ペイン・リリーフ

こすもす

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【2】 セルフエスティーム

24 悔し涙

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 弦くんの気持ちを踏みにじっているようで、歯がゆい。
 僕は膝の上に両手を置いて、居住まいを正した。

「ごめん。もし良ければ、何があったのか教えてもらえるかな。思い出せないと思うけど、なるべく寄り添えるように努力するから」

 かつての自分がそうさせてしまったのなら、たとえ記憶を無くしても、僕が責任を取らなくてはならない。

 真剣に言うと、弦くんは申し訳なさそうな顔をした。

「うーん……でもこれ、言っちゃっていいのかなぁ……今さら悪ぃ気もするし」

 言いにくいことなのか。
 おい琴、どうにか思い出してくれ。

「いいよ、何でもいいから遠慮しないで言って!」

 むんっと胸を叩いて念押しすると、あれだけ言い渋っていた彼は勢いよく喋りだした。

「実はお前に金貸してんだよねー、10万円。やっぱこういうのはきちんとケジメ付けとかねぇと、これからの俺たちの関係も崩れちまうかもしんねぇだろ? いきなりこんなこと言われて困惑するかもしんないけど、俺もさ、病弱な母親のためにバイト頑張って、毎月数万円、仕送りもしてんだよねー。だからそろそろ、返してもらえるとありがたいっつーか……」




 *




「あぁ驚いた。アメーバが落ちてるのかと思った」

 家の畳の上でうつぶせで動かない僕に、どこか呆れたような文哉さんの声が降ってくる。

 アメーバってなんですか、と返せる余裕もなく、僕は力なく突っ伏したままだ。

「それで、逃げて帰ってきたのか」

 金おろしてこれる?とか、コード決済でもいいぜ、とか笑顔で提案してきた彼は、果たして本当に友達だったのか。
 そもそも、「弦」という名前も本当だったのか。
 今となっては真相は藪の中である。


 なんなんだ。この、通りすがりに訳もなく生卵をぶつけられたかのような心地は。

 一瞬でもアイツを信用してしまった自分が恨めしくて、僕は悔し涙を滲ませる。

「どうしてあんなに平気な顔して、人を騙そうとするんだ……っ」
「まぁ仕方ないな。世の中そういう奴ばかりじゃないから、今回はいい勉強になったと思って、元気出せ」

 文哉さんは、僕が購入したスマートフォンの設定をしようと言い出した。
 たぶん、僕を元気づけるため。

 WiFi(いまの僕にはよく分からない言葉だ)やその他の細かい設定を、全部してくれた。
 アプリを入手し、文哉さんの連絡先を入れる。
 文哉さんの名前と山の風景のアイコンを、僕はじっと見続けた。


 繋がった。
 これでいつでも、文哉さんと連絡ができるんだ。
 そう思うと、ちょっとだけ笑顔になれた。

「琴のお母さんには、連絡しておいたから」

 ふとそんなことを言われたから、僕の連絡先のことだと思って、はいと返事する。
 すると首を軽く横にふられた。

「そのスマホのことじゃなくて、俺のこと。しばらく居候させてもらいますって」
「イソウロウ?」
「一緒に住むこと」

 えっ、やっぱり一緒に住むの?

 驚いた顔をした僕が気に食わなかったのか、目の前の人は分かりやすく唇を引いてムッとしている。

「嫌ならいいんだが」
「嫌じゃないです! むしろありがたいっていうか、嬉しい……本当にいいんですか?」
「おまえを、放っておけない」

 やけに真面目な表情で言われた。

 単に僕が問題を起こして面倒に巻き込まれたくないとの意思表示だと思うが、そんな風にストレートに男らしく言われると、照れてドキドキしてしまう。

「ありがとうございます」
「俺は飼い主だからな」文哉さんは取ってつけたように言う。

「あぁ、僕は捨て猫でしたね」

 捨て猫になったのは僕の意思じゃないから、飼い主に面倒を見てもらうんだった。

 僕は改まって畳の上に膝を付いて丸くなり、頭を下げた。

「お願いします!」

 文哉さんの笑った声がした。

「それ、一体どこで覚えたんだ」
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