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番外編
87 特別な日①
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今週末、律の誕生日なのでプレゼントを探しに街に繰り出した。
学校帰りに駅ビルをフラフラと歩く。
とりあえず律の好きそうなファッションブランドのお店に入ってみるけど、どれも予算よりも桁がひとつ多くて断念した。
バイトはまた始めたけれど、学生の僕には手が届かない。
かといって、安物過ぎる物は送りたくないという僕なりのプライドがあった。
書き物もするから万年筆とかいいんじゃない?と素晴くんに提案されたけど、律の仕事部屋に高そうなそれがペン立てにささっているのは知っていたので却下した。被ってしまったら嫌だし。
結局、何時間もうろうろしたくせに何も買わずにビルを出た。
恋人へのプレゼント選びってこんなに難しいんだ……。
けど僕は幸せに満ち溢れていた。
律の喜ぶ顔を想像して、贈り物を選べるしあわせ。
恋愛の醍醐味。
大好きだから、適当にしたくない。
僕ではなく、律のため。
そう思うと胸がポカポカと温かくなる。
歩いていると、昔ながらの喫茶店を見つけたので一休みすることにした。
年季の入った赤いソファーと窓のステンドグラスがいい感じ。
チーズケーキと紅茶を頼んで、スマホで【男 喜ぶプレゼント】とか検索して。
ゆったりとした時間を過ごして、会計をするためにレジへ向かう。
するとレジ横に置いてあるマグカップに、僕の目が釘付けになった。
なんの変哲もない白のカップなのだが、そこに描かれていたのは緑色の瞳を持つ白猫の絵だった。
まん丸の瞳でじっと僕を見るその絵は、まさしくチーだ。
チーをモデルにしたのかというくらいに似ている。
「あ、これも、お願いします」
僕はマスターらしき50代くらいのおじさまにマグカップを渡す。
その白い髭がチーの体みたいだ。
その人は、はい、と目を細めて笑ってくれた。
店から出て、紙袋の中の箱を眺める。
嬉しくて頬が緩んだ。
いい買い物ってこういうことを言うのだ。
このマグカップに、僕がとびきり美味しいコーヒーを淹れてあげよう。
当日、ケーキを買ってマンションに行った。
律はいつも通りで、自分が今日誕生日だとは切り出そうとしない。
自分から申告するのは恥ずかしさもあるのだろう。
律が目を離している隙に冷蔵庫にケーキの箱を入れる。
ダイニングに戻ってきた律に、僕はさっそくプレゼントであるマグカップの箱を差し出した。
「律、お誕生日おめでとー」
「え……」
綺麗に包装されている箱を見たまま、律は固まった。
ふふ、ビックリしているようだ。
僕は得意げに笑んだ。
「ビックリしたでしょ? 実は雷さんから聞いたんだよー、律が今日誕生日なんだって」
この間電話をしている時に教えてもらったのだ。そんなに日にちが無いじゃないかと焦ったけれど、どうにか納得のいくプレゼントが選べて良かった。
律はフッと吹き出した。
「えっと……実は俺の誕生日は来月の今日でして」
「えっ?!」
「雷は勘違いしていたんでしょうね」
そ、そんな……!
あのお調子者イケメン、あんなに意気揚々と言っていたのに。
「けれど、すごく嬉しいです。千紘が俺のために選んでくれたんですね」
「うう、ごめん……今、渡してもいい?」
「もちろん」
1ヵ月早いけど。
ほんとうの当日は律にたくさんおもてなしをしてあげよう。
内心申し訳なく思いながら箱を差し出そうとしたとき──
キッチンの棚に乗っていたチーが、勢いよく床に飛び降りた。
びゅんっとロケットのように足元をすり抜けられた僕は、ひゃっと驚いた拍子にその箱を離してしまった。
あっ、と声に出す間もなく、ごん、と床に当たって鈍い音を立てた箱。
シーンと空間が静まって、僕は背中に冷や汗をかく。
な、なんか、嫌な予感がするんですけど。
学校帰りに駅ビルをフラフラと歩く。
とりあえず律の好きそうなファッションブランドのお店に入ってみるけど、どれも予算よりも桁がひとつ多くて断念した。
バイトはまた始めたけれど、学生の僕には手が届かない。
かといって、安物過ぎる物は送りたくないという僕なりのプライドがあった。
書き物もするから万年筆とかいいんじゃない?と素晴くんに提案されたけど、律の仕事部屋に高そうなそれがペン立てにささっているのは知っていたので却下した。被ってしまったら嫌だし。
結局、何時間もうろうろしたくせに何も買わずにビルを出た。
恋人へのプレゼント選びってこんなに難しいんだ……。
けど僕は幸せに満ち溢れていた。
律の喜ぶ顔を想像して、贈り物を選べるしあわせ。
恋愛の醍醐味。
大好きだから、適当にしたくない。
僕ではなく、律のため。
そう思うと胸がポカポカと温かくなる。
歩いていると、昔ながらの喫茶店を見つけたので一休みすることにした。
年季の入った赤いソファーと窓のステンドグラスがいい感じ。
チーズケーキと紅茶を頼んで、スマホで【男 喜ぶプレゼント】とか検索して。
ゆったりとした時間を過ごして、会計をするためにレジへ向かう。
するとレジ横に置いてあるマグカップに、僕の目が釘付けになった。
なんの変哲もない白のカップなのだが、そこに描かれていたのは緑色の瞳を持つ白猫の絵だった。
まん丸の瞳でじっと僕を見るその絵は、まさしくチーだ。
チーをモデルにしたのかというくらいに似ている。
「あ、これも、お願いします」
僕はマスターらしき50代くらいのおじさまにマグカップを渡す。
その白い髭がチーの体みたいだ。
その人は、はい、と目を細めて笑ってくれた。
店から出て、紙袋の中の箱を眺める。
嬉しくて頬が緩んだ。
いい買い物ってこういうことを言うのだ。
このマグカップに、僕がとびきり美味しいコーヒーを淹れてあげよう。
当日、ケーキを買ってマンションに行った。
律はいつも通りで、自分が今日誕生日だとは切り出そうとしない。
自分から申告するのは恥ずかしさもあるのだろう。
律が目を離している隙に冷蔵庫にケーキの箱を入れる。
ダイニングに戻ってきた律に、僕はさっそくプレゼントであるマグカップの箱を差し出した。
「律、お誕生日おめでとー」
「え……」
綺麗に包装されている箱を見たまま、律は固まった。
ふふ、ビックリしているようだ。
僕は得意げに笑んだ。
「ビックリしたでしょ? 実は雷さんから聞いたんだよー、律が今日誕生日なんだって」
この間電話をしている時に教えてもらったのだ。そんなに日にちが無いじゃないかと焦ったけれど、どうにか納得のいくプレゼントが選べて良かった。
律はフッと吹き出した。
「えっと……実は俺の誕生日は来月の今日でして」
「えっ?!」
「雷は勘違いしていたんでしょうね」
そ、そんな……!
あのお調子者イケメン、あんなに意気揚々と言っていたのに。
「けれど、すごく嬉しいです。千紘が俺のために選んでくれたんですね」
「うう、ごめん……今、渡してもいい?」
「もちろん」
1ヵ月早いけど。
ほんとうの当日は律にたくさんおもてなしをしてあげよう。
内心申し訳なく思いながら箱を差し出そうとしたとき──
キッチンの棚に乗っていたチーが、勢いよく床に飛び降りた。
びゅんっとロケットのように足元をすり抜けられた僕は、ひゃっと驚いた拍子にその箱を離してしまった。
あっ、と声に出す間もなく、ごん、と床に当たって鈍い音を立てた箱。
シーンと空間が静まって、僕は背中に冷や汗をかく。
な、なんか、嫌な予感がするんですけど。
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