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◇第3章◇優しくて明るいひと

39 願いごと

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 エンジン音にかき消されないように声を張った律は、僕にそう言った。
 僕はその手を躊躇なく掴む。
 グッと体を引っ張られ、律のうしろに座ることに成功した。

「もっと前に来て。じゃないと落ちちゃいますよ」
「うん」

 僕も声を張って答え、律のお腹を両腕で抱きしめた。
 広い背中にもヘルメットのはまった顔をくっつけると、律は地面から足を離して発進させた。

 夜の街の景色が、前から後ろへすごい速さで流れていく。
 この特別感は車や他の乗り物では感じられない。

 すごい、僕、好きな人が運転するバイクに乗ってる。


 幸福感を噛み締めていたが、走り出してから数分後……




 さ、さぶいー!
 僕はぶるぶると震えていた。
 想像以上に容赦なく冷たい風が襲ってくる。
 夏だったら爽快だろうが、気温の低い季節に、この夜の突風はキツすぎる。

 けど、いいんだ。
 寒いから、必要以上に律にくっついて温もりを感じられるし。

 ギュッと抱きしめると、信号が赤になったタイミングで律が振り返った。

「寒くないですか」
「全然っ」

 声を張って笑うと、律はヘルメットの中で微笑んで前を向いた。
 まだ青にならないのを確認してからもう1度僕を振り向く。

「さっきの人とは」
「え、なにー?」
「さっきの人とはっ、どうして手を繋いでいたんですかっ」

 雑音で聞きそびれて問うと、ちょっとヤケになったような声で返された。
 僕は数回瞬きをして、その質問の意図を汲み取って嬉しくなった。

「僕は汚くないよって、自分を許してあげてって、言ってくれたんだ。きっと潔癖症は治るよってことも」
「……そうでしたか」
「青だよー」

 指摘すると、律は前を向き発進させた。
 その後、赤信号につかまっても振り返ってくることはなかった。

 はうっ、と僕は息を吐く。

 あぁ、律。このままどこか遠くへ行っちゃおうよ。
 今日だけは、律が好きな人のことは忘れて僕だけを考えて欲しいよ。

「好きだよ、律。僕を好きになって」

 ヘルメットの中で呟く。
 律も今、ヘルメットの中で「俺も千紘が好きです」と呟いてくれている妄想をした。
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