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◇第2章◇優しくて泣き虫なひと
26 会いたいけれど
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「わ、わかりました。深山さんとは今後一切、関わりません。律もそれでいいな? 1日以上、千紘くんを連れ出してしまったのだから異論はないだろう」
「はい」
僕と同じように動揺する父親が勢いのまま母の意見を承諾し、それに律がすんなり返事をしたことに驚いた。
まるで最初から、律もそう決めていたみたいに。
りっちゃん、と名前を呼ぶ前に、僕は母親に無理やり家の中に入れられてしまった。
ドアが閉まる直前、律は僕を心配そうに見つめていた。
ダイニングテーブルの椅子を乱暴に引いて座った母は頭を抱えた。
「一体なんなのよ、もう……」
「律は電話でなんて言ってたの?」
母は体勢を変えぬまま、長いため息を吐く。
「千紘を少し自由にさせます、心配しないで下さいって、それだけよ。何処にいるのかは頑なに教えなかったわ。一体何処へ行ってたのよ? あなたの携帯は繋がらないし、警察に行こうか悩んだし、本当に心配したんだから……」
だからそれは、僕じゃなくて自分が世間にどう映るかの心配でしょう、と意地悪く言いたくなった自分を堪えて、律の心遣いに感謝した。
居場所を教えていたら、うちの両親はどこまででも僕を迎えにきてしまうと悟ったのだろう。だから曖昧に濁して、僕と一晩いてくれたのだ。
海に行って近くの旅館に泊まったことを話してから、僕もさっきの律みたいに頭を下げて謝った。けれど納得しないのか、母は未だに目を尖らせている。
そして僕の神経を逆撫でするようなセリフをポツリと吐いた。
「あの子、いつも相手を見下してるような顔をしてるわよね。さっきもそう。高飛車な人よね。心の中では私の事をきっとバカにしてるんだわ」
あの子、とは律のことだ。
母はずっと律のことを名前で呼ばない。律を高飛車な人だなんて勘違いをしているし、何も知らないのは貴女の方だと、思い知らせてやりたくなった。
「律だよ」
「え?」
「名前。あの子じゃなくて、律」
僕はくるりと踵を返して部屋を出た。
僕の背中に硬い声がぶつけられる。
「何処へいくの」
「着替えてくる。そしたら、塾へいく」
先生たちに謝って、その後は勉強する。
文句は言わせない。
律は僕のためにたくさん気遣ってくれた。
だから僕はこれからたくさん頑張れる。
怒りが原動力になって、それから僕はこれまで以上にたくさん勉強をした。
お陰で塾のテストでは平均点を大幅に超えた点を取れた。
そのまま夏が過ぎ、秋がきた頃までは順調に行っていたが、ある時に秀雄じいちゃんが僕にこっそり教えてくれた。
律が家を出て一人暮らしを始めたこと。
そして、僕とはもう会いたくないのだと言っていたこと。
律は携帯を変えたようで、連絡が出来なかった。
一度、我慢ならずに幡野家のチャイムを鳴らしたこともあったけど、居留守を使われてしまった。
どうして僕に会いたくないと言ったのか、意味が分からなかった。だけどあの夏の日が関係しているのは明らかだった。
律の最後のことばを、僕は何度も何度も頭の中で繰り返した。
──俺はずっと君の味方です。これから何があったとしても、それは決して忘れないで下さい──
間もなくして、とあることをきっかけに僕は勉強することを辞めた。
全力疾走していた自分がいきなり立ち止まったのだから押し潰されそうな不安もあっただろうが、母親はもう何も言わなかった。
それから僕は逃げるように家を出て、大学進学と同時に一人暮らしを始めた。
律に会えるかもしれないという期待をほんの少し込めて、律が通う大学の近くに部屋を借りた。
「はい」
僕と同じように動揺する父親が勢いのまま母の意見を承諾し、それに律がすんなり返事をしたことに驚いた。
まるで最初から、律もそう決めていたみたいに。
りっちゃん、と名前を呼ぶ前に、僕は母親に無理やり家の中に入れられてしまった。
ドアが閉まる直前、律は僕を心配そうに見つめていた。
ダイニングテーブルの椅子を乱暴に引いて座った母は頭を抱えた。
「一体なんなのよ、もう……」
「律は電話でなんて言ってたの?」
母は体勢を変えぬまま、長いため息を吐く。
「千紘を少し自由にさせます、心配しないで下さいって、それだけよ。何処にいるのかは頑なに教えなかったわ。一体何処へ行ってたのよ? あなたの携帯は繋がらないし、警察に行こうか悩んだし、本当に心配したんだから……」
だからそれは、僕じゃなくて自分が世間にどう映るかの心配でしょう、と意地悪く言いたくなった自分を堪えて、律の心遣いに感謝した。
居場所を教えていたら、うちの両親はどこまででも僕を迎えにきてしまうと悟ったのだろう。だから曖昧に濁して、僕と一晩いてくれたのだ。
海に行って近くの旅館に泊まったことを話してから、僕もさっきの律みたいに頭を下げて謝った。けれど納得しないのか、母は未だに目を尖らせている。
そして僕の神経を逆撫でするようなセリフをポツリと吐いた。
「あの子、いつも相手を見下してるような顔をしてるわよね。さっきもそう。高飛車な人よね。心の中では私の事をきっとバカにしてるんだわ」
あの子、とは律のことだ。
母はずっと律のことを名前で呼ばない。律を高飛車な人だなんて勘違いをしているし、何も知らないのは貴女の方だと、思い知らせてやりたくなった。
「律だよ」
「え?」
「名前。あの子じゃなくて、律」
僕はくるりと踵を返して部屋を出た。
僕の背中に硬い声がぶつけられる。
「何処へいくの」
「着替えてくる。そしたら、塾へいく」
先生たちに謝って、その後は勉強する。
文句は言わせない。
律は僕のためにたくさん気遣ってくれた。
だから僕はこれからたくさん頑張れる。
怒りが原動力になって、それから僕はこれまで以上にたくさん勉強をした。
お陰で塾のテストでは平均点を大幅に超えた点を取れた。
そのまま夏が過ぎ、秋がきた頃までは順調に行っていたが、ある時に秀雄じいちゃんが僕にこっそり教えてくれた。
律が家を出て一人暮らしを始めたこと。
そして、僕とはもう会いたくないのだと言っていたこと。
律は携帯を変えたようで、連絡が出来なかった。
一度、我慢ならずに幡野家のチャイムを鳴らしたこともあったけど、居留守を使われてしまった。
どうして僕に会いたくないと言ったのか、意味が分からなかった。だけどあの夏の日が関係しているのは明らかだった。
律の最後のことばを、僕は何度も何度も頭の中で繰り返した。
──俺はずっと君の味方です。これから何があったとしても、それは決して忘れないで下さい──
間もなくして、とあることをきっかけに僕は勉強することを辞めた。
全力疾走していた自分がいきなり立ち止まったのだから押し潰されそうな不安もあっただろうが、母親はもう何も言わなかった。
それから僕は逃げるように家を出て、大学進学と同時に一人暮らしを始めた。
律に会えるかもしれないという期待をほんの少し込めて、律が通う大学の近くに部屋を借りた。
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