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◇第5章◇優しくて切ないひと
58 ごめんね。
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「……えっ?」
思いもよらぬ発言に瞠目した。
何がどうなってそうなるのだ。
いつの間にか手首が自由になっていた僕は、慌てて上体を起き上がらせる。
「ちょ、ちょっと待ってよ。責任取るって約束したじゃん」
単なるセフレになるのは嫌だけど、律との触れ合いを終わらせたくなくて必死に縋った。
だけど律は硬い表情を変えず、真っ直ぐに僕を見据えていた。
この目は知っている。
海から帰ってきた時、父親に言われて、もう僕の家には関わらないと約束した目。
こちらがどう言っても自分の考えは覆さない意思表示だ。
重い沈黙のあと、律はポツリと告げた。
「俺はひとつだけ、後悔していることがあります」
赦してほしいとでも言いたげに、律は奥歯を噛み締めたような顔になる。
「あの日、きみと触れ合ってしまったことです」
言葉の意味をすぐに理解できて胸が苦しくなった。
あの日とは5年前のことだ。
全てはそこから始まった。
僕は男の人にしか目が向かなくなって、久しぶりに会えたらますます律のことで頭がいっぱいになって。
律も、僕と久しぶりに会えて嬉しいはずだと思っていた。
責任を取るていで接しているけど、本当は律も楽しんでいるのかと思っていた。
僕に好きな人の面影を重ねて手淫をしていたとしても、関係は続いていくと思っていた。
だけど律は後悔をしているらしい。
僕をこんな風にしてしまった自分を悔やんでいる。そのことで律を悩ませていただなんて思わなかった。
僕の瞳に涙が溜まって頬を伝っていた。
僕はどうなってもいいから、律には苦しんで欲しくなかった。
「ごめんね……」
謝ると、情けなくてますます泣けてきた。
僕は自分のことしか考えていなくて。
律の気持ちが欲しいとばかり願っていた。
「すみません。泣かせてしまって」
律は目尻を親指で拭ってくれるが、その優しさが逆に辛い。
優しくしないで放っておいて欲しい。
もっと好きになってしまうから。
小雨の中をバイクで帰ってきたので、肌と服はしっとりと濡れていた。
律は一旦起き上がり、部屋を出ていった。
シャワーの音がする。どうやら浴槽にお湯を張ってくれているようだ。
しばらくして戻ってきた律は僕に手を差し出した。
「立てますか? とりあえず風呂に入ってください。飲んだ後ですが、このままだと風邪を引くので」
「……一緒に、入りたい」
鼻を啜ってお願いすると、律はわずかに動揺したように目を瞬かせた。
「ダメ?」
「……分かりました」
拒絶されなかったことに安堵した僕は、乱れた服や髪を直して律の手を取り、脱衣所へ向かった。
本当に潔癖症だったのかと思うくらい、僕のそれは消えつつあった。
未だに公共交通機関ではマスクや除菌ジェルを使う時があるけど、律といる時は何も気にならない。
触れられて、ドキドキするだけ。
思いもよらぬ発言に瞠目した。
何がどうなってそうなるのだ。
いつの間にか手首が自由になっていた僕は、慌てて上体を起き上がらせる。
「ちょ、ちょっと待ってよ。責任取るって約束したじゃん」
単なるセフレになるのは嫌だけど、律との触れ合いを終わらせたくなくて必死に縋った。
だけど律は硬い表情を変えず、真っ直ぐに僕を見据えていた。
この目は知っている。
海から帰ってきた時、父親に言われて、もう僕の家には関わらないと約束した目。
こちらがどう言っても自分の考えは覆さない意思表示だ。
重い沈黙のあと、律はポツリと告げた。
「俺はひとつだけ、後悔していることがあります」
赦してほしいとでも言いたげに、律は奥歯を噛み締めたような顔になる。
「あの日、きみと触れ合ってしまったことです」
言葉の意味をすぐに理解できて胸が苦しくなった。
あの日とは5年前のことだ。
全てはそこから始まった。
僕は男の人にしか目が向かなくなって、久しぶりに会えたらますます律のことで頭がいっぱいになって。
律も、僕と久しぶりに会えて嬉しいはずだと思っていた。
責任を取るていで接しているけど、本当は律も楽しんでいるのかと思っていた。
僕に好きな人の面影を重ねて手淫をしていたとしても、関係は続いていくと思っていた。
だけど律は後悔をしているらしい。
僕をこんな風にしてしまった自分を悔やんでいる。そのことで律を悩ませていただなんて思わなかった。
僕の瞳に涙が溜まって頬を伝っていた。
僕はどうなってもいいから、律には苦しんで欲しくなかった。
「ごめんね……」
謝ると、情けなくてますます泣けてきた。
僕は自分のことしか考えていなくて。
律の気持ちが欲しいとばかり願っていた。
「すみません。泣かせてしまって」
律は目尻を親指で拭ってくれるが、その優しさが逆に辛い。
優しくしないで放っておいて欲しい。
もっと好きになってしまうから。
小雨の中をバイクで帰ってきたので、肌と服はしっとりと濡れていた。
律は一旦起き上がり、部屋を出ていった。
シャワーの音がする。どうやら浴槽にお湯を張ってくれているようだ。
しばらくして戻ってきた律は僕に手を差し出した。
「立てますか? とりあえず風呂に入ってください。飲んだ後ですが、このままだと風邪を引くので」
「……一緒に、入りたい」
鼻を啜ってお願いすると、律はわずかに動揺したように目を瞬かせた。
「ダメ?」
「……分かりました」
拒絶されなかったことに安堵した僕は、乱れた服や髪を直して律の手を取り、脱衣所へ向かった。
本当に潔癖症だったのかと思うくらい、僕のそれは消えつつあった。
未だに公共交通機関ではマスクや除菌ジェルを使う時があるけど、律といる時は何も気にならない。
触れられて、ドキドキするだけ。
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