20 / 63
Phase:01 サクラサク
Side B - 2 / Part 5 〈特定災害〉
しおりを挟む
肉団子が入刀したのは自分の体。腕を器用に使い、麻酔なしで、俺たちへがっつり見せつけるように。
おびただしい量の血が噴き出し、骨が不気味な音を立ててきしむ。女子中学生が両手で耳をふさぎ、目をつぶって顔を背けた。
「お話は済んだ? わたしのターンを始めてもいいかしら」
『いいわけないでしょ! 身体を返して!』
「イヤよ。ハルミには実況中継をしてもらうわ。歴史に残る戦いを伝えられること、光栄に思いなさいな」
肉を切り分ける両腕から、手のひらと足の裏に目玉や口を持つ四肢がうねうねと芽吹き、好き勝手に枝分かれを始めた。
同時に球体のてっぺんがモコモコ盛り上がり、巨人の両脚が逆さまの状態でタケノコのように生えてくる。その様子を見ていた侍は「犬神家の一族……」とつぶやいていた。
『皆さん、しっかりしてください! カメラを止めて!』
「おあ~……」
リポーター入りのスピーカーが、生気のない目をした仲間に向けて必死に叫ぶ。
けれど、カメラマンも集音マイク係も涙を流し、半開きの口から泡を吹くばかりで、聞こえているとは思えない。
それを見て、俺たちは決めた。この状況を逆手に取ると。
「いいや、止めなくていい。生中継はかえって好都合だ」
『なぜですかSPさん? これは軽々に報道してよいものではありません。どの口が言うかとお思いでしょうが、倫理的にこう……アレです!』
「だからこそ、だよ。聡明なお嬢さん、キミはどう思う?」
「ここで配信を打ち切ってしまうと、世間は私たちが一方的にやめさせたと邪推する。私たちにとって都合の悪い情報が流れるのを恐れた、とな」
あー、そういうことか。スピーカーの中の人は仕事柄、大人の発言イコール自己保身って疑っちゃうんだろうな。マスコミの悲しい性だよ。
『た、確かに。情報が限られると、変な想像の余地ができてしまいますね』
「だから、包み隠さず公開すべきだと私は思う。小説は小説らしく手の内を明かし、結末や解釈を読者の想像に委ねるんだ」
『でも、私はあなたに……』
「市川さん。あなたなら、ありのままを伝えられる。正しい情報を基に問いかけられる。たとえ武器を持たなくとも、あなたは言葉で戦える」
女子中学生の指摘を受けて、晴海さん――晴海ちゃん? 俺と歳が近そうだから、はるみんでいいか。とにかく、彼女がハッとした。
俺たちはこれから、全人類の前で人を殺す。どうしても助けられないなら、せめて最小限の苦しみで送ってやりたい。
「対〈特定災害〉特別措置法、第三条――不可逆的変化により自分の行為の是非を判別し、又はその判別に従って行動する能力を喪失、又は著しく低下した者が人の生命、身体等を害するおそれがあるとき、国家安全保障会議より任命を受けた執行官は、その者を〈特定災害〉として排除することができる」
「どうしたの、おじさま。法律のお勉強?」
「これが私の切り札だ。現時点をもって、この日本国では人間をやめたモノ、つまり〈モートレス〉は基本的人権を失い、災害として扱われる」
「……あなた、何者?」
「霞が関からやってきた死神だよ」
この国に、人権と生存権を剝奪する法律は存在しない。刑罰としての死刑を除けば、国によって殺される心配はない。
ただし、それは人間であればの話だ。この人の話が事実なら、〈モートレス〉に変えられた人間は法律上の扱いが「人間」から「災害」になる。
「法解釈とはこれすなわち理屈の応酬、究極の曲解マウントバトル。自衛隊が軍隊ではないのと同じように、日本刀の形をした防災グッズがあってもおかしくない」
「それはさすがに無理があるんじゃ……」
「ではキミに問うが、主にフランス産の原料で作ったプレミアムクロワッサンたい焼き(チョコレート味)はたい焼きといえるのか?」
「原理主義的には明らかに洋菓子だからオフサイドですけど、あの形した茶色い粉モノで厚みがある柔らかいお菓子ならたい焼き判定ですね俺は」
「つまりそういうことだよ」
災害には人権がない。災害なら、被害を防いだり減らそうとしたりするのは当然だし、わざわざ被害に遭いたがる人間なんかいない。
災害なら、鎮圧して感謝されることはあっても、非難されるいわれはないはずだ。
斬っても、撃っても、蹴飛ばしても、災害だったらノーファウル。
今この瞬間、俺の上司は堂々と化け物に対してやりたい放題、治外法権を宣言した。
「とはいえ、相手は元人間。安らかに旅立つ権利はある。遺族に配慮し、尊厳を守り、可及的速やかに事を収めるのがマナーだよ」
「はあ……なんてえげつない。内閣府はド変態の巣窟ですか?」
「などと背広組の悪口を言いつつ、いざゴーサインが出ると一番槍で飛びつくのが制服組なんだよなあ」
本性を現したブラックサムライは、続けてこうも言い放った。
「責任とか後始末とか面倒くさいこと諸々は、生き残ってから考えろ」と。
行動を起こすには、もう一人味方につけておきたいやつがいる。高くそびえる金属の柱を見上げ、俺は声を張り上げた。
おびただしい量の血が噴き出し、骨が不気味な音を立ててきしむ。女子中学生が両手で耳をふさぎ、目をつぶって顔を背けた。
「お話は済んだ? わたしのターンを始めてもいいかしら」
『いいわけないでしょ! 身体を返して!』
「イヤよ。ハルミには実況中継をしてもらうわ。歴史に残る戦いを伝えられること、光栄に思いなさいな」
肉を切り分ける両腕から、手のひらと足の裏に目玉や口を持つ四肢がうねうねと芽吹き、好き勝手に枝分かれを始めた。
同時に球体のてっぺんがモコモコ盛り上がり、巨人の両脚が逆さまの状態でタケノコのように生えてくる。その様子を見ていた侍は「犬神家の一族……」とつぶやいていた。
『皆さん、しっかりしてください! カメラを止めて!』
「おあ~……」
リポーター入りのスピーカーが、生気のない目をした仲間に向けて必死に叫ぶ。
けれど、カメラマンも集音マイク係も涙を流し、半開きの口から泡を吹くばかりで、聞こえているとは思えない。
それを見て、俺たちは決めた。この状況を逆手に取ると。
「いいや、止めなくていい。生中継はかえって好都合だ」
『なぜですかSPさん? これは軽々に報道してよいものではありません。どの口が言うかとお思いでしょうが、倫理的にこう……アレです!』
「だからこそ、だよ。聡明なお嬢さん、キミはどう思う?」
「ここで配信を打ち切ってしまうと、世間は私たちが一方的にやめさせたと邪推する。私たちにとって都合の悪い情報が流れるのを恐れた、とな」
あー、そういうことか。スピーカーの中の人は仕事柄、大人の発言イコール自己保身って疑っちゃうんだろうな。マスコミの悲しい性だよ。
『た、確かに。情報が限られると、変な想像の余地ができてしまいますね』
「だから、包み隠さず公開すべきだと私は思う。小説は小説らしく手の内を明かし、結末や解釈を読者の想像に委ねるんだ」
『でも、私はあなたに……』
「市川さん。あなたなら、ありのままを伝えられる。正しい情報を基に問いかけられる。たとえ武器を持たなくとも、あなたは言葉で戦える」
女子中学生の指摘を受けて、晴海さん――晴海ちゃん? 俺と歳が近そうだから、はるみんでいいか。とにかく、彼女がハッとした。
俺たちはこれから、全人類の前で人を殺す。どうしても助けられないなら、せめて最小限の苦しみで送ってやりたい。
「対〈特定災害〉特別措置法、第三条――不可逆的変化により自分の行為の是非を判別し、又はその判別に従って行動する能力を喪失、又は著しく低下した者が人の生命、身体等を害するおそれがあるとき、国家安全保障会議より任命を受けた執行官は、その者を〈特定災害〉として排除することができる」
「どうしたの、おじさま。法律のお勉強?」
「これが私の切り札だ。現時点をもって、この日本国では人間をやめたモノ、つまり〈モートレス〉は基本的人権を失い、災害として扱われる」
「……あなた、何者?」
「霞が関からやってきた死神だよ」
この国に、人権と生存権を剝奪する法律は存在しない。刑罰としての死刑を除けば、国によって殺される心配はない。
ただし、それは人間であればの話だ。この人の話が事実なら、〈モートレス〉に変えられた人間は法律上の扱いが「人間」から「災害」になる。
「法解釈とはこれすなわち理屈の応酬、究極の曲解マウントバトル。自衛隊が軍隊ではないのと同じように、日本刀の形をした防災グッズがあってもおかしくない」
「それはさすがに無理があるんじゃ……」
「ではキミに問うが、主にフランス産の原料で作ったプレミアムクロワッサンたい焼き(チョコレート味)はたい焼きといえるのか?」
「原理主義的には明らかに洋菓子だからオフサイドですけど、あの形した茶色い粉モノで厚みがある柔らかいお菓子ならたい焼き判定ですね俺は」
「つまりそういうことだよ」
災害には人権がない。災害なら、被害を防いだり減らそうとしたりするのは当然だし、わざわざ被害に遭いたがる人間なんかいない。
災害なら、鎮圧して感謝されることはあっても、非難されるいわれはないはずだ。
斬っても、撃っても、蹴飛ばしても、災害だったらノーファウル。
今この瞬間、俺の上司は堂々と化け物に対してやりたい放題、治外法権を宣言した。
「とはいえ、相手は元人間。安らかに旅立つ権利はある。遺族に配慮し、尊厳を守り、可及的速やかに事を収めるのがマナーだよ」
「はあ……なんてえげつない。内閣府はド変態の巣窟ですか?」
「などと背広組の悪口を言いつつ、いざゴーサインが出ると一番槍で飛びつくのが制服組なんだよなあ」
本性を現したブラックサムライは、続けてこうも言い放った。
「責任とか後始末とか面倒くさいこと諸々は、生き残ってから考えろ」と。
行動を起こすには、もう一人味方につけておきたいやつがいる。高くそびえる金属の柱を見上げ、俺は声を張り上げた。
0
お気に入りに追加
1
あなたにおすすめの小説
ちょっと大人な体験談はこちらです
神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない
ちょっと大人な体験談です。
日常に突然訪れる刺激的な体験。
少し非日常を覗いてみませんか?
あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ?
※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに
Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。
※不定期更新です。
※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。
サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。
小さなことから〜露出〜えみ〜
サイコロ
恋愛
私の露出…
毎日更新していこうと思います
よろしくおねがいします
感想等お待ちしております
取り入れて欲しい内容なども
書いてくださいね
よりみなさんにお近く
考えやすく
💚催眠ハーレムとの日常 - マインドコントロールされた女性たちとの日常生活
XD
恋愛
誰からも拒絶される内気で不細工な少年エドクは、人の心を操り、催眠術と精神支配下に置く不思議な能力を手に入れる。彼はこの力を使って、夢の中でずっと欲しかったもの、彼がずっと愛してきた美しい女性たちのHAREMを作り上げる。
DEADNIGHT
CrazyLight Novels
SF
総合 900 PV 達成!ありがとうございます!
Season 2 Ground 執筆中 全章執筆終了次第順次公開予定
1396年、5歳の主人公は村で「自由のために戦う」という言葉を耳にする。当時は意味を理解できなかった、16年後、その言葉の重みを知ることになる。
21歳で帝国軍事組織CTIQAに入隊した主人公は、すぐさまDeadNight(DN)という反乱組織との戦いに巻き込まれた。戦場で自身がDN支配地域の出身だと知り、衝撃を受けた。激しい戦闘の中で意識を失った主人公は、目覚めると2063年の未来世界にいた。
そこで主人公は、CTIQAが敗北し、新たな組織CREWが立ち上がったことを知る。DNはさらに強大化しており、CREWの隊長は主人公に協力を求めた。主人公は躊躇しながらも同意し、10年間新しい戦闘技術を学ぶ。
2073年、第21回DVC戦争が勃発。主人公は過去の経験と新しい技術を駆使して戦い、敵陣に単身で乗り込み、敵軍大将軍の代理者を倒した。この勝利により、両軍に退避命令が出された。主人公がCREW本部の総括官に呼び出され、主人公は自分の役割や、この終わりなき戦いの行方について考えを巡らせながら、総括官室へ向かう。それがはじまりだった。
体育座りでスカートを汚してしまったあの日々
yoshieeesan
現代文学
学生時代にやたらとさせられた体育座りですが、女性からすると服が汚れた嫌な思い出が多いです。そういった短編小説を書いていきます。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる