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【3】セルフ・コンパッション
48 他の男で
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おぼつかない足取りで床に視線を落としながら、奇妙に静まっている頭の中で、あぁまたかと思った。
僕はずっと、人に騙されてばかりだ。
何が真実でどれが偽りか。誰を信じたらいいのか分からない。
……もういいや。
どうせ昔の記憶が無くて、すでにたくさんの思い出を失ったのだ。これ以上失うものなんて何も無いのだから。
男の言う通り、店の奥には別の部屋があった。
また手作り感満載だ。
今度は簡易的なカーテン1枚で仕切られていて、中には大きめの黒い革のソファーが置いてある。
ソファーの真ん中に座らされると、男は真正面に立ち、僕の太ももの間に膝を入れて目を細めた。
「40分1万円が基本で、本番で2万円だけど、どうする?」
それは僕が払うのか、男が払うのか。
何も分からなくてぼんやりとする。
その間にも、体の状態は変化していく。
まるで男を欲しがっているかのように、僕の体の内側から何かが滲み出てくる。
男は反応を待たずに、僕の着ているシャツに手をかけた。
するりと布地を捲られ、おへそを露出させられた時、僕は咄嗟に男の手首を掴んでいた。
どうなってもいいと思っていたくせに、心の底ではまだ抗う気持ちと怖い気持ちがあるようだ。
男はやんわりと、僕の手を払い除けた。
「素直になりなよ。体はすごーくツラいはずだよ。悩み事なんて、気持ち良くなってバカになって忘れちゃうのが1番だよ」
小さく首を振るが、言葉が出せない。
煽っているつもりは無いのに、「煽るの上手だよ」と笑われ、頬に手を添えられて僕はきゅっと唇を噛んだ。
たしかに体は疼いていた。
男に指先で頬を撫でられただけで、ぞわりと肌が粟立つ。欲望を解放したくてたまらない。
そうだ。愛は欲しいが、文哉さんは無理なのだから他の男にしてもらうしかない。
この男の言う通り、快楽に溺れている最中は何も考えなくていいし、小さな悩みなんて気にならなくなる。
この見ず知らずの男と、試してみてもいいんじゃないか。
僕は静かに目を閉じる。
このまま、流されてしまえばいい────
「すまない。その子を返してくれ」
ハッと目を開ける。
聞き覚えのある低い声。僕がいちばん好きな人の声だ。
文哉さんはカーテンを開けて、肩で荒く息をしていた。
男も背後を振り向き、文哉さんを一瞥して僕から離れた。
「おっさん、誰?」
「その子の保護者だ」
「父親? にしては、随分と若いですね」
「帰るぞ」
文哉さんは彼を無視して部屋の中に入り、僕の腕を引っ張る。だが僕はうまく力が入らず、立ち上がれない。
僕の目を見た文哉さんは、眉をぴくりと反応させた。
「何を飲んだんだ」
「う、烏龍茶を1杯だけ……」
文哉さんは眉間の皺を濃くして、僕を強引に立たせた。
僕はずっと、人に騙されてばかりだ。
何が真実でどれが偽りか。誰を信じたらいいのか分からない。
……もういいや。
どうせ昔の記憶が無くて、すでにたくさんの思い出を失ったのだ。これ以上失うものなんて何も無いのだから。
男の言う通り、店の奥には別の部屋があった。
また手作り感満載だ。
今度は簡易的なカーテン1枚で仕切られていて、中には大きめの黒い革のソファーが置いてある。
ソファーの真ん中に座らされると、男は真正面に立ち、僕の太ももの間に膝を入れて目を細めた。
「40分1万円が基本で、本番で2万円だけど、どうする?」
それは僕が払うのか、男が払うのか。
何も分からなくてぼんやりとする。
その間にも、体の状態は変化していく。
まるで男を欲しがっているかのように、僕の体の内側から何かが滲み出てくる。
男は反応を待たずに、僕の着ているシャツに手をかけた。
するりと布地を捲られ、おへそを露出させられた時、僕は咄嗟に男の手首を掴んでいた。
どうなってもいいと思っていたくせに、心の底ではまだ抗う気持ちと怖い気持ちがあるようだ。
男はやんわりと、僕の手を払い除けた。
「素直になりなよ。体はすごーくツラいはずだよ。悩み事なんて、気持ち良くなってバカになって忘れちゃうのが1番だよ」
小さく首を振るが、言葉が出せない。
煽っているつもりは無いのに、「煽るの上手だよ」と笑われ、頬に手を添えられて僕はきゅっと唇を噛んだ。
たしかに体は疼いていた。
男に指先で頬を撫でられただけで、ぞわりと肌が粟立つ。欲望を解放したくてたまらない。
そうだ。愛は欲しいが、文哉さんは無理なのだから他の男にしてもらうしかない。
この男の言う通り、快楽に溺れている最中は何も考えなくていいし、小さな悩みなんて気にならなくなる。
この見ず知らずの男と、試してみてもいいんじゃないか。
僕は静かに目を閉じる。
このまま、流されてしまえばいい────
「すまない。その子を返してくれ」
ハッと目を開ける。
聞き覚えのある低い声。僕がいちばん好きな人の声だ。
文哉さんはカーテンを開けて、肩で荒く息をしていた。
男も背後を振り向き、文哉さんを一瞥して僕から離れた。
「おっさん、誰?」
「その子の保護者だ」
「父親? にしては、随分と若いですね」
「帰るぞ」
文哉さんは彼を無視して部屋の中に入り、僕の腕を引っ張る。だが僕はうまく力が入らず、立ち上がれない。
僕の目を見た文哉さんは、眉をぴくりと反応させた。
「何を飲んだんだ」
「う、烏龍茶を1杯だけ……」
文哉さんは眉間の皺を濃くして、僕を強引に立たせた。
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