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◇第6章◇優しくて不器用なひと
62 元気出せよ
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「ごめんね。俺、人の顔覚えるの苦手でさ」
「いえ。あの時の雷さんは酔ってたから無理ないですよ」
「あぁそうだ、あの時はサンキューね、ベッドまで運んでくれて」
まるで作り物みたいに整いすぎた顔がにこーっと笑う。
今日は後ろへ流すスタイリングは全く崩れていなくて艶めいている。
「大丈夫でしたか? あの後、ちゃんと寝れました?」
「うん、朝まで爆睡したら酔いも覚めてスッキリしたぜ」
嘘を吐いているようには見えないのでホッとする。
この人はあの日、隣の部屋で僕と律が何をしていたのか知らない。
レジでタバコを購入した雷さんは、僕の隣で吸い始めた。
気だるげに紫煙を吐き出す横顔が、まるで彫刻のように綺麗過ぎて見とれていると、その黒目がきょろっと僕に向く。
「いま、俺のことカッコイイなって思ってただろ」
「あぁ……まぁ」
「惚れた?」
「惚れないです」
ふふんと鼻を鳴らした雷さんはナルシストだ。
自分の顔と体には自信があるのだろう。
モデルという仕事はそうでないとやっていけないし、実際そうなる為に生まれてきたような姿形をしている。
「なんだよ、いくら俺が魅力的だからって、そんなにじっと見つめられたら照れんだろ」
「あぁ……すいません。そんなに格好良くても彼氏に振られちゃうんだなぁって思って」
「ぶふっ」
咳き込んだ雷さんは涙目で訴えかけてくる。
「待って待って……俺、きみに話したっけ? 全然覚えが無いんだけど」
「寝る前に話してましたよ。彼氏に振られちゃったって」
「よし、深山くん! それは夢だったということにしといて!」
「律に告白して振られたこともあるとも言ってました」
追い打ちをかけると、雷さんは恥ずかしげに顔を背けて背中をプルプルと震わせている。
本当に何も覚えてないのか。
見た目よりも相当酔っていたに違いない。
雷さんは口元をヒクヒクさせながら携帯灰皿でタバコを揉み消した。
「クソ恥ずいな……俺としたことが……」
頬を赤くしているのを見て、だったらあんなに飲まなきゃいいのにと突っ込みたくなって笑ってしまう。
「笑うんじゃねぇ」
「すいません……なんか、可愛くて」
「カッコイイと言え。で、話変わるけど、律んとこ行ってたの?」
「あぁいえ……行ってないです」
「ん、じゃあこの辺に住んでんだ?」
首を横に振って無言で見つめ合う。
ほぼ同時に頬が緩んで吹き出していた。
「なんだよ。何かあるなら言えば」
律との微妙な関係を言ってしまおうかと一瞬考えたが、言えなかった。
この人を信頼していないからでは無く、言ったところで何も変わらない気がしたから。
律に思い出にされてしまった今、僕に出来ることは何も無いだろう。
だが雷さんが何かを察したように、あ、と小さく呟く。
「そっか思い出した。深山くん、俺が律んとこに来て嫌なオーラ出してたよね。邪魔者だーって感じで」
「そ、そんなことはないですが」
「そんなことあるっしょ。だから俺も彼氏に振られたって暴露したんだっけ。そうだそうだ、思い出した」
「……」
「律のことが好きなの?」
「え……」
言い当てられてわずかに動揺した僕を見て、雷さんは愉快そうに笑う。
「なんだよその顔。もしやきみも振られた?」
「……そうですね」
初めから律の気持ちは僕に向いていなかった。
優しくされたら舞い上がって調子に乗って、冷たくされればどん底まで落ち込んで。
僕はいつも律に翻弄された。
いまもされている。
「ふーん……まぁ、元気出せよとしか俺からは言えないけど」
ちょっと座れば、と雷さんが車止めブロックに腰掛けてしまったのでギョッとしつつも、見下ろすのは嫌なので、僕も膝を折って同じ目線になる。
1口飲んだコーヒーは、さっきより温かさを失っていた。
「いえ。あの時の雷さんは酔ってたから無理ないですよ」
「あぁそうだ、あの時はサンキューね、ベッドまで運んでくれて」
まるで作り物みたいに整いすぎた顔がにこーっと笑う。
今日は後ろへ流すスタイリングは全く崩れていなくて艶めいている。
「大丈夫でしたか? あの後、ちゃんと寝れました?」
「うん、朝まで爆睡したら酔いも覚めてスッキリしたぜ」
嘘を吐いているようには見えないのでホッとする。
この人はあの日、隣の部屋で僕と律が何をしていたのか知らない。
レジでタバコを購入した雷さんは、僕の隣で吸い始めた。
気だるげに紫煙を吐き出す横顔が、まるで彫刻のように綺麗過ぎて見とれていると、その黒目がきょろっと僕に向く。
「いま、俺のことカッコイイなって思ってただろ」
「あぁ……まぁ」
「惚れた?」
「惚れないです」
ふふんと鼻を鳴らした雷さんはナルシストだ。
自分の顔と体には自信があるのだろう。
モデルという仕事はそうでないとやっていけないし、実際そうなる為に生まれてきたような姿形をしている。
「なんだよ、いくら俺が魅力的だからって、そんなにじっと見つめられたら照れんだろ」
「あぁ……すいません。そんなに格好良くても彼氏に振られちゃうんだなぁって思って」
「ぶふっ」
咳き込んだ雷さんは涙目で訴えかけてくる。
「待って待って……俺、きみに話したっけ? 全然覚えが無いんだけど」
「寝る前に話してましたよ。彼氏に振られちゃったって」
「よし、深山くん! それは夢だったということにしといて!」
「律に告白して振られたこともあるとも言ってました」
追い打ちをかけると、雷さんは恥ずかしげに顔を背けて背中をプルプルと震わせている。
本当に何も覚えてないのか。
見た目よりも相当酔っていたに違いない。
雷さんは口元をヒクヒクさせながら携帯灰皿でタバコを揉み消した。
「クソ恥ずいな……俺としたことが……」
頬を赤くしているのを見て、だったらあんなに飲まなきゃいいのにと突っ込みたくなって笑ってしまう。
「笑うんじゃねぇ」
「すいません……なんか、可愛くて」
「カッコイイと言え。で、話変わるけど、律んとこ行ってたの?」
「あぁいえ……行ってないです」
「ん、じゃあこの辺に住んでんだ?」
首を横に振って無言で見つめ合う。
ほぼ同時に頬が緩んで吹き出していた。
「なんだよ。何かあるなら言えば」
律との微妙な関係を言ってしまおうかと一瞬考えたが、言えなかった。
この人を信頼していないからでは無く、言ったところで何も変わらない気がしたから。
律に思い出にされてしまった今、僕に出来ることは何も無いだろう。
だが雷さんが何かを察したように、あ、と小さく呟く。
「そっか思い出した。深山くん、俺が律んとこに来て嫌なオーラ出してたよね。邪魔者だーって感じで」
「そ、そんなことはないですが」
「そんなことあるっしょ。だから俺も彼氏に振られたって暴露したんだっけ。そうだそうだ、思い出した」
「……」
「律のことが好きなの?」
「え……」
言い当てられてわずかに動揺した僕を見て、雷さんは愉快そうに笑う。
「なんだよその顔。もしやきみも振られた?」
「……そうですね」
初めから律の気持ちは僕に向いていなかった。
優しくされたら舞い上がって調子に乗って、冷たくされればどん底まで落ち込んで。
僕はいつも律に翻弄された。
いまもされている。
「ふーん……まぁ、元気出せよとしか俺からは言えないけど」
ちょっと座れば、と雷さんが車止めブロックに腰掛けてしまったのでギョッとしつつも、見下ろすのは嫌なので、僕も膝を折って同じ目線になる。
1口飲んだコーヒーは、さっきより温かさを失っていた。
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