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番外編

90 律のひみつ

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「うわー、すごいのびる!」

 撫でて揉んで、羽のついた猫じゃらしを振って遊んで戯れて。

 抱っこしてみたらと律に言われたので、チーの脇の下に手を入れて持ち上げると、体がとろけたチーズのようにびよーんと伸びた。

 重力に逆らえないチーの顔が潰れてふにゃふにゃになっている。
 手触りはまるでマシュマロかお餅のようだ。
 僕は楽しくて何回も抱っこさせてもらった。

「あはは。チーも嬉しそうですね」
「うん」

 律が僕の隣にしゃがみこんで、同じ目線で笑いかけてくる。
 チーを床に下ろすと、トタトタと向こうへ歩いていった。

「そういえば、雷が先週引っ越したらしいって」
「あ、そうだよ。おとなりさんと新しいところに。ちなみに素晴くんも、卒業したら一緒に暮らそうかって話してるみたい」

 僕も律に笑いかけたとき、律の髪に目がいった。

 最近美容室で短く切ってきた律はその日、チーにご主人様だと認識されなかったようで、ものすごく警戒されたらしい。
 体の毛を逆立てて、ずっと睨まれていたのだと悲しそうに嘆いていたっけ。

 髪が短くなったから、耳の軟骨の部分と耳たぶにあいたピアス穴がはっきりと見えた。
 あまり気にしてなかったけど、よく数えてみたら4つもあいている。

 ふと、疑問に思う。
 僕の記憶では、5年前はひとつもあいていなかったはずだ。

 それに、こんなに穴があいているくせにピアスをしているのを見たことがない。
 雷さんみたいに派手なタイプでもないのに、どうしてこんなにあけたんだろう。

 僕は律の耳の軟骨を指先でそっと撫でてみた。
 律はくすぐったそうにクスクス笑う。

「なに? いきなり」
「ん、律さ、ピアス穴4つもあるよね。どうしてこんなにあけたの?」
「正確には5つですよ。1つ塞がってしまって」
「えぇ? もしかしてあけるのが趣味なの?」

 僕はあいていないし、この先あけようとも思わないから、もしそんな趣味があるとしても理解ができない。
 律はちょっと恥ずかしそうに、眉尻を下げた。

「趣味じゃなくて、千紘と会わなくなったあと、毎年1つずつ穴をあけていたんです。深い意味は無いですけど、あけることで千紘への想いを昇華させようとしていたのかも」
「え?! 僕の知らないところでそんなことしてたの?!」

 僕と会わなかったのは5年間。
 たしかにピアス穴の数と一致する。
 僕は驚きのような関心するような、複雑な気持ちだった。

「もし10年会えてなかったら10こ開けてたってこと?」
「そうですね。もしかしたら20こも30こもあけることになってたかも」

 それじゃ耳が蜂の巣!
 5年で律の耳に終止符が打てて良かった……まぁもっと早くに会えたほうが良かったに越したことはないが。

「会いたかったなら会いたいって、素直に言えば良かったのに」
「いまはそう思いますけどね。人は何かのきっかけが無いと、うまく成長できないものです」
「もう、開けなくていいからね」
「はい」

 指先を耳たぶに移動させて、フニフニと潰してみる。
 やわらかくて、マシュマロかお餅みたい。

 ガラス玉のような律の瞳に吸い込まれそうになりながら僕は笑う。
 チュッと素早くキスをされて、鼻先のぶつかる距離で触れ合う。
 何かを言いたそうにしているのが分かったので、僕はじっと待った。

「俺たちも、そろそろ一緒に暮らしませんか」

 そう言って、律は唇をかんで視線を外した。頬はすこし、赤く染まっている。
 律は僕を喜ばせるのが上手だ。
 だけど、いつも唐突だ。だから湧いてくる感情に整理がつかずに追いつかない。

「うん。暮らす」

 いつも時間を置いてから、胸の奥がじわりと暖かくなるのだ。
 律がまた、僕を見て顔をほころばせる。
 
「良かった」

 チーが律の膝の上にちょこんと収まった。

 律と僕とチーと。
 もう耳にも心にも穴があかなくてもいいように、しあわせでたくさん塞いで満たしていこう。

 きっと優しい未来が、僕らを待っている。





             おわり𖤥𖤘⋆*
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