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第1章 優しい先輩と不機嫌な先輩

高橋先輩とぼく

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「以上をもって、生徒総会を閉会します」

 品位ある低音ボイスがマイクを伝ってこの体育館に響き渡れば、その姿を見上げていた男子たちからもうっとりするようなため息が零れる。

 ぼくも例外ではない。
 感慨深く息を吐いて、ステージの上にいる先輩に熱い眼差しを送る。
 演台の前でお辞儀をした後、隅のパイプ椅子に座った先輩は、生徒の列に視線を泳がせた。

 見る。絶対こっちを見る。
 こんなに大勢いる生徒の中からぼくを瞬時に見つけ出すだなんて普通できるわけはない。

 でもぼくはみんなよりも特別だ。なんてったって先輩のお気に入りだから。
 高橋先輩はぼくと目が合うと、向日葵みたいにパアッと表情を明るくさせ、膝の上で小さく手を振った。

 やっぱり見つけてくれた。
 カッコイイーー。

 さっきは今年度予算がどうとかクールな顔して話してたくせに、今は人懐っこい顔して。そのギャップがたまらない。
 センパイ、好き!!

「高橋会長、いま俺たちに向かって手振ってくれたよな?」
「うんうん、思わず振り返しちゃったよ。相変わらず会長は爽やかでカッコイイよな」

 そんな会話がどこからか聞こえてきたのでこっそりと笑う。
 ふふふ、ばかめ。高橋先輩はこのぼくに手を振ったのだ。先輩はわざわざこの大勢の中からぼくを探し出し、笑いかけてくれたのだ。

 届け届け、ぼくの熱い想い。
 ここぞとばかりに目を潤めるが、高橋先輩は虚しくもステージ上から捌けて引っ込んでしまった。
 あぁ、もう。もう少し見つめていたかったのに残念。

 ここ朝日奈学園は今年創立80年を迎えた男子校で、3年生の高橋歩太あゆた先輩はこの学園の生徒会長だ。
 中学ではバスケ部だったという高橋先輩はスポーツも出来て、もちろん勉強も得意。
 明るくて穏やかな会長を慕う生徒は多い。

 高橋先輩と初めて会ったのは先月、入学式の日。
 朝、学校近くで声を掛けられたおばあちゃんに道案内をしていたらすっかり時間が取られてしまい、気付いた時には8時25分。正門が閉まるまであと数秒、という時に門を閉めようとしていたのが高橋先輩だった。

 高橋先輩はギリギリの登校に叱るどころか、汗だくでやってきたぼくを心配してくれたのだ。
 ポケットからチェックのハンカチを出し、ぼくの汗を拭って緩やかに微笑した。

『そう、道案内を。優しいんだね。一緒に教室まで行こうか。案内してあげるよ』

 その柔らかそうな白肌と黒髪のコントラストが綺麗だった。

 桜の花びらも風に揺られて青い空を散歩して。
 まるでぼくらの出会いを祝福してくれているみたいに空高く踊っていた。
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