35 / 90
◇第3章◇優しくて明るいひと
35 謝罪のことば
しおりを挟む
僕は頭を下げる。
「ありがとう、会ってくれて」
「え、だって、俺が会おうよって言ったんじゃん?」
「そうだけど、こっちからいきなり連絡したから、気を使ってくれたのかなって」
「えー? そんなわけないじゃん! 俺、こんな感じだから誰とでも仲良くなれそうだねってよく言われるんだけど、そんなこと無いんだよ。面倒だって思ってたら自分から絶対に誘わないし。久しぶりに千紘くんに会いたいなって思ったから来たんだよー。元気にしてた?」
素晴くんが僕を面倒じゃないと思ってくれただけで心が暖かくなって泣きそうになる。
「うん、元気だよ」
「まさかこんな近くに住んでただなんて思わなかったよねー」
素晴くんは話上手で聞き上手。
僕は安心して日常会話を楽しむことができた。
だから余計に、あのことを切り出すのが難しくなってしまった。
やってきた店員さんに2杯目を頼み、持っていたアルコールスプレーで手を除菌していると、素晴くんに関心したような声を出された。
「千紘くんって綺麗好きなんだねぇ。さっきもテーブルを隅々まで拭いてくれてたもんね」
「あっ、そのこと、なんだけど……」
僕は丸まっていた背中を正して改まった。
チャンス。
謝るなら今だ。
「何?」
「僕、素晴くんに伝えたいことがあって」
首を傾げながらも、素晴くんはぼくの緊張を感じ取ったみたいで、茶々を入れずに言葉の続きを待っていた。
なのにやはり僕は怖くて、続きが話せない。手汗を服で拭って唇をかむ。
どうしよう、言ったらきっとガッカリされてしまう。
「なんか、千紘くんに釣られて俺も緊張してきたな。いいよ、俺、待ってるから」
いつでもどうぞと、素晴くんは目を細めてゆっくり飲み物を味わっている。
バクバクとなる心臓を少しでも落ち着けようと、僕も冷たい水を飲んだ。
顔を上げたとき、カウンター席の端に見覚えのある黒髪の人物が座っているのに気付いて息を詰めた。
あれは、どう見ても律だ。
いつからいたんだろう。今日は仕事のはずだ。
ここに来る約束なんてしていないのに。
こちらに背中を向けているし、距離もあるから僕に盗聴器でも仕掛けなければ会話は聞き取れないだろう。
なのに、律はそこにいた。
きっと、心配して来てくれたのだ。
だって律は僕の味方だから。
「素晴くん、あのね」
うん、と素晴くんはごくりと唾をのみこむ仕草をした。
律がそこにいる、と思うと心強い。
ちゃんと謝ろう。
例え軽蔑の目で見られたとしても受け入れるんだ。
「──高校生の時、素晴くんの答案用紙をカンニングしちゃって本当にごめん!」
顔の前で手を合わせて一気に言い放つ。
緊張で手が震えていた。
怖くて目が開けられないでいると「へ?」と気の抜けた声が聞こえた。
「伝えたいことってそれ?」
「あ、うん……ごめんねいきなり。急に言われても困るよね……」
素晴くんは案の定、驚きもあらわに目を見開いていた。
あぁ、もうだめだ。
せっかく友達になれたのに、さよならだ。
覚悟をしたが、その驚き顔は途端に笑顔に戻った。
「なんだ、ビックリしたぁ! 俺、あまりにも緊張してる千紘くん見て、てっきり『ずっと好きでした』って告白されるのかと思っちゃったよ! 自意識過剰!」
確かに『伝えたいことがある』というのは含みのある言い方だ。
勘違いさせてしまい申し訳なくなる。
「ありがとう、会ってくれて」
「え、だって、俺が会おうよって言ったんじゃん?」
「そうだけど、こっちからいきなり連絡したから、気を使ってくれたのかなって」
「えー? そんなわけないじゃん! 俺、こんな感じだから誰とでも仲良くなれそうだねってよく言われるんだけど、そんなこと無いんだよ。面倒だって思ってたら自分から絶対に誘わないし。久しぶりに千紘くんに会いたいなって思ったから来たんだよー。元気にしてた?」
素晴くんが僕を面倒じゃないと思ってくれただけで心が暖かくなって泣きそうになる。
「うん、元気だよ」
「まさかこんな近くに住んでただなんて思わなかったよねー」
素晴くんは話上手で聞き上手。
僕は安心して日常会話を楽しむことができた。
だから余計に、あのことを切り出すのが難しくなってしまった。
やってきた店員さんに2杯目を頼み、持っていたアルコールスプレーで手を除菌していると、素晴くんに関心したような声を出された。
「千紘くんって綺麗好きなんだねぇ。さっきもテーブルを隅々まで拭いてくれてたもんね」
「あっ、そのこと、なんだけど……」
僕は丸まっていた背中を正して改まった。
チャンス。
謝るなら今だ。
「何?」
「僕、素晴くんに伝えたいことがあって」
首を傾げながらも、素晴くんはぼくの緊張を感じ取ったみたいで、茶々を入れずに言葉の続きを待っていた。
なのにやはり僕は怖くて、続きが話せない。手汗を服で拭って唇をかむ。
どうしよう、言ったらきっとガッカリされてしまう。
「なんか、千紘くんに釣られて俺も緊張してきたな。いいよ、俺、待ってるから」
いつでもどうぞと、素晴くんは目を細めてゆっくり飲み物を味わっている。
バクバクとなる心臓を少しでも落ち着けようと、僕も冷たい水を飲んだ。
顔を上げたとき、カウンター席の端に見覚えのある黒髪の人物が座っているのに気付いて息を詰めた。
あれは、どう見ても律だ。
いつからいたんだろう。今日は仕事のはずだ。
ここに来る約束なんてしていないのに。
こちらに背中を向けているし、距離もあるから僕に盗聴器でも仕掛けなければ会話は聞き取れないだろう。
なのに、律はそこにいた。
きっと、心配して来てくれたのだ。
だって律は僕の味方だから。
「素晴くん、あのね」
うん、と素晴くんはごくりと唾をのみこむ仕草をした。
律がそこにいる、と思うと心強い。
ちゃんと謝ろう。
例え軽蔑の目で見られたとしても受け入れるんだ。
「──高校生の時、素晴くんの答案用紙をカンニングしちゃって本当にごめん!」
顔の前で手を合わせて一気に言い放つ。
緊張で手が震えていた。
怖くて目が開けられないでいると「へ?」と気の抜けた声が聞こえた。
「伝えたいことってそれ?」
「あ、うん……ごめんねいきなり。急に言われても困るよね……」
素晴くんは案の定、驚きもあらわに目を見開いていた。
あぁ、もうだめだ。
せっかく友達になれたのに、さよならだ。
覚悟をしたが、その驚き顔は途端に笑顔に戻った。
「なんだ、ビックリしたぁ! 俺、あまりにも緊張してる千紘くん見て、てっきり『ずっと好きでした』って告白されるのかと思っちゃったよ! 自意識過剰!」
確かに『伝えたいことがある』というのは含みのある言い方だ。
勘違いさせてしまい申し訳なくなる。
0
お気に入りに追加
65
あなたにおすすめの小説
いっぱい命じて〜無自覚SubはヤンキーDomに甘えたい〜
きよひ
BL
無愛想な高一Domヤンキー×Subの自覚がない高三サッカー部員
Normalの諏訪大輝は近頃、謎の体調不良に悩まされていた。
そんな折に出会った金髪の一年生、甘井呂翔。
初めて会った瞬間から甘井呂に惹かれるものがあった諏訪は、Domである彼がPlayする様子を覗き見てしまう。
甘井呂に優しく支配されるSubに自分を重ねて胸を熱くしたことに戸惑う諏訪だが……。
第二性に振り回されながらも、互いだけを求め合うようになる青春の物語。
※現代ベースのDom/Subユニバースの世界観(独自解釈・オリジナル要素あり)
※不良の喧嘩描写、イジメ描写有り
初日は5話更新、翌日からは2話ずつ更新の予定です。
十七歳の心模様
須藤慎弥
BL
好きだからこそ、恋人の邪魔はしたくない…
ほんわか読者モデル×影の薄い平凡くん
柊一とは不釣り合いだと自覚しながらも、
葵は初めての恋に溺れていた。
付き合って一年が経ったある日、柊一が告白されている現場を目撃してしまう。
告白を断られてしまった女の子は泣き崩れ、
その瞬間…葵の胸に卑屈な思いが広がった。
※fujossy様にて行われた「梅雨のBLコンテスト」出品作です。
【完結】炎のように消えそうな
麻田夏与/Kayo Asada
BL
現代物、幼馴染み同士のラブストーリー。
この世には、勝者と敗者が存在して、敗者となればその存在は風の前の炎のように、あっけなくかき消えてしまう。
亡き母の口癖が頭から抜けない糸島早音(しとうさね)は、いじめを受ける『敗者』であるのに強い炎のような目をした阪本智(さかもととも)に惹かれ、友達になる。
『敗者』になりたくない早音と、『足掻く敗者』である智が、共に成長して大人になり、ふたりの夢をかなえる話。
しのぶ想いは夏夜にさざめく
叶けい
BL
看護師の片倉瑠維は、心臓外科医の世良貴之に片想い中。
玉砕覚悟で告白し、見事に振られてから一ヶ月。約束したつもりだった花火大会をすっぽかされ内心へこんでいた瑠維の元に、驚きの噂が聞こえてきた。
世良先生が、アメリカ研修に行ってしまう?
その後、ショックを受ける瑠維にまで異動の辞令が。
『……一回しか言わないから、よく聞けよ』
世良先生の哀しい過去と、瑠維への本当の想い。
【完結】極貧イケメン学生は体を売らない。【番外編あります】
紫紺
BL
貧乏学生をスパダリが救済!?代償は『恋人のフリ』だった。
相模原涼(さがみはらりょう)は法学部の大学2年生。
超がつく貧乏学生なのに、突然居酒屋のバイトをクビになってしまった。
失意に沈む涼の前に現れたのは、ブランドスーツに身を包んだイケメン、大手法律事務所の副所長 城南晄矢(じょうなんみつや)。
彼は涼にバイトしないかと誘うのだが……。
※番外編を公開しました(10/21)
生活に追われて恋とは無縁の極貧イケメンの涼と、何もかもに恵まれた晄矢のラブコメBL。二人の気持ちはどっちに向いていくのか。
※本作品中の公判、判例、事件等は全て架空のものです。完全なフィクションであり、参考にした事件等もございません。拙い表現や現実との乖離はどうぞご容赦ください。
※4月18日、完結しました。ありがとうございました。
【完結】嘘はBLの始まり
紫紺
BL
現在売り出し中の若手俳優、三條伊織。
突然のオファーは、話題のBL小説『最初で最後のボーイズラブ』の主演!しかもW主演の相手役は彼がずっと憧れていたイケメン俳優の越前享祐だった!
衝撃のBLドラマと現実が同時進行!
俳優同士、秘密のBLストーリーが始まった♡
※番外編を追加しました!(1/3)
4話追加しますのでよろしくお願いします。
学院のモブ役だったはずの青年溺愛物語
紅林
BL
『桜田門学院高等学校』
日本中の超金持ちの子息子女が通うこの学校は東京都内に位置する野球ドーム五個分の土地が学院としてなる巨大学園だ
しかし生徒数は300人程の少人数の学院だ
そんな学院でモブとして役割を果たすはずだった青年の物語である
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる