題作りに必死で、事実とまるで異なる事を平気で書いてくる。
けれど尊敬している大先輩の佐伯さんと熱愛報道が出る程には僕も成長できたのかと思うと、こちらとしては身に余る光栄だ。
今日は横浜市K区にある大学のキャンパスを借りての撮影だ。主人公の美咲と上司の男、それに部下役である僕の食事のワンシーンを先程撮り終えて、しばしの休憩となった。
大学は春休みに入ったらしい。
校内には部活動やサークル活動の為に来ている学生が数名いて、遠くから撮影風景を見学している。
写真はご遠慮下さい、と女性スタッフの高い声が反響する中、僕は共演者やスタッフ達と外の喫煙所でタバコを吸っていた。
「私も混ぜてー」
主役の美咲を演じる佐伯さんがトコトコとやってきて、手に持っていたバージニア・エスと書かれた箱からタバコを一本取り出して、隣のスタッフに火を借りた。
ネイルが施されたと親指と人差し指でタバコを優しく摘んで、薄い唇の間にそれを加えた後、スーッと煙を吹き出した。
佐伯さんは綺麗だ。
一言でそう言い表すのがもったいないけれど、それ以外に思いつかない。
前髪をセンター分けにしたショートボブは、額が小さくて形の丸い彼女にはよく似合っている。
身長は155センチと小柄だから、長めの睫毛を上から覗くと影が落ちていた。
今日はお互いスーツを着ているけど、佐伯さんは童顔だから、まるで就活中の大学生ように見えてしまう。
思わずその一連の動作に見惚れていると、僕の視線に気付いた佐伯さんはフッと表情を和らげた。
「美味しかったね、さっきの」
「ええ」
さっきの、とはラクレットチーズの事だろう。
半月状のチーズの切り目部分に火を通し、中がとろっと柔らかくなった状態でそぎとって、野菜や穀物にかけて食べるシンプルな料理だけれど、視覚でも楽しめたし、もちろん味も濃厚で美味しかった。
大学といえど、食堂はまるでイタリアンレストランかのような小綺麗な作りであったから驚いた。
佐伯さん演じる美咲と上司が口論しなくてはならないシーンだったから、ゆっくり味わう事は出来なかったけれど。
「そういえば見た? 週刊誌。ごめんね、迷惑かけて」
「いえ、僕の方こそすみません」
「どうせ撮るなら、あんな変な顔してるとこじゃなくて、もっと綺麗に撮った写真使ってくれれば良かったのにね。失礼しちゃうわ」
「フフ、そうですね」
僕らが街中を歩く写真が、大々的に報道された。
あの日は、仲の良い男性スタッフとその奥さんと食事をしていただけだ。
掲載された写真は、まるで佐伯さんと二人きりでいるように見えるけれど、あの時は四人で談笑しながらタクシー乗り場まで歩いていたのだ。
その後一緒にタクシーに乗って、佐伯さんは先に降りて帰っていった。
マスコミはいつでも話題作りに必死で、事実とまるで異なる事を平気で書いてくる。
けれど尊敬している大先輩の佐伯さんと熱愛報道が出る程には僕も成長できたのかと思うと、こちらとしては身に余る光栄だ。
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