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Phase:01 サクラサク
Side A - Part 1 代わり映えのしない春
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あの日、満開の桜を見に行ったのはほんの気まぐれだった。
ただ、この単調でつまらない毎日が終わるかもしれない――そんな気がして。
【この先 桜まつり会場 自転車は徐行してください 逢桜町】
目の前に横たわるのは、町を二分する一級河川・逢川。その両岸は今、一年で最も騒がしい時期を迎えていた。
S字に曲がりくねった川沿いを彩り、隣町まで続く桜並木こそ〝逢川千本桜〟の名で知られるこの町最大の観光地だ。
逢川にかかる四脚のうち、私は唯一自転車通行帯がある橋のたもとにやってきた。角地でまんじゅうを売る和菓子屋の手前で、看板に従い自転車のスピードを緩める。
「スタジオつなぎまーす! 三、二、……」
「おばんで~す! 私は今、逢桜町の桜まつり会場を臨む尾上橋にいます。ご覧ください、この絶景! 本日、満開を迎えました!」
橋の上には、本格的な機材を構えて生中継に興じる一団がいた。〈Psychic〉を介した動画配信に生き残りをかけているテレビ局の連中だ。
そんな激動の時代の渦中にあるからか、彼らはなりふり構わず暴挙に出ている。比較的幅があるとはいえ、歩道を大きく占拠して収録を行っているのだ。
「今や〝逢川千本桜〟の名で全国的、世界的にも広く知られるお花見スポットとなった逢桜町は、今年も大変な賑わいを見せています!」
おい、そこのよそ者ども。お前たちは馬鹿か? 馬鹿なのか?
まわりを見ろ。通行の邪魔になっていることぐらい、中学生でも気がつくぞ。
無性に腹が立った私は、通りすがりに彼らの背中を呪いながらペダルを漕いだ。
(こいつらの顔に、風で飛んできたピザの包み紙がべったりへばりつきますように)
やがて、愛車は緩やかな坂になった橋の頂上に差し掛かる。人混みより少し高い位置からの景色は圧巻の一言だった。
見事に咲き誇る薄紅色のアーチの下で杯を交わし、河原を埋め尽くしているのは米粒ほどの大きさに見える無数の花見客。
一体どれだけの人数がこの小さな町に押し寄せているのかと、ただただ驚かされる。
「うーん、絶景! 河津桜もいいけど、これはこれですごいな」
『花見団子はこの下の河川敷、桜まつり会場で売ってるらしいぞ』
明るい声のするほうに目を向けると、若い男が橋の欄干にもたれて誰かと話していた。
軽く左へ流した長めの髪――表面は軽く跳ねた毛先まで夕陽に輝く金色、内側が真っ黒という危険色のツートンカラーが人目を惹く。
背丈こそ人並みだが、威圧感さえ覚える引き締まった体躯、整った顔を強調する金縁のサングラス。私がこの世で最も苦手とするタイプだ。
「食い気にシフトするの早すぎだろ。あと俺、団子よりたい焼き派だから」
色白なチャラ男の隣には、もっさりしたくせ毛の黒髪とウェリントンフレームのメガネが特徴的な地味めの男。連れとは雰囲気が対照的だ。
よく見ると、気だるげな顔で一眼レフを手に空中を漂う彼に限らず、似たようなものを連れている観光客がほかにもいる。
彼らの正体は、主人となる人間の〈Psychic〉に宿るAIパートナー。
アバターを生成し、第三者にも視認できる設定にすれば、理想の相棒が立体ホログラムで旅のお供をしてくれる。
(多くの場合)目視で身長三十センチにも満たないフィギュアサイズの身体は、主人を補佐しつつ末永く愛されることを最上の喜びとしているのだ。
できれば、関わり合いになるのは避けたい。
しかし、この奇妙な二人組になぜか興味をそそられてしまう。
初めて味わう二律背反の感情に、私はひどく戸惑った。
ただ、この単調でつまらない毎日が終わるかもしれない――そんな気がして。
【この先 桜まつり会場 自転車は徐行してください 逢桜町】
目の前に横たわるのは、町を二分する一級河川・逢川。その両岸は今、一年で最も騒がしい時期を迎えていた。
S字に曲がりくねった川沿いを彩り、隣町まで続く桜並木こそ〝逢川千本桜〟の名で知られるこの町最大の観光地だ。
逢川にかかる四脚のうち、私は唯一自転車通行帯がある橋のたもとにやってきた。角地でまんじゅうを売る和菓子屋の手前で、看板に従い自転車のスピードを緩める。
「スタジオつなぎまーす! 三、二、……」
「おばんで~す! 私は今、逢桜町の桜まつり会場を臨む尾上橋にいます。ご覧ください、この絶景! 本日、満開を迎えました!」
橋の上には、本格的な機材を構えて生中継に興じる一団がいた。〈Psychic〉を介した動画配信に生き残りをかけているテレビ局の連中だ。
そんな激動の時代の渦中にあるからか、彼らはなりふり構わず暴挙に出ている。比較的幅があるとはいえ、歩道を大きく占拠して収録を行っているのだ。
「今や〝逢川千本桜〟の名で全国的、世界的にも広く知られるお花見スポットとなった逢桜町は、今年も大変な賑わいを見せています!」
おい、そこのよそ者ども。お前たちは馬鹿か? 馬鹿なのか?
まわりを見ろ。通行の邪魔になっていることぐらい、中学生でも気がつくぞ。
無性に腹が立った私は、通りすがりに彼らの背中を呪いながらペダルを漕いだ。
(こいつらの顔に、風で飛んできたピザの包み紙がべったりへばりつきますように)
やがて、愛車は緩やかな坂になった橋の頂上に差し掛かる。人混みより少し高い位置からの景色は圧巻の一言だった。
見事に咲き誇る薄紅色のアーチの下で杯を交わし、河原を埋め尽くしているのは米粒ほどの大きさに見える無数の花見客。
一体どれだけの人数がこの小さな町に押し寄せているのかと、ただただ驚かされる。
「うーん、絶景! 河津桜もいいけど、これはこれですごいな」
『花見団子はこの下の河川敷、桜まつり会場で売ってるらしいぞ』
明るい声のするほうに目を向けると、若い男が橋の欄干にもたれて誰かと話していた。
軽く左へ流した長めの髪――表面は軽く跳ねた毛先まで夕陽に輝く金色、内側が真っ黒という危険色のツートンカラーが人目を惹く。
背丈こそ人並みだが、威圧感さえ覚える引き締まった体躯、整った顔を強調する金縁のサングラス。私がこの世で最も苦手とするタイプだ。
「食い気にシフトするの早すぎだろ。あと俺、団子よりたい焼き派だから」
色白なチャラ男の隣には、もっさりしたくせ毛の黒髪とウェリントンフレームのメガネが特徴的な地味めの男。連れとは雰囲気が対照的だ。
よく見ると、気だるげな顔で一眼レフを手に空中を漂う彼に限らず、似たようなものを連れている観光客がほかにもいる。
彼らの正体は、主人となる人間の〈Psychic〉に宿るAIパートナー。
アバターを生成し、第三者にも視認できる設定にすれば、理想の相棒が立体ホログラムで旅のお供をしてくれる。
(多くの場合)目視で身長三十センチにも満たないフィギュアサイズの身体は、主人を補佐しつつ末永く愛されることを最上の喜びとしているのだ。
できれば、関わり合いになるのは避けたい。
しかし、この奇妙な二人組になぜか興味をそそられてしまう。
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