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特別短編 悪役令嬢は婚約破棄したいのでヒロインをいびりまくります!(3)

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 私は思い出した。否、思い出してしまった。アイリスって、アイリスって……

「ベルベット付きのメイドじゃん!」

 そう、今クラジオ様のメイドをしていた彼女は、隣国リエールの第一王女、ベルベットのメイドだった。少なくとも『ドキ夢』の世界では。
『ドキ夢』では、ヒロイン(ベルベット)かサブヒロイン(アイリス)のどちらかしか幸せになれないという、なかなかに理不尽なゲームシステムが採用されていた。ヒロインが幸せ――つまりハッピーエンドを迎えると、サブヒロインは不幸になっているのだ。

「……アイリスがこっちの国にいるってことはベルベットのハッピーエンド……となると相手はディラス、かな……?」

『ドキ夢』では、ディラス、ドドリー、クローム、ヴェロールという4人の攻略対象がいる。その中でも誰とハッピーエンドを迎えたかによって、もうひとりのバッドエンディングの内容が違ってくるやだ。いわゆる『マルチエンディング』というやつだ。
 ベルベットがディラスとくっつけばアイリスは隣国に飛ばされる……はず。確かそんなエンドだった。

「……ま、そんなこと関係ないか。何はともあれ、明日から早速決行するわよ……『アイリス撲滅計画だと思った?残念、目指せ婚約破棄の精神で自身を火祭りにあげよう計画』!」

 ――――前世からネーミングセンスはなかったのだ。自覚していることなので私はもういっそ開き直ることにした。いい名前だろう。

 ◆◆◆

 それからというもの、私はアイリスをいじめにいじめ抜いた――はずだった。
 悪役令嬢らしく「あらあら、ごめんあそばせ!手が滑ってしまいましたのー!」とバケツに入った水をぶっかける。――――何故だかアイリスはそれを見越していたかのようにスルリと避け、勢いをつけすぎた私は、水がぶっかかったモフモフの絨毯に顔面から突っ込むことになったのだが。

「えぇい、次よ次!」

 私は彼女の足元にツルツル滑るワックスを塗った。ヒールを履いていることだし滑ってコケるだろうと見越したのだが……彼女は体幹が化け物級だった。ツルツル滑る床でも難なく歩ききった。――ワックスを取るためにモップがけをしていたら取り切れていなかったワックスで私がコケた。

「……次」

 私は決して諦めなかった。私の思いつく限りの嫌がらせは全てした。
 はず、なのに。

「何故アイリスは何にも引っかからないの!?」

 かけた罠かけた罠、全て引っかかるのは私。自業自得としか言えない。――いや、引っかからなかったアイリスが悪いのだ。私は悪くない!

「絶対なんか裏があるわ……」

 私は彼女に直接話を聞くことにした。
 何故私の罠を全て避けた――避けきれたのか。絶対裏を暴いてやる、と私は意気込んだ。

 ◆◆◆

 だが、その意気込みも儚く散ることになる。

「裏?やだなぁ、何もありませんよ。わたくしはしがないメイドです。たまたまでしょう」

 彼女は私の罠を全て避けたのだと語った。なるほどそれならば仕方がない――――

「ってなるか!ありえないじゃない!」
「……ですよね、わたくしも思いました」

 うっすらと笑みを浮かべると、アイリスは私にゾッとするほど冷たい視線を向けた。

「あなた、何がしたいんです?」
「……っわ、私は……」

 怖い。恐ろしい。怖い怖い怖い。

「……ごめんなさい、そんな怯えさせる気はなかったんです。あなたは何者なんですか――あなたに前世の記憶があるからこのような態度を取るのか、と聞きたかったんです」
「ぜ、前世……?」

 ある。私には『ニホン』で暮らしていた時の、前世の記憶がある。そう言っても信じてもらえないと分かっているはずなのに。

「何だかわたくしと同じような雰囲気を感じまして。勘違いだったら申し訳ありませんが……あなた、この世界を知っていますよね?」

 それが普通の質問ではないことくらい、私にでも分かった。
 きっとこの人にも前世の記憶があるんだ。直感だが、そう思った。

「…………私は前世、『ニホン』という国で生活していたの。その記憶が、今の私にあるのよ」
 と言うと、彼女は目を丸くした。
「……『ニホン』?」

 目を見開いた彼女の顔を見て、私の見当違いだったのだろうかと不安になった。彼女は同じ転生者ではないのかもしれない、と。

「ご、ごめんなさい。急にこんなこと言ってしまって。忘れてちょうだいな」
「いえ……それはいいのですが、まさかあなた……『ドキ夢』や『もっとドキ夢』をプレイしたことが……」
「『ドキ夢』!?」

 まさかあなたも同志オタクか!

「わたくし、『もっとドキ夢』をやる前に死んでしまって……」
「わ、私……『もっとドキ夢』まで全員のルートを回収しましたわ……」

 無言で見詰め合うこと数秒。

 私達はひしと抱き合った。

「まさかここで会えるとは……!」
「ね、私もビックリ。まさか日本人がここにもいるなんて思わなかったわよ」

 推しのキャラは違えども、異世界で会えた同胞。私たちは直ぐに仲良くなった。

 ◆◆◆

 それからというもの、私は毎日クラジオの執務室を訪ねてはアイリスと会話の花を咲かせるという日々を送った。
 悪役令嬢としての威厳?婚約破棄?なんかもうどうでもいいです。
 この世界で同胞オタクに会えたんだから、私はそれで満足。
 政略結婚だろうと甘んじて受け入れる。クラジオならまぁいいかな。時々……いやかなりイラつくことがあるが、それもご愛嬌だ。そう思えるようになっただけ私の器が大きくなったのだ。


 悪役令嬢になりきれなかった私は、ヒロインと仲を深めまくりました。
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