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Phase:03 ガールズ・ミーツ・ストライカー

side C 思わぬ協力者

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「水原さん、この後少し――」
「先生。それは緊急の用事ですか?」

 終礼が終わってすぐ、私は席を立った。机の左脇に掛けてあるカバンを手に取り、呼び止めた担任の女性教諭を一瞥いちべつする。

「来週から授業でしょう? その前に、学習方針についての面談を……」
「では明日お伺いします。急用があるので、今日はこれで」
「え? ちょ、ちょっと、水原さん!」

 私はにべもなく交渉拒否を言い渡し、相手の返事を待たずに教室を出た。後ろで好き勝手言う声が聞こえたが、有象無象うぞうむぞうの言うことなど私にとっては雑音にすぎない。

「うわ、きっつ。せんせードンマイ」
「あの子、中学でもあんなんだったの?」
「クールどころか絶対零度じゃん」
「人より頭いいからって、感じ悪いよねー」

 上階の同級生たちが、どやどやと群れを成して下りてくる。人混みをかき分けながら階段を上り、【1-C】の表示が出ている左手の教室へ。ここはA組より先に終礼が済んだようで、教室に残る人影はまばらだ。

「大林。いるか?」
「小林ならいま~す。何しに来たマッドサイエンティスト」
「なになに? あの子、コバっちのカノジョ?」
「冗談でもそういうこと言うのやめて!」

 出入口の扉の前から呼びかけると、向かって左手の窓際にいたサッカー小僧が顔をしかめてやってきた。手ぶらで来るあたり、相手も長話をする気はないようだ。
 その後ろから、赤い差し色の入った金髪ギャルが「はろはろ~」と手を振る。こっちは呼んでもいないので完全無視してやった。

「澪の容体は?」
「見てきたんじゃないのかよ。てっきりその報告かと」
「見てきたとも、休み時間ごとにな。その結果、保健室入口横のデジタルサイネージに【面会謝絶】の表示を出されてしまった。だからきに来た」
「……とりあえずどこからツッコめばいい?」

 すると、遠巻きに様子を見ていた不良女がこちらへ近づいてきた。態度に加えて服装もだらしないな、学校は男あさりをする場じゃないぞ。

「やあやあ、お困りのようですねお二人さん」
「聞いてたのか工藤。コイツはA組の水原、川岸の幼なじみだ。一時間目の前に騒ぎのことを伝えてからずっとこの調子。ついに保健室を出禁になった」
「あ~、うわさの天才ちゃん! そっか、この子か~」

 工藤は大きくはだけた胸の前で腕を組み、うんうんとうなずいた。

「オレも様子は気になるけど、見舞いに行ったら色々言われそうだろ」
「マジレスすると、みんなコバっちのカレシはりょーちん、サッカーがカノジョだと思ってるからそれはなくね?」
「ごはッ!?」

 小林が変な声を上げて、タイル張りの床にくずおれた。それほどまでにあの男を敬愛しているというのか? 奴はそれほどの好意を向けられるに値する人間なのか?
 私は知らない。理解できない。生命維持に直結しない知識などどうでもいいはずなのに、「知らない」という事実そのものが心理的な余裕を削っていく。

「ななな何言い出すんだよ! りょーちんが、オレの……って」
「でも、女のやっかみは確かに怖いゾ。火のない水辺に煙を立てて、外堀からじわじわ埋める。気づけばまわりは敵サポだらけ、敵ルールで笛が鳴る完全アウェイ」
「こっわ! 女子怖っ! そんなのどうしろってんだよ!」
「そーこーで、このななみんの出番ですよ」

 目の前でギャーギャー騒ぐ二人の話を聞き流しながら、私はあの日橋の上で出逢い、仲間になる約束を交わした大人たちに思いをせていた。
 私は、彼らのことを何も知らない。正体はおろか、その本名さえも。刀をいたざんばら髪のさむらい、自衛官の狙撃手らしいパンツスーツの女。
 そして――あのたい焼き男と、奴に寄り添うパートナーAI。彼らに会いたい、教わりたい。彼らのことをもっと知りたい。強迫観念じみた知識欲が、久しぶりに胸の奥から湧き上がる。

(そうか。この感覚は……)

 立ち上がった小林から最推しとやらの予備知識を入手すべく、私は工藤との話に割って入ることにした。
 そのタイミングで、ギャルが右の手の平で小林の肩を軽く小突く。彼女は私たち二人に得意げな顔を向けてこう言った。

「コバっちとリンちゃんのために、ウチが一肌脱いじゃうぜっ!」
「リンちゃん?」
「うん。下の名前、鈴の歌って書くじゃん? だからリンちゃん。ホントはリンリンとか、読み変えてリンカちゃんとか――」
「最低、最悪、ワーストワンのうちどれを選べと?」
「考えるな水原。考えたら負けだ」

 工藤がまっすぐな目で私を見つめる。カラーコンタクトに加えてアイメイクをしているのか、ぱっちりとした茶色の瞳は彼女を少しだけ大人に魅せた。
 この女、地頭じあたまがいいタイプか。処世術の上手い仲間は多いに越したことはないし、味方につけられるなら引き込まない手はない。

「というわけでさっそく作戦実行。三人でレッツゴー保健室!」
「そのまんまじゃねーか!」

 ……ただ、裏切りと基礎知識の欠如には十分な警戒を要しそうだ。

「こういうのは正攻法だよコバっち。ウチが先頭に立って部屋を訪ねる。先生がドアを開けたら物理でゴリ押し、文句はリンちゃんがはい論破。完・璧!」
「知ってるか? 人はそれを不法侵入というんだ」
「結構マジメに考えたのに。んじゃ、ウチが行くから二人は隠れてついてきて」
「最初からそうしろ(よ)!」

 カバンを取ってくるから待ってて、と言い残し工藤が教室に戻ったタイミングで、今度はショルダーバッグを提げたブレザー姿の男子生徒が二人訪ねてきた。
 この学校の制服に採用されているネクタイとリボンは、学年ごとに色が分けられている。彼らの胸元を彩るのは青、三年生だ。

「小林、ここにいたか。ちょっとツラ貸せ」
「どうしました? 今日、一年は練習免除って聞いたんですが」
「唐突だがりょーちんミーティングだ」

 どうやら、後輩を捜しに来たサッカー班のメンバーらしい。そこまではよかったが、たい焼き男の名を聞いて小林は目の色を変えた。

「何ですかその楽しそうな集まり、オレ初耳なんですけど!」
「『話の途中だが敵襲だ!』的なゲームのノリで勧誘すな。アホなの?」
「いっぺんリアルで言ってみたかったんだよ! 映像を観て、りょーちんの戦術分析や推しポイントをゆる~く語り合う感じの班内同好会。どうかな」

 奴の心は言うまでもなく、九割方「行きます!」に傾いている。だが、今しがた私たちと保健室を訪ねることにしたばかりだ。すぐには首を縦に振らない。
 その様子を見かねてか、工藤は自分の荷物に加えて小林のカバンを空いた手に引っ提げると、教室を出て持ち主に無理やり押しつけた。

「いいじゃん、行ってきなよコバっち」
「でも、オレはこの後約束が……」
「ん? なに? お前、さっそく女子とデートの約束してたの?」
「うわ~、生意気~。これだからチャライカーは……」

 先輩たちは「それじゃあ、コイツ借りてくね~」と軽口を叩きながら大柄な後輩の両脇を抱え、外のテラスへ引きずっていった。

「ちょっと待ってください、なんで先輩方がその呼び名を?」
「りょーちんはチャラい。小林はりょーちん推し。ゆえに、小林がチャラいストライカー、略してチャライカーに進化するのは時間の問題である。完」
証明終了Q.E.D.だな」
「なんでですか――!」

 三人の姿が見えなくなると、工藤は私に握手を求めてきた。本当は慣れ合いなど拒否したかったが、すでに澪と親しそうなこの女にそれをすると厄介なことになるのが目に見えている。

「改めまして、工藤七海です。ななみんって呼んでほしいな~」
「……よろしく」

 手をつないだまま歩き出そうとする工藤を振りほどき、私は先ほど通ってきた道を逆にたどって階段の最下層を目指した。
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