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◇第3章◇優しくて明るいひと
37 ゆるしゆるされ
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「千紘くんはいつも、何かに脅えてるみたいだった。自分の為というより、他人の為に勉強を頑張ってるみたいで。自習室には誰よりも先に入ってたし、帰りだって残って黙々と復習したりだとか……親が厳しかったんじゃない?」
首肯すると、視線が落ちてなかなか上げられなかった。
「あの日も、千紘くんは様子がおかしかった。テスト中に何度もため息を吐いて、頭を抱えたりして。きっと辛いんだろうなと思ったから、つい俺もこうやって」
言いながら体を右側にずらす仕草をしたので、この上ない恥ずかしさが込み上げてくる。
どうやら僕は、気付かぬうちに随分と気にかけてもらえていたらしい。
「それから千紘くんが塾に来なくなって、余計なことしたかなってちょっと落ち込んだんだ。塾の先生に聞いたら、千紘くんは難関大学は受験しないことにしたから辞めたんだって。じゃあもう無理する必要はなくなったのかなって、安心したのを覚えてる」
「ごめんね、素晴くん……」
「ううん、俺の方こそごめん。今でもあのカンニングのことを気にしてただなんて。しかも俺がそのきっかけを作っちゃっただなんて思わなかったから。でも……手、出して?」
言われるままに片手を差し出すと、羽を摘むみたいに指先を優しく掴まれた。
突然のことでぴくんと肩が跳ねる。
「嫌な感じする?」
「ううんっ、全然嫌じゃない。素晴くんの手は綺麗だよ」
「あはは、ありがとう」
きゅっと強めに握られた時、遠くから視線を感じた。
律は僕らの繋がれた手を、ほんの少し切なそうに見つめていた。
「もう、苦しまなくてもいいんじゃない?」
「あ……ゆ、許してくれる?」
「何言ってんの。きみが許して欲しいのは俺じゃなくて、千紘くん自身でしょ? 千紘くんは全然、汚くないし綺麗だよ」
「……」
「許してあげてよー、自分を」
「……ん」
「そうしたら潔癖症もパパッと治っちゃうかもねー!」
底抜けに明るい彼に僕は今日だけじゃなく、過去でもたくさん救われていた。
してしまった過去は変えられないけど、未来は変えられる。
大事なのは今、何をするか。
好きな人が教えてくれたことだ。
僕は今日ここにこれて良かった。
素晴くんと話せて良かった。
手を離されても、自身のカップの淵が汚れていても、除菌しようとは思わなかった。
素晴くんの言う通り、僕のプチ潔癖が無くなる日は早いかもしれない。
「千紘くん、この後は暇? 良かったら場所変えて話さない?」
もう暗い話は終わりだと言わんばかりに明るく誘われて嬉しいが断った。
「ごめん、僕もできれば話したいんだけど、これから用事があるんだ」
「そっかー、残念。じゃあまた連絡してもいい?」
「もちろん」
「やった! じゃあ俺、このへんで買い物してから帰ろっと……あ、その前に」
1度浮きかけた腰を下ろした素晴くんは、前かがみになって僕の方に顔を寄せた。
ヒソヒソ声で何を言い出すかと思ったら。
「もし、寂しくなったらいつでも相手になるからね」
「え?!」
「ほら、ネコ同士とはいえ、発散させるくらいは可能だし。あ、もしかして今、恋人いる?」
「い、いないけど、素晴くんに相手してもらうわけには……」
「マッチングサイトだと色々と面倒で大変な時もあるでしょ? 俺はいつでもいいからねっ」
最後にちゅっと投げキッスまで寄越し、素晴くんは手を振り去っていった。
素晴くんには悪いが、そのことで連絡することは無いだろう。
単に友人として付き合っていけたら最高だ。
僕も腰を上げ、カウンター席に座る男の肩を叩いた。
振り返った律は白々しい顔で言う。
「あぁ千紘。奇遇ですね」
しらばっくれ方が下手で可笑しくて、クスクス笑ってしまう。
首肯すると、視線が落ちてなかなか上げられなかった。
「あの日も、千紘くんは様子がおかしかった。テスト中に何度もため息を吐いて、頭を抱えたりして。きっと辛いんだろうなと思ったから、つい俺もこうやって」
言いながら体を右側にずらす仕草をしたので、この上ない恥ずかしさが込み上げてくる。
どうやら僕は、気付かぬうちに随分と気にかけてもらえていたらしい。
「それから千紘くんが塾に来なくなって、余計なことしたかなってちょっと落ち込んだんだ。塾の先生に聞いたら、千紘くんは難関大学は受験しないことにしたから辞めたんだって。じゃあもう無理する必要はなくなったのかなって、安心したのを覚えてる」
「ごめんね、素晴くん……」
「ううん、俺の方こそごめん。今でもあのカンニングのことを気にしてただなんて。しかも俺がそのきっかけを作っちゃっただなんて思わなかったから。でも……手、出して?」
言われるままに片手を差し出すと、羽を摘むみたいに指先を優しく掴まれた。
突然のことでぴくんと肩が跳ねる。
「嫌な感じする?」
「ううんっ、全然嫌じゃない。素晴くんの手は綺麗だよ」
「あはは、ありがとう」
きゅっと強めに握られた時、遠くから視線を感じた。
律は僕らの繋がれた手を、ほんの少し切なそうに見つめていた。
「もう、苦しまなくてもいいんじゃない?」
「あ……ゆ、許してくれる?」
「何言ってんの。きみが許して欲しいのは俺じゃなくて、千紘くん自身でしょ? 千紘くんは全然、汚くないし綺麗だよ」
「……」
「許してあげてよー、自分を」
「……ん」
「そうしたら潔癖症もパパッと治っちゃうかもねー!」
底抜けに明るい彼に僕は今日だけじゃなく、過去でもたくさん救われていた。
してしまった過去は変えられないけど、未来は変えられる。
大事なのは今、何をするか。
好きな人が教えてくれたことだ。
僕は今日ここにこれて良かった。
素晴くんと話せて良かった。
手を離されても、自身のカップの淵が汚れていても、除菌しようとは思わなかった。
素晴くんの言う通り、僕のプチ潔癖が無くなる日は早いかもしれない。
「千紘くん、この後は暇? 良かったら場所変えて話さない?」
もう暗い話は終わりだと言わんばかりに明るく誘われて嬉しいが断った。
「ごめん、僕もできれば話したいんだけど、これから用事があるんだ」
「そっかー、残念。じゃあまた連絡してもいい?」
「もちろん」
「やった! じゃあ俺、このへんで買い物してから帰ろっと……あ、その前に」
1度浮きかけた腰を下ろした素晴くんは、前かがみになって僕の方に顔を寄せた。
ヒソヒソ声で何を言い出すかと思ったら。
「もし、寂しくなったらいつでも相手になるからね」
「え?!」
「ほら、ネコ同士とはいえ、発散させるくらいは可能だし。あ、もしかして今、恋人いる?」
「い、いないけど、素晴くんに相手してもらうわけには……」
「マッチングサイトだと色々と面倒で大変な時もあるでしょ? 俺はいつでもいいからねっ」
最後にちゅっと投げキッスまで寄越し、素晴くんは手を振り去っていった。
素晴くんには悪いが、そのことで連絡することは無いだろう。
単に友人として付き合っていけたら最高だ。
僕も腰を上げ、カウンター席に座る男の肩を叩いた。
振り返った律は白々しい顔で言う。
「あぁ千紘。奇遇ですね」
しらばっくれ方が下手で可笑しくて、クスクス笑ってしまう。
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