ペイン・リリーフ

こすもす

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【3】セルフ・コンパッション

50 ラブホテル

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 文哉さんはそのまま、1泊1万3千円もする部屋のパネルのボタンを押した。

 相手の顔が見えないカウンターからキーを受け取り、廊下を抜ける。文哉さんが体で僕を隠すように歩いているのは、男同士だと気付かれないようにするためだろうか。
 エレベーターの小さな箱の中でも、僕はその背中にくっついていた。

 鍵をまわし、中に入る。
 南国を思わせる観葉植物が隅にあり、キングサイズのベッドが空間を占領しているせいで、部屋の中が少し狭く感じる。

 壁が焦げ茶色で薄暗く、窓が締め切られているせいか空気の濃度が濃い気がした。
 前にいた人達がタバコを吸ったのか、かすかに焦げ臭いような匂いもする。


 スプリングベッドの縁に座らされた僕は、なかなか顔を上げることができない。
 目の前には仁王立ちしている文哉さんがいる。
 どんな表情をしているのか、怖くて見れなかった。

「水、飲めるか」

 硬い声が降ってきて、こくこくと首を縦に振る。
 文哉さんは冷蔵庫を開け、中に用意されていたペットボトルの水のキャップを開け、僕に手渡した。

 恐る恐る口にすると、カラカラに乾いていた喉が潤って安心したが、身体の違和感は続いたままだ。

 僕はサイドテーブルに水を置き、膝の上で両手をぎゅっと握る。
 熱っぽい息遣いをしていると、文哉さんが膝を折って僕の顔を覗き込んできた。

「苦しいか」

 怒りと呆れと心配を混じらせたような顔で言われると、申し訳ない気持ちでいっぱいだ。

「これ、どうやったら治るの?」
「それは、解放させるしか方法が無いんじゃないか」
「え……」

 どこか突き放すような言い方に、泣きそうになる。
 つまり、今ここで?

 その間、文哉さんは別の場所にいてくれるのだろうか。それとも前みたく、隣で?
 しかしそんなこと、情けなさすぎる。

 辛いが、永遠にこのままという訳では無い。薬が抜けて、効果が薄れるまで耐えたらいい。


 そう思って唇を噛むが、しかし体は正直だ。
 さっきからひくひくと先走りをしているのか、湿った下着がまとわりついてくる。

「どうしてあんな所にいたんだ」

 文哉さんはもう1度真剣な表情で僕に訊くが、言えるわけがなく、適当に嘘を吐いた。

「なんとなく、気になったから。前の僕って、ラブホとか行ったことあったのかなって……どんな感じだろって思って歩いてたら、たまたまあの店の人に声を掛けられて」
「それで簡単についていったのか」文哉さんは眉間のしわを濃くする。

「だって1杯だけでいいって言うし……途中まではほんとに、普通に会話してて」
「俺の話をか」

 ハッとして、床に落ちていた視線を慌てて文哉さんに合わせる。

 そうだ。男はあの部屋を出てくる間際に『センセ』と声を掛けてしまったんだった。
 僕はとっさに機転を利かせた。

「詳しくは、話してないよ。あの男の人が僕の性格を言い当てたから、すごいですねって」
「言い当てた?」
「だから……ほんとは寂しがり屋だよねとか、周りの空気を呼んで人一倍頑張るタイプだよね、とか……それで僕、気を許しちゃって……」

 文哉さんは呆れたようにため息を吐いた。

「そんなの、琴だけじゃなくて、誰にでもその程度だったら当てはまるだろう」
「あ……」

 冷静な指摘をされて、恥ずかしくなる。

「その話から、どうやって俺の話になったんだ」

 文哉さんはしつこく食い下がってくるので、だじろいでしまう。
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