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Phase:02 現実は筋書きよりも奇なり
side A もう一人の生存者
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重苦しい沈黙が食卓に満ちる。あたしには〈五葉紋〉を持ち、直接的ではなくとも〈特定災害〉に関わっているお父さんにかける言葉が見つからなかった。
ご飯を食べに来ただけの鈴歌と、無我夢中でボウルへ頭を突っ込んでいる愛犬は完全に部外者だ。二人(?)とも見て見ぬふり、知らぬ存ぜぬを決め込んでいる。
もう、入学式の日にお通夜みたいな空気出さないでよ! お父さんは本物のお通夜があるけど、それはそれ、これはこれ。
こんなめでたい日ぐらい、もっと楽しいことしゃべろうよ。
『続いてはeスポーツ。イマーシブMR、高精細の没入型複合現実で戦うMRサッカーの話題です。今シーズンから参戦する注目の新クラブ〝FC逢桜ポラリス〟が、デビュー戦を前に記者発表を行いました』
「お、うちの話題だ。僕の編集したカット使われたかな」
ありがたいことに、嫌な空気はそう長く続かなかった。〈Psychic〉で流れていた動画が、うまいこと話題を変えてくれたから。
サッカーには全然詳しくないし、リアルの試合すらまともに観戦したことないけど、身内が関わっていると聞けば俄然興味が湧いてくる。すっごいミーハーだな、あたし。
「お父さんはいつから動画クリエイターになったわけ?」
「ふふーん。AIを使えば、編集作業なんてちょちょいのちょいだよ」
「へぇ~、やるじゃん」と返してウィンナーを口に運ぶあたしの足元から、食後の水を飲み終えたルナールが小走りで去っていった。
ヤツは居間のペット用ソファーに向かい、でーんと地響きを立てて横になる。サイズのみならず態度もデカいのは、ひょうきんで憎めない大型犬あるあるだ。
「で、どんなの作ったの?」
「よく見るアレだよ。公式ユーチューブとX、インスタグラムに載せる切り抜き」
「サムネイルのスライドショーは動画のうちに入らないのでは?」
「鈴歌、それ言っちゃダメ!」
先に完食した幼なじみは自分の食器を重ねて席を立ち、台所の流しへ持っていった。痛いところを突かれたお父さんが「ですよねー……」と肩を落とす。
鈴歌はいつもこうだ。学業成績は天才的でも、協調性とか思いやり、コミュニケーション能力といった社会性は皆無、下の下、壊滅的。空気を読まない発言で、悪意なく他人を傷つけてしまう。
そうしていつからか、この子のまわりには人がほとんど寄りつかなくなった。
同級生に煙たがられようが、先生から腫れ物に触るような対応を受けようが、鈴歌にしてみれば負け犬の遠吠え。彼らが天才を変な目で見るとき、天才もまた彼らを侮蔑と憐れみの目で見ているのだ。
『ではここで、正式に発表されたポラリスイレブンを見ていきましょう』
「人選間違うと烏合の衆になるやつだよ、これ。現役のプロ選手を呼んできてやらせるのがバーチャルサッカーゲームってどういうことなんですかね」
「たかがゲームと侮るなかれ、最近のeスポーツ大会は高額な賞金が出るんだ。ありきたりな娯楽に飽きた世界の大富豪がスポンサーらしくて、優勝すれば一獲千金も夢じゃない」
「それ、勝てればの話だよね。負けが込んだら赤字でしょ? どうすんの?」
「……ノーコメントで」
「いやいやいや、しっかりしてよクラブ事務局ー!」
あからさまに視線を逸らすお父さんにツッコミを見舞い、あたしも食器を片づけようと席を立った。今度はスタジオ内の様子が画面に映し出され、男性キャスターが前に出てきて、用意したパネルを指差しながら解説を始める。
『まず注目したいのは、神奈川県・臨海高校の主将として活躍した経歴を持つミッドフィルダーの羽田正一選手。ケガにより引退を余儀なくされたかつての司令塔が、六年ぶりにピッチへ帰ってきました』
『彼、確か車椅子生活でしょ? どうやって試合に参加するの?』
『近年は、意識するだけでモノを操作できるBMI、ブレーン・マシン・インタフェースという技術が広く普及しました。羽田選手は自身の立体ホログラム映像を分身として操るバーチャル選手になることで、技術的な課題をクリアしたんです』
『……なんか、簡単そうでものすごく難しいこと言ってません?』
『生まれ持っての天才には、血のにじむような努力で食らいつく。羽田選手のストイックな秀才ぶりは今なお健在のようです』
年配の女性コメンテーターが、そわそわと落ち着かない様子で舞台袖を気にしている。
キャスターは得意げに笑い、新たに運ばれてきた二つ目の大きなパネルを覆う布に手をかけた。
『皆さん、長らくお待たせしました』
洗面所で歯磨きを終えた鈴歌が、ダイニングに戻ってくる。同じタイミングで、お父さんがあたしに食後のお茶を出してくれた。
あたしたちがそれぞれ屈んで犬用の食器セットを手に取り、マグカップを口に含んだ瞬間――
『注目のキャプテンはやはりこの人! 国内プロスポーツ界初の〝アルティメット枠〟指定を受けた、J3・東海ステラの絶対的エース。〝りょーちん〟ことサッカー男子日本代表、フォワードの佐々木シャルル良平選手です!』
その名前が耳に入ったのは、あまりにも突然だった。
木製の台が鈴歌の手を離れ、フローリングの上にルナールの飲み残しをぶちまける。あたしもきったないうめき声をあげてお茶を吹き出し、咳き込んでしまった。
「はい、報道出た! 公式発表の映像流れた! これで僕も盛大に言いふらせる。みんな――! りょーちんが来たぞイヤッホォ――ゥ!」
「うえっ、けほ……なんでそういう大事なこと黙ってたのお父さん!?」
「守秘義務(以下略)」
「お父さんのアホ――!」
待って、待って待って。理解が追いつかない。この町に、お父さんの関わってるクラブにJリーグから誰がお越しになるって?
りょーちんは、サッカーに興味がなくても顔写真を見るか愛称を聞けば「あ~!」となる選手だ。無類のたい焼き好きでも有名だっけ。
【昨年3月 静岡・富士アステラシアフィールド】のテロップが表示された仮想ディスプレイの中を、小柄な背中が風のように駆け抜ける。金と黒の髪をなびかせ、抜群の存在感を誇る主人公が。
『彼、海外移籍前に別次元行っちゃったの!?』
『現在、佐々木選手は国内外の公式戦において厳しい出場制限を課されており、前後半のどちらかとアディショナルタイムを超える起用は認められていません。フル出場は見たくとも見られないものでしたが……』
『MRではいくら暴れても構わない、と。そんなの観るしかないじゃない!』
『そして、佐々木選手を語るうえで外せないのが、先ほどご紹介した羽田選手。幼い頃、偶然出会った二人はサッカーを通じて惹かれ合うようにコンビを組み、ともに才能を開花させたことでも知られています。
北極星の名のもとに集った選手たちは、一体どんな輝きを見せてくれるのか。当番組でも引き続き注目していきたいと思います』
水をこぼしたことを忘れるほどワイドショーの解説に聞き入っていた鈴歌は、ハッと我に返ると手際よく後始末をし、あたしの腕をつかんで「澪、行くぞ」と言った。
「待ってよ、あたしまだ歯磨いてないんだってば。行くってどこへ?」
「いいからさっさと身支度を済ませろ」
反論する暇さえ与えられず、あたしは無理やり洗面所に押し込まれた。お父さんはそんな様子を微笑ましげに眺め「落ち着きなよ二人とも。興奮するのは分かるけど、まずは目の前にある仕事、学生の本分を全うしてきなさい」などとのんきにのたまう。
無理だよお父さん。鈴歌は時間も学校も、高校デビューさえどうでもよくなってる。今すぐ足を使ってりょーちんを捜し回るつもりなんだ。
そして、唐突に始まる天才の冒険にはいつもあたしの姿がある。旅は道連れ世は情け、拒否権なんてものはない。
「アオーン!【横暴だー!】」
「行ってらっしゃ~い」
「なーんで涼しい顔するかな、うちの男どもはぁぁぁぁぁ!」
午前七時四十二分。真新しい制服に身を包んだあたしたちは、波乱の学校生活に向け最初の一歩を踏み出した。
ご飯を食べに来ただけの鈴歌と、無我夢中でボウルへ頭を突っ込んでいる愛犬は完全に部外者だ。二人(?)とも見て見ぬふり、知らぬ存ぜぬを決め込んでいる。
もう、入学式の日にお通夜みたいな空気出さないでよ! お父さんは本物のお通夜があるけど、それはそれ、これはこれ。
こんなめでたい日ぐらい、もっと楽しいことしゃべろうよ。
『続いてはeスポーツ。イマーシブMR、高精細の没入型複合現実で戦うMRサッカーの話題です。今シーズンから参戦する注目の新クラブ〝FC逢桜ポラリス〟が、デビュー戦を前に記者発表を行いました』
「お、うちの話題だ。僕の編集したカット使われたかな」
ありがたいことに、嫌な空気はそう長く続かなかった。〈Psychic〉で流れていた動画が、うまいこと話題を変えてくれたから。
サッカーには全然詳しくないし、リアルの試合すらまともに観戦したことないけど、身内が関わっていると聞けば俄然興味が湧いてくる。すっごいミーハーだな、あたし。
「お父さんはいつから動画クリエイターになったわけ?」
「ふふーん。AIを使えば、編集作業なんてちょちょいのちょいだよ」
「へぇ~、やるじゃん」と返してウィンナーを口に運ぶあたしの足元から、食後の水を飲み終えたルナールが小走りで去っていった。
ヤツは居間のペット用ソファーに向かい、でーんと地響きを立てて横になる。サイズのみならず態度もデカいのは、ひょうきんで憎めない大型犬あるあるだ。
「で、どんなの作ったの?」
「よく見るアレだよ。公式ユーチューブとX、インスタグラムに載せる切り抜き」
「サムネイルのスライドショーは動画のうちに入らないのでは?」
「鈴歌、それ言っちゃダメ!」
先に完食した幼なじみは自分の食器を重ねて席を立ち、台所の流しへ持っていった。痛いところを突かれたお父さんが「ですよねー……」と肩を落とす。
鈴歌はいつもこうだ。学業成績は天才的でも、協調性とか思いやり、コミュニケーション能力といった社会性は皆無、下の下、壊滅的。空気を読まない発言で、悪意なく他人を傷つけてしまう。
そうしていつからか、この子のまわりには人がほとんど寄りつかなくなった。
同級生に煙たがられようが、先生から腫れ物に触るような対応を受けようが、鈴歌にしてみれば負け犬の遠吠え。彼らが天才を変な目で見るとき、天才もまた彼らを侮蔑と憐れみの目で見ているのだ。
『ではここで、正式に発表されたポラリスイレブンを見ていきましょう』
「人選間違うと烏合の衆になるやつだよ、これ。現役のプロ選手を呼んできてやらせるのがバーチャルサッカーゲームってどういうことなんですかね」
「たかがゲームと侮るなかれ、最近のeスポーツ大会は高額な賞金が出るんだ。ありきたりな娯楽に飽きた世界の大富豪がスポンサーらしくて、優勝すれば一獲千金も夢じゃない」
「それ、勝てればの話だよね。負けが込んだら赤字でしょ? どうすんの?」
「……ノーコメントで」
「いやいやいや、しっかりしてよクラブ事務局ー!」
あからさまに視線を逸らすお父さんにツッコミを見舞い、あたしも食器を片づけようと席を立った。今度はスタジオ内の様子が画面に映し出され、男性キャスターが前に出てきて、用意したパネルを指差しながら解説を始める。
『まず注目したいのは、神奈川県・臨海高校の主将として活躍した経歴を持つミッドフィルダーの羽田正一選手。ケガにより引退を余儀なくされたかつての司令塔が、六年ぶりにピッチへ帰ってきました』
『彼、確か車椅子生活でしょ? どうやって試合に参加するの?』
『近年は、意識するだけでモノを操作できるBMI、ブレーン・マシン・インタフェースという技術が広く普及しました。羽田選手は自身の立体ホログラム映像を分身として操るバーチャル選手になることで、技術的な課題をクリアしたんです』
『……なんか、簡単そうでものすごく難しいこと言ってません?』
『生まれ持っての天才には、血のにじむような努力で食らいつく。羽田選手のストイックな秀才ぶりは今なお健在のようです』
年配の女性コメンテーターが、そわそわと落ち着かない様子で舞台袖を気にしている。
キャスターは得意げに笑い、新たに運ばれてきた二つ目の大きなパネルを覆う布に手をかけた。
『皆さん、長らくお待たせしました』
洗面所で歯磨きを終えた鈴歌が、ダイニングに戻ってくる。同じタイミングで、お父さんがあたしに食後のお茶を出してくれた。
あたしたちがそれぞれ屈んで犬用の食器セットを手に取り、マグカップを口に含んだ瞬間――
『注目のキャプテンはやはりこの人! 国内プロスポーツ界初の〝アルティメット枠〟指定を受けた、J3・東海ステラの絶対的エース。〝りょーちん〟ことサッカー男子日本代表、フォワードの佐々木シャルル良平選手です!』
その名前が耳に入ったのは、あまりにも突然だった。
木製の台が鈴歌の手を離れ、フローリングの上にルナールの飲み残しをぶちまける。あたしもきったないうめき声をあげてお茶を吹き出し、咳き込んでしまった。
「はい、報道出た! 公式発表の映像流れた! これで僕も盛大に言いふらせる。みんな――! りょーちんが来たぞイヤッホォ――ゥ!」
「うえっ、けほ……なんでそういう大事なこと黙ってたのお父さん!?」
「守秘義務(以下略)」
「お父さんのアホ――!」
待って、待って待って。理解が追いつかない。この町に、お父さんの関わってるクラブにJリーグから誰がお越しになるって?
りょーちんは、サッカーに興味がなくても顔写真を見るか愛称を聞けば「あ~!」となる選手だ。無類のたい焼き好きでも有名だっけ。
【昨年3月 静岡・富士アステラシアフィールド】のテロップが表示された仮想ディスプレイの中を、小柄な背中が風のように駆け抜ける。金と黒の髪をなびかせ、抜群の存在感を誇る主人公が。
『彼、海外移籍前に別次元行っちゃったの!?』
『現在、佐々木選手は国内外の公式戦において厳しい出場制限を課されており、前後半のどちらかとアディショナルタイムを超える起用は認められていません。フル出場は見たくとも見られないものでしたが……』
『MRではいくら暴れても構わない、と。そんなの観るしかないじゃない!』
『そして、佐々木選手を語るうえで外せないのが、先ほどご紹介した羽田選手。幼い頃、偶然出会った二人はサッカーを通じて惹かれ合うようにコンビを組み、ともに才能を開花させたことでも知られています。
北極星の名のもとに集った選手たちは、一体どんな輝きを見せてくれるのか。当番組でも引き続き注目していきたいと思います』
水をこぼしたことを忘れるほどワイドショーの解説に聞き入っていた鈴歌は、ハッと我に返ると手際よく後始末をし、あたしの腕をつかんで「澪、行くぞ」と言った。
「待ってよ、あたしまだ歯磨いてないんだってば。行くってどこへ?」
「いいからさっさと身支度を済ませろ」
反論する暇さえ与えられず、あたしは無理やり洗面所に押し込まれた。お父さんはそんな様子を微笑ましげに眺め「落ち着きなよ二人とも。興奮するのは分かるけど、まずは目の前にある仕事、学生の本分を全うしてきなさい」などとのんきにのたまう。
無理だよお父さん。鈴歌は時間も学校も、高校デビューさえどうでもよくなってる。今すぐ足を使ってりょーちんを捜し回るつもりなんだ。
そして、唐突に始まる天才の冒険にはいつもあたしの姿がある。旅は道連れ世は情け、拒否権なんてものはない。
「アオーン!【横暴だー!】」
「行ってらっしゃ~い」
「なーんで涼しい顔するかな、うちの男どもはぁぁぁぁぁ!」
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