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【3】セルフ・コンパッション
49 火照る体
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まともに自分で歩けない。
半ば引き摺られるような形で部屋を出ていこうとすると、男は笑いながらも硬い声を文哉さんに向けた。
「勝手に横取りしないでくれますか?」
「何を飲ませた」
「だから普通の烏龍茶ですって。普通の惚れ薬入りの」
「今ここで通報したっていいんだぞ」
「この店、電波妨害器あるから圏外だよー」
男は悪いことをしたという認識は無いようで、余裕の笑みだ。
文哉さんは反論する気が失せたのか、ポケットから財布を取り出して、お札を何枚か取り出し、男の胸に押し付けた。
「これでいいか」
男はお金を手にして、深いため息を吐いた。
「まぁいいよ。邪魔されていい気分じゃないけど、許してあげる」
僕らがカーテンを開けて部屋から出ようとすると、文哉さんの背中に愉快げな声色がぶつけられた。
「ちゃんと慰めてあげなよ、センセ」
隣の文哉さんの表情を見るのが怖かった。
エレベーターではなく、外の非常階段を使って降りる。
体に振動が来る度、どんどん酔いが回るような感覚だった。
惚れ薬だと言っていたが、このつらい状態はいつまで続くのだろう。
全身が火照っていて仕方ない。身体の奥も、誤魔化しようがないほど官能の火がつき、疼いている。
僕の腰に回っている文哉さんの腕がたくましくて力強い。
手のひらが服越しに脇腹に食い込む感覚にさえ敏感に反応してしまい、ぞくりと肌が粟立つ。
「文哉さん、どうして」
どうしてここが分かったのか。
自分だって何も考えずにここまで来たのだ。
後をつけられていたのだろうか。
文哉さんは前を向いたまま、静かに答えた。
「携帯のGPS。勝手に設定しておいた」
「あ……」
そういえばスマホを購入した時、文哉さんにすべての設定を任せたんだった。
もしかしたらこれまでも、僕の居場所を逐一確認していたのかもしれない。
でも、さっきの彼女は?
あの店がゲイ向けの店だって気付いてる?
僕が文哉さんに、恋をしているってことも……。
色々と聞きたい事はあるのに、言葉が出てこない。
「確認したら、おまえが変な場所にいると分かって飛んできたんだ。どうしてあんな場所にいた? 看板が出ていなかっただろう。あれは空テナントに見せかけておいて、中ではいかがわしいことをやってる違法店だ」
「ごめん、文哉さん、僕………っ」
気をそらさないとと思っても、涙の他にも、なにかがとろりと濡れたのを感じて焦ってしまう。
言葉が出せずに目だけで訴える。
震える指先で縋るように文哉さんの服の裾を掴むと、少しぶっきらぼうな言い方で言われた。
「家までは、もたなそうだな」
だからといって、どうしたらいいのか。
だんだんと呼吸が荒くなる僕を連れて向かった先は、ホテル街の建物のひとつだった。
あの『高速Wi-Fi完備』が売りらしい、外観がライトアップされてレンガ調の洋風な建物の中に、文哉さんは迷うことなく足を踏み入れた。
半ば引き摺られるような形で部屋を出ていこうとすると、男は笑いながらも硬い声を文哉さんに向けた。
「勝手に横取りしないでくれますか?」
「何を飲ませた」
「だから普通の烏龍茶ですって。普通の惚れ薬入りの」
「今ここで通報したっていいんだぞ」
「この店、電波妨害器あるから圏外だよー」
男は悪いことをしたという認識は無いようで、余裕の笑みだ。
文哉さんは反論する気が失せたのか、ポケットから財布を取り出して、お札を何枚か取り出し、男の胸に押し付けた。
「これでいいか」
男はお金を手にして、深いため息を吐いた。
「まぁいいよ。邪魔されていい気分じゃないけど、許してあげる」
僕らがカーテンを開けて部屋から出ようとすると、文哉さんの背中に愉快げな声色がぶつけられた。
「ちゃんと慰めてあげなよ、センセ」
隣の文哉さんの表情を見るのが怖かった。
エレベーターではなく、外の非常階段を使って降りる。
体に振動が来る度、どんどん酔いが回るような感覚だった。
惚れ薬だと言っていたが、このつらい状態はいつまで続くのだろう。
全身が火照っていて仕方ない。身体の奥も、誤魔化しようがないほど官能の火がつき、疼いている。
僕の腰に回っている文哉さんの腕がたくましくて力強い。
手のひらが服越しに脇腹に食い込む感覚にさえ敏感に反応してしまい、ぞくりと肌が粟立つ。
「文哉さん、どうして」
どうしてここが分かったのか。
自分だって何も考えずにここまで来たのだ。
後をつけられていたのだろうか。
文哉さんは前を向いたまま、静かに答えた。
「携帯のGPS。勝手に設定しておいた」
「あ……」
そういえばスマホを購入した時、文哉さんにすべての設定を任せたんだった。
もしかしたらこれまでも、僕の居場所を逐一確認していたのかもしれない。
でも、さっきの彼女は?
あの店がゲイ向けの店だって気付いてる?
僕が文哉さんに、恋をしているってことも……。
色々と聞きたい事はあるのに、言葉が出てこない。
「確認したら、おまえが変な場所にいると分かって飛んできたんだ。どうしてあんな場所にいた? 看板が出ていなかっただろう。あれは空テナントに見せかけておいて、中ではいかがわしいことをやってる違法店だ」
「ごめん、文哉さん、僕………っ」
気をそらさないとと思っても、涙の他にも、なにかがとろりと濡れたのを感じて焦ってしまう。
言葉が出せずに目だけで訴える。
震える指先で縋るように文哉さんの服の裾を掴むと、少しぶっきらぼうな言い方で言われた。
「家までは、もたなそうだな」
だからといって、どうしたらいいのか。
だんだんと呼吸が荒くなる僕を連れて向かった先は、ホテル街の建物のひとつだった。
あの『高速Wi-Fi完備』が売りらしい、外観がライトアップされてレンガ調の洋風な建物の中に、文哉さんは迷うことなく足を踏み入れた。
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