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◇第2章◇優しくて泣き虫なひと

15 綺麗な青

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「勉強、大変なんですか?」

 夕方、電車に揺られながら律が言う。

 1日、その話題には互いに触れなかったが、現実に戻っていく電車が嫌で、「明日から勉強頑張らないとなぁ」と僕が漏らしたから、心配したのだろう。

「ちょっとね。ていうかりっちゃんの方が大変じゃん! こんな大事な時期に遊んじゃったけど、大丈夫なの?」

 あまり深く掘り下げないで欲しかったので、話の矛先を律に向けると、律はちょっと困り顔で笑う。

「来年の春に廃園になるから、行けるうちは行っておこうと思って」
「え? あのプール、無くなっちゃうの?」

 初耳だった。
 それは律のお父さんから聞いた話で、まだ公にはなっていないらしい。

 無くなるなんて信じられなかった。
 いつ行っても人が多くて賑わっていたのに。
 
「じゃあ、次の夏はどこのプールへ行こうか」

 律とずっと通い続けてきた場所が無くなるのは寂しいが、思い出が無くなる訳じゃない。
 また新しい思い出を作っていけばいいんだ。

「うーん……来年は、行けるか微妙」

 だが律の返事はいまいちだった。
 僕と律の温度差に違和感を感じた。


 律の憂いある横顔を見て、来年はきっとどこにも誘ってくれないのだろうと予感した。

 予感は的中して、中2の夏休みも、中3の夏休みも誘われなかった。


 大学生になったのだから忙しいのだとか、もう僕と2人でプールって年齢でもないのだとか、色々言い訳を考えて自分に都合よく処理をして、傷つかないようにした。

 実は僕の親から「夏休みは集中して勉強させたいから、もう誘わないで」と打診を受けていたらしいとじいちゃんから聞いたのは、これからもっと後の話だ。



 高校も、第1志望の学校には合格出来なかった。
 ならば次は大学だ、と僕はまた勉強の日々が続いた。



 高1の夏休み、僕は毎日机に齧り付いていた。

 塾のクラスで試験がある。
 最低でも平均点以上を取らなければ、また母さんに怒られる。

 いつの間にか恐怖心から勉強するようになっていた。

 僕は人の何十倍も努力しないと力を発揮できないようで、それなりに勉強をしているはずなのに、結果は伴わない。

 塾へ行くのも家へ帰るのも憂鬱で、何か言い訳をしたら怒鳴られるとわかっていたので、成績のことで叱責されている間は無心になった。

 僕の親はきっと、僕の為にじゃなくて自分の指示を聞かないから感情的になっているのだなと、勉強はできないけどそういう分析力はどんどん付いていった。

 その日も朝から塾へ行くために、勉強道具をどっさりとリュックに詰めて家から出た。

 鉄の門扉を開けると陽射しが強烈に顔に降り注いできて、目を細めた。


 空は絵の具で塗ったような綺麗な青だった。

 そういえば律とプールへ出かける時はいつもこんな晴天だったなと考えているうちに、なぜか両足が地面に張り付いて動けなくなっていた。


 はやく歩いて電車に乗らないと遅刻するのに、僕は蝉がけたたましく鳴く炎天下で全身に汗をびっしょりとかきながら、リュックの紐を両手で持ったままぼうっとした。

 通りすがりの人が変な目でこっちを見てきたけど、僕は何も出来なかった。
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