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◇第5章◇優しくて切ないひと
56 投げつける
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僕はパラパラと小雨に打たれながら、ぴたりと体を密着させている隣の男に文句を垂れた。
「素晴くん、そろそろ離れてくれるかな? 重いよ」
「見た? 律さん、すげぇ悲しそうな顔してたねー」
「うん……ちょっとやり過ぎちゃったかな」
「全然! むしろセーブしてた方だし」
「えぇ、これで?」
「そうだよー? 例えばこんなのとかしないように、気を付けてたんだから」
次の瞬間、素晴くんの顔が目の前に迫った。
あ、と逃げる隙もないうちに、唇に生暖かいものが触れた。
顔はすぐに離れていき、悪戯っぽい笑みを浮かべる素晴くんと鼻先の当たる距離で見つめあった。
「ふふ、ビックリし過ぎでしょ」
「あー……だって……」
ファーストキスなのだと見透かされた気がして、じわりと顔が熱を持つ。
唇に触れたのは一瞬だったけど、素晴くんの体温をしっかりと感じた。
キスってこんな感じなのかと浸っていたが、ハッと気付く。
流石にキスまでしなくたって。
素晴くんにだって好きな人が──
「──千紘!!」
突然耳にキンと刺すような声に、僕はビクッと肩を揺らす。
そんな風に名前を呼ばれるのは本日2回目。
律はムッと唇を引いて、不機嫌さを少しも隠そうとせずに僕の前にやってきた。
「な、なに?」
キスを見られたのだと悟るが、しらばっくれて首を傾げた。
だが律は獰猛な肉食獣みたいな鋭い目で見下ろしてくるので、僕はうっと思わず後じさる。
律は僕の腕をギュッと掴んだ。
「来なさい」
そのまま引っ張られ、その場から離れた。
よたよたと転ばぬようについていきながら背後を振り返ると、素晴くんは驚きと喜びを2で割ったような顔で僕に手を振っていた。
頑張れ、と口が動いたのが見えた。
けれど僕は戸惑う。
ムサシさんに助けてくれた日もこんな風に僕を引っ張っていたけど、あの時とは微妙に空気感が違った。
僕の腕を掴む手はとても力強く、途中でつまづいてもお構いなし。
一方的で自分勝手だ。
そしてバイクのところに着いた途端、僕の胸にヘルメットが飛んできたのでキャッチした。
手のひらがじんとする。
「被って」
律は自分のヘルメットを被ってエンジンを掛けたので、僕も大人しくヘルメットを装着して後ろに乗った。
この間も今日ここへ来る時も、僕にヘルメットを優しく付けてくれたのに。
発車してから赤信号で止まっても、律は1度も振り返らなかった。
ごめんねのつもりでギュッと腰を抱きしめてみても変わらなかった。
ミスト状の雨が体を少しずつ濡らしていく。
途中で気付いたけれど、僕の家には向かっていない。
なんだか嫌な予感がする。
予感は的中し、僕は律のマンションに降ろされたのだった。
「素晴くん、そろそろ離れてくれるかな? 重いよ」
「見た? 律さん、すげぇ悲しそうな顔してたねー」
「うん……ちょっとやり過ぎちゃったかな」
「全然! むしろセーブしてた方だし」
「えぇ、これで?」
「そうだよー? 例えばこんなのとかしないように、気を付けてたんだから」
次の瞬間、素晴くんの顔が目の前に迫った。
あ、と逃げる隙もないうちに、唇に生暖かいものが触れた。
顔はすぐに離れていき、悪戯っぽい笑みを浮かべる素晴くんと鼻先の当たる距離で見つめあった。
「ふふ、ビックリし過ぎでしょ」
「あー……だって……」
ファーストキスなのだと見透かされた気がして、じわりと顔が熱を持つ。
唇に触れたのは一瞬だったけど、素晴くんの体温をしっかりと感じた。
キスってこんな感じなのかと浸っていたが、ハッと気付く。
流石にキスまでしなくたって。
素晴くんにだって好きな人が──
「──千紘!!」
突然耳にキンと刺すような声に、僕はビクッと肩を揺らす。
そんな風に名前を呼ばれるのは本日2回目。
律はムッと唇を引いて、不機嫌さを少しも隠そうとせずに僕の前にやってきた。
「な、なに?」
キスを見られたのだと悟るが、しらばっくれて首を傾げた。
だが律は獰猛な肉食獣みたいな鋭い目で見下ろしてくるので、僕はうっと思わず後じさる。
律は僕の腕をギュッと掴んだ。
「来なさい」
そのまま引っ張られ、その場から離れた。
よたよたと転ばぬようについていきながら背後を振り返ると、素晴くんは驚きと喜びを2で割ったような顔で僕に手を振っていた。
頑張れ、と口が動いたのが見えた。
けれど僕は戸惑う。
ムサシさんに助けてくれた日もこんな風に僕を引っ張っていたけど、あの時とは微妙に空気感が違った。
僕の腕を掴む手はとても力強く、途中でつまづいてもお構いなし。
一方的で自分勝手だ。
そしてバイクのところに着いた途端、僕の胸にヘルメットが飛んできたのでキャッチした。
手のひらがじんとする。
「被って」
律は自分のヘルメットを被ってエンジンを掛けたので、僕も大人しくヘルメットを装着して後ろに乗った。
この間も今日ここへ来る時も、僕にヘルメットを優しく付けてくれたのに。
発車してから赤信号で止まっても、律は1度も振り返らなかった。
ごめんねのつもりでギュッと腰を抱きしめてみても変わらなかった。
ミスト状の雨が体を少しずつ濡らしていく。
途中で気付いたけれど、僕の家には向かっていない。
なんだか嫌な予感がする。
予感は的中し、僕は律のマンションに降ろされたのだった。
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