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Phase:01 サクラサク
Side B - Part 2 悪夢の幕開け
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「あハっ、あ……アアァああアあ――!」
その瞬間、ゾッとするものが俺の背中を駆け抜けた。
リポーターが顔をゆがめ、歯ぎしりをし、涙を流しながら白目を剥いて、ワケのわからないことを言い出したからだ。
どうする俺? これ、絶対ヤバいやつだ!
助けに行くのをためらっていると、細目のおっさん――来月から上司になる人と目が合った。
「援護する。行くぞ!」
「はい!」
以心伝心って、まさにこういう状況だよな。俺の意図を瞬時に察した相手は、叫びながら痙攣を始めたお姉さんに向けて駆け出した。
俺も続き、座り込んだまま固まってる女の子を後ろから羽交い締めにしてリポーターから引き離す。
知らない男に捕まって抵抗されないかヒヤヒヤしたが、完全に思考が停止してる相手は素直に身を任せてくれた。
「確保!」
「おらっ、おとなしくしろ!」
厄介だったのはそのあとだ。いざ取り押さえようとすると、リポーターは泣いて騒いで大暴れ。どうにか二人がかりで地面に引きずり倒した。
あれ? 確か、撮影クルーの連中がいたよな。あいつらどうしてんだ?
そう思って周囲を見渡すと、お仲間は全員魂が抜けたような顔で、女の同僚が男二人に組み伏せられる放送事故をスタジオに生中継していやがった。
ウソだろ……こいつら、目の前の危機よりスクープが大事なのか?
いい大人が何やってんだよ!
「救急車呼べ! それと警察!」
『無理だ。〈Psychic〉が言うことを聞かない』
「だったら、そのオフライン脳みそで考えろ。おまえはなんだ?」
「何を言って――いや、待て。そうか!」
「オフェンスは追い込まれてからが本番だぞ。俺のマネージャーなら忘れるなよ」
我に返ったAIは『お前、やけに冴えてるな。打ち所の悪いヘディングでもしたか?』と憎まれ口を叩きながらも、すぐに行動を始めた。
一方、上司のおっさんはというと、懐から取り出した結束バンドでリポーターの手首を縛り上げている。
……なんで都合よくそんなの持ってたのかは訊かないことにした。
「よくやった。お手柄だな」
「アシストどうも。妙に手慣れてるのが気になりますけど、カッコ良かったですよ」
「キミには遠く及ばないとも。りょーちんには、ね」
相手の口を割った呼び名に、思わず身体がこわばる。
落ち着け、大丈夫、うろたえるな。平然と、いつもどおりに振る舞えばいい。
鼻筋に手をやってサングラスをずり上げながら、俺は東京を出る前にこの人と交わしたやり取りを思い返した。
『それはキミに対する世間の認識を阻害し、一般人と誤認させるスマートグラスだ。人前で不用意に外すことは厳に慎むように』
『へぇ~。もし外し……外れたらどうなるんです?』
『すぐに身元を特定され、大パニック間違いなし。状況次第では二度とピッチに立てなくなる可能性もある』
『……笑えないな』
『笑い事じゃないからね』
それは、俺にとって重すぎる警告だった。直接的な命の危険はなくても、選手生命がかかってるとあっては慎重に行動せざるを得ない。
というか俺、自慢じゃないけどネットでの大炎上は前科あるんで、言われるまでもなく叩かれるつらさは身に沁みてますよ。
『不便を強いることについては謝ろう。だが、これもキミのことを思っての措置だ。マネージャー君もご理解いただけないだろうか』
『はっ、ナメられたものだな。そんなふざけた条件呑むわけ――』
『ん~……よし。表参道の中身がはみ出るたい焼き専門店、エトワール。あそこのプレミアムクロワッサンたい焼き(税込四五〇円)一匹で手を打ちます』
『なんで安請け合いするかなお前はァァァァァ!』
だから、人を取り押さえるのは正直言って不安だった。
倒れ込んだ衝撃でサングラスが外れるかもしれないし、事情を知らない人間が見たら、白昼堂々路上で女性を押し倒したと勘違いされかねない。
でも、運は俺に味方した。スマートグラスが身体に触れている限り、そっくりさんだと言えば押し通せる。残念だったな!
「お? 俺ってば、今をときめくイケメンサッカー選手似です?」
「どうかな。答え合わせでサングラスを取ってみては――」
「イヤで~す。今日の服装はこれ込みのコーディネートなんで」
不意打ちで褒められ、有頂天になった俺に偉い人がフェイントをかける。
自分ではうまくかわしたつもりだったが、相手は「やれやれ」と言いたげな顔で肩をすくめると、わざとらしく咳払いをした。
「いい気分に浸っているところ悪いが、話を戻そう。大変残念だが、この女性――市川さん、といったか? 彼女はもう助からないかもしれない」
「え? なんで?」
「よく見ておきなさい。これが〈Psychic〉の闇だ」
その瞬間、ゾッとするものが俺の背中を駆け抜けた。
リポーターが顔をゆがめ、歯ぎしりをし、涙を流しながら白目を剥いて、ワケのわからないことを言い出したからだ。
どうする俺? これ、絶対ヤバいやつだ!
助けに行くのをためらっていると、細目のおっさん――来月から上司になる人と目が合った。
「援護する。行くぞ!」
「はい!」
以心伝心って、まさにこういう状況だよな。俺の意図を瞬時に察した相手は、叫びながら痙攣を始めたお姉さんに向けて駆け出した。
俺も続き、座り込んだまま固まってる女の子を後ろから羽交い締めにしてリポーターから引き離す。
知らない男に捕まって抵抗されないかヒヤヒヤしたが、完全に思考が停止してる相手は素直に身を任せてくれた。
「確保!」
「おらっ、おとなしくしろ!」
厄介だったのはそのあとだ。いざ取り押さえようとすると、リポーターは泣いて騒いで大暴れ。どうにか二人がかりで地面に引きずり倒した。
あれ? 確か、撮影クルーの連中がいたよな。あいつらどうしてんだ?
そう思って周囲を見渡すと、お仲間は全員魂が抜けたような顔で、女の同僚が男二人に組み伏せられる放送事故をスタジオに生中継していやがった。
ウソだろ……こいつら、目の前の危機よりスクープが大事なのか?
いい大人が何やってんだよ!
「救急車呼べ! それと警察!」
『無理だ。〈Psychic〉が言うことを聞かない』
「だったら、そのオフライン脳みそで考えろ。おまえはなんだ?」
「何を言って――いや、待て。そうか!」
「オフェンスは追い込まれてからが本番だぞ。俺のマネージャーなら忘れるなよ」
我に返ったAIは『お前、やけに冴えてるな。打ち所の悪いヘディングでもしたか?』と憎まれ口を叩きながらも、すぐに行動を始めた。
一方、上司のおっさんはというと、懐から取り出した結束バンドでリポーターの手首を縛り上げている。
……なんで都合よくそんなの持ってたのかは訊かないことにした。
「よくやった。お手柄だな」
「アシストどうも。妙に手慣れてるのが気になりますけど、カッコ良かったですよ」
「キミには遠く及ばないとも。りょーちんには、ね」
相手の口を割った呼び名に、思わず身体がこわばる。
落ち着け、大丈夫、うろたえるな。平然と、いつもどおりに振る舞えばいい。
鼻筋に手をやってサングラスをずり上げながら、俺は東京を出る前にこの人と交わしたやり取りを思い返した。
『それはキミに対する世間の認識を阻害し、一般人と誤認させるスマートグラスだ。人前で不用意に外すことは厳に慎むように』
『へぇ~。もし外し……外れたらどうなるんです?』
『すぐに身元を特定され、大パニック間違いなし。状況次第では二度とピッチに立てなくなる可能性もある』
『……笑えないな』
『笑い事じゃないからね』
それは、俺にとって重すぎる警告だった。直接的な命の危険はなくても、選手生命がかかってるとあっては慎重に行動せざるを得ない。
というか俺、自慢じゃないけどネットでの大炎上は前科あるんで、言われるまでもなく叩かれるつらさは身に沁みてますよ。
『不便を強いることについては謝ろう。だが、これもキミのことを思っての措置だ。マネージャー君もご理解いただけないだろうか』
『はっ、ナメられたものだな。そんなふざけた条件呑むわけ――』
『ん~……よし。表参道の中身がはみ出るたい焼き専門店、エトワール。あそこのプレミアムクロワッサンたい焼き(税込四五〇円)一匹で手を打ちます』
『なんで安請け合いするかなお前はァァァァァ!』
だから、人を取り押さえるのは正直言って不安だった。
倒れ込んだ衝撃でサングラスが外れるかもしれないし、事情を知らない人間が見たら、白昼堂々路上で女性を押し倒したと勘違いされかねない。
でも、運は俺に味方した。スマートグラスが身体に触れている限り、そっくりさんだと言えば押し通せる。残念だったな!
「お? 俺ってば、今をときめくイケメンサッカー選手似です?」
「どうかな。答え合わせでサングラスを取ってみては――」
「イヤで~す。今日の服装はこれ込みのコーディネートなんで」
不意打ちで褒められ、有頂天になった俺に偉い人がフェイントをかける。
自分ではうまくかわしたつもりだったが、相手は「やれやれ」と言いたげな顔で肩をすくめると、わざとらしく咳払いをした。
「いい気分に浸っているところ悪いが、話を戻そう。大変残念だが、この女性――市川さん、といったか? 彼女はもう助からないかもしれない」
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