上 下
44 / 55

特別短編 悪役令嬢は婚約破棄したいのでヒロインをいびりまくります!(3)

しおりを挟む
 私は思い出した。否、思い出してしまった。アイリスって、アイリスって……

「ベルベット付きのメイドじゃん!」

 そう、今クラジオ様のメイドをしていた彼女は、隣国リエールの第一王女、ベルベットのメイドだった。少なくとも『ドキ夢』の世界では。
『ドキ夢』では、ヒロイン(ベルベット)かサブヒロイン(アイリス)のどちらかしか幸せになれないという、なかなかに理不尽なゲームシステムが採用されていた。ヒロインが幸せ――つまりハッピーエンドを迎えると、サブヒロインは不幸になっているのだ。

「……アイリスがこっちの国にいるってことはベルベットのハッピーエンド……となると相手はディラス、かな……?」

『ドキ夢』では、ディラス、ドドリー、クローム、ヴェロールという4人の攻略対象がいる。その中でも誰とハッピーエンドを迎えたかによって、もうひとりのバッドエンディングの内容が違ってくるやだ。いわゆる『マルチエンディング』というやつだ。
 ベルベットがディラスとくっつけばアイリスは隣国に飛ばされる……はず。確かそんなエンドだった。

「……ま、そんなこと関係ないか。何はともあれ、明日から早速決行するわよ……『アイリス撲滅計画だと思った?残念、目指せ婚約破棄の精神で自身を火祭りにあげよう計画』!」

 ――――前世からネーミングセンスはなかったのだ。自覚していることなので私はもういっそ開き直ることにした。いい名前だろう。

 ◆◆◆

 それからというもの、私はアイリスをいじめにいじめ抜いた――はずだった。
 悪役令嬢らしく「あらあら、ごめんあそばせ!手が滑ってしまいましたのー!」とバケツに入った水をぶっかける。――――何故だかアイリスはそれを見越していたかのようにスルリと避け、勢いをつけすぎた私は、水がぶっかかったモフモフの絨毯に顔面から突っ込むことになったのだが。

「えぇい、次よ次!」

 私は彼女の足元にツルツル滑るワックスを塗った。ヒールを履いていることだし滑ってコケるだろうと見越したのだが……彼女は体幹が化け物級だった。ツルツル滑る床でも難なく歩ききった。――ワックスを取るためにモップがけをしていたら取り切れていなかったワックスで私がコケた。

「……次」

 私は決して諦めなかった。私の思いつく限りの嫌がらせは全てした。
 はず、なのに。

「何故アイリスは何にも引っかからないの!?」

 かけた罠かけた罠、全て引っかかるのは私。自業自得としか言えない。――いや、引っかからなかったアイリスが悪いのだ。私は悪くない!

「絶対なんか裏があるわ……」

 私は彼女に直接話を聞くことにした。
 何故私の罠を全て避けた――避けきれたのか。絶対裏を暴いてやる、と私は意気込んだ。

 ◆◆◆

 だが、その意気込みも儚く散ることになる。

「裏?やだなぁ、何もありませんよ。わたくしはしがないメイドです。たまたまでしょう」

 彼女は私の罠を全て避けたのだと語った。なるほどそれならば仕方がない――――

「ってなるか!ありえないじゃない!」
「……ですよね、わたくしも思いました」

 うっすらと笑みを浮かべると、アイリスは私にゾッとするほど冷たい視線を向けた。

「あなた、何がしたいんです?」
「……っわ、私は……」

 怖い。恐ろしい。怖い怖い怖い。

「……ごめんなさい、そんな怯えさせる気はなかったんです。あなたは何者なんですか――あなたに前世の記憶があるからこのような態度を取るのか、と聞きたかったんです」
「ぜ、前世……?」

 ある。私には『ニホン』で暮らしていた時の、前世の記憶がある。そう言っても信じてもらえないと分かっているはずなのに。

「何だかわたくしと同じような雰囲気を感じまして。勘違いだったら申し訳ありませんが……あなた、この世界を知っていますよね?」

 それが普通の質問ではないことくらい、私にでも分かった。
 きっとこの人にも前世の記憶があるんだ。直感だが、そう思った。

「…………私は前世、『ニホン』という国で生活していたの。その記憶が、今の私にあるのよ」
 と言うと、彼女は目を丸くした。
「……『ニホン』?」

 目を見開いた彼女の顔を見て、私の見当違いだったのだろうかと不安になった。彼女は同じ転生者ではないのかもしれない、と。

「ご、ごめんなさい。急にこんなこと言ってしまって。忘れてちょうだいな」
「いえ……それはいいのですが、まさかあなた……『ドキ夢』や『もっとドキ夢』をプレイしたことが……」
「『ドキ夢』!?」

 まさかあなたも同志オタクか!

「わたくし、『もっとドキ夢』をやる前に死んでしまって……」
「わ、私……『もっとドキ夢』まで全員のルートを回収しましたわ……」

 無言で見詰め合うこと数秒。

 私達はひしと抱き合った。

「まさかここで会えるとは……!」
「ね、私もビックリ。まさか日本人がここにもいるなんて思わなかったわよ」

 推しのキャラは違えども、異世界で会えた同胞。私たちは直ぐに仲良くなった。

 ◆◆◆

 それからというもの、私は毎日クラジオの執務室を訪ねてはアイリスと会話の花を咲かせるという日々を送った。
 悪役令嬢としての威厳?婚約破棄?なんかもうどうでもいいです。
 この世界で同胞オタクに会えたんだから、私はそれで満足。
 政略結婚だろうと甘んじて受け入れる。クラジオならまぁいいかな。時々……いやかなりイラつくことがあるが、それもご愛嬌だ。そう思えるようになっただけ私の器が大きくなったのだ。


 悪役令嬢になりきれなかった私は、ヒロインと仲を深めまくりました。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

婚約破棄された侯爵令嬢は、元婚約者の側妃にされる前に悪役令嬢推しの美形従者に隣国へ連れ去られます

葵 遥菜
恋愛
アナベル・ハワード侯爵令嬢は婚約者のイーサン王太子殿下を心から慕い、彼の伴侶になるための勉強にできる限りの時間を費やしていた。二人の仲は順調で、結婚の日取りも決まっていた。 しかし、王立学園に入学したのち、イーサン王太子は真実の愛を見つけたようだった。 お相手はエリーナ・カートレット男爵令嬢。 二人は相思相愛のようなので、アナベルは将来王妃となったのち、彼女が側妃として召し上げられることになるだろうと覚悟した。 「悪役令嬢、アナベル・ハワード! あなたにイーサン様は渡さない――!」 アナベルはエリーナから「悪」だと断じられたことで、自分の存在が二人の邪魔であることを再認識し、エリーナが王妃になる道はないのかと探り始める――。 「エリーナ様を王妃に据えるにはどうしたらいいのかしらね、エリオット?」 「一つだけ方法がございます。それをお教えする代わりに、私と約束をしてください」 「どんな約束でも守るわ」 「もし……万が一、王太子殿下がアナベル様との『婚約を破棄する』とおっしゃったら、私と一緒に隣国ガルディニアへ逃げてください」 これは、悪役令嬢を溺愛する従者が合法的に推しを手に入れる物語である。 ※タイトル通りのご都合主義なお話です。 ※他サイトにも投稿しています。

マイナー18禁乙女ゲームのヒロインになりました

東 万里央(あずま まりお)
恋愛
十六歳になったその日の朝、私は鏡の前で思い出した。この世界はなんちゃってルネサンス時代を舞台とした、18禁乙女ゲーム「愛欲のボルジア」だと言うことに……。私はそのヒロイン・ルクレツィアに転生していたのだ。 攻略対象のイケメンは五人。ヤンデレ鬼畜兄貴のチェーザレに男の娘のジョバンニ。フェロモン侍従のペドロに影の薄いアルフォンソ。大穴の変人両刀のレオナルド……。ハハッ、ロクなヤツがいやしねえ! こうなれば修道女ルートを目指してやる! そんな感じで涙目で爆走するルクレツィアたんのお話し。

私は既にフラれましたので。

椎茸
恋愛
子爵令嬢ルフェルニア・シラーは、国一番の美貌を持つ幼馴染の公爵令息ユリウス・ミネルウァへの想いを断ち切るため、告白をする。ルフェルニアは、予想どおりフラれると、元来の深く悩まない性格ゆえか、気持ちを切り替えて、仕事と婚活に邁進しようとする。一方、仕事一筋で自身の感情にも恋愛事情にも疎かったユリウスは、ずっと一緒に居てくれたルフェルニアに距離を置かれたことで、感情の蓋が外れてルフェルニアの言動に一喜一憂するように…? ※小説家になろう様、カクヨム様にも掲載しております。

村娘になった悪役令嬢

枝豆@敦騎
恋愛
父が連れてきた妹を名乗る少女に出会った時、公爵令嬢スザンナは自分の前世と妹がヒロインの乙女ゲームの存在を思い出す。 ゲームの知識を得たスザンナは自分が将来妹の殺害を企てる事や自分が父の実子でない事を知り、身分を捨て母の故郷で平民として暮らすことにした。 村娘になった少女が行き倒れを拾ったり、ヒロインに連れ戻されそうになったり、悪役として利用されそうになったりしながら最後には幸せになるお話です。 ※他サイトにも掲載しています。(他サイトに投稿したものと異なっている部分があります) アルファポリスのみ後日談投稿しております。

やり直すなら、貴方とは結婚しません

わらびもち
恋愛
「君となんて結婚しなければよかったよ」 「は…………?」  夫からの辛辣な言葉に、私は一瞬息をするのも忘れてしまった。

皇太子の子を妊娠した悪役令嬢は逃げることにした

葉柚
恋愛
皇太子の子を妊娠した悪役令嬢のレイチェルは幸せいっぱいに暮らしていました。 でも、妊娠を切っ掛けに前世の記憶がよみがえり、悪役令嬢だということに気づいたレイチェルは皇太子の前から逃げ出すことにしました。 本編完結済みです。時々番外編を追加します。

私の婚約者は6人目の攻略対象者でした

みかん桜(蜜柑桜)
恋愛
王立学園の入学式。主人公のクラウディアは婚約者と共に講堂に向かっていた。 すると「きゃあ!」と、私達の行く手を阻むように、髪色がピンクの女生徒が転けた。『バターン』って効果音が聞こえてきそうな見事な転け方で。 そういえば前世、異世界を舞台にした物語のヒロインはピンク色が定番だった。 確か…入学式の日に学園で迷って攻略対象者に助けられたり、攻略対象者とぶつかって転けてしまったところを手を貸してもらったり…っていうのが定番の出会いイベントよね。 って……えっ!? ここってもしかして乙女ゲームの世界なの!?  ヒロイン登場に驚きつつも、婚約者と共に無意識に攻略対象者のフラグを折っていたクラウディア。 そんなクラウディアが幸せになる話。 ※本編完結済※番外編更新中

【完結】悪役令嬢エヴァンジェリンは静かに死にたい

小達出みかん
恋愛
私は、悪役令嬢。ヒロインの代わりに死ぬ役どころ。 エヴァンジェリンはそうわきまえて、冷たい婚約者のどんな扱いにも耐え、死ぬ日のためにもくもくとやるべき事をこなしていた。 しかし、ヒロインを虐めたと濡れ衣を着せられ、「やっていません」と初めて婚約者に歯向かったその日から、物語の歯車が狂いだす。 ――ヒロインの身代わりに死ぬ予定の悪役令嬢だったのに、愛されキャラにジョブチェンしちゃったみたい(無自覚)でなかなか死ねない! 幸薄令嬢のお話です。 安心してください、ハピエンです――

処理中です...