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特別短編 悪役令嬢は婚約破棄したいのでヒロインをいびりまくります!(1)

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 私はアレクシア・フォルリーア。フォルリーア伯爵家の長女だ。下にはひとり、妹がいる。――妹の話は、またいずれすることにしよう。とにかく今は私の話だ。
 私には幼い頃からの婚約者がいる。両家の間に取り決められたこの婚約は、言うまでもなく政略結婚と呼ばれるものだ。お互い好きで婚約を結んだわけではない、半ば強制的に結ばされた婚約なのだ。
 そしてその肝心の相手は、クラジオ・ディ・アステア。アステアという国の第三王子だ。
 そう。私はこの国の第三王子の婚約者なのだ。
 しかし彼と婚約を結んだ私は「私」であって「私」ではない。正確に言えば、クラジオの婚約者は「アクレシア・フォルリーア」であって「私」ではないのだ。
 何を言っているか分からないかもしれない。私自身、何を言っているか分からないくらいに混乱している。否、混乱していた。だからもっと細かく、詳しく説明するとしよう。
 ことの始まりはつい先日――とある昼下がりのことだった。

 ◆◆◆

 私は16歳の春を迎えた。
 この世界では16歳になった年の春、紳士淑女の卵たちは社交界デビューをすることになっている。だから私は婚約者と共に王宮主催の大きな舞踏会に行くことになり――この舞踏会が16歳になった私たちのデビューの場となるというのが国の決まりなのだ――そのためのドレスの採寸をしているまさにその時、私は思い出した。

 私……乙女ゲームの世界に転生したんだ!

 私の頭に、この世界ではない妙な景色やモノ、文化が一瞬にして脳内を駆け巡った。

 ◆◆◆

 私は前世、『ニホン』という国で生きていた。
『ニホン』は、この世界よりも圧倒的に文化が進んでいる。差別が生まれるような身分制度もなければ、簡単に死刑になるような裁判制度もない。さらに下水道、電気、ガスなどの生活網はもちろんのこと、娯楽も整備されていた。控えめに言って『ニホン』は楽園であった。今の生活を思うと、だけどね。
 私は『ニホン』で『中島なかしま あずさ』として生きていた。
 そして私は『オタク』として、日陰でコソコソと息を潜めながら生きていた。ラノベと乙女ゲーム(と時々BL)をこよなく愛する、恋に恋する乙女(中身と好きなものはさておき)だったわけだ。
 私は前世、『ドキドキ!夢の花咲く王宮で』、通称『ドキ夢』という乙女ゲームをプレイしていた。このゲームは、プレイヤーが隣国のリエールの第一王女、ベルベットになって騎士から料理長から薬師から神官長まで、様々な見目麗しい攻略対象を言葉で陥落させる――言い方は悪いが、まさしくそのようなものであった。
 そもそも乙女ゲームというものは、相手に投げかけるセリフが選択肢になっていて、選んだ選択肢によって、その人の好感度が変動する。彼の望む言葉をあげることで攻略、つまり好感度を上げて意中の彼を自分のモノにしていく――というものだ。
 そして私はその次作、『もっと!ドキドキ!夢の花咲く王宮で』通称『もっとドキ夢』までプレイした。このゲームは、『ドキ夢』の主人公ベルベットがこの国――アステアに攫われるところから物語が始まる。攫われた先で出会った見目麗しい攻略対象と恋に落ちたり落ちなかったり……。余談だが、前作『ドキ夢』のデータ引き継ぎをすることで『ドキ夢』の世界で最後に攻略したキャラが攻略対象に追加されるというコンテンツがあった。『もっとドキ夢』の攻略対象が気に食わなくても、『ドキ夢』の攻略対象が最後に助けに来てくれるというエンディングがあったので、乙女ゲーム界隈ではかなり人気が高いゲームだった。
 だが、私にとって大切なのはそこではない。

 私はアクレシア・フォルリーア。本来なら『もっとドキ夢』世界における、いわゆる『悪役令嬢』という立ち位置なのだ。
 ぽっと出てきた女(隣国リエールから攫われてきた第一王女)に、幼い頃からの婚約者(クラジオ)を取られてたまるものかと、ありとあらゆる嫌がらせをする。前世では定番だったバケツの水をぶっかける系から転ばせる系まで、嫌がらせの種類は豊富だ。
 私は(ゲームの設定、そして画面上ではクラジオのことが大好きなので)婚約者を奪われたくないが故に彼女に対して嫌がらせをしまくるのだが。

(私、婚約破棄したいんです、クラジオさん……!)

 というのも、当の婚約者サマに問題があるのだ。
 彼の性格は悪い。どのような性格の悪さかと言うと……

『おはようございます、クラジオ様』
『あぁおはよう、アクレシア。今日もいい天気だな』
『えぇ、そうです……いやちょっと待ってくださいまし、今日は雷雨ですわ!決していい天気などでは……』
『俺がいいといったらどんな天気もいい天気なんだ。それともなんだ、文句でもあるのか』
『……イイエ、ナニモナイデス』

 何このオレ様キャラ。好きな人は好きだろうけどさ……いやでも、こんなのは序の口だった。

『お茶を用意しましたわ、クラジオ様』
『あぁ、ご苦労。……何だこの茶は』
『えっ、何だとは……私が気に入ってる、マロウブルーティーというものですが』
『なぜ茶が青色なんだ!』
『いえ、これはそういう性質のお茶ですので……』
『俺の知らない茶は、つまり俺が飲めない茶だということだ。この俺が知らないんだからな』
『……エェ、ソウデスワネ。カエテキマスワ』
『……っ、ああいや別に変えてこなくてもいい。お前が入れてきてくれたものだ。せっかくだから飲んでやろう』
『(ならなんで『俺が知らない茶は飲めない』って言ったのさ……)』

 このようなことまで。
 彼の性格の悪さが分かっていただけただろうか。とにかくウザい。その一言に尽きる。
 そんなわけで私は、こんな性格がクソなイケメンと結婚なんてしたくない、いやむしろ婚約すら破棄したいのだ。相手は仮にも王族なのだが、第三王子であるが故にそれほど国王からの圧力はない。もし彼が第一王子だったのなら、私は確実に四方八方の外堀を埋められ、ガッチガチの警備のもとで逃げることの出来ない生活を強いられていたことだろう。国家繁栄のため、あるいは王族の義務として当然のことだ。
 しかし彼は幸運にも第三王子。つまり。

(私が不祥事とか起こしちゃえば婚約破棄も夢じゃないのでは……!?)

 不祥事を起こすような令嬢は第三王子の婚約者、ましてや妻に相応しくない、と判断されるのが自然なのではないか。そう考えた私は、とある案を思いつく。

(不祥事なら簡単ね。彼が好きになるであろう女――『ドキ夢』のヒロイン、ベルベットとやらをいびりたおし、彼から不興を買えばいいのよ!そうすれば私は円満に婚約破棄ができるのよ!)

 このような結論に至ったわけである。

「……私、頑張りますわ……!」

 右手を空に掲げ、私は強く意気込んだ。

「お嬢様!急に動かないでくださいませ!コルセットがより強く締めつけ……」
「痛たたたたたっ、えっちょっと待ってめちゃくちゃ痛い……痛い痛い痛い痛い!!」

 ――私の意識は一瞬だがここではないどこかに飛んでいた。川の向こうに死んだはずのおばあちゃんが見えた。怖い顔をして「まだ来ちゃかんに!はよ帰り!」と言っていた。それから少ししたら、私は意識が戻ってきた。きっとそこは三途の川だったのだろうとあとから気付き、「ってことは私死にかけたんじゃん!」と地団駄を踏んだ。
 コルセット、許すまじ。
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